5-7
カイはコックピットでモニターを見つめながら、フローラからの報告を待っていた。
彼女とキャロルが海賊船に乗り込み、制圧作戦を展開している。
ナイトフォールの操縦席で、カイは冷静さを保ちながらも、内心では緊張が高まっていた。
数分後、通信が入る。
『カイ様、海賊船の制圧が完了しました。船長以下ブリッジ要員を問題なく確保しましたわ』
フローラの落ち着いた声が聞こえ、カイは胸を撫で下ろした。
彼女たちの高い白兵戦能力には何の疑いもないが、万が一という可能性は常に存在する。
カイはフローラたちに危険な対応を任せる際には、心の片隅でいつも不安を感じていた。
そうして、今回も無事に制圧が終わった報告を聞いて、カイはひっそりと内に留めていた重い息を吐いた。
「よくやった、フローラ。キャロル、戻ってきてくれ。俺と操縦を代わって欲しい」
通信でそう指示を出すと、キャロルは数分後にナイトフォールへ戻ってきた。
彼女は無言でコックピットに入り、カイと目が合うと小さく頷いた。
「ご主人様、船内はもうほとんど片付いているけれど、トラップの類が無いとも言えないわ。十分、気を付けて」
「ああ、わかった」
キャロルの冷静な報告に、カイは彼女に軽く笑みを返しつつ、操縦を引き継ぐ。
そうしてカイは、ナイトフォールから海賊船に自ら乗り移る。
エアロックから海賊船に移った、カイは重々しい足取りでブリッジに向かう。
フローラとキャロルが掃討した後の船内は、無重力に従い漂う物体で満たされていた。
それは物体というよりも、船員たちの無惨な死体だった。どの死体も、頭部に焼き焦げた穴が開いており、一撃で殺されていたことが明らかだった。
「うげ……相変わらず、すごいな」
カイは今までにも散々似たような死体を目にしてきたが、一向にその光景に慣れるということはなかった。
正確無比で容赦のない攻撃に自分が晒されたと思うと、ゾッとする思いだった。
なにより、こうしてキャロルやフローラの戦闘能力の高さをまざまざと見せつけられると、改めて二人の冷徹さには心の奥底から震えがくる。
そうして浮かぶ死体を避けながら、カイは慎重に進んだ。
船内には全く音がなく、静寂が支配していた。
やがて、ブリッジにたどり着くと、そこには麻酔で眠らされた生き残りが数人残されていた。
カイは周囲を確認すると、フローラに目を向けた。
「よしフローラ、こいつらを尋問してくれるか。来る途中に都合の良い部屋があったから、そこを使ってくれ。聞き出す情報は……」
「拠点の在処。指揮する者の存在と情報。あとは、"市場"の場所。こんなところでしょうか?」
カイは、自分の言いたかったことを先回りして答えたフローラに、軽く頭を掻きながら微笑んだ。
「……その通り」
「ふふ。カイ様の考えは、手に取るように分かりますわ。では、30分から1時間ほどで、結果を出せるかと」
そう言って、フローラは麻酔で眠っている海賊たちを見下ろしながら、ゆっくりと彼らを連れてブリッジを後にした。
カイはフローラたちが去っていくのを見送り、ふと静かになったブリッジに立ち尽くした。
船内の静寂が再びカイを包み込む。
フローラの冷静な対応に感心しながら、カイは早速、自分の仕事に取り掛かることにした。
「さて、俺はデータ漁りと行きますか」
カイはゆっくりと海賊船の船長席に座り、コンソールに指を滑らせる。
すぐにシステムが起動し、船内のデータベースが開かれた。船の行動履歴、航路、略奪品のリストが次々と画面に表示されていく。
慎重にデータを洗い出し、細かい情報を確認していった。
海賊船の行動パターンや、最近の略奪品がどの星系で手に入れたものか、その記録が次々と浮かび上がる。
その中で、一つだけ気になる点を発見する。
航路を見ていると、度々一つの惑星に立ち寄っていることが分かった。
初めは略奪の為、地上の集落でも定期的に襲っているのかと思ったが、品物リストの中にはその惑星の記載は一切なかった。
では何のために惑星降下しているのか。
その答えは一つしかない。
「おいおい、1発目からアタリ引いた感じか?」
カイはすぐさま、その惑星――メーレスクローネのどこへ降下しているのかを調べてく。
◇◇◇
「さて、サクっと終わらせましょうか」
フローラは腰のユーティリティポーチから
すると海賊たちは激しく身体を痙攣させ始め、程なくすると一人ずつ意識を取り戻していった。
