4-9

 オベリスクのブリッジは静寂に包まれ、青白い光が淡く操作パネルを照らしていた。

 星々が外部スクリーンに映し出され、広大な宇宙の静けさがこの空間を支配している。

 そんな中、フローラはディスプレイに向かい調査を続けていた。

 目星をつけた3隻の艦は、何事もなくスター・バザールへ着艦したが、フローラの直感は警鐘を鳴らしていた。

 その間に、彼女は怪しいと感じた3隻のうち1隻の船籍IDを取得し、パイロット情報を調べた。

 しかし、驚いたことに、そのデータには疑わしい点が一切見当たらない。


「リース・ヴァンダム、独立パイロット。交易を中心に活動し、中位ランク。犯罪歴なし、直近の逮捕歴もなし……」


 一見してクリーンなパイロット。

 だが、フローラは違和感を覚えた。なぜなら、艦の操作技術は、まるで戦場に身を置いている者のそれだったからだ。

 これが賞金稼ぎでランクを上げていったのであれば納得がいく。

 しかし、目の前に映し出された情報は彼が交易を中心に依頼を受けているデータが表示されていた。

 

「IDは偽造ではなく本物。パイロットは別にいるとか? ……いや、データには他の搭乗員登録はされていない」


 フローラは画面をじっと見つめ、考えを巡らせていた。

 彼女の直感が警鐘を鳴らし続けているが、手持ちの情報ではこれ以上の詳細な調査は難しかった。

 リース・ヴァンダムの情報は完璧に整っており、他の2隻に関しては船籍IDさえも取得できていない。この状況では、疑念を深めるばかりで、決定的な証拠には手が届かない。


「これ以上は無理ですわね……」


 フローラは悔しさを感じたが、限られた情報に今は打つ手がなかった。

 そんな時、ディスプレイに異変が映し出された。

 スター・バザールの無数にあるドッキング・ベイの一つが稼働し、ハッチが開いたかと思うと、猛スピードで先ほどの3隻が発艦していったのだ。

 その動きはあまりにも唐突で不自然だった。

 フローラがディスプレイを凝視すると、3隻の艦が宇宙空間に何かを散布していることに気づいた。

 

「ウェイクジャミング!」


 その瞬間、彼女はそれがウェイクジャミングであることを悟った。それはジャンプ航跡のスキャンを妨害するための防御兵装だ。

 フローラはすぐに端末を操作し、加速して遠ざかる3隻をスキャンし始めた。その動きは、明らかに逃走を意図したものだった。


「間に合うか……!?」


 フローラは必死にスキャンを続けていく。

 そして、3隻がジャンプする直前に全ての船籍IDを取得することに成功した。

 画面には3隻の正確な情報が表示され、フローラはその内容に目を走らせた。これで、彼らの正体を突き止める手がかりが掴めた。

 フローラは軽く息を吐き、力を抜くとシートに深くもたれ掛かる。

 彼らは一体何で逃げるようにしてジャンプしたのか。そのことについては、何一つとして手がかりはない。

 だが、カイがまた厄介な問題を持ち込んで来ることだけは、フローラにとって確かなことだった。

 その前に、一先ずは取得したスキャンデータから詳細を掴むまではしておこう。

 そんなことを考えながら、フローラはシートから身を起こすと、再びディスプレイに指を走らせて調査を再開した。

 彼らが何故逃げ去ったのか、その目的を知るためにはデータを掘り下げるしかない。

 そう考えて集中していた時、端末に通信が入った。カイからだ。


『フローラ、こちらカイだ。状況が少し変わった。詳しくは直接話すから、着艦の許可をくれ』


 カイの声には僅かな緊張感が含まれていた。

 フローラは自身の予感が的中したことに軽く溜息を付いてから応答した。

 


 

 ◇◇◇


 

 

 新たな白鯨号でオベリスクへと戻ったカイは、早速ブリッジに向かい、そこで今後の方針について相談することを決めた。

 全員が集まったところで、カイは少し迷いながらも、視線をフローラに向けて口を開いた。


「エクリプス・オパールが盗まれたんだ」


 フローラの目が一瞬だけ鋭く光ったが、カイの話を遮らず黙って耳を傾ける。


「最終的な落札額は500億クレジット。どうやらその直後に何者かによって強奪されたらしい」


 カイはその際の出来事を事細やかにフローラへ報告していった。

 スター・バザールの中で強奪事件が発生するなど、前代未聞の出来事だった。

 しかし、起こってしまった以上は仕方がない。問題はこれからどうするかだ。

 カイたちは、現在の問題点について一つずつ確認していく。

 

 まず、一つ目の問題。

 レオンから受け継いだハンガークルーザーを維持していくには、年間で最低500万クレジットが必要になる。

 それ以外にも、専用ベイを使用するため宇宙ステーションで停泊するにも割高な料金が請求され、維持費用が掛かるということ。

 もし、修理が必要になった場合にはさらに金が飛び、その額は一般的な航宙艦よりも遥かに高額なのは疑いようの余地はない。

 しかし、これについては現時点では慰謝料の5000万クレジットが手元に入って来たため、暫くは何とかなるだろうという結論に達する。

 

