5-9
カイたちは母艦であるオベリスクへと戻ると、早速入手した情報の共有を行うべくブリッジに集合していた。
メインディスプレイに映し出された情報を見て、各々はその内容に素直な反応を見せていた。
「まさか、最初に襲撃した海賊船でアタリを引くなんて流石はご主人様よね」
キャロルはディスプレイに映った情報を眺めながら、心底感心したと言わんばかりに口ずさむ。
カイが海賊船から入手した情報は多岐に渡るが、その中でも重要だったのは船長であるバルタザールが首謀者と思しき人物と繋がりを持っていたことだ。
このヴァルデック侯爵星系を混沌の坩堝に叩き込んでいる大規模な海賊襲撃事件は、ここへ来て大きな進展を見せた。
この成果にカイ自身も驚いていた。
頭の中で描いた計画では、ある程度は当たりを引くまで海賊船を拿捕し続けなければならないと考えていたからだ。
そして、例え当たりを引いたとしても、辿り着ける先は海賊たちが利用しているであろう"市場"の場所が精々で、裏で糸を引くものに辿り着くまで時間が掛かると踏んでいた。
最終的にはカイが許容できる資金の限界を迎えるのが先か、重要情報が得られるのが先かという分の悪い賭けであった。
だが、結果を見れば1隻目で必要とするほぼ全ての情報を入手することに成功した。
この結果にはカイ自身も、得体の知れない力のようなものを感じ取っていたが、あえて深く考えることはしなかった。
それは、これまでにも度々あったし、恐らくこれからも起こるだろう。
だが、その得体の知れない力を過信すれば、間違いなく身の破滅が待っているという確信も自然と感じていたからだ。
カイは小さく息を吐いて、あらためて情報を整理していく。
「この一連の騒ぎ、その首謀者は惑星メーレスクローネ統治者であるヴィルヘルム・フォン・シュタインシュマル男爵。彼が裏で海賊を誘致していた可能性が高い」
カイは入手した通信ログから、バルタザールが頻繁にやり取りしていた人物を割り出すことに成功した。
このヴィルヘルム男爵は、代々惑星メーレスクローネを統治するシュタインシュマル男爵家の11代目当主だ。
男爵家の初代当主は、元々騎士爵に過ぎなかった。
しかし、彼は惑星メーレスクローネのテラフォーミング事業に従事し、その指揮を任されることになった。
過酷な条件の中、惑星の大気と生態系を整えるという長期的な計画を成功に導き、その結果、メーレスクローネは豊かな海洋資源と美しいリゾート地を擁する惑星へと変貌した。
この偉業により、初代当主は男爵に陞爵され、シュタインシュマル家はその功績で長くこの惑星を統治することを許されてきた。
だが、現在の11代目当主であるヴィルヘルム男爵は、その地位を引き継いでから日が浅い。
先の大戦で兄と次兄が共に戦死し、急遽その後を継ぐ形で当主となったのだ。
彼自身は未だ目立った実績を挙げていないものの、逆に悪い噂も耳にすることはなかった。少なくとも、表向きは平凡で穏やかな領主として知られていた。
しかし、裏で海賊たちと繋がりを持っていたという事実は、この評価を覆すには十分だろう。
「ヴィルヘルム男爵が何故海賊と通じるといった暴挙に出たのか、その理由は今の所はわかっていない。
だが通信履歴の存在と、海賊たちに倉庫を貸し出していたという事実は強力な証拠になる。加えて海賊たちの"市場"、この場所についても大きな糸口だ。
これ等を防衛隊に提供すれば、十分な貢献といえるんじゃないか?」
"市場"とは、海賊たちが略奪によって得た品物を持ち込み、それらを買い取る密売人たちが集まる場所を指す。
この市場は特定の星系または複数の星系で海賊の活動が活発化した際に、自然発生的に形成されるものだ。
海賊が活動を活発化させると、その略奪品を求める密売人たちが嗅ぎつけて現れ、彼らにとって都合の良い場所に勝手に市を開いて売買を始める。この一時的な闇市が"市場"と呼ばれる。
市場を発見できれば、そこに集まる海賊や密売人を一網打尽にすることができ、また海賊の活動自体の縮小にも繋がるため、海賊討伐において市場の情報は非常に重要視されている。
当初の目標であった海賊を星系に呼び込んでいる存在。それが男爵かは今の所は情報が不足しているため、断言することは出来ない。
