5-2
カイたちの旅は丸二日を経過し、オベリスクはようやく9000
犯人を追っているということもあって、カイたちは8時間ごとのシフト制体制を組んでオベリスクでの移動を強行した。
オベリスクの最大ジャンプ距離は1000LYにも及び、ジャンプに要する時間も1時間ほどしか掛からない。
しかし、その分ハイパードライブの冷却時間は3時間と長大だ。
通常は最大ジャンプ距離で飛ぶのではなく、冷却時間が10分程度で終わる距離で小まめに移動していくのが推奨されている。
これは一般的な海賊対策であり、海賊と遭遇した場合でも、冷却時間が短ければ容易に離脱可能だからだ。
しかし、カイには防衛戦力としてキャロルと、その相棒の小型戦闘艦ナイトフォールという心強い味方がいた。
そのため、時間を惜しんでオベリスクの最大ジャンプ距離での移動を決行したのだった。
1日で6000LYもの距離を走破したことで、艦内には少なからず疲労感が漂っている。カイはメインパイロットシートで計器の数値を確認し、眉間にしわを寄せた。
燃料タンクに残されたトリチウムはすでに限界に近づいていた。
「ふぅ、やっと着いたか。……トリチウム残量、ギリギリだな。前回は半分しか補充しなかったからなあ。ここいらで、一度満タン補充しておくか」
カイがそういうと、隣にいたフローラが前方に目を向けた。
彼女の視線の先には、星系の中心に浮かぶ
連邦でも同様のステーションは存在するが、帝国領においては外観が大きく変わっていた。
全体的に煌びやかな塗装が施されており、優雅さが感じ取れる。
貴族の威厳と帝国の規律が凝縮されたようなその姿に、フローラは軽く微笑んだ。
「あれが、リヒトホーフですわね。アルテンシュタイン星域の中でも交易が盛んな場所ですから、仕事を探すにはうってつけですわ」
「連邦のとは違って、随分と立派なステーションね! もしかして、専用ベイの利用料も違うのかな?」
「うっ……ま、まあ今は懐に余裕があるからな! 多少高くても、何とかなるはず……!」
基本的には宇宙ステーションの利用料というのは、人口が集中しているコア星系ならば、どこもだいたい同じというのが連邦での常識だ。
ステーションの運営は原則として星系毎に行ってはいるが、大した理由もなく価格を釣り上げているステーションがあれば、連邦政府が介入して是正する仕組みとなっている。
逆に正当な理由があれば、価格は変動的となる。分かりやすいのが、極端な遠方にステーションがあったり、紛争や飢餓状態といった異常事態の場合などだ。
カイはこの連邦での常識が帝国でも同様であることを願いながら、眼前に迫ったリヒトホーフへ着艦申請を要求するのだった。
『こちらリヒトホーフ管理局。オベリスクの入港許可を確認。母艦用ドッキング・ベイの利用料は30万クレジットとなります』
「うへえ、30万かあ……まあ、ギリ範囲内か」
請求された利用料は連邦領と比較して、高いものの許容範囲内であったことにカイは胸を撫で下ろす。
これが倍額以上となれば、燃料補給や整備費用で大量出血を強いられるところだった。
進路をリヒトホーフへと合わせ、ゆっくりと進むオベリスクの動きを見守った。次の一手に向けて、カイたちの旅は再び動き出そうとしていた。
◇◇◇
「あー……すっかり忘れてた」
リヒトホーフにあるパイロット連盟支部のカウンターで、カイは間抜け面を晒していた。
そんなカイに対し、受付の若い男性職員は苦笑いを浮かべていた。
「意外と忘れがちですよ、みなさん。国家間の移動は、交易中心のパイロット以外では、あまり多くは無いですからね」
このリヒトホーフでは、近隣の星系では唯一パイロット連盟の帝国領支部が存在する。
カイがこのヴァルデック侯爵星系を選んだのも通行許可証を得るために、この連盟支部へ出頭することが目的だった。
独立パイロットのライセンスは、パイロット連盟に加盟している全ての国家で有効となる。
しかし、国家を跨いで活動する場合には、各国家の連盟支部に出頭して通行許可証を発行してもらう必要があった。
特に帝国領では、入国から三日以内に許可証を取得することが法によって定められており、これを破ると問答無用で投獄という非常に厳しい措置が取られている。
これは元敵国である連邦領出身者だからというわけではなく、同盟出身者であっても同様となっていた。
このため、カイはオベリスクが停泊できる超大型ステーションがあり、パイロット連盟支部が存在し、交易の中心地となっている星系。この3つを満たす侯爵星系を目指してやって来た。
そうして、念願の通行許可証を無事に発行して貰ったわけだが、一つだけ問題が発生してしまう。
「パイロットのランクは国家毎だった……。戦闘ランクは元から高くないから、いいんだけどさ。交易ランクが最初からっていうのはキツい……!」
「ご主人様、キャロルも戦闘ランクが3段階目のベーシックからになっちゃった」
独立パイロットであるカイとキャロルは、帝国領での活動に際して連邦領で上げたランクは適用されず、ほぼゼロからのスタートとなってしまったのだった。
