2-7

 カイとフローラはリアと別れ、スターライト・ヴォヤージュの第1ハンガーに向かって急いだ。


 リアの指揮のもと、今度は中枢AIの制御を得たので、幹線廊下に備え付けられた無人車両に乗り込み、一気にハンガー・ベイまで移動することができた。


 カイは移動している間、艦内に格納されている船について考えていた。

 軍用にカスタマイズされた航宙艦が多数残されているはずだが、どの艦を使うべきかが頭をよぎる。


「フローラ、ハンガーには何が残っているか把握している?」

「一部の艦艇リストは中枢AIが管理していましたが、正確な数はわかりませんわ。ですが、100メートル級の艦が白鯨号の隣にありましたわね」


 フローラのその言葉を聞いて、カイはその艦の存在を思い出す。

 それは、スターライト・ヴォヤージュからの脱出時に使用を考えていた『コンストリクター』だった。


「コンストリクター、あれはいいよなあ。多用途艦の傑作として、100年経った現在でも基本設計そのままで運用されてるからな」


 ラプター・ドレイカー社が誇る傑作艦、それがコンストリクターである。


 機動性、火力、防御力が高次元で纏まっているその艦は、多用途を謳うだけあって、大容量のカーゴも備え、多数のオプション装備も可能だ。


 その登場は非常に古いものの、基本設計の優秀さに支えられて、細かな変更こそあるもの、すでに200年は販売が続けられていた。


 名立たる独立パイロットたちを生み出し、多くの星系で警備艦として運用されていた。


 ハンガーに到着すると、目の前に広がるのは白鯨号より一回り以上大きな航宙艦コンストリクターだった。

 その黒々とした艦体は堂々とした姿を見せ、まるで戦いを待ちわびているかのようだった。


「うお、やっぱり迫力あるよなあ! 現役時代からずっと憧れてたんだ! 俺たち陸軍歩兵は基本的にドロップシップしか乗らないからさ」

「私にとっては見慣れた艦ですわね。デスアダーもよく乗っていましたわ」

「さすがに特殊部隊出身だけあるわ」

 

 カイはその威容に圧倒されつつも、すぐに乗船の準備に取りかかった。

 フローラの目には、カイのテンションがまるでスキップでもしそうなほど高まっているのが明らかだった。


 カイが艦内に乗り込むと、艦内設備を見て回りたい気持ちを抑えながら、急ぎコクピットへと向かう。

 

 コクピットの中は広々としており、最大6名によるオペレーションが可能な、まさに中枢と言える場所となっていた。


 パイロットシートは特徴的な並列式となっており、カイが素早く片側のパイロットシート座ると、その隣にフローラが腰を掛けた。


「全システム稼働良好、準備は整っていますわ」


 フローラが手慣れた様子でシステムチェックを完了させ、カイは少し緊張した面持ちで静かに頷いて見せる。


 憧れの艦を実際に操縦できるとあって、カイは目の前に迫った脅威を一時忘れて、童心に戻っていた。

 サブディスプレイから発進リクエストを送信し、艦橋に居るリアに準備が整ったことを通知した。

 すると程なくして、リアから通信が入る。


『カイさん、準備は良いですか? いま、スターちゃんに頼んで攻撃用のスウォームドローンを展開して貰いました。この後、防御用のドローンも展開するので、何機かそちらにお付けしますね』

