5-6

 海賊の拠点を探し当て、それを星系防衛隊へ知らせ対応して貰う。

 防衛隊が海賊を叩いてくれるまでの間の防衛は、パイロット連盟へ依頼を出して他の独立パイロットたちに請け負ってもらう。


 カイは方針を固めると、すぐに連盟に複数のパイロットたちへの定期巡回依頼を出していた。

 しかし、次の方針が固まったのは良かったが、問題はその拠点をどう探すかだった。


 基本的に拠点探しは時間がかかる。

 しかし、そんな悠長なことはしていられない。

 今ある限られた情報だけで、なんとか海賊の動向を掴むべくカイは思案していた。


 腕を組み、眉間にしわを寄せながらメインディスプレイを見つめる。


 広がる星図には、これまでに遭遇した海賊の襲撃地点が点でプロットされている。それらは星系全体にばらけており、一見無秩序に思える配置だった。

 しかし、その不自然さこそがカイの胸中に引っかかっていた。


「普通、海賊は儲かるところを狙うよな? 例えば主要な航路とか、資源が集中している惑星とか。だが、今回は……」


 カイはつぶやきながら、襲撃された各地の座標を指でなぞる。

 地図上に散りばめられた地点は、まるで誰かが意図的に均等に配置したように見える。

 実にそれがキナ臭い。


「一般的に交通量が多い航路か、物資が集まる惑星の近くに集中するものですわ。けれど、この星系ではそれが見られない。むしろ、わざと分散させているように思えます」


 まさにフローラが指摘した通りだった。

 カイ達はこの一ヶ月、休まずに馬車馬のように働き続けていた。


 その結果、ヴァルデック侯爵星系の主要な惑星を何度も巡り回ることになったのだが、その全てで海賊たちが襲撃してくるという状況が発生していた。

 一見すれば海賊が非常に多いということだが、問題はという点だった。


はずなんだよ、美味しい餌場に殺到するのが連中の常識だ。なのに、大した旨味の無い辺境惑星にすら頻繁に現れている」

「単に飽和状態という線はないかしら? 海賊って上下関係厳しいじゃない、それで美味しい狩場から焙れた連中が辺境に沸いて出ているとか」

「実際その通りなんだと思うぞ。だけど、それでもこの散らばり方は意図的に見えるんだよなあ」


 キャロルの指摘はもっともで、海賊たちは上下関係がはっきりしている。

 異なる海賊団同士であっても、より知名度を持つ海賊団が優先権を持ち、美味しい狩場を独占できる。


 結果として旨味のある狩場では、海賊被害は実のところ限定的となる。そこを狩場とする海賊の総数が少なくなるからだ。

 そして、焙れた海賊は旨味の無い場所で延々と獲物が掛かるのを待つことになる。


 仮に獲物が引っ掛かっても、輸送艦に偽装した囮艦であることも多く、そのまま狩られてしまう。

 そのような環境にあっても、海賊は自らの知名度を上げる事に躍起となり、例え勝ち目の薄い戦いであっても果敢に挑んで来る。


「カイ様、ちょっと待ってくださいませ。そのデータ、もう少し詳しく確認しますわ」


 フローラはカイの言葉を聞いてすぐにディスプレイに手を伸ばし、ヴァルデック侯爵星系全体の海賊被害位置をプロットし始めた。

 星系防衛隊が公開しているデータを読み込み、彼女はカイが描いた座標に重ねて表示させた。


 その結果は明らかだった。

 やはり海賊の襲撃位置は、星系のどの地点でもしていた。

 惑星の輸送路も、辺境の惑星でも、全てのエリアが等しく海賊に狙われていた。


「やはり……。これはただの自然な海賊行為ではありません。誰かが裏で彼らを誘導して、全ての惑星や航路に襲撃を行わせていますわ」


 フローラの声に、カイは眉をひそめた。

 彼女の確信に満ちた言葉は、カイが抱いていた疑念をさらに深めた。


「じゃあ、防衛隊がうまく動けていないのも、そのせいか?」

「そうですわ。防衛隊の情報が海賊にリークされているから、彼らは先回りして襲撃を避けられているのです。防衛隊の行動を知っている者が、海賊に情報を流しているに違いありません」