「続いて二つ目。これがメインになるな。犯人を追うか、それとも捕まるのを待つか」


 カイの気持ちとしては勿論、犯人をこの手で摑まえたいという思いがあった。

 エクリプス・オパールはカイにとって、レオンに託された特別な鉱石だ。

 折角の採掘方法も、エクリプス・オパールの欠片という実在性を示すモノがあって初めて世に広めることができる。

 にも拘らず、肝心のエクリプス・オパールを盗まれてしまった現状では、たとえ採掘法を公開してもレオンの名声を高めることは出来ない。

 さらに明確なメリットもある。

 自分たちの手で犯人を捕まえることが出来たなら、落札額の倍額が支払われる。

 その額、なんと1000億クレジット。大型母艦さえ購入可能となる大金だ。

 カイは熱を帯びた口調で犯人を追うべき理由を挙げた。エクリプス・オパールを奪われたままではレオンの名声を広めるどころか、オークションの倍額報酬も手に入らない。

 だからこそ、自分たちで犯人を捕まえるしかないのだ、と力強く主張する。

 それに対し、フローラはリスクについてカイに説いた。


「確かに、犯人を追うことには魅力的なメリットがあります。でも、そのリスクも考えるべきですわ」


 確かに犯人を追跡するメリットは大いにある。

 しかし、そこにはリスクも存在する。

 まず、追跡には多くの時間と資源が必要となる。バザール側がすでに動いでいる中、独自で調査を進める場合は情報網や人手に頼らざるを得ない。それには費用が必要となる。

 加えて、犯人たちの追跡をするにはオベリスク自体を積極的に動かしていく必要が出てくるだろう。それだけで、追加の燃料費も発生する。

 

「それから、追跡が必ず成功する保証はありません。相手はプロのように巧妙に逃げた。こちらが追い詰める前に、再び姿を消す可能性も高いですわ」


 フローラはカイの方に向き直り、しっかりとその目を見据えた。


「もし追跡が失敗すれば、ただでさえ限られた5000万クレジットの資金を無駄に消費するだけです。最悪の場合、バザール側が犯人を捕まえたとしても、私たちは余計な費用をかけただけで終わる可能性があります」


 カイは少し言葉に詰まった。フローラの指摘は的確だった。自分たちで追うことには多くの不確実性とリスクが伴う。


「そしてもう一つ、自身の安全についての話ですわ」


 フローラはわずかに息をついてから続けた。


「相手が自分たちよりも優れた戦闘能力を持っている可能性も大いにあり得ますわ。むしろ、そう考えて行動すべきです。

私たちが犯人を追うことで、逆に襲われる危険性も考慮すべきですわね。新しい白鯨号には対艦兵装が搭載可能ですが、あくまで自衛用。戦闘に直面した場合、どうするおつもりですの?」


 カイはフローラの言葉を飲み込みながら、再び考え込んだ。

 彼の心にはレオンへの思いが強くあるが、フローラの言う通り、今の状況で無理に追うことはリスクが高すぎる。


「戦闘なら私のナイトフォールが対応できるわ、お姉様」


 突然のキャロルの発言に、カイは少しほっとした表情を見せる。

 ナイトフォールの戦闘力があれば、追跡中の不測の事態にも対処できそうだ。

 しかし、フローラの表情は険しいままだった。彼女はキャロルを見つめ、少し眉をひそめる。


「それはありがたい話ですけれど、キャロル。あなたは一時的な護衛として雇われているだけですわ」


 キャロルは一瞬、言葉に詰まるかと思いきや、あっけらかんと笑って返した。


「ええ、確かに"護衛依頼"ね。でも、今の状況が安全になるまでっていう話でしょ? それが終わるまで、私はご主人様を護衛し続けるつもりよ。どれだけ長引いてもね」


 その無邪気な拡大解釈に、フローラは思わずため息をついた。

 頭の中でいくつもの反論が渦巻く。彼女にはキャロルを正当な理由で排除したい気持ちがあった。

 もちろん、それがただの"護衛"の問題だけではないことも自覚している。しかし、それをカイの前で出すわけにはいかない。だからこそ、なんとかキャロルを追い返せる理屈を探していた。