このことを失念していたカイは、頭の中で描いていた計画が音を立てて崩れていった。
「なんで二人して、そんな大事なことを忘れていたんですの……まあ、私も調べていなかったのは悪いと思いますが」
「強奪犯を早く追わなきゃって思ってぇ……」
「ご主人様のことしか考えてなくてぇ……」
フローラは独立パイロットである二人が、重要な仕組みを忘れていたことに軽い頭痛を覚えつつ、大きなため息を付いて応えた。
そんな三人のやり取りを前に、若い男性職員は苦笑いを強めていた。
「えーっと、そういうわけでして、カイ様にご紹介可能な依頼については以下のようになっています」
カイは男性職員から依頼の一覧が表示された端末を受け取り、それに目を通していく。
一覧にある依頼は低ランク帯向けへの斡旋とあって、どれも報酬額が低く、その割には内容が面倒といった依頼ばかりだった。
交易ランクを上げるには、こうした面倒な依頼を地道に消化していき貢献度を上げていく他ないというのが実に面倒なのだ。
その点、戦闘ランクは海賊や賞金首を狩っていれば自然と上がっていくので、そういう意味では上げやすい。実力があればという一番重要な条件が付いて回るが。
「うわーどれも報酬は低いし、要求する物資も細々としているね!」
「そうなんだよ! 物資はどれもステーションへ行けば手に入るんだが、細かいのが面倒だ。費用も依頼達成するまでは、こちらが先に負担する必要があるんだよなあ」
交易依頼は大きく分けて、二種類に分類される。
1つは、必要とする物資を指定時間内に目的地まで運び入れる期限付き運送依頼。
もう1つは、物資を預かり、指定された場所へ運び入れる貨物輸送依頼。
このうち、面倒な割に報酬が少ないのが期限付き運送依頼にあたる。ただし、貢献度が高く評価されるため、決して損ばかりではない。
カイは初心を思い出し、少しでも割の良い依頼を紹介されるためにランク上げに躍起になっていたことを思い出していた。
貴族とのコネクションを得るという目的がある以上、ランク上げは急務であり必須。
そのため、カイは面倒だが貢献度が評価される期限付き運送依頼を中心に受けていくことを考えていた。
そんな時だった。
「カイ様、ここにある依頼全て引き受けては? オベリスクの輸送能力であれば、十分に可能かと」
隣で一覧を眺めていたフローラが不意にそんな言葉をカイに投げかける。
「いや、うーん……。あれ、意外といける?」
「オベリスクの最大積載量は5千トン。この近郊の各星系を巡回し、必要物資を集めて各惑星や中継ステーションに搬送を繰り返すのが最良かと」
カイはその提案に少し驚き、フローラの顔を見た。
確かに、オベリスクは小型母艦とはいえカーゴ容量は広大だ。それに元商船の白鯨号もカーゴ容量は豊富。この2隻を活用できるなら、複数の輸送依頼を一度にこなすことができる。
フローラのいう通り、効率を最大化すれば低報酬でも十分な利益と貢献度を上げられるかもしれない。
「たしかにオベリスクなら巡回輸送が出来るな……」
カイは端末に視線を戻し、輸送依頼のリストを再度確認する。
フローラの提案は合理的だった。
報酬が低くても、数をこなせばそれなりの収入にはなる。オベリスクのカーゴ容量をフルに活用することで、今回のような状況を短時間で乗り越えられる可能性が見えてきた。
「よし、それでいこう! 今ある輸送依頼を全部引き受ける」
カイは決断を下し、端末に表示されて依頼を次々受注していく。
表示された確認画面を見て、フローラは満足そうに微笑む。一方、キャロルはその様子を楽しげに眺めながら、口元に手を当てて笑った。
「ご主人様、海賊が襲ってきても私が返り討ちにしてあげるからね!」
カイは彼女たちの声を聞きながら、次に進むべき手続きを頭の中で組み立て始めた。
オベリスクと白鯨号を駆使しての巡回輸送作戦――簡単ではないが、上手く運ぶ可能性は十分にあった。
「当連盟としましても、物資輸送は非常に重要な任務となっております。担い手が増えてくれるのは大歓迎です。ただ……」
カイが溜まっていた物資輸送依頼のほとんどを引き受けてくれたこと、それは実に好都合だった。
ただし、それは全て順調に事が運べばだ。
たとえば期限付き運送依頼は、時間厳守が基本だ。
たとえ1分でも指定時間い配送が行えなければ報酬は無し。パイロット連盟からの評価もマイナス査定となる。
指定されていた物資と違った物を運んでも、数が違っていた場合についても同様だ。
受注しておきながら、その依頼が未達成に終わった事が複数回繰り返されたならば、ライセンスの一時停止や最悪の場合は剝奪もあり得る。
男性職員はカイたちに念を押す様に注意した。
「くれぐれも期限付き依頼に遅れないように注意してください。今回はありませんが、ランクが上がれば24時間以内とかザラに出てきますので……」
カイは職員の忠告を胸に刻みつつ、オフィスを後にした。
無理のない依頼を引き受けたはずだったが、結果として全ての輸送依頼を引き受ける形となってしまった。
