第8話 イケメン彼氏は、父親なんかに負けません!

「……りゅうから、メッセージ来た」




 放課後。ゲームセンターで遊んでいるとき、凜のスマホが鳴った。




「ちょっ、凜! ちゃんと見てくれ! 俺の勇士を!」


 優斗は、凜が欲しいと言ったぬいぐるみを取るために、ユーフォ―キャッチャーに果敢に挑戦していた。








龍之介『今日、会社の人と飲みに行くから遅くなる。ゲーセンもカラオケも、楽しんできてね。でも、ちゃんと10時までには戻ること! 危険な人にはついていかない! 人が多いところを歩くこと!』




りんりん『わかった。りゅうも、たのしんできてね』












「……会社の人。ふうん」


 それだけを送って、またスマホをしまった。




「見てみて、凜! 太鼓の○人あった! 二人プレイでやろ?」




 後ろから激突して凜と腕を組む、優香。












 うん、と言いかけたとき、後ろから微かな声が聞こえた。まるで、三人を嘲笑うような。




「――――ねえ、見て。八雲さん。うちの王子連れてる」


「すご、牛と人が歩いてる! これから搾乳? も~も~」




 この世には、必ず自分を嫌う人がいる。




 特に凜は、よく女子に嫌われてきた。


 特徴的な体は、ただ男子を魅了するだけでなく、大量の敵を作る。




 




「……凜、気にしなくていいから。太鼓、しよ?」




 こういうのは、初めてではない。何度も、バカにされいじめられてきたことだった。


 相談したことがあるのは、優香だけ。


 優香は、私の手を優しく握ってくれた。




「隣にいる子って、あの優香? 彼女持ちなんじゃなかったっけ。もしかして二股?」


「いやいや、牛さんが落としたんでしょ。だって、あの王子を落としたんだよ?」


「どっちも、メロメロになっちゃったってこと!? やばいじゃん! やっぱ持つべきものは、おっぱいなんだね。いやーほーんっと」








「―――牛がうらやましい」






 そう口をそろえて、大きな声で言っていた。そこだけ聞けば、別に何の意味も孕んでいない。


 でもそれは、確かに誰かに向けられた、ひどい言葉だった。




「あんたらっ、……」




 優香の手を握り、止める。


「……だめ」




 優香が何か言おうとする。でも、優香が言っても、さらに良いように解釈されるだけだ。反抗すればするほど、後々ひどい結果を招く。それは過去、経験済みだった。




 くすくす、ユーフォ―キャッチャーの陰に隠れて、凜たちを笑う。






 


「――凜、パンダ取れたぞ」


 優斗が後ろから、現れる。




「え、あ……うん。ありがとう」




「突然、遠くに行ってしまうからびっくりしただろう。ここで何を……って、ああ、サクラさんにユリカさんに、カナエさんじゃないか!」




 下の名前で、全員を呼んだ。




 山崎優斗という、学校一のイケメンは伊達に顔だけで一番を謳っているわけではない。学校の生徒及び先生、用務員の名前に至るまでを把握し、それでいて好みや好きな食べ物等までも、熟知している。




「この人たち、知り合いなの?」


「前から、俺に良くしてくれるクラスメイトだよ」




 クラスメイト。ただの。


 名前呼びで喜んでいた彼らだが、その喜びは一瞬にして地に落ちる。


 


 そして、わざとらしく耳元で言うように、しかししっかり聞こえるように、優斗は言った。




「こんなのよりも、俺を構えよ。お前の彼氏は、俺だけだろう?」


 優斗はまるで、乙女ゲームのキャラクターみたく言ってやった。凜の髪を触り、腰元に腕を回しながら。


 その姿は、熟年カップル。




「!?」


 


それほどまでに進んでいるとは思っていなかった彼らは、驚いた。




「……ってことだから、悪いけどどっか行ってくんないかな。邪魔なんだけど」


 そう言えば、彼らはそそくさと逃げていく。












「―――優斗、ありが」




「おい、凜!」


 突然、優斗怒り出した。びっくりした凜の頭で、考える。


 なんで怒ってる? 勝手に行動したから? 面倒事を引き寄せたから?




 しかしそのどれとも、答えは違う。




「彼氏を差し置いて、二人プレイだと!? そんなもの、この俺が許さんぞ! お前は俺の恋人として、俺と一緒にカラオケに行くんだ!」




 え? そこ?




 先ほどとは180°違う、態度。誰にでも優しくする王子様ではなく、ただ一人に許した態度。


 その半端ない変わりように、凜は一瞬驚いて固まった。






「ぷぷっ」


 笑ったのは優香だ。




「―――っなんで笑うの、優香!」


 凜は、優香のその人の心を見透かしたような




「うちの学校の王子様が、ちょーどうでもいいことで怒ってたから。王子様、そんなに凜が好きなの?」


 あははははっと笑われる。




「当たり前だろう! この世で一番好きだ! これからもずっとな!」


 と、堂々と言う。








「ん? り、凜! どこへ行くんだっ、何も言わずに!」








「――お、怒ってるのか?」


 顔色を窺うように、優斗が聞く。






「……優斗が、パンダとるの遅いから」




「り、凜……」


 泣きそうな目で見つめられた凜は。




「……冗談」


 と言って、ゲームセンターを出た。




「カラオケ、行くんでしょ?」






「り、凜~~ッ!!」

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