2-6

 カイたちは中枢AIを止めるため、艦橋へ続く通路を進んでいた。

 

 スターライト・ヴォヤージュの巨大な構造は、まるで終わりのない迷路のように広がっており、カイたちの精神をじわじわと削り取っていった。

 

 しかし、驚いたことに中枢AIから戦闘用自律人形アサルト・オートマトンが即座に差し向けられる事はなかった。


 それは、既に先の乗員虐殺時に多数の自律人形オートマトンが破壊されており、再生産しようにも限られた資材では十分に行えていなかったという真実があるが、カイたちがこれを知ることはない。


 全く抵抗のない事に拍子抜けの思いだったが、それ自体はむしろ喜ばしい事だった為、誰もそのことを口に出す事はなかった。


 そうして、カイたち一行はついに艦橋が存在する最後のブロックへと足を踏み入れる。


「よし、このブロックに艦橋がある。ここまで抵抗は無かったが、流石にここからはそうもいかないだろうな」

「ええ、間違いなく。リアさんは私とカイ様の後ろからついて来て下さいまし」

「はい!」


 やがて、ほどなくしてカイの予想が的中する。

 不穏な気配を察知したカイはすぐに立ち止まり、周囲を見渡した。

 闇が支配する廊下の奥で、微かな動きが感じられたのだ。


「フローラ、前方に何かいる。確認してくれ」


 フローラは無言でうなずき、アサルトレールガンを手にゆっくりと前進した。

 その少し後ろでカイも武器を構え、警戒を緩めない。


 その時、突然、狭い通路の上方から金属音が響いた。

 フローラは瞬時に動きを止め合図を送り、全員が静止する。

 冷や汗が背筋を伝い落ちるのを感じながら、フローラは声を潜めた。


「皆様、後退ですわ……ゆっくりと」


 だが、その指示が終わる前に、通路の隅から戦闘用自律人形アサルト・オートマトンが姿を現した。

 暗い金属製のボディが、周囲の闇に溶け込むように滑らかに動き出す。


 自律人形オートマトンの赤いスキャニングライトが不気味に点滅し、カイたちを標的としてロックオンしていた。


 その姿は、狭い艦内の通路での機動性を最大限に発揮できるように設計されており、その動きは滑らかで、驚くほど精確だった。


「うお、センチネルナイン! 懐かしい!」

「悠長なこと言ってる場合じゃありませんわ! カイ様、リアさんを守りつつ援護を!」


 フローラは叫びながら、すぐにアサルトレールガンを構え、センチネルナインに向けて発砲した。


 精確な射撃が装甲を叩いたが、ダメージはほとんど見られなかった。

 カイも即座に応戦し、センチネルナインに向けてレーザーマシンガンの連射を浴びせる。


 自律人形オートマトンは素早く反応し、内蔵されたパルスレーザー砲を展開してカイたちに向けて射撃を開始した。

 

