第5話「不穏な風の吹く星系」
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星の海を越えて、カイたちはついに帝国領の星系へと足を踏み入れた。
広大な宇宙に散らばる無数の星々が、帝国の重々しい権威を感じさせる。
その中でひときわ存在感を放つのが、ヴィッテルスバッハ選帝侯が治めるヴァルデック侯爵星系だった。
星々の間に漂う静寂は、まるで帝国そのものの威厳を示しているかのようだった。
カイはその光景に一瞬目を奪われるが、すぐに冷静さを取り戻す。
帝国領に入り、まずしなければならないことがある。カイはフローラに目を向け、無言のまま次の行動を促す視線を送った
カイたちはすぐに近場の大型ステーションを探し、航路を設定する。余韻に浸っている暇はない。帝国内の独立パイロットとして活動するためには、早急に通行許可証を発行してもらわなければならないからだ。
そうしなければ、不法入国者として帝国の警備隊に捕縛されるのは時間の問題だった。
「しかし……遠くまで来ちまったなあ」
カイは独り言のように呟く。
帝国領に足を踏み入れたことで、自分たちの旅が次第に大きな決断へと向かっていることを痛感する。
その感慨が胸に広がる中、カイは数日前のやり取りを思い出していた。
スター・バザールで起こったエクリプス・オパールの強奪事件。
その犯行の一部始終を記録した映像データが、カイの手元に届いていた。オベリスクのブリッジには緊張した空気が漂い、カイはフローラ、キャロルと共にその映像を確認する。
「さて、これがバザール側から提供された記録だ。まずは、全員で確認しよう」
カイがコンソールパネルを操作すると、映像を再生される。メインモニターに映し出されたのは、スター・バザールの廊下に設置された監視カメラの映像だ。
映像は、犯人グループがエクリプス・オパールの入ったケースを奪い、脱出するまでの様子を克明に映し出している。
犯人たちは黒い装備に身を包み、顔を覆面で隠していた。彼らは無駄な動きのない洗練された動作で警備を無力化し、保管室へと突入していた。
そして、わずかな時間でケースを奪うと、まるで計画されたかのように無駄なく脱出経路を確保し、速やかに船へと向かっていく。
「かなりの練度ね……」
フローラはモニターを見つめながらつぶやいた。
「うん。ただの盗賊じゃないわ。動きが明らかにプロだもの」
フローラの言葉にキャロルも賛同する。
二人は一つ一つの動作に視線を走らせ、その動きを自分たちと重ね合わせるかのように考えている。
「この洗練された動き……特別な訓練を受けた者たちですわね。単なる傭兵や海賊じゃない。おそらく、ちょうど私やキャロルのような特殊部隊出身者と考えられます」
その言葉にカイも静かに頷いてみせた。
確かに、彼らの行動はあまりに無駄がなく、どの場面でも的確な判断をしていた。
通常の盗賊ならこんな緻密な動きはできない。カイもフローラの見立てに納得していた。
「それに、彼らが逃走に使った船……」
フローラは映像の最後に映し出された犯人の脱出シーンに注目した。
映像には、スター・バザールのドックに停泊していた船が急発進する様子が映っている。
「やはり……。カイ様、この船については既にある程度調べはついていますわ」
「はあ!? え、なんで……」
フローラはカイたちがスター・バザールへと行っていた間の出来事を話し、怪しい船と睨んでいたことを告げた。
初めのうちは1隻しか船籍IDを入手できず、手詰まりとなっていたが、急に3隻が逃亡するかのような動きを見せた隙に全ての船籍IDを取得出来ていた。
その結果、3隻の内2隻の持主は連邦領の独立パイロット。残り1隻だけが、帝国領の独立パイロットであることが分かった。
「3隻とも目立った犯罪歴のないクリーンなパイロットですわ。しかし、全員が交易や採掘を主な活動の場としており、誰一人として戦闘ランクを上げておりません」
それこそが異常だった。
映像に映っている3隻の逃亡劇、そこで見せた動きは明らかに場慣れしたものであり、それは戦場を経験したものの動きであった。
にも関わらず、彼らの戦闘ランクは3段計目の評価ランクとなるベーシック。全く持って不釣り合いだといえた。
「船の操縦だけは別人がやってたとか?」
「いえ、3人とも単独行動をしているパイロットですわ。同乗員登録もありません」
