第4話「幻の市場」
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オベリスクの第1ハンガーで、カイは白鯨号の修理に追われていた。
船は過酷なエクリプス・オパール採掘の影響で至るところのモジュールが破損しており、加えて長年の使用で船体の老朽化も進んでいた。
白鯨号は200年もの間、様々な任務に耐えてきたが、ここにきて限界が近づいていた。船体の重要箇所は幾つかのクラックがあり、修理には最新の部品と高度な技術が必要だった。
そして、例え直したとしても再び修理が必要となってくるのが目に見えていた。
カイは手際よく工具を使い、エンジン周りの部品を慎重に調整しながらも、額に汗を滲ませていた。
作業は難航しており、思うように進まない。単純に修理箇所が多く、カイ一人の手では間に合っていないのだ。
「……まったく、ここまで壊れるとは思わなかったな」
カイは苦笑いを浮かべながら作業を続けていた。
その頃、フローラはオベリスクのブリッジで航行を監視していた。
巨大なモニターに表示される航行データや周辺の状況を常にチェックし、白鯨号の修理の為に最も近い大型ステーションまでの航路情報を確認する。
目的地まではあと1回のジャンプ距離まで近づいていた。
最後にジャンプしてから、かれこれ3時間。もうそろそろでハイパードライブの冷却が完了し、最後のジャンプに入れる。
フローラがそう考えていた、そんな矢先。
突然、静寂に包まれていたブリッジにけたたましいアラート音が鳴り響いた。
「
フローラはディスプレイに表示された警告メッセージを見て、すぐさま対応を開始した。
巨大なオベリスクを操縦して、敵の引力を振りほどこうとする。
しかし、艦の巨大さが災いしてすぐには抜け出せない。フローラは冷静に操作を続けるものの、艦の挙動が明らかに不安定になり始めた。
「くっ……重すぎる……!」
その瞬間、ドッグにいたカイは、艦全体の揺れを感じ取り、何かが起こっていることを悟った。
工具を放り出し、息を切らしながらブリッジに駆け込んできた。
「フローラ、何が起きてる?」
カイはフローラの様子と、ディスプレイに映る画像から、すぐに事態を察した。
「
「だいぶ交通量のある宙域まで近づいていたからな。このまま引き剥がせれば上々なんだが……」
フローラはカイの指示に従い、操作に集中したが、艦が徐々に敵の引力に引き込まれていく感覚を感じ取っていた。
最終的には、その巨大な質量が仇となり、オベリスクは
ついには、激しい衝撃が艦全体に走り、通常空間へと無理やり引きずり出される。
オベリスクは通常空間に戻り、急激に速度を落としながら、敵の包囲下に陥った。
「シールドを最大出力にして、スラスターは停止しろ! ……逃げれば攻撃される。まずは、ハイパードライブの再起動時間を稼ぐぞ」
即座にカイは指示を出し、フローラと交代して操縦席へと着いた。
フローラも補助席へ座り直し、オベリスクの武装を展開させる。
オベリスクは輸送に特化している艦だが、戦闘が全く出来ないというわけではない。
得意ではないと、全くできないの間には天と地の差がある。
艦の後部から巨大な砲身を持つヒュージマルチキャノンが展開され、敵を迎え撃つ準備を整えた。
ちょうど、そのタイミングで
その海賊船を見て、カイは軽く舌打ちをした。
相手の乗っている艦はヴォイジャー・インダストリーズ社製、中型戦闘艦ヴァンガードだった。
『ンンッ! えー、こちら宇宙海賊ウルトラワイルドのセブンである。
貴艦は完全に包囲されている、大人しく指示に従った方が身のためだ。
我々の要求は至ってシンプル。いくばくかの金、カーゴの解放、そして女だ。
この要求の返答は3分以内とする。それ以上は待てない、以上』
カイはレーダーをじっと見つめ、さらに2隻の船がジャンプアウトしてきたのを確認する。
計3隻の海賊船がオベリスクを取り囲む様子を冷静に見つめていた。
このハンガークルーザーは非常に高価な艦であること、民間でも滅多に目にすることがなく、一部の許された人間のみが所有しているということはパイロットの間では共通認識だ。
そして、そんな希少な艦を狙うのは、単なる略奪者ではない可能性が高い。カイはその事実を念頭に置きながら、相手の意図を慎重に読み取ろうとしていた。
