2-5

 カイたちはスターライト・ヴォヤージュの広大な廊下を慎重に進んでいた。

 冷たく静まり返った艦内は、まるで時間が止まったかのように無機質な空気に包まれており、カイたちの足音だけが響いている。


 歩き始めてしばらくした頃、リアが突然立ち止まり、持っていたレーダーを見つめながら声を上げた。


「カイさん、レーダーに人の反応が……たくさんあります!」


 その言葉にカイは立ち止まる。

 艦内の静寂を破るかのように、カイの心に緊張が走った。


「どこだ?」

「えーっと、ここから……少し行った場所のようです」


 カイはすぐに決断することができなかった。

 この異様な状況で大量の人間の反応、嫌な予感しかしない。


 だからと言って、確かめに行かないというのも違うと思ったからだ。

 カイはチラリとフローラに目を向ける。

 彼女はカイの言わんとする事を既に察しており、やる気に満ち溢れた顔で微笑み返していた。


「よし、確かめに行こう。案内してくれ、リアさん」

「はい! ……あ、リアって呼び捨てで大丈夫ですよ」


 そんなリアの気の抜けた返事を聞いて、カイはどこか心が軽くなった。

 カイたちはリアのレーダーに表示された反応を頼りに、スターライト・ヴォヤージュの静寂な廊下をさらに進む。


 歩き続ける中、やがて彼らは一際大きなドアの前で立ち止まった。

 リアのレーダーによれば、このドアの向こうに大量の人間の反応が集中しているという。


「ここです……物資を保管する倉庫のようです」

 

 リアが手に持ったタブレットを見て間違いないと断言した。

 ドアの表面は厚く、錆びた痕跡もなく、その重厚な佇まいが異様な雰囲気を醸し出していた。


 カイはドアを見上げながら、しばし考え込んだ。

 倉庫の中に多数の人間が集まっていたというのは、通常の状況ではあり得ない。やはり嫌な予感しかしない。


「よし、ここを開ける。フローラ、何が待っているかは分からない。準備しておいてくれ」

「承知いたしました。お任せください」

 

