3-2
カイとフローラが入ったバーは、控えめな照明に包まれていた。
柔らかな光が、古びた木製のカウンターや壁に暖かみを与え、店内全体に落ち着いた雰囲気を醸し出している。
低い天井から吊るされたランプが、心地よい陰影を作り出し、訪れる者たちを静かに迎え入れていた。
店内の空気は、軽くスモーキーで、微かにウイスキーの香りが漂っていた。
数名の客がカウンターに腰を掛け、静かにグラスを傾けている。
その姿はどこか物憂げでありながらも、日常の喧騒から解放された安らぎを感じさせる。
カイが店の中を見渡すと、奥に座っていたレオンが彼らに手を挙げて合図を送ってきた。
彼の前には既にグラスが置かれており、氷が溶ける音が僅かに聞こえてくるようだった。
落ち着いた顔立ちに、少し年を重ねた風格が漂う。
健康的な肌に引き締まった体が印象的で、洒落た七三分けの髪型が似合っている。
革ジャンとジーンズをさりげなく着こなす姿は、年齢を感じさせないほど洗練されていた。
カイとフローラはレオンに促されるまま着席すると、カイは改めてレオンに向き直り、静かに口を開いた。
「先ほどは本当に助かった。感謝してる。改めて、自己紹介をさせてもらう。俺はカイ・アサミ、白鯨号のパイロットだ」
カイは自分の声が上ずらずに出たことに自分で褒めたいほどだった。
目の前に、あのオパール・ハンターが居るのだから、緊張しないはずがない。
一方のフローラは特にそういうこともなく、にっこりと微笑みながら軽く頭を下げる。
「フローラ・ベレスです。カイ様の相棒を務めています」
レオンは穏やかに頷き、カイたちをじっと見つめていた。
カイは気恥ずかしくなり思わず顔を背けたくなるのを必死に我慢していた。
カイが目を反らさずに頑張っていると、ふと気づいたことがあった。
実際にこうしてレオンの瞳をみて見ると、多くの経験を積んできた者だけが持つ、凄みのようなものを感じ取った。
「男同士で見つめ合うのは、美しいですわー」
そんなフローラの一言で、思わずカイとレオンは顔を背け合あった。
軽くレオンが咳払いしたところで、彼も改めて自己紹介をすることにした。
「いや大したことはしていないさ。知っていると思うが、レオン・フォスターだ。こうして話せるのも何かの縁だろう」
レオンの声には、経験豊富なパイロットとしての自信が満ちていた。
そうしてカイとフローラは彼の話に耳を傾けながら、それぞれの経験や冒険談を交わし合った。
会話は和やかな雰囲気で進み、笑い声も交じる。
しかし、しばらくするとレオンの表情がふと真剣なものに変わった。
「さて、カイ。ちょっと相談があるんだが……」
カイはレオンの表情の変化に気付き、自然と身構えた。
レオンが持ち出す相談が、ただ事ではないことを直感的に感じ取ったのだ。
「な、何だ?」
再び上ずりそうな声を我慢しながら、カイはレオンの言葉を待つ。
レオンは言葉を選びながら、静かに続けた。
「エクリプス・オパールって知っているか?」
カイの眉が微かに動いた。
その名を耳にした瞬間、彼の心には驚きと興味が入り混じった感情が広がった。
エクリプス・オパール。
それは、ほとんどが失われたか、未発見とされる伝説の鉱石である。
この鉱石は、先史文明とされるゼノス文明で神聖視され、なんらかの目的で使用していたということが分かっているが、一度も発見されていない。
そのため、ほとんどが神話とされており、多くの採掘屋たちが一度はその発見を夢に見る鉱石だ。
そして、採掘屋として名の馳せたレオンもまた、その伝説の鉱石を追う男だった。
「笑われるだろうが、俺はエクリプス・オパールを長年追い求めてきた」
レオンは、グラスの中の琥珀色の液体を見つめながら、自分の半生を語り始めた。
彼が宇宙へ飛び出したのは、まだ14歳のときだった。小さな故郷の星を後にし、彼はただ一人で未知の宇宙へと飛び込んだ。
宇宙へ出てすぐ、ベローナ号という小さな採掘船に雇われたレオンは、最初は船内で雑用係として働くことから始めた。
船員たちから仕事を学び、宇宙で生きる術を少しずつ身につけていった。
ベローナ号での日々は厳しく、過酷な労働が彼を待ち受けていたが、その中でレオンは採掘の技術や宇宙船の操縦、さらには宇宙の恐ろしさと美しさを学んでいった。