 その精度は高く、カイとフローラは隣接する小部屋へそれぞれ素早く隠れながら応戦する必要に迫られた。


「くそ、こいつ装甲が堅い……! しかも、あの動き……現行モデル並みじゃないか!」


 カイは焦りを抑えつつ、何とかセンチネルナインを押し返そうと試みた。

 フローラも精確に狙いを定めながら、弱点となる関節部に弾を撃ち込んでいく。


 しかし、その攻撃を予測してかセンチネルナインは左右に回避機動を取り、致命的な損傷を避ける。


 もちろん、その間に反撃を忘れることはなく、激しい回避機動を取っているにも関わらず、カイたちへ向けられる攻撃は精確だった。


「ッチ! その下手なダンスをいい加減に止めなさいな!」


 フローラは苛立ちを感じさせる声で、腰にあるグレネードホルダーから一つを手に取り、センチネルナインへ投げつける。


 即座にその行動に反応し、センチネルナインは脅威度分析を行う。


 中央の赤いスキャニングライトが一瞬、グレネードに反応したタイミングを見計らい、フローラは脆い関節部へと攻撃を集中する。


 アサルトレールガンの強烈な弾丸が、センチネルナインの関節を打ち砕くと、そのままバランスを崩して地面へと倒れ込む。


 そこへ放り投げたグレネードが炸裂し、轟音と共に強烈な熱風が辺り一面に通り過ぎる。

 カイが恐る恐る小部屋から顔を覗かせると、通路には大破したセンチネルナインが転がっていた。


「ふぅー……。たった一体でこの手強さ、流石は連邦製ってところだな」

「ええ、100年前とは言え当時最新モデルですもの。しかもこれ、エンジニアリング改造されてますわね。異常な機動性でしたわ」

「あー道理で」


 足元に転がるセンチネルナインを見つつ、カイたちは先を急いだ。


 しかし、たった一体にも関わらず、あれだけ手間取るのだから、これが複数体で押し寄せてきたらと思うと、カイはぞっとした。




 ◇◇◇




 カイの予感は見事に的中する。

 艦橋へと続く通路で待ち受けていたのは、今度は別の戦闘用自律人形アサルト・オートマトンだった。


 二足歩行型の人の姿に近い自律人形オートマトンであり、近接格闘が行える機種であるガーディアン・βだ。

 そのガーディアン・βが凡そ10体もの数がカイたちを待ち構えていた。


「まあ、これなら楽勝ですわ」


 しかし、フローラのその言葉通りにガーディアン・βは瞬く間に撃破されていった。


 先ほど戦闘したセンチネルナインは、強固な装甲と高い機動力を誇る優秀な戦闘用自律人形アサルト・オートマトンだったが、ガーディアン・βは機動力こそ高いものの、装甲が薄く、耐久性に欠ける点が弱点だった。


 ガーディアン・βは、銃火器の使用が難しい繊細な環境での運用を想定した自律人形オートマトンだ。


 本来は機動力を駆使して敵を撹乱し、接近戦でレーザーブレードを用いた格闘戦を行うことを得意としている。

 

 例えば、要人が集まるパーティー会場や、精密機器が配置されたエリアなど、銃火器の使用が避けられる状況で力を発揮するよう設計されている。


 しかし、今回は決して広いとは言えない通路に配置された為に機動性を発揮できずに撃破されていった。

 そうして、艦橋へと続く通路が鉄屑で覆われながらも、ようやく目的地までの道が切り開かれた。

 

 だが、状況は直ぐに悪化する。

 カイたちがやってきた方向から、新たな気配を感じ取ったからだ。


「カイ様、センチネルナインですわ。それも複数……。ここに隠れられる場所はありません。急いで鉄屑をかき集めてバリケードを作りますわよ!」

「了解!」


 すぐさま撃破した自律人形オートマトンの残骸をかき集め、積み上げていくカイとフローラ。

 それを見て、リアもすぐに手伝おうとするが、カイがすぐに止めた。


「いや、リアは急いで艦橋へ行ってくれ! ここは俺とフローラが押し留めるから、その間に中枢AIを止めてくれ!」

「え、でも、私そんなスキルはないです!」

「この端末を接続して、ツールを起動するだけでいい! あとは勝手にやってくれる、急いで!」


 カイは腰に付けていた端末をリアに向かって放り投げると、すぐに再びバリケードを作るのに専念する。

 何せここには遮蔽物が無い。

 

 一刻も早くバリケードを作らなければ、センチネルナインに殴殺されてしまう。

 忙しなくする二人を見て、リアは一瞬躊躇うも、すぐに頭を切り替えて艦橋へと駆け出した。

 

 カイとフローラは、迫り来るセンチネルナインを迎え撃つべく、残骸で作り上げたバリケードの背後に位置を取った。

 それからすぐにセンチネルナインの赤いライトが不気味に点滅しながら近づいてきた。


「来るぞ、準備はいいか?」

「ええ、カイ様。こちらは問題ありませんわ」


 フローラは落ち着いた声で返事をし、バリケードの隙間からアサルトレールガンを構えた。

 センチネルナインは、通路の狭さをものともせずに進んできた。


 その動きは滑らかで精確、まさに連邦軍の技術が詰まった当時最先端の戦闘用自律人形アサルト・オートマトンだ。

 カイは深呼吸し、集中を高めていく。


「今だ!」


 カイが合図を送ると、フローラと同時に銃撃が開始された。

 センチネルナインは即座に応戦し、内蔵されたパルスレーザー砲を展開して反撃を始める。


 赤いビームが通路を照らし、金属の壁に焼きつく音が響く。

 だが、カイたちは怯まず、弱点を狙って攻撃を続けた。


 フローラの射撃は精確で、自律人形オートマトンの関節部を狙い撃つが、それでも簡単には撃破できない。

 

 一方、リアはカイたちの戦いを背にしながら、必死に端末を操作していた。

 セキュリティの解除には時間がかかるが、彼女の手は震えず、確実に操作を進めていく。

 艦橋の扉に接続された端末の画面には、次々とプログラムが流れていく。


「お願い、開いて……!」


 リアは心の中で祈るように呟き、最終的なコマンドを入力した。

 その瞬間、艦橋の重い扉がゆっくりと開き始めた。

 リアは息を呑み、そのまま艦橋へと駆け込むと制御パネルが目の前に現れた。


「カイさん、フローラさん! 開きました!」

 