「それでも、あなたは一時的な護衛です。ここから先、事態が長引けば、私たちにも計画があるわ。護衛としての契約期間も明確にしておかないと……」


 フローラが理屈を組み立てようとする間もなく、キャロルは軽く肩をすくめて言い放つ。


「ご主人様から正式に依頼された以上、それを全うするのが私の仕事よ。どういう状況になっても、私はご主人様の護衛であり続けるわ」


 キャロルの言葉には、まるで盾を突きつけられたような強さがあった。

 フローラはぐっと言葉を飲み込み、次にカイに視線を向ける。


「それで、カイ様はどうなさるおつもりですの?」


 彼女の問いかけには、キャロルを何とかして諦めさせたいという思いが滲んでいる。カイは二人の間に立たされ、苦笑いを浮かべた。


「ええっと……まあ、キャロルの護衛も頼もしいし、今はみんなで力を合わせる方が良いんじゃないかな」


 カイのその反応にフローラは敏感に反応した。

 それまでカイはキャロルに対して不信感を持っていた。それが今では明らかに反応が軟化している。

 フローラはキャロルがカイとの距離を詰めたことに気づき、胸の奥で嫉妬の炎がじわじわと広がるのを感じた。

 ほんの数時間で、キャロルがカイの態度を変えさせた。それが何を意味するのか、フローラにはすぐにわかってしまう。

 それは、フローラも得意とする行為であり、"女の武器"でもある。

 カイのキャロルに対する不信感はまだ完全に消えたわけではない。しかし、以前より心を許しつつあるのをフローラは見逃さなかった。

 その原因がキャロルの"手段"にあると感じると、心の中に抑えきれない苛立ちが湧き上がる。自分が時間をかけて築いてきた関係を、キャロルが簡単に割り込んできたことが許せない。

 フローラは自然とキャロルを睨みつけていた。

 

 一方のキャロルはフローラに対し、にんまりと笑った。

 その笑みには、フローラを挑発するような意図が垣間見える。フローラの中で、さらに感情が掻き立てられる。

 

「それじゃ、私はナイトフォールを整備してくるわね。じゃあね、ご主人様」

 

 そうしてキャロルはそのまま鼻歌を歌いながら、ナイトフォールの準備に意気揚々と戻っていった。

 軽やかな足取りで去っていくキャロルの背中を見送りながら、フローラは無意識に唇を噛んだ。

 

「ッチ……あの女、ヤリやがったわね」

 

 吐き捨てるように小さく呟くその言葉には、普段のフローラらしからぬ険しさが滲んでいた。

 カイはそんなフローラの様子に気づき、思わず背筋が冷たくなるのを感じた。普段は理知的で冷静な彼女が、今はまるで別人のように険しい表情を浮かべている。

 キャロルの存在が、彼女の感情にこれほど強く影響を与えている事にカイは言い知れぬ感情を抱いた。


 フローラはカイが自分の様子に気づいたことを悟ると、すっと表情を戻した。

 今はキャロルのことを考えている場合ではない。目の前の問題に集中しなければならない。彼のためにも、今は冷静でいなければ。


「キャロルの件はひとまず置いておきましょう。今後の方針について、改めてお聞かせください」


 フローラは努めて冷静な口調でカイに問いかける。

 カイは少し戸惑いながらも、横道にそれた話を元に戻すのだった。


「あー……フローラが心配してた点については、キャロルが同行すればある程度は解決できると思う。追跡中の危険は確かにある、だが彼女がいればなんとか乗り越えられるんじゃないか?」


 カイはそう言いながらも、どこか迷いが感じられる口ぶりだった。

 キャロルへの不信感が完全に払拭されたわけではないものの、彼女の戦闘能力が頼りになるのは事実だ。だが、カイ自身もその状況に複雑な思いを抱いていた。

 信頼を得るにはまだまだキャロルとの時間は足りなかったからだ。


「ただ、キャロルが加わることで費用の面も増えるのは確かなんだよなあ。彼女の艦の維持費や弾薬費、それに生活費……。正直、頭が痛くなる」


 カイは軽くため息をつく。

 オベリスクの運用だけでも大変なのに、これに加えてキャロルの費用まで負担するとなると、資金繰りがさらに厳しくなる。

 今は多少懐に余裕があるとはいえ、今までのようなやり方では支出のほうが大きい。やはり、ここいらでもっと稼ぎの良い仕事に手を出していくしかないとカイは感じていた。

 一方、フローラはカイの言葉を聞き、目を細めた。彼の中でキャロルとここで分かれるという選択肢はないようだ。

 その事を悟ると、フローラは淡々とした口調で続ける。


「それならば、護衛費についてもきちんと考えておくことですわ。キャロルが同行する以上、彼女への報酬も含めて計画しないと、後で困ることになりますわよ」


 フローラの言葉には、どこか釘を刺すような鋭さがあった。

 キャロルの存在がカイにとって負担になることを、フローラははっきりと示唆している。

 そしてその一言で、今後の方向性がほぼ決まった。


「よし、方針は決まった。今後はエクリプス・オパールの犯人を追う方向で動こう。ただし、計画的に。依頼を受けながら、犯人も追う!」

「二兎追う者はなんとやら、ですわよ?」


 フローラは冷静にそう告げたが、その心の奥には複雑な思いが渦巻いていた。

 カイが再び追跡を決意したことで、キャロルの同行は避けられない。だが、それでも彼女は冷静さを保ち見据えた。

 これからは厄介なライバルが一人増えることになる。

 フローラは軽く溜息を付きながら、カイと次の目的地を決めるのだった。

 

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