しかし、目的も理由も不明ではあるが、誇り高い帝国貴族が海賊と繋がりを持っていたという事実は、十分なスキャンダルだ。
もしかすれば、他にも海賊と繋がりを持つ貴族が芋づる式に判明するかもしれない。
それこそ、実はこの一連の事件に主導者的な存在は居らず、腐敗した貴族たちによる海賊との癒着によって引き起こされた現象という結末も十分にあり得る。
だがそれは実の所どうでもよい。
どちらにせ、カイはこれ以上の追求は不要と考えていたからだ。
如何なる理由で男爵が海賊と繋がっていたかは知らないが、それは防衛隊が突き止めればいい。
この証拠を持って防衛隊に突き付ければ、星系を騒がす一連の騒動の原因はおのずと判明する。そして、その切っ掛けとして、功績を認められる可能性は十分に考えられた。
下手をすれば星系統治者である侯爵との謁見すらあり得るかもしれない。
カイはそんな妄想に自然と笑みを浮かべていた。
しかし、そんなカイにフローラの冷静な声が突き刺さる。
「カイ様、確かに証拠は揃ってきていますが、今の段階で防衛隊に話すのは早計ではなくて?」
カイは眉をひそめ、フローラの言葉に疑問を投げかける。
「え、なんでだ? これだけの情報があれば十分じゃない?」
「キャロルもそう思うわ。お姉さま、これ以上は踏み込む必要はないんじゃない」
カイもキャロルも、これ以上の情報は不必要と感じていた。
さらに踏み込むことによって一般人に過ぎない自分たちが必要以上に知ってしまうこと、それ自体が今度は問題となると危惧していた。
だがフローラの意見は真逆で、もっと具体的な情報を得るべきだというのだった。
「確かに、この情報だけでも重要ですわ。それを報告した人間が信用に足る人物であれば。という条件付きでね?」
「あー……」
フローラの指摘にカイは自分たちの立場を思い出す。
自分たちは元々帝国で活動していた独立パイロットではない。
つい先日、連邦領から移動して来た新参者であり、パイロット連盟のランクも最底辺。
そんな自分たちが、巷を騒がす海賊襲撃事件について重大な情報を持っていると駆け込んだところで、真面に聞いてくれるかは怪しい。
無視されるということは、恐らくないとしても、防衛隊で情報の精査を行う時間はどうしても長くなるのは確かだろう。
その間に情勢に変化が生じれば、折角得た情報も活かすことが出来ず、下手をすれば無意味なものとなる。
これを覆すには、誰の目にも明らかな証拠が必要となってくる。
「現状では、ヴィルヘルム男爵が本当に海賊と直接繋がっているのかを証明するには不十分ですわ。
現時点で分かっているのは、"市場"の場所。それとリゾート施設内の倉庫を海賊に貸し出していたという事実。ですが、それが彼自身の意思なのか、誰かに操られているのか、さらには倉庫に略奪品があるのかも確認されていません」
カイはフローラの指摘に考え込むように目を伏せた。
確かに、彼女の言う通りだった。今の証拠だけではヴィルヘルム男爵が意図的に海賊と取引をしていたのか、それとも何か別の事情があったのかは曖昧だ。
さらなる具体的な証拠があれば、防衛隊へ提出した際の対応も変わって来るだろう。
「一度、惑星メーレスクローネに降下して、海賊たちの略奪品が倉庫に保管されているか確認するべきですわ。
そして、もう一つ。ヘルガに会って、なぜ海賊に倉庫を貸しているのか、その真実を問いただす必要がありますわね」
バルタザールが降下していた先はヘルガが管理責任を負うリゾート施設があった。
そこで略奪品を保管しているのは明白で、そのことを管理責任者であるヘルガが知らないわけはない。
ヘルガとの付き合いは、まだ日が浅い。しかし、彼女自身が語って見せた海賊被害の実情については、言葉の端々から海賊を憎み嫌っていることが伝わって来た。
では、なぜ彼女がそのような暴挙を許しているのかという理由について、カイはずっと疑問に思っていた。
あえてその思考を放棄し、これ以上の追求はリスクと考えていたわけだが、フローラに指摘されカイは再度その考えを取り戻した。
ここまで来た以上は知る必要があると。
「……分かった。そうだな、少なくとも倉庫に略奪品があることは最低限確認すべきか。あとヘルガにも直接会って意図を聞く必要があるな」
