3-3

 無限に広がる宇宙の闇に、一瞬の閃光が走った。

 次の瞬間、閃光の中から現れたのは、堂々たる姿を持つ小型巡洋母艦ハンガークルーザー『オベリスク』だ。

 

 全長330メートル、幅130メートル、高さ50メートルの巨体が、漆黒の宇宙に威圧的に浮かび上がっていた。


 オベリスクは、アストリス・ダイナミクス社が誇る最新鋭のペレグリンMK.VII型で、その艦体は重厚さと流麗なデザインが見事に調和していた。


 艦首の両側には、広大なハンガー・ベイが口を開け、内部には最大100メートルの船を2隻も格納することができた。


 これらのハンガー・ベイの背後には、乗員たちが暮らす居住区画が広がっており、乗員はそこで快適に過ごせていた。


 カイはオベリスクの心臓部たるブリッジの窓から外を見つめ、心の中で深く息をついた。

 2万LYもの遥かな距離を、彼らは3日間かけて旅してきた。


 1日6000LYを駆け抜けるオベリスクの驚異的な速度のおかげで、彼らはこの危険な旅路を成し遂げることができた。


 そして今、目の前に広がるのは、次元の歪みが複雑に絡み合う空間。

 エクリプス・オパール――伝説の鉱石が眠るとされる最果ての地、カイたちが長年探し求めてきたその場所が、ついに姿を現した。


「まさか、ブラックホールの近くとはなあ」


 そう、エクリプス・オパールはブラックホールにほど近い特定の条件下でのみ生成されるというのだ。

 レオンから詳しい話を聞いたのは、今からちょうど3日前。

 出発して間もなく経った頃だった。




 ◇◇◇




 レオンの小型巡洋母艦ハンガークルーザー『オベリスク』に白鯨号をドッキングさせると、カイは早速、艦内探索に乗り出した。

 

 艦内を歩きながら、オベリスクの居住空間を改めて見渡した。

 この小型巡洋母艦ハンガークルーザーは、最大25名の乗員を収容できるよう設計されており、快適さと機能性を兼ね備えている。


 居住区画には、広めの個室が二つと、シンプルながらも機能的な一人用の個室がいくつか配置されていた。

 

 これらの部屋は、長期間の宇宙航行でも乗員が快適に過ごせるよう、しっかりとした防音設備と十分な収納スペースが設けられている。

 

 さらに、共用スペースとして娯楽室や食堂もあり、乗員たちはここで食事を共にし、息抜きを楽しむことができた。

 

 カイは一通り設備を堪能すると短く頷き、居住空間の機能性に感心しながらも、再び彼の思考はこれから待ち受ける探索へと戻っていった。


 カイがオベリスクのブリッジへと戻ると、レオンとフローラが備え付けられたチャートテーブルでこれからの行動を相談し合っている所だった。


「よう、見学はもう十分か? 凄いだろう、このハンガークルーザーは」

「ああ、居住性は文句ないし、何より80メートル級が2隻も格納できるのがいいね」


 充実した艦内の見学を終えたカイは、心の底からの感動をレオンに伝えた。

 2隻の船を格納でき、簡易整備と補給が可能で、さらに艦内設備も充実している。

 

 加えて最大で1000LYの距離を一度にジャンプ可能な、この小型巡洋母艦ハンガークルーザーはまさに独立パイロットであるカイの憧れの1隻だった。

 

 カイがそんな余韻に浸っているのを、レオンは微笑ましく見ていた。


「気に入って貰えたようで、なによりだ。さて、これからの話をしようか。まずはこれを見てくれ」


 そう言ってレオンはチャートテーブルを起動させ、カイとフローラに目的地について説明を始めた。

 ホログラフィックの地図が浮かび上がり、そこには現在地と目的地が分かりやすく表示されていた。

 

 レオンは長年の研究と、多くの資産を費やし幻の鉱石であるエクリプス・オパールを探し求め続けた。

 そして、つい最近、ようやくその鉱石が存在する可能性の高い場所を発見する事が出来たという。

 

 エクリプス・オパールは、宇宙の特異なエネルギー異常やブラックホールの近くなど、極限の過酷な環境下でしか生成されない。


一部の説では、これらのオパールは異次元の境界で形成されるため、通常の宇宙空間では決して見つからないと信じられていたが、レオンはその条件に合致する場所を見つけた。


 それはPLAA EURK WM-R E4-16星系、その中心にあるブラックホールより程近い、小惑星帯に存在する。というのが、レオンの研究成果だった。

 

「つまり、私たちはブラックホールの真横で採掘を行うと?」

「その通りだ、そのための準備もしてある。カイの白鯨号にも、専用装備を装着して採掘を補助してもらう」


 ブラックホールの近くでの採掘作業など前代未聞だ。

 カイは眉をひそめながらレオンの言葉を反芻した。


 ブラックホールの近くでの作業は、これまで聞いたことがない危険な行為だ。

 彼がこれまで経験してきたどんな危険なミッションよりも、はるかにリスクが高い。


「専用装備?」


 カイは慎重に問いかけた。

 レオンが用意したという装備がどれほどの信頼性を持つのか、そしてそれが本当にブラックホールの恐ろしい引力に対抗できるものなのか、不安が頭をよぎる。


「特別に調整されたグラビティ・スタビライザーだ。これを使えば、ブラックホールの強烈な重力場でも、船を安定させることができる。重力時間遅延についても、緩和が可能な優れものだぜ?