 フローラの分析にカイは深く息をついた。

 これで一連の違和感の正体が明らかになった。誰かが意図的にこの星系全体に混乱をもたらし、防衛隊の行動を妨害していたのだ。


「となると、裏で糸を引いているやつを突き止めるためにも、事情聴取をする必要があるな」


 カイは自分の考えをまとめながら、ディスプレイを見つめていた。

 "事情聴取"という言葉を聞いて、フローラとキャロルは挑発的な笑みを浮かべる。


 この星系に来てからと言うもの、散々海賊には辛酸を舐めさせられたのだ。

 ついにその借りを直接返せる機会が訪れようとしていた事に、二人はやる気に満ち溢れていた。


「白兵戦の準備をしてくれ。二人には海賊船に直接乗り込んで、中からデータを奪って貰う。ついでに船長も拉致して持ち帰って欲しい。できるか?」

「余裕ですわ」

「元特殊部隊の隊員が二人も居るのよ? 海賊相手なんて簡単だわ」


 二人の頼もしい返事を聞いて、カイは少したじろぐ。

 度重なる海賊からの襲撃に、思いのほか鬱憤が溜まっていたらしい。毎日、あれだけ"ストレス発散"に付き合っていたというのに……。


 カイは頭を振って気を持ち直すと、次の行動の準備を始めるのだった。

 メインディスプレイに手を伸ばし、静かにオベリスクを特殊なモードへと切り替えた。


 ディスプレイには『ゴースト・ガーディアンシステム』の表示が映し出され、艦全体が低い振動音と共に安定した動作に移行していく。


「これでよしっと、さっさと出ないと蒸し焼きだ」


 カイはそれを確認すると、深く息を吸い込み、立ち上がった。

 これから向かうのは第2ハンガー。そこには、戦闘の準備を終えた仲間が待っている。


 オベリスク内部は薄暗く、静けさが広がっていた。

 通路に足音が響く度に、カイはこれからの作戦に対する緊張感を強く感じていた。

 ハンガーの扉が開くと、目の前に現れたのはいつもと違う二人の姿だった。


 普段のパイロットスーツではなく、黒いバトルスーツに身を包んだキャロルと、白いバトルスーツを纏ったフローラ。彼女たちは、普段の柔らかい雰囲気とは異なる、鋭い目つきをしていた。