カイはフローラの提案を受け入れ、顔を上げた。
その表情には、慎重さと決意が入り混じっていた。メーレスクローネへの降下は、単なる確認にとどまらず、さらなる危険を孕んでいる可能性があった。
だが、今の段階で踏み込まなければ、真実にたどり着くことはできない。
「それが良い判断ですわ、カイ様。ヘルガと直接の面識を持つのはカイ様しかいません。まずは彼女の信頼を得ているカイ様が動くのが一番ですわ」
カイがフローラの提案を受け入れ、彼女と共に惑星メーレスクローネへ降下する準備を進めようとした瞬間、キャロルが鋭く声を上げた。
「ちょっと待って、ご主人様。まさか一人で会いに行くの? それは無謀じゃないかしら」
キャロルの声には明らかな危機感が滲んでいた。
カイはその反応に少し驚き、困惑の表情を浮かべた。
「無謀って……どうしてだ? ヘルガとは顔見知りだし、俺が行けば話がスムーズに進むだろう?」
「だからこそ危ないのよ。海賊との繋がりが疑われている以上、ヘルガという女がご主人様に何を企んでいるか分からないじゃない」
キャロルの真剣な視線を受け、カイは少し黙り込んだ。その言葉は無視できないものだった。
確かにヘルガは海賊被害の自衛手段として武器を運んで欲しいと言っていたが、彼女の行動が完全に正当かどうかは不確かだった。
ただ、それでもカイの中でヘルガは海賊を心底憎む女性という象が残り続けていた。
「彼女が何かを隠しているとは限らないだろう。彼女も被害者かもしれないんだ。まずは話を聞くしかない」
カイがそう返すも、キャロルの表情は曇ったままだった。
実のところキャロルは内心、別の理由で動揺していた。
今回ヘルガがきっかけでカイが重大な決断を下すほどに影響を与えたことが、キャロルにとって危険信号となっていた。
これ以上、カイの中で別の女の影を大きくさせることは、キャロルに取って許容できることではなかった。
「そう言うけど、ご主人様……もしヘルガが何かしようとしたらどうするの? 一人じゃ、彼女の意図を見抜けないかもしれないわ。
それに、彼女は海賊と関わりがあるかもしれない人物よ。話を聞くだけじゃ済まないことだって考えられる」
キャロルは声を少し強めて訴えたが、その内心では、ただ単にカイを他の女と二人きりにさせたくないという気持ちが大半を占めていた。
彼女は何とか自分をカイの護衛として連れて行く方向に話を進めようとしていた。
「もし何かあった時、私が護衛として一緒にいればご主人様を守ることができるわ。私なら、ヘルガの動きにすぐ気づけるもの」
キャロルはまるで自分が最適な護衛であるかのように話を展開し、カイを言いくるめようと試みていた。
しかし、その打算的な意図に気付いたフローラは、冷静に口を開いた。
「キャロル、それは悪い提案ではないけれど……カイ様を護衛するなら、私が適任だと思いますわ。私は戦術の知識も豊富ですし、こういった状況においての判断力も必要よ。貴女が一人で護衛するのは、まだ少し心配ね」
フローラはそう言って、キャロルの提案を柔らかく否定しつつ、自分が同行するのが最も妥当だと主張した。
フローラもまた、カイをヘルガと二人きりにさせるのは得策ではないと考えていたが、それ以上に、自分がカイを守る役割を担うべきだという信念が強かった。
「そんなの、私だってできるわ! ご主人様の護衛にふさわしいのは私よ! それに……そんな鈍重な身体で守れるっていうの?」
「あら、全姉妹の中で最高の防御力だってお忘れかしら? 出力も貴方よりも高いですわ、何の問題もありません」
キャロルはフローラの提案に即座に反論するが、フローラもまた譲るつもりはなかった。
二人の間に緊張感が漂い始め、カイはまたしてもため息を吐いた。
「あー……どっちにしろ、一人で行くわけにはいかないってことね。分かったよ、護衛を連れて行く。あとは誰が行くか、二人で決めちゃってくれ」
そう言って、カイは再びメーレスクローネへの航路をオベリスクに設定し、二人のやり取りを静かに見守りながら進んで行った。
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