2-8
カイは半分憧れだけで選んだ艦が、圧倒的な性能を誇る超高性能艦だったことを知り、恐ろしさを覚えた。
そして、付近に他の海賊船の反応が消えている事に気付く。
「他の海賊船の反応も消えていますわ。どうやら、リアが指揮するスターライト・ヴォヤージュが全て殲滅したようです」
フローラの冷静な報告に、カイはしばし呆然とした。
自分が操縦していたコンストラクターの圧倒的な火力に驚きを隠せないでいる中、スターライト・ヴォヤージュもまた、その圧倒的な戦力で海賊たちを一掃していたのだ。
「リア、容赦ないなあ……」
カイはモニターに映るスターライト・ヴォヤージュの雄姿を見つめながら呟いた。
あの巨大な艦が持つ力は、ただ圧倒的で、全てをねじ伏せる暴力そのものだった。
100隻もの海賊船団をものの数分で殲滅してしまうのだから、恐ろしいと言う他ない。
そこには大切な思い出が詰まった船を海賊たちによって奪われたという怒りが込められている気がしてならなかった。
「カイ様、これで戦闘は完全に終結しましたわね。一旦、艦の中へ戻りましょう」
フローラの問いかけに、カイは頷き返し、操縦桿をゆっくりと引きコンストラクターを戦場から後退させた。
遠くの巨大な艦の陰から出てくる無数のドローンが、周囲をパトロールしながら、残骸の確認を行っているのが見えた。
生き残りなど絶対に許さないと言う強い意思が感じられる。
『カイさんー、海賊は全て消しました! 周辺に敵影はありません』
そんな中、リアの明るい声が通信機から聞こえてくる。
彼女の海賊に対する淡々とした報告に、カイは軽く引きつりながら返答する。
「り、了解。こちらも問題ない。今からスターライト・ヴォヤージュに戻る」
カイはコンストラクターを操作し、スターライト・ヴォヤージュへと進路を取った。
戦闘の余韻を残したまま、艦内は再び平穏を取り戻しつつあった。
◇◇◇
無事にスターライト・ヴォヤージュに着艦すると、カイとフローラは再び艦橋へと向かう。
海賊と言うアクシデントがあったものの、リアと合流し、これからの行動について話し合うためだ。
「まずは皆、お疲れ! 無事で良かった」
カイが艦橋に到着し、一息ついたところで改めて全員に向かって話した。
それぞれ安どの表情を浮かべた後、リアが今後について切り出した。
「これからが本当の問題です。この艦をどうするか……」
リアは少し緊張した面持ちで話し始めた。
「私はこの艦を連邦軍に引き渡すべきだと思います。私一人でこの艦を運用するのは無理がありますし、早く正式な手続きに従った方が良いかと……」
リアのその言葉を聞いて、カイは一瞬考え込んだ。
確かにそれが筋と言う気がするも、どこか何かが引っ掛かった。
その時、中枢AIの無機質な声が艦内に響いた。
『艦長、お待ちください。それは最良の選択とは言えません』
リアは一瞬動きを止め、中枢AIの言葉に耳を傾けた。
カイとフローラも、中枢AIが突然発したその言葉に不審そうな視線を向けた。
彼らの頭の中には、連邦軍に艦を引き渡すことが当然の選択だという考えがあったからだ。
『連邦軍はこの艦の失踪原因をすでに把握している可能性があります。そして、その事実を公にするつもりはありません。
なぜなら、敵対する大セレスティアル帝国の工作員が艦内に侵入し、貴重な戦略母艦を失ったという事実を認めることは、彼らにとって非常に不都合だからです』
AIの冷たい声が艦内に響くたびに、リアとカイはさらに困惑した。
彼らが信じていた安全策が、実は大きな危険を孕んでいるという事実に直面したからだ。
リアは、今までの選択肢が全く異なる光景に見えてくるのを感じ、無意識のうちに息を詰めた。
フローラはその静寂を破るように口を開いた。
彼女の声には、冷静さを保とうとする意志が感じられたが、その内には深い疑念が渦巻いていた。