帝国領での初めての仕事となれば、少しのミスも許されない。
確実に成功を重ねていかなかれば、強奪犯の情報を得るのは困難なのだから。
「さてと。まずはマーケットに行って、必要な物資を揃えるか……」
カイたちは早速、リヒトホーフのマーケットへと向かった。
超大型ステーションだけあって、ステーション内は常に活気に溢れている。
天井の高い通路を進むたびに、無数の航宙艦や大型交易船が停泊している様子が見えてくる。
大小さまざまな船がステーションに寄港し、各地から集まる商品が市場へと流れ込んでいた。
カイたちが向かうのはステーション中央部に位置する中央マーケット。
巨大なドーム状の施設は、周囲のエリアから一際目立つ存在で、そのスケールの大きさが帝国の繁栄を象徴していた。
ガラスや金属で構築された光り輝く外観が、太陽光を反射して独特の輝きを放っている。
「ここが中央マーケットか……広いな」
「マーケット一つとっても優雅さがありますわね。流石は帝国といった所でしょうか」
「帝国ってやたらと見栄え気にするからねー。見た目はいいのに性能はアレみたいな艦艇多いもんね」
カイたちは中央マーケットの入り口に足を踏み入れた。
そこには商品が陳列されているわけではなく、代わりに整然と並べられた端末が目に入った。
各端末には商品をホログラフィックで確認できる機能が搭載されており、実際の品物は物理的に展示されていないのだ。
「商品を手に取って確認することはできないんだよな……」
カイは独りごちた。
リヒトホーフのような大規模ステーションでは、このホログラフィック映像による購入システムが標準となっている。
各端末を通して商品を選び、購入手続きを完了すれば、後はドローンが自動的に届け先へと商品を運び入れてくれる仕組みだ。
「まずは日用品からだ。消耗品が多いから、これはすぐに揃うだろう。フローラは工業製品、キャロルは一先ず食料品類を買い付けてくれ」
「分かりましたわ」
「了解、ご主人様!」
カイたちはそれぞれの端末に向かい、手早く必要な物資をホログラフィック映像で確認し始めた。
周囲には他の人々が同様に端末を操作しており、ステーション内の物流は効率よく回転しているように見える。カイはリストを再確認し、慎重に注文を進めた。
リヒトホーフの巨大なマーケットは、まるで宇宙に浮かぶ都市そのものだ。だが、すべてが効率化され、無駄なく動くその様子にカイは改めてこのステーションの規模を実感していた。
カイはホログラフィック映像の中に現れる商品を一つ一つ確認しながら、手早く購入手続きを済ませていった。
リヒトホーフで揃えられる生活物資はすべて購入済み。
最終的には日用品だけで、およそ700トン分、費用は30万クレジットに達した。
「たかだか日用品で30万クレジットも! ま、まあ数が多いからな……」
カイはため息混じりに、驚愕を隠せなかった。
ステーション内の自動化された取引により、大量の物資が簡単に手に入るのはありがたい。しかし、生活物資とはいえ、ここまでの額になるとは想像していなかった。
ちらりとフローラとキャロルの方を見ると、ちょうど同じタイミングで二人が端末の操作を終えていた。
彼女たちも報告のためにこちらに向かってくる。
「カイ様、工業製品の購入はすべて問題なく終わりましたわ。重量は2千トン、費用は400万クレジットです。ドローンがすでに搬入を開始していますわ」
フローラの報告を聞いたカイは、一瞬息を飲んだが、すぐに冷静さを保とうと頷いた。次にキャロルが続ける。
「ご主人様、食料品もバッチリ揃えたわ! 500トン、費用は10万クレジットよ!」
カイは二人の報告に軽く頷き、改めて頭の中で合計を算出する。
生活物資700トン、工業製品2千トン、食料品500トン。合計で440万クレジット。
「よ、440万……クレジットぉ……!」
カイは頭の中で一瞬目がくらむような感覚を覚えた。
確かに手元にある資金はまだまだ余裕がある。とはいえ、これほどの大金を使ったことはあまりない。
だが、今は仕方がない。オベリスクに積まれた物資がすべて正しく運ばれ、依頼をこなせば、この投資も回収できるはずだ。
そう思いつつ、カイは無意識に深呼吸をした。
「……よし、これでリヒトホーフで手に入るものはすべて揃った。次の目的地に向かうか」
こうして購入可能な物資を全て買い漁ったカイたちは、次の目的地へ向け移動を始めた。
目指すはリヒトホーフから程近い惑星、ヴァルトシュテルン。その名が示す通り、広大な森が広がるテラフォーミング済みの世界だ。
地表には古くからの居住区と新しい工業地帯が入り混じり、星系の木材需要を支える生産拠点としても知られている。
カイたちの輸送任務はこれからが本番だ。
未知の惑星ヴァルトシュテルンで何が待ち受けているのか、カイの胸に期待と少しの不安が交錯する。
いよいよ巡回輸送が始まろうとしていた。
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