「すっごい手口に見覚えがあるわ、お姉様。これって軍のやり口を思い出さない?」
キャロルの指摘に、その通りだと言わんばかりにフローラは頷いて見せる。
「間違いなく、軍属が絡んでいると見て間違いないですわ。問題は、連邦か帝国か。どちらにせよ、些か面倒な相手になる事は間違いないわね」
ここで軍という言葉が出来たことで、カイは一瞬唾を飲んだ。
エクリプス・オパールを奪った相手が軍隊となれば、それは非常に厄介な問題となる。個人で相手にするには絶望的といっても過言ではない。
一度は犯人を追うことを決めたが、早々にして撤回すべきかもしれない。
カイの脳裏にはその二文字が思い浮かんでいた。
だが、その間も映像を見返していたキャロルが不意にモニターに手を伸ばした。
「あれ、お姉様。ちょっとこれを見て」
彼女の声に、カイとフローラは目を向ける。
キャロルは映像を戻して、犯人たちが乗り込んだ3隻の船に注目する。
「ほら、この3隻の中で1隻だけ、船体の色が微妙に違うのが分かる?」
フローラもモニターに目を凝らした。
確かに、彼女が指摘した1隻だけ塗装に違和感があった。その船は、他の船体と比べてどこか不自然に見える。
「確かに……塗装に違和感がありますわね。これは偽装……?」
キャロルは得意げに頷いた。
「たぶん船体を偽装しているんだと思うわ。表面は一般の帝国製の船に見せかけてるけど、たぶん元は違う船ね」
フローラはキャロルの発言を受け、素早く映像データを分析し始めた。
手際よく映像を拡大し、様々なフィルター処理を施していく。集中するフローラの視線が、モニターに映る船体の一部に釘付けになる。
そうしてフローラは、その船体に隠された特徴を見つけ出した。
「間違いない……この船は帝国製のインペリアル・シルフィード。帝国内でも高位の貴族が使う中型艦ですわね」
初めは帝国では一般的なグダワン社製インペリアル・シーカーかと思っていたが、実際には違っていた。
その正体は帝国の高位貴族にのみ使用が許可されるインペリアル・シルフィードだったことが発覚する。
船を偽装しているとなれば、今回の主犯はおのずと見えてきた。
「つまり、犯人は帝国領の人間か」
「はい、それも高位貴族が絡んでいると見て間違いないと思いますわ」
「軍ではなく、貴族の私兵が実行犯ってことね」
カイは腕を組みながら、モニターに映る帝国のインペリアル・シルフィードを見つめていた。
相手が軍ではなく貴族だという事実に、わずかに気持ちが楽になったような気がした。
「軍だったら、正直お手上げって感じだったけど、貴族が相手ならまだ何とかなるかもしれないな」
帝国の貴族にはそれぞれの領地と特権があり、基本的に自分たちの領地内での活動に集中している。
一方で、彼らの間には競争もあり、他の貴族や帝国政府の目を気にせざるを得ない状況も多い。そのため、貴族たちが無制限に力を振るうのは難しい。
「貴族が相手なら、交渉の余地があると思う。領地での活動や情報を利用すれば、彼らの裏をかくことだってできるだろうし」
カイは改めて映像を確認し、3隻のうち2隻は中央の帝国製の船を守る様に動いていた事からも、やはり貴族が主犯とみて間違いないと感じていた。
同時に、いくら偽装をしていたとはいえ短時間でインペリアル・シルフィードと特定される程度の杜撰さに、相手は高位貴族ではない可能性が高いとも見ていた。
資金力のある高位貴族であれば、もっと完璧な偽装を施しただろう。もしくは連邦製の船を使い捨てにしたかもしれない。
つまり、相手は豊富な財力を背景に持つ貴族ではないことは確かだった。
こうして、カイは方針を変えずに犯人の追跡続けることを決意した。
「よし、追跡の方針は変えない。帝国領に向かい、情報収集だな」
しかし、カイはすぐに新たな問題に直面する。
帝国領は広大であり、一口に帝国領といっても星系ごとに統治者が異なる。連邦以上に星系毎の特色が強いという特徴があった。
かの国家は、皇帝たるセレスティアル皇族の直轄星系を中心とし、周囲を7人からなる選帝侯が収める星域に囲まれている。
星域は複数の星系からなるエリアとなっており、その各星系は高位貴族が統治している。
さらに星系の各惑星には低位貴族たちが統治を行っている。といった具合だ。
星域毎に各選帝侯の方針が色濃く反映され、星系一つ取って見ても統治者である高位貴族の意思が強力に作用しているという特徴がある。