「価値を理解しているからこそ、襲ってきたんだな。そのために3隻でwingを組んでか」
カイは一瞬黙り込んだ。
オベリスクは確かに戦闘用ではないが、それでも一定の武装を備えている。
しかし、3隻の海賊相手に戦うのは分が悪い。海賊たちはおそらく、オベリスクの持つ装備も十分考慮している。
この襲撃には周到な計画を立てている可能性がある。状況は圧倒的に不利だった。
「いつものように、私が潜入して艦内から制圧しますわ。それでコントロールを奪えば、2対2。十分勝ちは見えてきますわ」
そんなフローラの自信に満ちた声を聞いて、カイはすぐに首を振る。
「いや、厳しい。2隻の海賊船は、ヴェノムmk3とナイトスティングだ。乗り慣れない中型艦と、このオベリスクで遥かに機動力で勝る小型戦闘艦を相手にするのはリスクが高すぎる」
「……確かに、そうですわね」
カイは再び頭を抱え、別の打開策を考える。
時間がじわじわと過ぎていく中で、彼の顔には焦りが滲んでいた。
それでも、カイは何か他にできることがあるはずだと必死に考え続けた。
しかし、無情にも3分が経過すると同時に再び海賊からの通信が入った。
『我々の要求に従わないとは、愚かだな。これが最後の警告だ。次は攻撃を開始する』
その声には容赦がなく、カイは腹をくくるしかなかった。
「やるしかないか……」
カイの指が武装のスイッチに触れたその瞬間、突然、予想外の出来事が起こる。
目の前にいるはずの海賊船が、突如全く別の方向から猛烈な砲撃を受け始めたのだ。
『敵襲だと!? しまった、仲間がいたか!』
「え? 何だ?」
カイとフローラの視線はディスプレイに釘付けになった。
海賊船のシールドが光り、船体が激しく揺れている。彼らは明らかに混乱していた。
海賊たちは突如として受けた猛攻に、一瞬戸惑いを見せたものの、すぐに冷静さを取り戻した。
3隻の船が互いに連携を取りながら、乱入者を迎え撃つ体制を整える。
彼らは幾多の戦場で鍛えられた経験豊富な海賊だった。しかし、乱入者は小型戦闘艦であり、その機動力を活かして海賊たちの攻撃を華麗に回避しながら、絶妙なタイミングで反撃を繰り出していた。
『こいつ……! は、速い! このILC、普通じゃない!』
『スラスターの色を見ろ! こいつ、エンジニアリング改造してあるぞ!』
カイは乱入者の対応に追われて、混乱する海賊たちを見逃さなかった。
乱入者が作り出した隙を利用し、オベリスクを緊急発進させる。
巨大な艦体が一気に動きだし、エンジンが轟音を立て駆動する。カイはすぐにジャンプを試みようとしたが、システムを確認すると、ハイパードライブの冷却がまだ終わっていないことに気づいた。
カイは一瞬苛立ちを感じたが、すぐに頭を切り替え、戦闘に加わる決断を下し、フローラに指示を飛ばす
「フローラ、混乱に乗じて加勢するぞ。まずはリーダーと思われるヴァンガードを狙うぞ。高速モードで一気に叩き込め!」
「了解しましたわ」
フローラはマルチキャノンを通常モードから高速連射モードに切り替え、ターゲットリンクを敵のヴァンガードへと定めた。
一方、カイは操縦に集中すると、オベリスクのブースターを再度起動して一気に敵艦の背後へと距離を詰めた。
300メートルを超す艦体のオベリスクが爆発的な加速を得て、勢いよく突進していく。
乱入者の巧みな機動に惑わされ、海賊は自分の背後へと迫るオベリスクに気付いていなかった。
「よし、撃て!」
カイの指示のもと、フローラが勢いよくトリガーを引く。
3つの砲身を持つヒュージマルチキャノンが通常の倍以上で高速回転しながら、次々と実弾を発射していく。砲弾は無音で宇宙を飛び、目に見えない軌道を描きながら海賊船へと向かう。
マルチキャノンの連続的な射撃により、弾丸が絶え間なくシールドに命中し、その衝撃で光が揺らめく。
瞬間的に大量の弾丸の雨を受け、ついにシールドが耐えきれなくなり消滅する。
そして、盾を失った途端、無防備な艦体に大量の弾丸が降り注いでいく。弾丸は金属の装甲を裂いて、海賊船の重要区画を破壊していった。
『なッ!?』
心臓部たるパワープラントが破壊された海賊船は一瞬のうちに爆発し、無重力の闇の中へと破片と光が無言で散っていった。