それに、採掘用のドローンも高重力環境仕様だ。今回のために大枚叩いて開発してもらったんだ」


 レオンの声には、自信が漲っていた。

 しかし、その自信がどこまで信頼できるものか、カイには判断がつかなかった。


「リスクは大きいが、成功すれば莫大な報酬が待っているぞ。エクリプス・オパールは、ただの宝石じゃない。見つけたものには莫大な富と名声がもたらされる。

それこそ、エリートランクも夢じゃない。それだけ凄いお宝ってわけだ」


 カイは黙って考えた。

 確かにレオンの言っていることは、恐らく正しいだろう。

 

 一度の功績でエリートランクが与えられるとは思えないが、それに王手をかける程度の実績を積むことは出来るだろう。

 

 しかし、ブラックホールのすぐそばでの採掘がどれほどの危険を伴うのか、カイの浅い経験だけでは測りきれなかった。


「……わかった。やってみよう」


 しかしカイは決意を固めた。

 ここまで話を聞いた以上、引く事はもう出来ない。そう覚悟を決めたのだった。

 その瞬間、フローラが静かに口を開いた。


「レオン様、私たちはこの装備を信じるしかないですわ。でも、もし何かが予想外に起こったら?」


 フローラの問いかけに、レオンは一瞬だけ考え込むように視線を落としたが、すぐに顔を上げ、落ち着いた声で答えた。


「その時は、俺が責任を取る」


 レオンの言葉に重みが感じられた。カイとフローラはお互いに目を合わせ、そしてそれぞれの役割を果たす準備を始めた。

 これから待ち受ける未知の挑戦に向けて、全てが動き出そうとしていた。




 ◇◇◇




 カイは再び窓の外に目をやり、目の前に広がる異常空間を見つめた。

 強烈な重力場が周囲の星々を歪ませ、光がねじれる様子が明らかだった。

 その圧倒的な力に飲み込まれそうな感覚に、一瞬だけ恐怖がよぎる。

 

「どうした、怖気づいたか?」


 一瞬、カイはレオンに自分の心を見透かされて驚く。

 同時に自分の経験不足を感じ、少しだけ恥ずかしさを覚えるのだった。

 

「心配するな、ちゃんと準備は整えて来たんだ。上手く行くさ! さあ、一緒に準備をしてくれ」


 そんなレオンの励ましを受け、カイは気持ちを切り替えて準備に取り掛かる。

 

 当初の目標であったブラックホールが存在する星系へとやってきたカイ達は、次にこの星系を詳しく分析する必要があった。

 

 ブラックホールの影響を受けるこの星系全域は、通常の航行とは異なる危険が潜んでいることを彼ら全員が理解していた。

 

 そこでレオンは予め探索用ドローンを特別改修したものを準備して、この旅に挑んでいた。


 レオンの指示の元、カイとフローラはオベリスクのブリッジにあるオペレーター席で、それぞれが担当するエリアに向け大型ドローンを射出していっていた。

 

 オベリスクの外に放たれたドローンたちは、漆黒の宇宙を縦横無尽に飛び交い、カイたちに周囲の情報をもたらしていた。

 

 だが、順調だったのも束の間。その静寂が突然破られることとなった。


「ドローンの信号が途絶えた?」


 フローラがモニターを見つめ、困惑した表情を浮かべた。

 そして、その異変はカイが担当するエリアでも現れた。


「何か変だ……ただの障害とは思えないな」


 カイは即座にデータを確認するが、ドローンの制御は完全に失われていた。

 これが通常仕様のドローンならいざ知らず、今回レオンが用意したのは高重力下で想定されるリスクに対応した特別仕様のドローンだ。

 

 そう簡単に制御を失うとは考えにくい。と、カイは訝しむ。

 

 次の瞬間、今度はオベリスクのシステムが異常を検知し、静寂に包まれていたブリッジにアラームが響く。


「おいおい、なんだ!?」


 レオンは焦りながらもすぐにコントローラーパネルで原因を探っていく。

 そして、それは直ぐに見つかった。

 

 なんと失ったはずのドローンのいくつかが急激に動きを変え、異常な速度でオベリスクに向かって突進してくることが判明した。


「くそっ、2基のドローンがこっちに向かってくる!」


 レオンは叫ぶと同時に操縦桿を握りしめ、防御態勢を整えた。

 カイも瞬時にコントロールパネルを叩き、オベリスクのシールド出力を最大に引き上げ、迎撃の準備を整えた。

 