「了解。……ところで、スターちゃんとは?」

『あ、中枢AIのことです。呼びにくいので、スターライト・ヴォヤージュのスターちゃんって名前にしました!』

「おぉう、そうか」


 カイはリアのネーミングセンスに愕然としながらも、すぐに集中を取り戻した。


「こちらは準備完了だ、発艦シークエンスを始めてくれ」

『分かりました!』


 程なくしてカイはスロットルペダルに足をかけたまま、コンストリクターの内部で動き出す感覚を感じ取った。


 艦を保持しているハンガー・ベイ全体が移動を始め、ゆっくりとスターライト・ヴォヤージュの側面ハッチへと向かっていた。


 周囲のモニターには、ハンガー・ベイが少しずつ外宇宙に近づいている様子が映し出されていた。

 やがて、ついにスターライト・ヴォヤージュの側面ハッチが大きく開かれ、外の星々がその向こうに広がった。


 コンストリクターを固定していた巨大なアームが一つずつ解除されていき、カイはその一連の動作を確認し、息を詰めた。


「よし……全アーム解除確認、発艦する!」


 スロットルペダルにさらに力を込め、コンストリクターがゆっくりと前進を始めた。

 艦は滑らかにハンガー・ベイを抜け出し、広大な宇宙空間へと飛び立った。


 カイは操縦桿を握り直し、深く息を吸い込んだ。

 目の前には、広がる星空と、それに対峙するかのように迫りくる海賊船団の姿が映し出されていた。


「よし、ここからが本番だ」


 カイは自分自身に言い聞かせるように呟き、戦いの準備を整えた。




 ◇◇◇




 海賊船団『ブラッククロウ』は、海賊船団長ガルズ・レクスの指揮のもと、静かに進行していた。

 ガルズは当初、謎の信号の出どころについて半信半疑だったが、万が一の可能性を考え、部下に追わせていた。

 しかし、その部下が撃墜されたという報告を受けた瞬間、彼は確信に変わった。


「やはり……本物かもしれんな」


 ガルズはニヤリと笑い、スターライト・ヴォヤージュの存在を確信した。

 もし本当に存在し、うまく強奪できれば、自分の権力はさらに拡大する。

 その甘美な誘惑が、ガルズを突き動かしていた。

 