セブンと名乗った海賊は何か言う間もなく、艦と運命を共にした。
「敵艦、沈黙。残る敵影は2」
「よし、上出来! 次弾装填が完了し次第、乱入者と歩調を合わせて狙う」
フローラはマルチキャノンの次弾装填を行いながらも、レーダーに映る機影を確認していた。
ホログラフィックレーダーの上では3つの光点が忙しなく動き回っており、激しい機動戦を行っていることが窺い知れた。
目を凝らしていると、そのうちの1つが急に消えた。
「へえ、やりますわね。あのILC」
乱入者は卓越した戦闘機動で、同じ小型戦闘艦である敵2隻を翻弄していた。
巧妙な回避と予測の動きで敵の攻撃をことごとく避け、反撃の隙をうかがっている。
敵艦は2隻という数的有利にも関わらず、乱入者のあまりの速さに対応できず、次第に追い詰められていった。
『くそ、後ろに周り込まれた! 援護してくれ!』
『待ってろ、今行く!』
そのまま乱入者は、1隻に狙いを定める。
ターゲットを固定すると、シールドをものともせず、2門のレールガンが一撃を放つ。
弾丸はシールドを貫き、艦体に直撃。瞬く間に敵艦は大爆発を起こし、無音の宇宙に光の残骸が漂った。
その光景を目の当たりにした残った1隻の海賊船は、オベリスクと乱入者の小型戦闘艦の2隻を相手にすることは無理だと判断した。
すぐにハイパードライブを起動し、エンジンが光り輝いたかと思うと、艦体は静かに消え去りジャンプアウトして逃走したのだった。
その様子を見て、カイは軽く息を吐いて、身体の緊張を解いた。
それからすぐに通信コンソールに手を伸ばし、助けてくれた相手に感謝の意を伝える。
「こちらオベリスクのカイだ。援護に感謝する。あのままだと、どうなってたことやら」
しばらく無音が続いた後、通信は音声から映像に切り替わった。
その瞬間、カイの表情は一瞬で険しくなった。
淡い桃色のツインテール、ビスク・ドールのように完璧な顔立ち。映し出されたのは、間違いなくキャロルだった。
『やっと会えたね、ご主人様!』
「うお!」
彼女はまるで恋人に話しかけるような、甘い声で言った。
カイは眉をひそめ、深い溜息をついた。これ以上ないほど厄介な相手――キャロル・ラウム。
彼女はカイを一方的に『運命の人』だと信じ込み、ずっと付きまとっているストーカーだった。
『もーどこか行くならちゃんとキャロルにも言ってよー! おかげで、すっごい探したんだから。おまけに、やっと会えたと思ったら海賊に囲まれてるし!』
カイには彼女から慕われる理由について、心当たりは全くなかった。
出会った当初、突然『ご主人様』呼ばわりされ、それ以来何かと自分の事をつけ回してくるストーカー女。それが彼女の正体だ。
カイはそんなキャロルに対して、出会った当初こそ言い寄られることに不快感は無かった。
なにせ顔は良いし、スタイルも良い。そんな女性が自分を慕ってくれる。それは実に男冥利に尽きるというものだ。
しかし、そこには理由が存在しなければいけない。
顔や性格、資産など理由は様々だが、人に好意を寄せるには必ず理由が存在する。それがキャロルの場合には、無い。無条件で自分を愛そうとする。
そのことがカイにとっては不気味で、彼女を避ける理由だった。
それでも、彼女の瞳は純粋な光を宿し、まるで本当に恋人同士のような言葉を投げかけてくるのだから、カイは非常に悩ましい存在だと感じていた。
その一方、フローラがディスプレイを見ながら小さく呟いた。
「また彼女ですのね……。ご主人様だなんて、相変わらず」
カイは苦々しく頷いた。
キャロルの無邪気な表情の裏には、常軌を逸した執着がある。それを思い出すたびに、彼は心の中で叫びたくなる。
「キャロル、話を聞け。俺たちは――」
『ご主人様が話したいこと、全部分かってるわ! でも安心して、私が全部守ってあげるからね。お姉様も一緒にね!』
彼女はフローラのことを『お姉様』と呼び、笑顔を浮かべた。
フローラも困惑しながら、キャロルの一途すぎる様子に眉をひそめた。
カイは、キャロルがますます手に負えない存在になっていることを強く実感していた。
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