第2話 会社の後輩もお義父さんにメロメロでした!

「はあ~」

 オフィスで一人、俺はため息をついた。目の前には、数字のずれた表。


 凡ミスだ。

 朝の一件で、俺は動揺しっぱなしだった。


「大きなため息ですね、八雲さん。大丈夫ですか? チョコ、いります?」

 声をかけてきたのは、職場の若い女の子。

 若林ちひろちゃんだ。


 くるっと巻いたボブで、顔は今っぽい感じ。いかにも若い感じの子だ。


「もらっちゃおうかな~」


 あははははと笑いながら、俺はチョコを貰った。それは、椅子に掛けたジャケットのポケットにすぐ入れる。


「あれ、食べないんですか?」

「ああ、帰った時に凜にあげようかなって」


 凜は、チョコレートに目がない。甘いものは大抵好きだが、チョコレートは格別だ。

 バレンタイン時期になると、これでもかというほどにチョコを要求され、犬のように口の周りを汚しながら食べていく。


 あの時期は、財布が寒い。


「それにしても、大好きですね、娘さん」


「え? そうかな……親としては普通だと思うけど」


「全然そんなことありませんって! 毎日毎日、ため息ついたりにやにやしたり、全ては娘さんの事でしょう?」

 ……ちひろちゃんの言う通り俺は毎日、凜の事でいっぱいだ。


 あの日。凜と出会ってから、10年が経った。

 痩せ細っていた体は、もうしっかりとした体つきになって。俺の腰ぐらいしかなった身長は、随分と伸びた。


 最初の頃は慣れない事ばかりで、子育てとか向いてないのかなって思ったけど、ここまで頑張って来られた。

 それでも、やはり悩み (今朝の件、同様)は尽きないものだが。

 

「だけど、もう高校生でしょ? そろそろ、手を離してもいいんじゃないですか? 大人の恋をしましょうよ」


「それって、どういう……」


 そこで気づいた。彼女の顔、それは……20代の頃によく体験したものだ。


「……あっ、もうそろそろお昼だな。凛と連絡取らなきゃ」

 俺は話題をそらし、その場を去った。


「――――ッチ」

 舌打ちされた気がする。気のせいかな……。


 ちひろちゃんも、見る目がないな。

 こんなおっさん狙うとか……もしかして枕……いやいやいや……。







「うわ……見ろよ」


 昼時、教室がざわつく。


 凛と、親友の優香は、いつも通りおしゃべりしながら、お弁当を食べていた。

 凜は、龍之介(俺)特製のお弁当、優香は購買で買ってきたメロンパン。


 そこに。


「凜! 今日こそ俺と、付き合ってくれ!」

 凜は、いちごオレを片手に持ち、足を組んでそれを聞く。


 凛の顔は完全に怒っていた。

 直角にお辞儀し、右手を差し出すのは、学校一のイケメン。

 名を、山崎優斗。


 凜は立ち上がると、イケメンの真正面に立った。

 お辞儀している優斗には、目の前に立つ凜の足しか見えない。


 だが、それを見て成功した! と確信したのか、ぱあっと笑顔になる。


 けれど、それもつかの間。

 

 そのイケメンの顔を、凜は睨み付け、そして、いとも簡単にいちごオレをぶっかけた。


 まるで滝修行だ。

「――――っうぐ、どうしてだ、凜」


「30回目の告白もダメか。やっぱ、八雲様はそう簡単には落ちねえな」


 彼女、八雲凜は、学校いやそんなレベルじゃない程の美人であった。抜群のスタイル、それに加えての美しい胸、尻、顔。


 いまどきの短いスカートと、ぱつぱつのセーターで、そこらの男子高校生はイチコロである。


 しかし彼女も、簡単にやられるタチではない。 


 自分の美しさは誰よりも理解しているがゆえに、警戒心は鬼レベル。




「……気色悪い。いい加減、やめて」

 低い声で、言う。 


 随分と大人びた様子の彼女は、やはり周りから見ても大人だった。見とれはするものの、誰も近づけない。


 


 

 学校一のイケメンであろうとも、彼女を目の前にすれば、ただの雄である。

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