 同時にガルズはこの作戦が成功すると確信していた。

 100年間も無補給で漂流している艦に生存者がいるとは到底考えられなかった。


 仮に防御システムが稼働していたとしても、100隻もの船団で一斉に攻撃を仕掛ければ、必ずどこかに隙が生まれると見ていた。


 その隙を突いて無人の艦内に潜入し、制御を奪うことが十分に可能だと信じていたのだ。


 ガルズの部下たちもそのことに興奮を隠せず、船内に不気味な笑い声が響いた。

 彼らはすぐに戦闘態勢を整え、一斉にスターライト・ヴォヤージュの目の前に迫っていった。


 その中に、かつてフェングの部下であり、今は「ブラッククロウ」の一員として生き延びた青年、リカルドがいた。


 彼はフェングが命を落とした際、直感で危機を察知し、いち早く逃げ延びたことで命を拾った。その直感は、今でも彼を生かしていた。


「なんか、がするな……」


 リカルドはふと胸騒ぎを感じ、顔をしかめた。

 かつての経験から、彼は自分の勘を大事にしていた。そして、その勘はこれまで何度も彼を助けてきた。


 その時だった。

 突然、スターライト・ヴォヤージュから全艦に対して無機質な警告が発せられた。


『警告する。これ以上の接近は許可されていない。直ちに退去せよ』


 リカルドはその言葉にピリッとした緊張を感じた。

 内心で何かが大きく外れたような気がしてならなかった。


 そして、ガルズが警告を無視してスターライト・ヴォヤージュに接近しようとするのを見た瞬間、彼は確信した。


「こいつはやばい……」


 彼は即座に行動に移した。

 仲間には何も告げず、こっそりと自分の小型船を離脱させた。


 エンジンを静かに始動させ、無線をオフにした状態でゆっくりと後退する。

 彼の心臓は激しく脈打っていたが、彼は冷静さを保ち、スターライト・ヴォヤージュから可能な限り遠ざかろうとした。


 その瞬間、スターライト・ヴォヤージュから無数のドローンが放出され、海賊船団に向かって突進し始めた。

 さらに、無数の砲火が放たれ、宇宙空間に鮮やかな閃光が走った。


「やっぱりだ……!」


 リカルドは確信を持ってスロットルを全開にし、船を全速で離脱させた。

 彼の仲間たちが次々と撃破されていく中、リカルドだけが再びその危機を免れた。


「また助かったか……。運がいいのか、それとも……」


 彼は苦笑しつつも、二度目の命拾いをしたことに感謝しながら、戦場を後にした。




 ◇◇◇




 スターライト・ヴォヤージュの巨大な砲門が、宇宙空間に閃光を放ち始めた。

 無数の攻撃用ドローンが次々と発進し、海賊船団に向けて無慈悲な攻撃を加えている。


 砲火の嵐が海賊船を直撃し、爆発音が響くたびに宇宙空間に残骸が四散していく。

 海賊たちは予想外の猛攻に驚愕し、混乱の中で必死に反撃を試みていたが、その努力は無駄に終わっていた。


 その様子を、カイはコクピットのモニター越しに見つめていた。


「うわ、火力ヤバいな。あれに加えて、多数の軍用グレードの航宙艦が展開されるんだろ? そら1隻で星系を掌握できるはずだわ」


 カイは呆れながらそう呟きつつ、冷静に状況を分析していた。

 しかし、彼はこのままスターライト・ヴォヤージュにすべてを任せるつもりはなかった。

 彼もまた、ここで自分の役割を果たさなければならない。


 カイは操縦パネルを操作し、コンストリクターのモードを分析モードから戦闘モードに切り替えた。

 その瞬間、艦の表面に隠されていた武装が一斉に展開され、戦闘態勢が整う。


 オーソドックスなマルチキャノンが2門、そしてレーザー砲が3門――これらが、彼らの手に託された武器だった。


「カイ様、全てのシステムが準備完了です。いつでも攻撃可能ですわ」


 フローラは隣でシステムを確認し、冷静に報告した。

 カイはその声に頷きながら、操縦桿をしっかりと握り直した。


「よし、行くぞ!」


 カイはスロットルペダルを踏み込み、コンストリクターを加速させた。

 艦のエンジンが低く唸りを上げ、巨大な艦体が滑らかに宇宙へと飛び出していく。


 目の前には、戦場の光景が広がっていた。海賊船団はスターライト・ヴォヤージュの圧倒的な攻撃に耐えきれず、次々と崩壊していく。

 しかし、まだ残った船は必死に抵抗を続けていた。


「まずは小手調べに、小型船から狙ってみるか」


 カイは操縦桿を操作しながら目標を定め、フローラに指示を送る。


「フローラ、レーザー砲のテストだ。あの小型の海賊船に照射する」

「了解しましたわ」


 フローラが即座に配電システムを操作し、レーザー砲が青白い光を放った。

 レーザーは宇宙空間を一直線に突き抜け、小型の海賊船に命中する。

 すると瞬時にシールドが消滅し、続いて船体が溶断され、光の粒となって消え去った。


「一瞬で溶けたな……。いや、威力高すぎでしょうよ!? 軍用グレードこわっ」

「まあ、民間船が相手ならこんなものでしょうね。ぶっちゃけ、100隻くらいの民間船なら、この艦1隻でも相手出来ますわよ? ちょっと大変ですけれど」

「えぇ……」


 カイはその威力に驚きを隠せなかったが、横に座っているフローラはさも当然と言わんばかりの顔をしていた。


 相手が軍用グレードで装備を整えているのであれば、話はまた違ってくるのだが、民生品の、それも粗悪品しか装備していない海賊船など、このコンストリクターからしてみれば、全く話にならない。


 その圧倒的なまでの性能差に目を丸くするカイだったが、すぐに冷静さを取り戻し、次の目標に目を向けることにした。


 フローラは手際よく次々とターゲットをセットし、コンストリクターの砲火が次々と火を噴いた。

 レーザー砲がシールドを一瞬で中和し、マルチキャノンの弾丸の雨がその装甲に無数の風穴を空けていく。

 次々と海賊艦が破壊され、爆発が連鎖的に広がる。


 一方、スターライト・ヴォヤージュも休むことなく砲撃を続け、攻撃用ドローンが次々と海賊船を襲っていた。


 ドローンが高速で飛び交い、海賊船の周囲を取り囲んで一斉にレーザーを放ち火力を集中させる。

 海賊たちはその猛攻に圧倒され、次々と撃破されていく。

 