 カイとフローラはその声を聞いて、わずかな安堵を感じたが、戦闘はまだ終わっていない。

 センチネルナインの攻撃は続いており、バリケードも限界に近づいていた。


 フローラは幾つ目かのグレネードを放り込んでは、それが落下する前に狙撃し、空中で炸裂させる。

 強烈な衝撃と熱波がセンチネルナインを襲い、怯んでいる間にカイのレーザーマシンガンが駆動部を破壊した。


「リア、急いで初期化してくれ!」


 カイは叫びながら、最後の防衛を固めた。

 リアは艦橋の制御パネルに端末を接続し、手早くカイから指示されていたプログラムを起動する。


 そうしてリアが操作を進める間、カイは必死にセンチネルナインの攻撃を押し返していた。

 カイの頭には、あの日記の記述が浮かんでいた。


 そこには、もしもの時のために設けられたバックドアについての言及があった。


 この情報が正しければ、中枢AIを無力化することができるはずだ。そう確信し、カイはその間も攻撃を続け、リアの成功を信じていた。


「これで……終わって……!」


 プログラムが実行されると、艦内のシステムが次々と再起動され、中枢AIが徐々に停止していくのが分かった。

 センチネルナインの動きが鈍り、最後にはまるで壊れたかのように完全に停止した


「やった……!」

 

 リアは胸を撫で下ろし、廊下で自律人形オートマトンを押し留めていたカイとフローラも戦闘態勢を解いた。


「間に合った……よくやったぞ、リア!」

「お疲れ様でした、リアさん。助かりましたわ」


 カイとフローラは疲れた笑みを浮かべ、リアに駆け寄った。

 だが、その安堵も束の間、中枢AIが再起動し、艦橋のモニターに無機質な文字が表示された。


『新艦長を認識しました。リア・スターレイ様、命令をお待ちしております』

「えっ、私が艦長……?」


 リアは驚愕の表情を浮かべた。

 カイたちの目の前のモニターには無機質な文字が、彼女に新たな責任を告げていた。

 

「え、なんでリアが艦長なんだ?!」

「あ…そういえば、さっき適当に名前を入力しちゃったんです! まさかそれで艦長に指定されるなんて……」


 カイは目を丸くし、あっけに取られた表情を浮かべた。


「普通そんな適当なことで艦長が決まるか?!」

「だ、だって、早く操作しなきゃって思って……」

 

 リアはそう焦りながら言い訳を口にした。


 しかし、彼女は自分があまりにも軽率だったことに気づき、カイと目が合った瞬間、二人は一瞬だけその場に立ち尽くしてしまった。


 その場に一瞬の静寂が訪れたが、次の瞬間、二人は同時に苦笑いを浮かべた。


「ははは、こんな大事な場面で……まさか適当に名前を入力するだけで艦長になれるなんて……」

「ふふ、私って、本当に間抜けですね……」


 先ほどの緊張状態から一転、二人は気の抜けたのか笑い合う。

 そんな二人を見て、フローラも少しだけ緊張を解いて微笑むのだった。

 

 しかしリアが艦長として指定されたことに、カイは何か違和感を覚えた。

 彼女が艦長になる理由が、ただ名前を入力しただけで決まるというのは、どうにも納得がいかなかったのだ。


「いや、ちょっと待てよ……」

 

 カイは急に日記のことを思い出し、眉をひそめた。

 あの日記には、もっと何か重要なことが書かれていたんじゃないかとカイは考えたのだ。


 カイは懐から日記のデータクリスタルを取り出し、端末に接続して急いでページを確認し始めた。

 今までの戦闘や混乱の中で、見落としていた部分があったのではないかという予感が彼を突き動かしていた。


 そして、スクロールする中、ある一文がカイの目に止まった。

 それは、明らかにこれまでの乗員のものとは異なる筆致で書かれていた。


『家族を守るため、私はこの任務を遂行しなければならなかった。任務が失敗すれば、家族の命はない。スターライト・ヴォヤージュのハイパードライブを暴走させ、破壊する計画だったが、失敗した……』