「くそ……ここは……」
「頭が……目眩がする」
「……」
だが計算外なことも起こる。
目覚めさせた3人の内、一人は注射された薬に耐えきれずに口から泡を吹いて白目を向いている。
その顔は紫色に変容しており、明らかに生命が停止していることが分かった。
そんな海賊の哀れな姿を見て、フローラは小さく溜息を吐く。
そして、まるでそこに何も居ないかのように話し始めるのだった。
「お目覚め? 時間も限られていることですし、手早く済ませていきますわよ。まず、貴方たちの残りの寿命は早くて30分。長ければ1時間は生きられますわ」
目覚めた直後にフローラから告げられた死の宣告に、残った二人の海賊は、その言葉の意味を飲み込むのに若干の時間がかかった。
そして、その言葉の意味について考えた時、ふと隣で死んでいる仲間の死体を見てすぐに悟る。
自分たちに注射された薬の効力、それが発揮する時間だということに。
「くそがッ! 解放しろ!!」
「こ、こんなところで死にたくない! 恋人がいるんだ!」
突然迫った間近な死の影に面白い様に怯える二人を見て、フローラは笑みをこぼす。
全く持って都合の良い展開に、思わず素で笑ってしまったのだった。
「あらあら、そんなに騒ぐとクスリが速く回りますわ。落ち着いて、ね?」
「フゥー! フゥー……!」
「た、頼む! 何でも話す!」
一人は興奮収まらぬ様子で、フローラを睨みつける。
もう一人は、真っ青な顔をして命乞いをしていた。
そんな両極端な二人を見て、予想外に時間短縮出来たことに内心で喜びながらフローラは言葉を続ける。
「さて、手早く行きましょう。質問は3つ。嘘を付いたらお終い。無言でもお終い。素直に話してくれればご褒美を差し上げますわ」
フローラは、二人の海賊を見渡しながら、静かに続けた。
「まず最初の質問よ。あなたたちの拠点はどこかしら?」
「……メーレスクローネのリゾート地帯だ。そこが俺たちの拠点だ」
「違う……俺たちの拠点は、メーレスクローネの海中プラントにある。リゾート地帯には物資の保管場所があるけど、俺たちが隠れてるのはそこじゃない……」
二人の答えが食い違った。
どちらも嘘をついているようには見えないが、明らかに矛盾している。フローラは少しだけ思案し、次の質問に進むことにした。
「指揮を取っているのは誰かしら? 本当の頭領は誰?」
「バルタザールだ。あいつが俺たちの全てを仕切っている。疑う余地はねえよ」
一方で、恭順な海賊は即座に否定した。
「いや、バルタザールはただの表向きのリーダーだ。本当の指揮を取っているのは、バックにいる大物だよ。そいつの名前は……知らない。だが、バルタザールが何度か連絡を取っているのを聞いた! 嘘じゃない!」
フローラは無表情のまま、最後の質問を投げかけた。
「市場の場所を教えて」
反抗的な男はその問いに答えなかった。
代わりに、恭順な海賊が口を開いた。
「市場はヴァルトシュテルンの軌道上にある非登録の貨物ステーションだ……そこで取引されている」
フローラは一瞬目を閉じて、静かに考えた。
両者の話は、それぞれ異なる答えを示していたが、どちらも本当らしく聞こえた。
しかし、真実は一つだけ。彼女は慎重に一つ一つの要素を整理し、冷静に判断を下した。
「なるほど……確かに二人とも"嘘"は付いていませんわね」
「当たり前だろうが! 命掛かってるんだ、嘘は付いてねえ!」
「お、俺もそうだ! 知っている事は全部話した!」
フローラはゆっくりと椅子に腰を下ろし、両者の答えを反芻した。
彼女の鋭い観察力は、二人の言葉がどちらも真実であることをすでに見抜いていた。
ではなぜ二人とも答えが違うのか。
それは彼らの持っている情報の範囲や認識に違いがあるからだ。
「拠点は惑星メーレスクローネに2つ存在していますわ。1つは、地上のリゾート施設。そこを隠れ蓑にして、略奪品を保管しているのでしょうね。
そしてもう1つは、海中のプラント。これは海賊船の整備や補給を行うための大規模な施設。こちらがメイン、本拠地とも言える場所ですわね」
地上のリゾート施設は、確かに拠点の一部だろう。だが、そこは実際には単なる略奪品を一時的に保管する倉庫であり、本拠地は海中プラントだと言う事をフローラは見抜く。
惑星降下だけでなく、潜水も可能な航宙艦は限られるが、恐らくこの船はそれが可能なのだろうと考えていた。
