第3話「星屑の中の宝石」

3-1

 宇宙を悠々と泳ぐ白い鯨。

 それがカイたちの乗る元漁船――白鯨号である。


 独立パイロットのカイは、この白鯨号で星系を渡り歩き、立ち寄るステーションで数々の任務をこなしてきた。

 

 そして今、彼らは資源収集サイトへとやってきていた。

 RES――それは、宇宙の深淵に広がる宝の山だ。

 

 無数の小惑星や隕石群が集まるこのエリアには、貴重な鉱石や資源が眠っている。

 宇宙をさまよう者たちは、この資源収集サイトResource Eextraction Siteを目指し、鉱物を掘り出しては利益を求めるのだ。

 

 だが、そこにはリスクも潜んでいる。

 海賊や競合する採掘者たちとの衝突、そして予期せぬトラブル。

 

 RESは、富を夢見る者たちを引き寄せる一方で、彼らに代償を問う厳しい現場でもあった。

 白鯨号は、このような過酷な環境でも採掘をこなしてきたが、ひとつだけ大きな弱点がある。

 それは、戦闘が全く得意ではないということだ。


「うおおお! フローラ、スラスターにもっと電力を回してくれ!」


 カイは叫ぶようにして、隣に座る相棒のフローラに指示する。

 この頼りになる相棒はカイの用心棒であり、その冷静さと豊富な知識で数々の難題であっても彼を支えてきた。


 そんな彼女は今回も、その能力を遺憾なく発揮していた。


「無理ですわ。今シールドに割り当ててる電力を下げれば割られますわよ? 踏ん張りどころですわ、回避してくださいませ」

「無茶言うな! 最高ランクのスラスターでも、こいつのクラス3じゃ限界だ! 出力が低い! 操舵が、重いいぃー!」


 カイは泣き叫びながらも、操縦桿を激しく動かし白鯨号を何とか操作する。

 軍用グレードのスラスターを搭載したことで、以前よりも格段に機動性能が上がっていたが、それでも船そのものが鈍重であった。


 そもそも、なぜ逃げ回っているのか。それもそのはず、白鯨号は宇宙海賊に追われていた。


『おい、逃げるなァ! くそ、微妙に速いぞ……ちょ、待てよ!! 1トンだけ、1トンだけだから』


 海賊船からそんな哀れな通信が聞こえてくるが、カイはその指示に従う気など全くなかった。

 なぜ、自ら汗水流して働いた稼ぎを奪われなければならないのか。

 

 それに、要求通り1トンだけ放出しても確実に見逃して貰えるという保証もない。

 むしろ、さらに要求はエスカレートするのが目に見えていた。なぜなら相手は海賊だからだ。

 

 そんな怒りにも似た感情を覚えながらも、カイは必死に白鯨号の操縦桿を握り回避に専念していた。

 すでに救助信号も出しており、星系警備隊への通報も済んでいる。

 

 あと数分も逃げ続ければ、警備隊が到着し、事態は好転する。

 カイはそう考え、ひたすらに逃げ続けていた。

 

 その時、カイの白鯨号を追いまわしていた海賊船に別方向から青白い閃光が襲いかかった。

 パルスレーザーがシールドを正確に捉え、周囲の空間が一瞬焼け付くように眩しく輝いた。

 

『何だ!? 一体どこからだ!』


 焦りの声が、海賊船の通信から漏れる。

 レーザーが命中するたびに、海賊船は右へ左へと揺れ、シールドが一層一層と剥がれていく。

 

 やがてシールドの発光色が徐々に赤へと変わり、危険水域を示す色に染まる。


『く、くそッ! 今日はここで見逃してやる! 覚えておけよ!!』


 そんな捨て台詞を吐きながら、海賊は武装を格納すると、すぐさまジャンプアウトした。

 逃げ足の早さは一級品だった。

 

「た、助かったー……。なんだ、警備隊が到着したのか?」

「いえ、どうやら他の船から援護されたようですわ。……カイ様、通信が。恐らくその方ですわね」


 回避行動に専念していたカイは、途中の援護射撃こそ気付いていたが、それが誰によるものかまでは把握する余裕はなかった。

 