「つまり、私たちが艦を引き渡した場合、連邦軍にとって都合の悪い事実が表に出ないよう、全員が消される可能性がある、と?」
フローラが言葉を発した瞬間、カイとリアはその真実の重みを感じた。
単なる推測ではなく、彼女が言うように、この事態は自分たちの命に直接関わるものだと悟った。
部屋に重苦しい沈黙が漂い、その沈黙が彼らの心に徐々に不安を広げていく。
『その通りです。連邦軍にこの艦を渡せば、私たち全員が抹殺される可能性が高いです。
それを避けるために、私は連邦支配下でも帝国支配下でもない、空白地帯の星系へ移動することをお勧めします』
リアは中枢AIの言葉を聞き、静かに考え込んだ。
彼女の中で、今まで築いてきた前提が音を立てて崩れていく感覚があった。
中枢AIの冷徹な分析は、リアが反論する余地を与えないほどの説得力を持っていたからだ。
リアは中枢AIの言葉を受け止め、再び考え込んだ。
連邦軍に艦を引き渡すリスクを理解した彼女は、この艦をどう運用すべきかを慎重に考えていた。
空白地帯への移動は、彼女にとっても合理的な選択肢の一つだ。しかし、その移動をどう実行に移すかが問題だった。
「もし、この艦をそのまま移動させるとなると、また海賊の目を引く危険性がある……でも、戦力を活かして貢献できるとしたら?」
彼女は自問自答しながら答えを見つけようとしていた。
その時、リアの脳裏に浮かんだのは、かつて海賊によって大事な船を失った苦い記憶だった。
自分が無力だったあの時を思い出し、今こそ自分の手で同じように海賊に苦しむ人々を救えるのではないかという考えが胸に湧き上がった。
「……海賊を討伐しながら空白地帯へ移動することで、艦の存在を正当化し、かつ戦力を無駄にしない。そうすれば、過去の自分のように困っている人々を救えるかもしれない」
リアは慎重に言葉を選びながらも、自らの決意を固めていった。
『その通りです。これにより、連邦軍の目を逃れつつ、艦の戦力を効果的に活用することができます』
中枢AIの冷静な声が彼女の考えを後押しする。
リアはもう一度深く考え込み、やがて自らの意志を固めた。
「分かりました。その提案を受け入れます。スターライト・ヴォヤージュで、海賊討伐をしながら空白地帯へ向かいます。
……亡くなった乗員の方々のご遺体を、できれば家族の元へ返してあげたいんです。連邦軍に引き渡してしまったら、きっとそれは叶わなくなってしまうでしょうから」
リアの静かな決意が込められた言葉を聞いたカイは、胸に温かいものが広がるのを感じた。
彼女の中に根付いた深い優しさと他者を思いやる気持ちが、かつての頼りなさを超えて強い意志へと成長していることが伝わってきた。
その姿を見て、カイは誇らしさとともに、別れが近づいている現実を改めて痛感した。
「リア、お前ならきっと、やり遂げられるさ」
カイは静かに彼女を励ましたが、その声にはわずかな寂しさも滲んでいた。
リアはそんなカイの気持ちに気づいたようで、少し微笑みながら頷いた。
「カイさん、フローラさん。本当にありがとうございました。お二人がいなければ、私はここまで来ることが出来ませんでした」
リアの目には感謝の光が宿り、その言葉には深い誠意が込められていた。
「いや、ここまで来れたのは紛れもなくリアの実力だよ。短い時間だけど、一緒に居て楽しかった」
カイはリアの肩を軽く叩き、力強く言った。
その時、リアはふと何かを思い出したように顔を上げた。
「そうだ、カイさん。最後に一つお願いがあります!」
カイが疑問に思っていると、リアは少し照れくさそうに微笑んだ。
「スターライト・ヴォヤージュにある好きな艦を持っていってください。たくさんあるので!」
それはカイに取って魅力的な提案だった。