 キャロルの桃色の髪がヘルメットの隙間からちらりと覗いており、口元に笑みを浮かべながらも、瞳の奥には覚悟が見え隠れしている。


 一方でフローラはその青い瞳で冷静にカイを見つめ、優雅さの中に潜む鋭い気配を感じさせていた。二人は今、この瞬間に備え、精神を研ぎ澄ませていた。



「準備は?」


 カイは静かに問いかけた。二人は迷いなく頷く。


「準備万端よ、ご主人様」


 キャロルの声には、普段の陽気さとは異なる真剣さがこもっていた。


「私も問題ありませんわ、カイ様」



 フローラの声には、冷静な自信が漂っていた。

 カイは短く頷くと、ナイトフォールへと乗り込む。

 普段ならば、この艦の持ち主であるキャロルがコクピットへ座るところだが、今回はカイが収まる。


 周囲の計器類を確認し、発艦準備が整っていることを確認していく。

 頭上のシャッターが静かに開き、ナイトフォールがゆっくりとハンガーと共にせり上がっていく。


 程なくして重々しい機械音が響き、ナイトフォールを固定していたロックが全て解除された。

 カイがフッドペダルを踏みこむと、ナイトフォールは音も無く宇宙空間へと飛び立った。


 初めて操縦する艦ではあったが、基本的な操作は全て統一されているユニバーサル仕様の為か、手間取ることなく操縦する事ができた。

 ナイトフォールが発艦して程なくして、オベリスクが光学迷彩オプティカルクロ-クを起動し、まるで宇宙の闇に溶け込むように消えていった。


「よし、オベリスクの機能は順調だな」


 無人となったオベリスクは、その存在が海賊に知られれば恰好の餌食となる。

 そのため、カイはオベリスクの防衛システムを最大に引き上げ、無音駆に加えて光学迷彩で不可視化される自動防衛モードを起動させた。

 これであれば、ピンポイントスキャンでもされない限りは検知するのは難しい。


 カイはオベリスクの機能が問題ないことを確認したところで軽くスラスターを操作し、ナイトフォールを目的地へと加速させていく。

 星々が背景に広がり、静かに流れていく宇宙の中で、胸には次の戦いへの期待と不安が交錯していた。


「全員、集中しろ。ここが正念場だ」

「はい、ご主人様」

「了解ですわ」


 カイの指示に応え、二人もまた深い息を整え、戦闘への意識を高めていった。

 ナイトフォールは加速し、宇宙の深淵へと飛び込んでいった。

 



 ◇◇◇



 

 宇宙の闇を突き進む海賊船は、刺々しい装飾に覆われ、その威圧的な姿は他の船を容易に恐怖に陥れる。

 船体は何度も改造され、もはや元の形を想像することすら困難だった。

 エンジンの唸り声が船内に響き、冷たい金属の床を振動させている。


 この船の船長こと、バルタザールの陽気な笑い声と粗野な言葉が飛び交っていた。海賊たちは、成功した略奪の喜びに酔いしれていたのだ。


 近くの交易船や地上セトルメントから奪った戦利品は山のように積まれている。特に、数日前に捕まえた奴隷たちの存在は、船員たちをさらに興奮させていた。


「ははっ、今日の獲物はしょぼかったが、それでも十分だ!」


 バルタザールの太い声が船内に響き渡る。

 彼の目の前には、奪ったばかりの物資が無造作に積まれていた。バルタザールはその中でも特に目を光らせる戦利品に手を伸ばし、粗野な笑みを浮かべていた。


 今日襲撃した地上の集落は、老人ばかりだった為、目ぼしい物はなかった。

 それでも、何の被害も無く略奪出来たのだから十分な利といえた。


「人間狩りも順調だし、言うことないな。最近の民間人どもは目の前で一人か二人ばかし殺してやれば、大人しく捕まってくれるから楽なもんだ」


 バルタザールは椅子にどっしりと腰を下ろし、目の前のディスプレイで戦利品の価値を確認していた。

 ちょうどその時、ブリッジにいる部下から報告が入って来る。

 