 てっきり救助信号を聞きつけて、警備隊がやってきたのかと思っていたが、どうやら違うらしい。


『よお、こちらルナ・シーカーのレオンだ。海賊に絡まれて災難だったな。しかし、RESへ来て対艦装備なしとは、少し無茶が過ぎるんじゃないか』


 通信相手の男はレオンと名乗り、この男こそカイを救った張本人だった。

 カイはすぐにでも感謝の返答を行おうとしたが、ルナ・シーカーという船名とレオンという男の名が引っ掛かり、一瞬沈黙した。


 そして、その男が何者かを確かめるべく恐る恐る尋ねる。


「すまない、助かった。間違っていたら申し訳ないんだが、アンタ、もしかしてオパール・ハンターのレオンじゃないか?」

『なんだ、俺のこと知ってるのか。如何にも、オパール・ハンターのレオンとは俺のことだ』


 その返信を聞いたカイは、思わず声を上げてはしゃぐ。

 そんなカイの有頂天っぷりに、隣に座っていたフローラは怪訝そうな顔で見つめていた。


「え、あれフローラは知らない!? レオンだよ! オパール・ハンターの!!」

「い、いえ知りませんわ。有名な方のようですけれど……」


 フローラは突然、熱を帯びたカイの声に少し困惑していた。

 彼の情熱は理解できるが、ここまで興奮する理由が自分には見当たらない。

 だからこそ、彼女は黙ってカイの話を聞くことにした。


 カイはフローラに知識自慢をするかのように、レオンについて語り出した。

 レオン・フォスター、またの名をオパール・ハンターレオン。

 

 彼は採掘師として、数々の偉業を成し遂げてきた著名な独立パイロットだ。

 この連邦で数少ないエリートパイロットの一人であり、彼はその実力を採掘のみで示してきたことでも有名なのはいうまでもない。

 

 特に、ヴォイド・オパールと呼ばれる希少鉱石を掘らせれば、彼の右に出るものは銀河中探しても居ないと言われるほど、その手腕は卓越していた。

 

「ふぅん……」


 早口でレオンが如何に素晴らしいパイロットであるかを説明するカイに対し、フローラの反応はイマイチだった。

 

 それは単に興味がないというだけではなく、熱く語るカイが非常に鬱陶しかったというのも大きかった。

 何を隠そう、カイはレオンのファンだった。

 

 そんなカイはレオンと出会えたことで有頂天になっていたが、彼の船を見て疑問を抱く。


「あれ、ルナ・シーカーってナイト・レイスじゃなかったっけ」


 記憶の中にあるレオンのルナ・シーカーという船は、ラプター・ドレイカー社製のナイト・レイスという船だ。

 

 しかし、いま、目の前にいる自称レオンの船は、ヴォイジャー・インダストリーズ社製のタイプ8ロードランナーだった。


 その船は、頑丈な箱型の船体に、まるで重機のような巨大なクレーンアームが装備されていた。船全体は、オレンジがかった錆色で、長年の使用に耐え抜いたかのような風合いが漂っていた。

 

 どちらも採掘船としてカスタマイズが可能な優秀な船ではあるが、その違いにカイは違和感を覚えた。

 

 その疑惑はすぐにカイの中で大きくなっていき、自分を助けた者がレオンの名を騙っているのではないかと考え始めた。

 

 カイの中で疑念が広がる。信じたい反面、もし偽物だったらという不安がよぎる。

 それでも真実を確かめるため、慎重に質問を続けた。


「あー、レオン。俺は実はアンタのファンなんだ。それで幾つか聞きたいんだが、いいかな」

『へえ、そいつは光栄だな。これも巡り合わせだ、なんでも聞いてくれ』


 カイは慎重に言葉を選びながら、少しずつ疑惑を深めていく質問を投げかける。


「アンタのルナ・シーカーって、ナイト・レイスをベースにしてるんだよな? その船はずっと使ってたって聞いたことがあるんだが、タイプ8に乗り換えたのは最近の話か?」


 カイの質問に、レオンと名乗る男は一瞬沈黙し、次に冷静な口調で答えた。


『お前が言う通り、長い間ナイト・レイスに乗っていたよ。最近ちょっとした事情でタイプ8に乗り換えたんだ。……次の資源探査プロジェクトで、どうしてもタイプ8の性能が必要になってな』


 カイはその説明を聞いても、まだ完全には納得できなかった。

 彼の目の前に映るタイプ8の船体は確かにレオンが使うには似つかわしい性能だが、なぜ彼がその選択をしたのかが気になった。


「なるほどね。それで、プロジェクトとは? 具体的には?」


 カイは疑念を拭い去るためにさらに質問を重ねた。

 レオンの答えがどれだけ信頼に足るかを確かめたかったのだ。


『おいおい、尋問染みてきたな。……まあ、いい。そうだな、ちょっと特殊な代物を探しに行くんだ。お前も聞いたことがあるだろう、エクリプス・オパールだ』


 エクリプス・オパールの名前を聞いた瞬間、カイの疑念は一気に解けた。

 その伝説的な鉱石を探しているなら、レオンがタイプ8のような強固な船に乗り換えた理由も納得がいく。


 タイプ8はその耐久性と持久力、さらに探査性能が特に優れている船であり、過酷な環境では理想的な選択だ。

 ただし、エクリプス・オパールが実在すればだが。


「アンタ、本当にすごいことに挑んでるんだな」


 カイは素直に感心し、レオンへの好感度がさらに深まった。

 ファンという人種は簡単に好感度を上下させる生き物なのだ。

 