兼ねてより白鯨号では色々と限界があることを感じており、その改善を模索していたからだ。
ここで、あの凶悪無比なコンストラクターに乗り換えれば、本格的に海賊討伐による賞金稼ぎなども視野に入って来る。
が、カイは直ぐにその考えを捨て去り、首を横に振った。
「ありがたい話だけど、艦の出所を探られれば説明するのは難しいと思う。下手に使えば、すぐにバレてしまうだろうし」
100年前の仕様と言うだけならば、特段問題になる事はない。
しかし、最高ランクの軍用グレード、それもフルエンジニアリング仕様で整えられた艦を使っているなど、まずその出所を疑われる。
それが今はもう使われていない仕様や形式であれば、尚の事言い訳する事は不可能だろう。
カイが十分な実績を持つ独立パイロットであれば、追及を逃れる事も出来るが、生憎とまだコンピテントランク。
故にカイは喉から手が出るほど欲しい所を、断腸の思いで断ったのだった。
その甲斐の言葉を聞いて、リアはしばらく考え込んだ後、新たな提案を思いついた。
「それなら、白鯨号の各パーツを軍用グレードに換装してはどうでしょう。これなら出所を気にする必要はありませんよ!」
カイはその提案を即座に承諾した。
軍用グレード自体は民間でも所有に問題はない。ただ驚くほど高価だと言うだけで。
それを無償で貰えると言うのだから、これはカイにとって魅力的過ぎる提案だった。
100年前のパーツとは言え、基本的には現行品と大きく違いはない。
何せ航宙艦の各パーツは技術的には停滞しており、大きな技術革新でもない限り、細かな仕様変更があるくらいなものだからだ。
そうしてカイたちはすぐに白鯨号の改装作業に取り掛かった。
スターライト・ヴォヤージュのメンテナンス・ベイを活かして行われた換装作業は、驚くほど迅速に進んだ。
◇◇◇
カイとフローラは、白鯨号のコクピットに座りながら、目の前のモニターに映し出されるスターライト・ヴォヤージュを見つめていた。
巨大な艦内での短い会話が終わり、今まさに別れの時が訪れていた。
「リア、本当にありがとう。元気でな」
「リアさん、どうかお元気で。危ない時はすぐに逃げていいのですよ。命が一番大事ですわ」
通信越しにリアの姿がモニターに映し出された。
彼女はカイとフローラの言葉を静かに聞いていたが、その表情には別れの寂しさが滲んでいた。
彼女は深く頷き、少し躊躇した後、言葉を返した。
「カイさん、フローラさん、本当にありがとうございました。必ずお手紙を書きますね!」
リアの目にかすかな涙が浮かんでいるのが、モニター越しでもはっきりと分かったが、彼女はそれを隠すように微笑んだ。
「それじゃ行ってきます! 必ずまたお会いしましょう!」
カイは軽く頷き、少し硬くなった声で答えた。
「ああ、必ずまた会おう。きっと大丈夫だ」
「そうですわ。またいつか、お会いできる日を楽しみにしています」
リアは通信を終える前に、深く息を吸い込み、スターライト・ヴォヤージュの艦橋で中枢AIにハイパードライブの起動を命じた。
そして、カイとフローラに向かって静かに一礼した。
スターライト・ヴォヤージュがゆっくりと加速し、エネルギーが収束する音と共に、その巨大な艦体が一瞬にして閃光を放ち、宇宙の彼方へとジャンプアウトした。
その瞬間、白鯨号の画面に映し出されていた艦影は、まるで星々に吸い込まれるように消え去った。
「行っちゃったな……」
カイは静かに呟きながら、リアが消えていった方向を見つめていた。
「ええ、でもリアさんはきっと大丈夫ですわ。私たちも、自分たちの道を進みましょう」
カイは無言で頷き、白鯨号のエンジンを起動させ自らも別星系へと飛び立った。
新たな旅路が、彼らを待っているのだ。
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