5-8
カイは制圧した海賊船のブリッジで、端末に指を滑らせながら膨大なデータを精査していた。
行動履歴、通信ログ、略奪品のリスト。どのデータも目的に迫るための手がかりだった為、一旦そのすべてを手持ちの端末に落とし込むことにした。
データをコピーしている間、カイは海賊の拠点と思われる惑星メーレスクローネの詳細な位置を探っていた。
その中で奇妙な事実に気が付いた。
「うーん? ここ、ヘルガが居るリゾート施設じゃないか」
この海賊――バルタザールは、惑星メーレスクローネに度々降下している事が分かった。
そして、その降下先は二カ所あり、そのうちの一つは先日カイが降り立ったリゾート施設だった。
確かにヘルガからは、最近海賊が降下して略奪するようになったとは聞いていたが、リゾート施設には防衛隊が常駐しているため被害はないとも語っていたことを思い出す。
ではなぜ海賊がそんな場所へ度々降下などしているのか。
仮に海賊が略奪もせずに、リゾート施設へ降下していた場合、なぜそんな大事をヘルガは伝えなかったのか。
カイの中で疑惑が深まる一方だった。
その最中、静寂を破るように扉が静かに開き、フローラが戻ってきた。
彼女の姿にカイは一瞬目を細める。額に浮かぶ汗と、わずかに乱れた髪。カイはすぐにその状況を察知し、思わず心の中で苦笑した。
「1時間半か……ストレス発散も兼ねてって感じか?」
カイは、皮肉混じりにそう言うと、大きな溜息を吐いた。彼の目はフローラの軽い汗を見逃さなかった。
「ふふ、少し手こずりましたわ。相手が思いのほか頑張ってくれまして……」
フローラは軽い笑みを浮かべて言い訳のように言ったが、その目はカイが全てを見抜いていることを理解していた。
カイは再び端末に目を戻しながら、ため息をつきつつも手を止めることはなかった。
彼女のやり取りはいつも通りで、カイは深く考えることを避けた。
「で、そちらの守備は?」
フローラがカイに歩み寄り、端末に目をやりながら訊ねる。
ふわりとフローラから甘い香りが漂い、カイの鼻先をくすぐる。
どうやらシャワーを浴びて来たようで、制圧したとはいえ見知らぬ海賊の船で好き放題するフローラに、カイは再び小さな溜息を吐いた。
「必要な情報は手に入れたよ。……もしかしたら、この一連の事件は身近なところから始まっていたのかもなあ」
「身近なところ?」
フローラの表情が一瞬で真剣に変わる。
カイはその視線を受けながら、言葉を選んでいた。だが、すぐに話すべきか躊躇する一瞬があった。
カイが言葉を発しようとしたその瞬間、通信端末が甲高い音を立てて、キャロルの緊急の声が飛び込んできた。
『ご主人様、緊急よ。海賊が来ているわ、それも複数! すぐに戻って来て!』
「規模はどれくらいだ?」
『大型艦1隻、中型艦2隻。ナイトフォールだけじゃ、ちょっとマズイかも』
「げ、それはちょっと手に負えないな。すぐに戻る!」
カイはすぐに決断すると、素早くブリッジから出ようとする。
が、途中で何かに気付いて再び船長席に戻り、急いで手元のメインディスプレイを作し始めた。
「カイ様、なにを?」
「いや、このまま船を使われるのも何だからな、自爆させとこうかと……」
「なるほど、まあこの船の生存者は私たちだけですし問題ありませんわね」
システムロックを素早く解除して、カイは船の自爆機能を立ち上げた。
すると、程なくして船内に無機質な音声が響き渡り、退避勧告が始まった。
『自爆シークエンスが開始されました。全員、至急退避してください』
問題なくシステムが作動した事を確認した二人は、ブリッジから駆け出し、ナイトフォールへと急いだ。
船内の薄暗い廊下を駆け抜ける中、カイは時間を確認し、残りわずかな猶予を計算していた。
開け放たれたエアロックに飛び込むようにして、ナイトフォールに到着すると、カイは即座にキャロルに通信を入れる。
「キャロル、緊急発進だ!」
『了解! ブースター全開で行くね!』
ナイトフォールに乗り込んだカイとフローラが座席に着くと、キャロルは迷いなくブースターを全力で稼働させた。
艦体が振動し、外部の光景が急速に流れ去っていく。彼らの背後には、迫り来る海賊艦隊の姿が徐々に明確になり、数発の砲火がこちらに向かって発射された。
「うお! 撃って来た!!」
「あんな距離からじゃ当たらないわ、任せて! ハイパードライブ起動!」
ナイトフォールは一気に加速し、砲火を華麗に避けながら、ジャンプ準備を整えた。
ディスプレイにはハイパードライブのカウントダウンが開始されていく。
背後で海賊艦からの砲撃が続く中、カウントがついに0となり、ハイパードライブが点火し空間が歪み始めた。
瞬く間に、ナイトフォールは空間の歪みと共に消え去った。
一歩遅れて、カイたちが立ち去った場所へ、3隻の海賊船がやってくる。
海賊たちは、ナイトフォールを追撃しようとするも、その姿はすでに虚空に消えていた。
彼の手下たちはスクリーンを凝視し、航跡残滓も完全に飛散していることに気づくと、誰もが悔しそうな表情を浮かべていた。
『くそッ! 一歩遅かった……!』
『どうするリカルド兄貴?』
3隻の海賊を率いていたのは、そのうちの一人リカルドという男だった。
リカルドは、しばらく無言のままディスプレイを見つめていたが、何かを考えている様子だった。
彼の鋭い直観は、ただ追いかけるだけではない何かを感じ取っていた。
「もういい、追っても無駄だ。それに……他に気になることがある」
そう言うと、リカルドは腕を組み、深く考え込んだ。
バルタザールからの緊急救援信号を受けて駆けつけたが、彼らが到着した時にはすでに手遅れだった。問題は、その後に見つけたものだった。
途中で確認したバルタザールの船――それは自壊していた。
攻撃によるものではなく、自爆によってのものだった。その事実がリカルドの胸に一抹の疑念を植え付けた。
「……バルタザールの船はなぜ自爆した? 普通は自分の船を自壊させるなんてことはしない、やるとすれば第三者だ。つまり、そこで重要な情報が漏れた可能性がある……」
『犯人は今逃げたやつか!』
手下の一人がリカルドの推測に驚き、少し声を上げた。
リカルドは短く頷き、決断した。
「別の星系へ移動する。このヴァルデック侯爵星系は、もう危険だ。大きな動きが始まる予感がする」
『兄貴、何か分かったのか?』
『そらまた急に……もしかして、いつもの?』
リカルドの部下たちは一瞬困惑したが、すぐに彼の直観力に惹かれて付いて行くことを決めた過去を思い出した。
彼の判断はいつも正確であり、彼の命令に従うことはすでに自分たちにとって習慣となっていた。
「俺の勘を信じろ。すぐに準備を整えて、移動するぞ!」
『了解……兄貴がそう言うなら、俺たちも従うぜぇ!』
手下たちは彼の命令に従い、3隻の海賊船が別の星系へと向かう準備を始めた。
こうして、ヴァルデック侯爵星系からリカルド率いる3隻の海賊船が静かに姿を消していった。
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