中でも彼は鉱石の魅力にすぐに惹かれていった。
見極める目を養い、効率的な採掘方法を意欲的に身に着けていく。
その頃から、レオンは既に他の船員たちから一目置かれる存在となっていた。
20代を迎えたレオンは、ついにベローナ号を離れ、自分自身の道を歩み始めることを決意した。
独立をするに辺り、ベローナ号の船長から中古の小型採掘船を受け継ぎ、彼は採掘師として辺境の星系を巡りながら希少な鉱物を探し求めた。
初めのうちは成果も少なく、資金も尽きかけたが、彼の鋭い直感と執念が次第に実を結び、徐々に名は広まり始めた。
彼が真に名を轟かせたのは、極めて希少な『ヴォイド・オパール』を大量に発見したときだった。
すでに枯れたと判断された場所で、その鉱石を掘り当てたことで、レオンは『オパール・ハンター』の異名を得ることになった。
しかし、その成功と引き換えに、彼の人生はより孤独なものとなっていった。
レオンは成功を手にしたが、それでも彼の心の中には満たされない何かがあった。
彼はさらに希少で伝説的な『エクリプス・オパール』を追い求め始めた。
しかし、その夢に向かう過程で、彼の仲間たちは次々と現実を見て離れていった。
レオンは彼らを責めることはせず、ただ一人になっても夢を追い続けた。
そしてついに、彼はその伝説の鉱石が眠る場所を見つけた。
しかし、そこに辿り着くためには、どうしても仲間が必要だった。
これまで多くの者が去っていった今、彼には新しいパートナーが必要だった。
レオンは静かにカイの目を見つめ、言葉を続けた。
「カイ、お前とこうして出会ったのは偶然じゃない。RESで見せたその姿勢、リスクを恐れず、何があっても前に進もうとする強い意志、それが俺に響いたんだ。
俺には、お前のような柔軟な発想と、何かに囚われない自由な精神を持った仲間が必要なんだ」
カイはその言葉を受け止め、レオンの瞳の中にある決意と孤独を感じ取った。
レオンの誘いには、ただの仲間以上の何かが込められていると感じた。ファンは絆されやすいのだ。
カイは少しの間、考え込んだ後、静かに頷いた。
「……わかった。力を貸すよ、レオン」
こうして、カイはレオンと共に伝説の鉱石『エクリプス・オパール』を探すことになったのだった。
その後、二人はグラスを傾けながら具体的な計画を詰め始めた。
レオンは、これまで集めてきた情報や、エクリプス・オパールが眠るとされる場所についての詳細を語り始めた。
その内容には計り知れないリスクと、わずかながらの成功の可能性が含まれていた。
「まず、この地点だが、調査によれば異常なエネルギー反応が確認されている。ここがエクリプス・オパールの眠る場所である可能性が高い。
だが、行く手にはいくつもの課題がある。必要な装備、準備すべき物資、そして何よりも心構えが重要だ」
カイは真剣な表情でレオンの言葉に耳を傾け、自分なりに考えを巡らせていた。
これから始まる冒険の厳しさを理解しつつも、その中に燃えるような挑戦心が芽生えていた。ファンは盲目なのだ。
一方、フローラは黙って二人のやり取りを聞いていた。
彼女は鋭い目でレオンを観察し、その言葉の裏にある真意を探ろうとしていた。
なぜ無名のカイがこの計画に選ばれたのか、どうしてレオンがこれほどリスクを冒してまで夢を追い続けるのか――その答えを見つけようと、フローラの思考は巡っていた。
しかし、彼女は口を挟むことなく、ただ冷静にその場を見守っていた。
話がひと段落し、カイが再びグラスを傾けたところで、レオンは時計を確認しながら静かに言った。
「さて、今日はここまでにしよう。これ以上は、実際に動きながら決めていくことになるだろう。明日、もう一度この場所で落ち合おう」
カイは頷き、立ち上がりながらレオンと手を握った。
「分かった。明日、またここで会おう」
フローラもそれに続き、軽く頭を下げた。
そして、三人はそれぞれの思いを胸に抱えながら、静かにバーを後にした。
明日が新たな冒険の始まりとなることを感じながら、カイとレオンは再会を約束して別れた。
カイは酔っ払った足取りで、白鯨号へと戻っていった。
酒に浮かれた気分のまま、彼はベッドに倒れ込むと、すぐに深い眠りに落ちてしまった。
その間、フローラがそばにいないことに気づくこともなかった。