 これが通常のドローンであれば、何も焦る必要はない。

 だが、今回向かってきているのは探索用の大型ドローンとなる。

 その大きさは、全長約15メートルほどもある。

 さらに、特別仕様とだけあって、ドローン自体にシールド展開能力まで有している。

 

 十分な加速さえ得られるなら、そのドローンが衝突した際の破壊力は、反物質魚雷の直撃にも等しいだろう。


「避けられるか!?」

 

 レオンは操縦桿を倒し込み、オベリスクを急速に旋回させた。

 艦体が激しく揺れ、全員がシートの背に叩きつけられる。

 

 その間、フローラは必死にドローンの制御を取り戻そうと試みるが、ブラックホールの強力な磁場や重力の影響か、システムは混乱したままだった。

 

 急速にオベリスクへと殺到するドローンのうち、1基はなんとか回避に成功する。

 しかし、すべてのドローンを避け切ることはできなかった。

 

 残った1基の大型ドローンがオベリスクのシールドに激突し、シールドの耐久力が一気に減少し、危険水域を示す赤色へと変色する。

 警報音がブリッジ内に鳴り響き、カイとレオンは瞬時にその重大さを理解した。


「な、なに!? 軌道を変えただと!! 確実にこっちへ突っ込んで来るぞ!」


 ブリッジにレオンの叫びにも似た声が響き渡る。

 何と回避したはずの大型ドローンが、再びオベリスク目掛けて、軌道を修正したという。

 アラームは鳴りやむことなく、接近する物体への警報を続けていた。


 そんな中、カイはコントロールパネルに手を伸ばし、ヒュージマルチキャノンの発射準備を急いだ。

 オベリスクの上部ハッチが展開されると、そこから巨大な3つの砲身を持つマルチキャノンが姿を現す。

 

 カイは接近してくるドローンの軌道を読み取り、その進行方向に狙いを定める。

 心臓が激しく鼓動し、汗が額に滲む。

 ドローンのシールドがいかに強力であっても、十分な攻撃力をもってすれば迎撃は可能だ。


「フローラ、制御を取り戻すのは諦めろ! 防御に集中してくれ!」


 カイの叫びに、フローラは即座に反応した。

 彼女はドローンの制御を断念し、オベリスクのシールド強化に全力を注いだ。

 

 彼女の指が素早くコントロールパネルを滑り、オベリスクの一部機能を停止させ、浮いた電力で別モジュールを稼働させる。

 

 十分な電力を得たシールドセルバンクを即座に起動し、急速にシールド耐久力を回復させた。

 次の瞬間、オベリスク全体が淡い光で包まれ、減少したシールドが再び出力限界まで引き上げられた。


「来た!」


 カイの声と共に、ヒュージマルチキャノンが火を噴いた。

 オベリスクの巨大な砲身から、破壊的な質量弾が次々と放たれる。

 

 ドローンに命中するかのように一直線に飛んでいき、その途上で何発かの弾がドローンのシールドに直撃した。

 

 しかし、ドローンもまた簡単には倒れなかった。シールドが弾を次々と吸収し、そのまま勢いを失わずにオベリスクに迫ってくる。


「くそっ、ダメか?!」


 カイは歯を食いしばりながら、弾種を切り替えることを決断した。

 即座にコントロールパネルを操作し、通常弾からフォージドブレイカー弾に切り替え、再び照準を合わせる。


「これならどうだ!?」


 カイの声と共に、ヒュージマルチキャノンが再び火を噴いた。

 シールドに強烈に作用する特殊弾頭が直撃し、一瞬でシールドを中和し、ドローンの装甲を貫通した。

 強烈な爆発がドローンを粉々に吹き飛ばし、残骸が宇宙の闇に散らばっていく。


 カイはホッと息をつき、モニターに映し出される映像を確認した。

 ドローンの残骸が静かに宇宙の闇に漂い、まるで彼らの一瞬の勝利を祝うかのように見えた。

 

 しかし、心の奥底では、これが始まりに過ぎないと直感していた。

 レオンとフローラも安堵の表情を浮かべたが、すぐにその表情は引き締まった。


「どうにか迎撃出来たな。見事だった、カイ」

「しかし、なぜドローンの制御が失われただけでなく、こちらに向かって来たのでしょうか。まるで、なにか意思に突き動かされたかのような……」


 フローラの言う通り、明らかにドローンの動きは自分たちを狙うかのようだった。

 それは、ドローンと退治したカイ自身も感じていた。

 しかし、手掛かりになるようなものは一切ない。


 以前としてカイたちの前には、まだ未知の領域が広がっている。

 適切な航路と採掘ポイントの算出は終わっておらず、未知の影響で貴重な大型ドローンを失ってしまったのは実に悩ましい出来事だった。

 

 しかし、手をこまねいているわけにもいかない。

 早々と頭を切り替え、カイたちはすぐに次の大型ドローンの準備に取り掛かった。

 

 カイはブリッジの窓越しに異常空間を見つめた。

 光が歪み、空間がねじれる様子は、まるで自分たちを試すかのように感じられた。

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