「船長! 新しい通知が来ました!」


 副官が大声で報告すると、バルタザールはゆっくりとディスプレイに視線を移した。

 そこには次の目標が記された通信が表示されていた。その内容を一瞥したバルタザールは、口元に不気味な笑みを浮かべる。


「いいぞ……次は大物か。急いで略奪品を拠点に運び込んで、次の狩りに行くぞ!」


 船バルタザール長は意気揚々と立ち上がり、指示を出そうとしたその瞬間、船体全体が盛大に揺れた。

 続けざまに船内にアラート音が鳴り響き、船員たちは一斉に顔を曇らせた。


「船長! 介入制圧インターディクトを受けています!」

「馬鹿野郎! 振り切れ!!」


 操舵担当の船員が焦りを滲ませながら報告する。

 必死に操舵を続けるも、略奪品を満載にしているせいで船が重く、回避行動を取るのが困難だった。


 介入制圧インターディクトから逃れようと操船を続けるが、そのまま逃げ切ることは出来ずに通常空間に引きずり戻されてしまう。

 逃げ切る為、出力を上げていたことが災いして海賊船は激しく乱回転してしまっていた。


 その最中、猛烈な振動が船体を襲った。

 シールドが一気に弱まり、レッドゾーンに突入したことを知らせる警告音が鳴り響く。


「し、シールド消失限界です!」

「早く船を立て直せ! ……クソッ、警告も無しに攻撃だと!?  端から撃沈目当てか!」


 バルタザールは動揺して叫ぶ。

 敵は容赦なく攻撃を続け、船のシールドは瞬く間に消失した。


 次いでスラスターが破壊され、海賊船は完全に動きを封じられた。

 船内にパニックが広がる中、さらに激しい振動が船体を揺らす。


「船長! エアロックが強制的に開放されました! 誰かが侵入してきます!」


 別の船員が叫びながら報告すると、バルタザールは顔を歪め、慌てて船内放送を使った。


「全員、武装しろ! 白兵戦だ、侵入者を叩きのめせ!」


 船内に緊張が走り、武器を手にした海賊たちが各デッキに散らばっていった。

 バルタザールは眉をひそめ、額には冷や汗がにじんでいた。


 エアロック付近で船員たちが必死に迎撃態勢を整えていることは分かっていたが、それだけで状況を乗り切れるとは思えなかった。


『配置完了! エアロックで迎え撃ちます!』


 通信越しに船員の焦った声が飛び込んでくるが、その声は張り詰めた恐怖を隠せていない。

 だが侵入者が突入してくる前に船員たちが防備を固められたのは幸いだった。僅かな安堵感がバルタザールの心の中で生まれる。

 しかし、その安堵も束の間だった。


『うわあああっ!』

『ば、馬鹿! むやみに撃つな!』


 通信機から耳をつんざく悲鳴が響き渡る。

 続けざまに、怒号、銃声、さらに何かが激しく破壊される音が立て続けに聞こえてきた。船員たちが次々に撃ち倒されていくのだ。


「おい、何が起きてる!? 状況を報告しろ!」


 バルタザールは通信機に向かって叫んだが、返事はなかった。

 応答は……無い。

 彼の心臓が早鐘のように打ち始める。


「まさか……全滅、だと?」


 通信機からはもう、何も聞こえない。

 怒号も悲鳴も、ただ無音が支配する。バルタザールの喉は乾き、心に押し寄せる冷たい恐怖が逃げ場を奪っていく。


「だ、脱出ポッドだ……ポッドで逃げるしかない!」

「船長!?」


 生き残るために、バルタザールは本能的に脱出ポッドを思い出した。

 だが、すでに時間が無いことを理解する。恐ろしいほどの速さで船内が制圧されつつあるのだ。

 そのときだった。耳をつんざくような轟音と共に、ブリッジの扉が爆風で吹き飛んだ。


「汚物は消毒ですわー!」

「なっ……!」


 息を呑む間もなく、扉の破片が床に散らばり、煙と共に二つの人影が姿を現した。

 バルタザールは慌てて銃を掴もうとしたが、その動きは一瞬で止まった。

 自分の手が、まるで感覚を失ったかのようにピクリとも動かないのだ。


「いったい……何が……?」


 バルタザールが見ると、自分の手は撃ち抜かれていた。

 鈍い痛みが遅れて脳に伝わる。

 ほかのブリッジにいた二人も同様に撃たれ、苦悶の表情を浮かべながら倒れこんでいた。


 バルタザールの視線の先にいたのは、桃色の髪をなびかせた黒のバトルスーツを纏う女と、金髪をたなびかせた白のバトルスーツの女。

 僅か二人の侵入者だった。


「た、たった二人で……全員を……!?」

「ハイハイ、さっさと寝ちゃってよ」


 バルタザールの震える声は、次の瞬間麻酔弾によってかき消された。

 彼の意識が遠のき、暗闇が視界を包み込んでいく。


「これ……で、終わりか……」


 バルタザールの最後の思考は、まさに恐怖そのものだった。

 全員がこの二人に蹂躙された――その事実だけが、船長の胸に重くのしかかる。

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