そのため、選帝侯によっては星域の大半が進入禁止と指定されていることもある。
「さっと調べてみた感じでは、ここより程近い帝国領ですと2つほど候補がありますわ」
そうしてフローラがメインモニターに候補地となる星域を挙げていった。
一つは、ここより6000LYほど離れた最も近い帝国領。リヒテンベルク選帝侯が収めるノイシュテルン星域。
ノイシュテルン星域は帝国が保有する最大の星域であり、その全体は統治者である選帝侯すら完全に掌握しきれていない。
特に外縁部では海賊が横行し、交易船が襲撃される事件も多発している。こうした状況から、星域内の貴族や商人たちは独立パイロットを雇い、物流や防衛を依頼することが増えている。
低ランクのパイロットでも大半の星系へのアクセスが許されるなど、他の帝国領よりも自由で動きやすい環境が育まれている一方、その豊かな資源と混乱が、さらなる危険を孕んでいる星域だ。
「犯人が逃げ込むとすれば、この星域かも? 隠れる場所は豊富そうだ」
「いえ、その可能性は低いですわ。海賊も多いということは、そのまま危険性が高いことを意味しますわ。
何らかのコネクションを持っている線も考えられますが、それなら初めからインペリアル・シルフィードを偽装して使うなどしません」
「なら、お姉様。ここの候補地は外す?」
「いいえ、犯人を追跡するのに情報網は必須ですわ。その為に貴族の助力を得るという意味で、この星域は理想的でもあるの」
フローラは、帝国領で直接的に犯人を捜すのではなく、捜索の下地作りをしていくことが重要だと説明する。。
犯人が貴族であるとした場合、同じ貴族とコネクションを持つことが出来れば、調査は格段に楽になる。
そのための下準備に、海賊が跋扈するノイシュテルン星域で功績を重ねて、貴族との謁見のチャンスを窺うというのも手だと語った。
「なるほどな。ノイシュテルン星域では海賊狩りを中心にした活動で、貢献度を稼いでいく感じか。戦闘ランクが上がれば、特別な依頼も受注できるようにもなるし」
「はい。幸いキャロルはこれでいて腕前は確かですわ。ただ、白鯨号は相変わらず非力ですから本命は次の候補地となります。
次は、ここより9000LYほど離れたヴィッテルスバッハ選帝侯が収めるアルテンシュタイン星域ですわね」
アルテンシュタイン星域は、連邦領に接している選帝侯の星域の中でも比較的安定していることで知られている。
広域にわたる治安維持が行き届いており、星域内の交易ルートは整備され、商船や貿易拠点も発展している。
帝国と連邦の間での交易が盛んで、独立パイロットにも一定の活動の余地がある。ただし、安定している分だけ監視も厳しく、不審な動きを見せれば領主の目に留まりやすい星域でもある。
「こちらは統治が行き届いており、海賊などの発生も少ない星域となります。そのため、大容量カーゴを持つオベリスクと元商船である白鯨号の積載能力を活かし、物資輸送で貢献度を稼いでいく計画となりますわ」
新たな白鯨号は元商船で、小型艦の中でも最大級のカーゴ容量を誇る。
オベリスクが直接接舷できる大型宇宙ステーションは勿論、専用ベイを持たないステーションでは白鯨号に商品を移し替えてピストン輸送するという方法で物資輸送を効率的に行える。
懸念される海賊の脅威についても、統治が行き届いているおかげで海賊自体が少ないという点も都合が良かった。
カイはしばらくモニターを見つめ、考えを巡らせた。
帝国領は広大で、どの星系に向かうかによって追跡の難易度が大きく変わる。フローラの説明を聞き、2つの候補地を比較した結果、カイは決断する。
「アルテンシュタイン星域に行こう。オベリスクと白鯨号の積載能力を活かして交易で貢献度を上げてチャンスを待つ。
まずはパイロット連盟の支部があるヴァルデック侯爵星系に行く。そこで交易ルートで物資輸送をしながら、情報を集めるぞ!」
カイの言葉に、フローラとキャロルは頷き、早速出発の準備に取り掛かった。
オベリスクは静かにエンジンを稼働させ、アルテンシュタイン星域へと向かう航路を進み始めた。
アルテンシュタイン星域で待ち受けるものは果たして何なのか、カイの胸に一抹の不安と高揚が入り混じっていた。
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