 彼の答えはカイに取って信じるに足るものであり、レオンが本物であることに確信を持った。

 

 エクリプス・オパールなどという御伽噺の代物を追い求めるなど、常人はやらない。はっきり言って異常者ともいえる。

 

 そんな幻を真面目に追いかけるようなことをいうのは、オパール・ハンターのレオン以外、存在しないだろう。


『まあな、挑戦する価値はあるぜ』


 レオンの言葉は、カイがずっと憧れていたエリートパイロットそのものであった。

 

 彼が本物だと確信したカイは、折角こうして出会えたのだからサインの1つでも欲しいという欲が生まれていた。

 ファンという人種は欲深い生き物なのだ。


「流石だよ、レオン。……よ、よかったらステーションで会わないか? 今回の事もあるし、お礼がしたいんだ。それに……サインも」

『ああ、いいだろう。ちょうど補給のためにステーションへ寄る予定だったしな。じゃあ、ここから3,200LS先にあるアウトポストで落ち合おう』


 カイはレオンからその返信を聞いて、静かにガッツポーズを取り喜んだ。

 こうして二人は次のステーションで会うことを約束し、カイは白鯨号をステーションに向けて進路を取った。

 

 彼は憧れのパイロットとの再会に胸を躍らせながら、白鯨号を加速させた。




 ◇◇◇




 カイはレオンと落ち合う予定の前哨基地アウトポスト型ステーションへとやって来た。

 このステーションは、宇宙ステーションの中でも特に小型で質素な造りをしており、資金力の乏しい星系や、まだ開発が進んでいない星系でよく見られるものだ。


 現在、カイたちのいるBD+05/2481星系はまだ開発が始まったばかりとあって、この前哨基地アウトポスト型しか配備されていない。


 しかし、一歩ステーションの中に入れば、そこには人間が快適に暮らせる環境が整備されており、多くの人々が集う憩いの場として役立っている。


 カイは白鯨号をドッキング・ベイへと着艦させた後、担当者に補給と整備の手続きを済ませると、早速、フローラと共にステーションの商業区画へと向かった。


 商業区画は手頃な広さで、どこか穏やかな居心地の良さが漂っていた。

 チューブ状の構造が独特な雰囲気を醸し出し、通路の両側には店舗がずらり並ぶ。足元に感じる遠心重力が、場所全体にしっかりとした安定感を与えていた。


 歩みを進めるにつれて、人々の活気が伝わり、道行く者たちのざわめきが耳に入ってきた。

 通り沿いの無数の看板が色鮮やかに輝き、行き交う人々の視線を奪おうと競い合っていた。


「やっぱり、こういう場所はどこも同じですわね」

「ちょっとした商店からカフェまで、何でも揃ってるけど、どこも似たり寄ったりだなあ」


 このアウトポスト型ステーションの商業区画には、大手企業のチェーン店が大半を占めている。

 だが、どの店でも常に同じ品質が提供されるという点は、時に心地よい安定感をもたらすものだ。


 故郷から遠く離れた見知らぬ星系であっても、馴染みの味を楽しめるのは、長距離運送を担うパイロットたちにとって大きな安らぎとなる。


 また、時折、個人経営の小さな店も顔を見せ、そこでは思いがけない掘り出し物との出会いが待っていることもある。この予想外の発見が、アウトポストのもう1つの魅力だ。


 フローラと他愛のない会話をしながら歩いていたカイの視界に、ふと一人の女性が目に映る。それは桃色の髪をした女性だった。

 その瞬間、カイは驚きで立ち止まる。


「うお」


 一瞬、カイは困惑したもものの、すぐに人違いと分かり安心する。

 そして、頭の片隅に残る不安を振り払うかのように足を速めた。

 

 やがて、カイとフローラは商業区画の端にあるバーへとやってきた。

 そこがレオンと待ち合わせている場所となる。


 バーの扉をくぐると、控えめな照明に包まれた店内は落ち着いた雰囲気で、数名の客が静かにグラスを傾けていた。


 店内を見渡すと、奥のテーブル席にレオンの姿があった。

 彼はすでにグラスを片手にしており、カイたちが近づくと穏やかな笑みを浮かべて手を挙げた。


「よお、お前がカイだな? おっと、女連れとは恐れ入るぜ」


 カイは軽く肩をすくめ、「フローラは俺の相棒だよ」とだけ答えた。

 フローラは静かに一礼し、二人はレオンの前に座った。

 レオンと再会できた喜びとともに、カイの心には一抹の緊張が走る。

 これから何かが始まる――そんな予感が、静かなバーの空気に漂っていた。

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