一方、レオンはバーの前に立ち止まり、夜空を見上げていた。
これから始まる冒険に思いを馳せていると、背後から静かな足音が聞こえた。
振り返ると、そこには先ほど別れたはずのフローラが立っていた。
「レオン様、少しお話がありますの」
フローラはレオンの腕を取り、自らの豊満な胸に押し付けた。
彼女の甘い香りがふわりとレオンの鼻をくすぐり、一瞬彼は驚いた。
しかし、その香りに魅了され、彼女に手を引かれるまま物陰へと進んでいった。
暗がりの中で、フローラはレオンをそっと静かに身体を寄せていった。
レオンの背中が壁に触れた瞬間、フローラの柔らかな手がゆっくりと彼の首筋に触れ、甘い囁きが耳元で響いた。
「……どうしてカイ様を誘ったのか、私に教えてくださらないかしら?」
彼女の囁きに、レオンの意識はぼんやりと遠のき、やがて二人の影がゆっくりと一つに溶け合っていく。
レオンとフローラの呼吸が重なり、二人の動きが徐々に熱を帯びていく中、フローラはレオンをさらに深く引き込んでいった。
静寂の中、時折漏れる微かな声と、衣擦れの音が響く。
フローラの指が彼の肌を這い、レオンの感覚を刺激するたび、彼の意識は次第に朦朧としていった。
「なぜ……?」
フローラの声が、レオンの耳元で再び囁かれる。
「なぜカイ様を選んだのか……教えてくださいませんか?」
その問いは、彼の心の奥底にある秘密を揺さぶるかのようだった。
レオンはその問いに抗おうとしたが、フローラの手が彼を焦らすように動くたびに、抵抗する力は徐々に消えていった。
「……それは……」
レオンは息を詰まらせながら、ついに口を開いた。
「俺がカイを選んだのは、彼が無名だからだ。計画を秘密裏に進めるには、誰も注目しない人間が必要だった……」
フローラは彼の答えに満足することなく、さらに問いかける。
「それだけではないでしょう?」
二人の身体が再び重なり合うたびに、レオンの意識は限界を迎えつつあった。
「……彼に、俺が失ったものを見たんだ……彼の無垢さと……純粋な情熱が、俺にもう一度夢を追わせてくれる気がした……」
フローラはその言葉に微かに微笑みながら、レオンの唇にそっと触れた。
「……あなたの本音が聞けて、安心しましたわ。それでは、続きを楽しみましょう」
レオンはフローラの瞳の中に、自分のすべてを見透かされたような気がしていた。
それでも、彼女の穏やかな微笑みと快楽が、レオンの何もかもを曖昧にした。
◇◇◇
翌日、カイとフローラは一緒に待ち合わせの場所へ向かっていた。
フローラはいつものように微笑みを浮かべていたが、その目には秘めたものがあった。
カイはそんな彼女の微妙な変化には気づかず、これから始まる冒険に思いを馳せていた。
待ち合わせ場所に着くと、レオンが既にそこに立っていた。
彼が二人を見つけると、軽く手を挙げたが、その視線がフローラに向けられたとき、一瞬だけ緊張したように見えた。
フローラはレオンの様子を見て、意味ありげに微笑んだが、カイは二人の間に漂う微妙な空気には全く気づいていなかった。
「おはよう、レオン!」
カイは明るい声で挨拶をしながら、足早に彼のもとへと歩み寄った。
憧れのパイロットから直々に声を掛けられ、共に伝説の鉱石を探しに行くなど、カイにとっては夢のような展開だった。
そんなカイとは裏腹に、レオンはややぎこちない笑みを浮かべていた。
「ああ、おはよう。こっちの準備は万端だ。目的地までなんだが、俺のハンガークルーザーで移動する。その方がお互いの船の性能差を気にする必要もないからな」
「え、ハンガークルーザーで!?」
カイの目が一瞬で輝いた。
レオンのようなエリートクラスのみに購入許可が下される、あの小型巡洋母艦に乗れるという話にカイの心は躍った。
フローラもそんなカイを微笑みながら見ていたが、昨夜のやり取りを思い出しながら、レオンの動向を注視していた。
レオンはカイの興奮ぶりに、少しだけほっとした様子で続けた。
「さあ、いよいよだ。この旅は決して楽なものではない。覚悟を持って臨むんだ」
こうして、カイとフローラ、そしてレオンの三人は、ハンガークルーザーへと乗り込む準備を整え、新たな冒険の旅に出発するのだった。
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