 その混乱の中、一隻の海賊船からカイのもとへ通信が入る。

 モニターに映し出されたのは、海賊船団ブラッククロウの船団長ガルズ・レクスだった。

 彼の顔には戦場の荒波を潜り抜けてきた者特有の冷酷さが滲み出ていた。


『貴様がこの騒ぎを仕切っているというわけか。その艦、普通じゃねえな……SPEC OPSか』


 ガルズは低い声で言い放った。

 その声には苛立ちと不安が混ざり合っていた。


 彼の周囲では、次々と仲間の船が破壊され、彼の権力が瞬く間に瓦解しつつあったのだ。

 一方のカイは、自身が乗るコンストリクターが特殊作戦SPEC OPS仕様と知り、驚愕していた。


「えっ、ちょ……フローラ! これ特殊作戦SPEC OPS仕様なの!?」

「ええ、気付いてませんでしたの? これだけ高性能な艦は流石に軍の中でも少数ですわ。サラっと確認した限り、ほぼフルエンジニアリング仕様でしたわね」

「うえぇ」 


 咄嗟に小声でフローラに尋ねたカイは、驚愕の真実を知りドン引きしていた。


 特殊作戦SPEC OPS艦は、各種パーツが軍用グレードの中でも最高品質仕様に加え、エンジニアリングと呼ばれる専門開発チームによる改造が施されている。


 そして、フルエンジニアリングはその改造の中でも最も高い品質を保持していることを示していた。

 たとえ100年前の仕様とは言え、その性能は現在でも十分に通用する高レベルにある。

 カイはそんな超が付く高性能な艦に乗っていたとは、全く思いも寄らなかったのだ。


「ボケっとしてないで、さっさと返事でも攻撃でもしてくださいませ」


 呆気にとられるカイだったが、フローラの催促で正気を取り戻し、ガルズからの通信に応答する。


「そ、そうだな! 俺はスターライト・ヴォヤージュの……SPEC OPSの一員だ」


 カイは何とか平静を装いながら答えたが、内心ではこの状況に少し戸惑いを覚えていた。


『ほう……そうか。だが、その程度で俺を止められると思うなよ!』


 ガルズの船が急加速し、コンストリクターに向かって突進してきた。

 その猛然たる突撃には、海賊船団長としての長年の戦闘経験が色濃く反映されていた。

 ガルズは全火力を集中させ、コンストリクターを一気に破壊しようとしていた。


「フローラ、全火力を敵艦に集中しろ!」

 

 その気迫にカイは驚き、操縦桿を握りしめながら叫んだ。


「了解しましたわ」


 フローラは素早くターゲティングシステムを操作し、全ての武装をガルズの艦にロックオンした。

 次の瞬間、コンストリクターの武装が一斉に火を噴いた。


 マルチキャノンが怒涛の弾幕を形成し、レーザー砲が鋭い光線を放ちながらガルズの船に迫った。


 ガルズの船は猛攻に耐えようと必死にシールドを強化したが、全く意味をなさずに一瞬のうちに消失し、即座に被弾していく。


『くそ……こんなところで! うおおぉ!』


 ガルズは必死に船を操作し、攻撃をかわしながら反撃を試みる。


 しかし、コンストリクターの火力は想像以上であり、彼の船は砲火に耐えきれず、内部の重要部位が次々と破壊されていった。


 そして、呆気なく爆散して反応が消失した。


「敵船、沈黙しました」

 

 フローラが冷静に報告する。


「つ、強すぎるでしょ、この艦……」


 カイはその圧倒的なまでの暴力に、自ら操艦していたことに震えるのだった。

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スペースランナー・ホワイトホエール~無法宇宙で自由業!宇宙を駆けるパイロットの冒険譚!?~ @romeo6

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