反抗的な海賊は、驚いたように目を見開き、恭順な海賊もその言葉に何度も頷いていた。
フローラは、彼らが自分の分析に納得しているのを確認し、次の問題に移った。
「そして、指揮を取っていたのは、そこに居る死んでいる男。彼がバルタザールね? 彼があなたたちを纏めていた。だが、彼もまた何者かの指示で動いていたのは確かでしょうね」
フローラは淡々とそう言いながら、死んだバルタザールに視線を向けた。
その形跡は、この船の通信履歴などを探ればすぐに見つかるだろうことも容易に予想がついた。
実に運が良いことに、この海賊船は自分達が知りたかった情報の倉庫だったと知り、フローラは自然と笑みを浮かべる。
「最後に、市場の位置については単純な話ね。あなたは単にその場所を覚えていないだけ。もう一人は、正確に覚えていただけですわ」
反抗的な海賊は軽く舌打ちをし、悔しそうに視線を逸らした。
一方、恭順な海賊は安堵の表情を浮かべた。
そして、全ての質問を終えたところで、すぐに反抗的な海賊が声を上げた。
「なあ! もう答えたんだ! さっさと解毒薬をよこせよ!」
彼の声は苛立ちと焦りで震えていた。
恭順な海賊もその言葉に続けて叫んだ。
「俺もだ! 全部話した! お願いだから、早く……!」
フローラは彼らの言葉を無視するように、ふと時計に目を落とした。
時刻は尋問を始めてから間もなく30分が経過しようとしていた。フローラはその事実に気づくと、にやりと微笑んだ。
「そうね、もう30分が経過しようとしていますわ」
フローラの言葉に、二人の海賊は顔色をさらに青ざめさせた。
激しく発汗し、呼吸は荒々しく、明らかに恐怖が彼らを支配している。
「何だよ! お前、解毒薬をくれるんじゃなかったのか!? 約束だろうが!」
「そうだ! 俺たちはちゃんと答えたんだ! ふざけるな!」
その瞬間、フローラは突然、笑い声を上げた。
美しい顔に冷たい笑みを浮かべたまま、彼女は楽しそうに肩を揺らして笑い続けた。
二人の海賊は、予想外の反応に困惑し、恐怖をさらに募らせた。
「ふふふ……おかしいわね。あなたたち、まさか本気で毒を盛られたと思っているの?」
「は……? どういうことだ……?」
「最初に注射したのは、覚醒作用のある強心剤。確かに劇薬ではあるけれど、毒薬ではないですわ」
二人の海賊はその言葉に目を見開いた。
「じゃあ……死ぬって言ったのは……?」
恭順な海賊は、まるで騙されたと悟ったような表情を浮かべた。
「それは、答えをちゃんと言わなかった場合ですわ。拷問から得られる情報は精度に欠けますから、嘘を言えばその場でサクっと殺す予定でしたのよ」
フローラは涼しげにそう言いながら、まるで悪戯に成功した子供のように微笑んだ。
その姿に二人は激しい汗をかきながらも、背筋が凍るような錯覚に陥った。
「で、でも……バルタザールは死んだぞ! どういうことだ!?」
「ふふ、この男が死んだのは、彼の日頃の不摂生が原因でしょうね。急激な強心剤の作用に、心臓が耐えられなかっただけ。私のせいではなく、彼の身体が悪かったのですわ」
フローラは軽く肩をすくめながら言った。
その言葉を聞いた瞬間、二人の海賊は顔を見合わせ、深いため息をついた。
そして、まるで重い荷物を下ろしたかのように、彼らの表情に安堵の色が広がった。
「なんだ……そういうことかよ……」
「助かるのか……? 本当に……?」
恭順な海賊は、半信半疑のまま、フローラに目を向けた。
フローラは彼に向けて、微笑みながら言った。
「ええ、安心して。これで終わり……それじゃ、残り30分はご褒美タイムといきましょうか」
突如、フローラの声が先ほどまでの冷徹なトーンから一変し、どこか妖艶な響きを帯びていた。
「おクスリの影響で、元気になっていますし、それなら多少は楽しめますわ」
フローラは首元のスイッチに触れると、重要な部分を覆うプレートが静かに解放されていった。
その音に、二人の海賊は一瞬固まり、次に見た光景に思わず生唾を飲んだ。
「な、なんだ……」
「えぇ……」
二人の海賊が、困惑しながらもフローラの動きをじっと見つめた。
フローラは微笑みを浮かべながら、ゆっくりと二人に近づいていった。その歩みは、まるで獲物に近づく捕食者のようだった。
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