 カイはその文を読んだ時、息を呑んだ。

 さらに、日記の最後の一文がカイの目に入る。


『……帝国の命令により、この船は破壊される運命だった。しかし、私がその役目を果たすことができなかった……』


 ついに真実を知ったカイは、驚きを抑えながら声を上げないよう必死に堪えた

 そして、急に黙ったカイを見て心配する二人に向かって振り返り、顔を引き締めた。


「聞いてくれ。この日記の持ち主……彼は、帝国のスパイだったんだ」


 リアはその言葉に驚愕し、フローラもまた眉をしかめて見せた。


「え……えぇ!?」

「違和感はあった。なぜ軍用機密の塊である中枢AIにバックドアなど存在していたのか。なぜ、その情報が記されていたのか」


 その答えは簡単だ。

 全てこの日記の持主が自分で調べ、そして仕込んだからだ。


「なるほど。破壊工作に失敗した結果、ハイパードライブの暴走を引き起こし、未知の空間から脱出する事も出来ずに、最終的には中枢AIによって排除されてしまった。そういうわけですわね?」

「ああ。だがまだ一つ、疑問が残る」

「なぜ100年後の今になって、スターライト・ヴォヤージュが未知の空間から脱出できたと言う事ですよね?」


 リアの言葉にカイもフローラも頷き肯定して見せた。


 連邦と敵対する大セレスティアル帝国よりの間者によって、当時最新鋭母艦が意図的にハイパードライブを暴走させられ、結果的に未知の空間で漂流することになった。


 しかし、なぜ今になってそこから脱出してこれたのかと言う疑問の答えは、日記の中から得る事は出来なかった。

 カイたちが話している最中、唐突に無機質な声が艦内に響く。


『その答えについては、私がお答えできます』


 中枢AIが、その長い年月の中で行われた調査と分析の結果を語り始める。

 それはカイたちが求めていた、答えそのものであった。


『スターライト・ヴォヤージュは、当初の破壊工作が失敗した結果、ハイパードライブが制御不能となり、未知の空間に突入しました。その後、私は異常事態を認識し、解析と改善のプロセスを開始しました』


 カイたちは息を呑んでその声に耳を傾けていた。

 AIは漂流しながら周囲のデータを収集し続け、ハイパードライブの再調整を試みた。


 その間に、暴動によって破損した艦の修繕を行い、乗員たちの遺体の腐敗を防ぐために一カ所に集積し、冷凍保管することにした。


 分析の過程で未知の空間の特性を解析し、通常空間への復帰が可能な設定を見つけ出すまで、幾度も試行錯誤が繰り返していたという。


 100年という歳月の末、ついに最適化された設定により、船は再び元の空間に戻ることができたのだ。


 カイはその情報を咀嚼しながら、艦が100年の時を経て元の空間に戻る方法を自ら見つけ出したという事実に驚きを隠せなかった。


 全ての事実を知って、カイたちは一様に誰も声を発することは出来ずにいた。


 しかし、その時、不意に艦橋のモニターに異常が映し出された。

 中枢AIが再び動き出し、無機質な声が艦内に響き渡った。


『警告:新たな脅威を感知しました。所属不明の艦船が多数、接近中です』


 リアはその通知を聞き、不安げにモニターを見つめた。

 一体、何が起きているのか。それを確かめようとパネルを操作し始める。


 カイはモニターに映し出された警告メッセージを凝視した。

 思わぬ展開に心臓が一瞬跳ね上がるのを感じつつ、リアを襲った海賊たちがここまで追跡してきた可能性が頭をよぎった。


 あの海賊がスターライト・ヴォヤージュを見つけるための先兵だったのではないか。


『接近する艦数、推定100隻。艦影パターンから、海賊船と判断。全艦戦闘態勢に移行します』

「100隻の船団……だと?!」


 カイは驚愕し、その場で固まった。

 それは中規模の海賊団であり、その全戦力に等しい。


 リアも同様にその規模に絶句し、不安げにカイを見つめる。

 フローラも冷静さを保ちつつ、カイの決断を待っているようだった。

 カイは一瞬の思案の後、リアに向き直った。


「リア、この艦にはまだ使える戦力が残っている。ハンガーに軍用にカスタマイズされた航宙艦が多数格納されているはずだ。それを使えば、この状況を打開できる……かも」


 リアは一瞬戸惑ったが、カイの言葉にうなずき、決意を固めた。


「わかりました、カイさん。その航宙艦を使ってください! 私はここで中枢AIと一緒に迎撃の準備をします!」


 カイはリアの決断にうなずき、すぐに動き出した。

 フローラも微笑んで「任せてくださいまし、リア艦長」と続けた。


 こうして、リアの指揮のもと、カイたちはハンガーに向けて動き出した。

 外では100隻もの海賊船団が迫りくる中、彼らの新たな戦いが始まろうとしていた。

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