 そう言ったフローラは、手にしたアサルトレールガンを構え直し、いつでも射撃できる態勢を取る。

 カイは慎重に端末を取り出し、倉庫のドアにある制御パネルに接続した。


 クラックアプリを起動し数秒間、端末の画面に数字やコードが表示され、やがてドアのロックが解除されたことを示す音が小さく響いた。


 すると重々しい音とともに、ドアがゆっくりと開いていく。

 その瞬間、倉庫内から冷気が一気に流れ出し、カイの頬を刺すような寒さが襲った。


 ドアの隙間から白い霧が立ち込め、極低温の環境がこの倉庫内を支配していることを物語っていた。呼吸するたびに吐く息が白く曇り、リアはわずかに肩を震わせた。


 その先に広がっていたのは、無数の死体が無造作に積み上げられた異様な光景だった。


 極低温のためか、死体は凍りつき、どれも冷たく硬直したまま動かない。冷気に包まれた空間が、死の静寂をさらに強調しているかのようだった。


「きゃああああーーーー!!」


 その光景を見て、リアが悲鳴を上げる。

 横で見ていたカイ自身も、思わず息を吞む光景だった。

 そんな二人の反応と裏腹に、フローラは眉ひとつ動かさずに、ただ警戒を強めていた。


「これは……どういうことだ……?」


 カイの声には、驚愕と恐怖が入り交じっていた。


 倉庫の中には、連邦軍の制服を着た者たちの死体が多く見られ、そのすべてが他殺であることは明白だった。


 何故なら死体の多くに銃撃の痕跡が残されていたからだ。

 積み重なった死体は皆一様に顔を強張らせ、その無念さがありありと伝わってくる。

 カイは気分が悪くなるのを我慢しながらも、何か他に手がかりがないかを注意深く探していく。


 やがて、死体の山の中で一人だけ何かを握りしめている事に気が付く。

 カイは慎重にそれを手に取り、確かめてみる。


「……データメモリーか」


 それは現在でも広く使われる記憶媒体だ。

 形式こそ古いものの、カイはデータメモリーを端末に接続すると、すぐに現行形式に変換し直してデータの解析を行った。


 そして、軽くその中を目を通していき、重大な事実が記されていることに気付く。


「フローラ、リア! これを見てみろ!」

「何か重要なことが分かったようですわね。しかし、まずはリアさんをここから離れさせましょう」


 真実を知り、思わず声を上げたカイだったが、フローラの指摘でリアが酷く怯えていることに気付いた。

 16歳の少女には、この光景はあまりに衝撃が強すぎた。

 その事にカイは気付いて、フローラの助言に従いその場を後にした。




 ◇◇◇




 カイたちは、恐ろしい光景が広がっていた倉庫を後にし、リアの様子を気にかけながら廊下を進んでいった。


 彼女は青ざめた顔で、まだ動揺している様子が見て取れた。

 カイは彼女の肩に手を置き、少しでも安心させようと努めた。


「リア、この先に休めそうな部屋があるかもしれない。少し休んで気持ちを落ち着けよう」


 カイはリアを励ます様に優しく声をかけ、フローラもカイの言葉に同意し、周囲を見渡しながら進んだ。

 しばらく歩いた後、一行は比較的広い部屋を見つける。


 中には椅子やテーブルがいくつか配置され、ホログラフィックスクリーンが壁に設置されていた。

 ここはかつて乗員たちが休憩や会議に使っていたスペースのようだ。


 カイたちはその部屋に入り、リアを椅子に座らせ、彼女が落ち着くのを待つことにした。

 その間、警戒を怠る事は無く、フローラが出入り口の前に立ち周囲の警戒を続ける。

 リアはまだ震える手で顔を覆い、深呼吸を繰り返し、今だに先ほど見た恐怖に耐えている様子だった。


「……すみません、私、こんなに怖がってしまって……」

「いや、あれは俺も流石にビビった。あんな光景を見て平気でいられる人なんて居ない。そこに居るフローラは別みたいだけど」

「あら、人をまるで機械か何かのようにおっしゃりますわね。私だって、きちんと驚きましたわ」


 カイの冗談に、リアは思わず小さく笑みを浮かべた。

 緊張した空気が少しだけ和らぎ、リアの表情にもわずかながら明るさが戻ってきた。

 リアは二人の優しさに少しずつ安心感を取り戻し、深呼吸を続けながら気持ちを落ち着けようと努めた。


「ありがとうございます。だいぶ落ち着きました……もう、大丈夫です」

「よし、それじゃこのデータを見てくれ。フローラ、お前はそこで立ったままだ。経由して、そちらにデータを流すから」

「承知しましたわ」


 リアは一度深呼吸をしてから、決意を固めた顔でカイとフローラを見た。


 カイはリアのその顔を見て静かに頷くと、先ほど入手したデータクリスタルを取り出し端末に接続した。

 緊張が走る中、画面に映し出される情報を見つめる準備が整った。


 カイがデータクリスタルを端末に接続すると、画面に複数のファイルが表示される。

 それらは日付毎に並んでおり、1日たりとも欠かす事無く続いていた日記だった。


「見ての通り、この一覧は持主の日記が書き記されている。そして、注目して貰いたいのはこの日時からだ」


 カイがファイルをスクロールしていくと、最初のページが表示された。

 最初の数行には、艦が異空間に閉じ込められた経緯が簡潔に記されていた。

 ハイパードライブの異常によって、艦が未知の空間に取り残されたことが明らかにされている。


「ハイパードライブの故障……。こ、これが行方不明になった原因なんですね!?」

「直接の原因はそうみたいだが、問題はその後だ」


 日記には艦長たち上層部はこの事件の当初、すぐに乗員を統率し冷静に状況を分析していた。

 しかし、時間が経つにつれて状況は悪化していった。


 何故ならワープドライブ自体の修理は直ぐに終わったにも関わらず、未知の空間から脱出する事が出来なかったからだ。


 1年が経過した段階で、次第に艦内の統制が失われ、乗員たちの間に不安と混乱が広がっていく様子が詳述されていた。


 物資の不足、精神的な疲労、なにより孤独が乗員たちを追い詰めていった。


「上層部は乗員たちのコントロールに勤めていたみたいだが、彼ら自身も徐々に精神的に追い込まれていった……」


 さらに読み進めると、日記には暴動が発生したことが記されていた。

 暴動の詳細は生々しく、乗員たちが互いに争い始め、艦内が混乱の渦に巻き込まれていく様子が描かれていた。


「暴動……。けど、おかしいですよ! だって、今まで見てきた艦内には、それらしい形跡なんて見当たりませんでした!」


 リアは眉をひそめながら、次のページが捲られるのを待った。

 その後、日記には驚くべきことが記されていた。


 艦の中枢AIは暴動を『襲撃』と認識し、鎮圧のためにアサルトオートマトンを起動。AIは暴徒と化した乗員たちを『敵対勢力』と判断し、排除したのだ。


「AIが乗員を敵と見なして排除したなんて……」


 リアは驚愕の表情を浮かべた。


「中枢AIが自主的に判断を下したか。暴動を抑えるために、最悪の手段に出たということだな」

「そして、この記録を書いた人物も、その混乱の中で生き延びようとしていたんですね……」


 カイたちは日記をさらに読み進めていく。

 やがて、記録者がこの状況に対して次第に絶望を感じ始め、命の危険を悟った様子が記されていた。


「もう自分の命が尽きるのも時間の問題だ。この記録が誰かの手に渡り、真実が伝わることを願う……」


 カイは静かにページを閉じ、深い息をついた。


「これがスターライト・ヴォヤージュで起こった全貌か。そして、この日記の持ち主は……」


 しかし、日記の最後に差し掛かっても記録者の正体については明確には記されていなかった。

 カイは考え込むように端末を見つめた。


「この日記を書いたのは、ただの乗員だったのか、それとも何かだったのか」

 

 そしてカイは、日記の中に一つの不明瞭な記述に目を留めた。

 それは、AIシステムに関するもので、何か特別な操作を示唆しているようだったが、その詳細は曖昧に書かれていた。


「いずれにしても、これで中枢AIが危険な存在かがわかりましたわ。私たちも早急に行動を起こさなければなりません」


 カイはデータクリスタルの日記を閉じた後、深いため息をついた。

 スターライト・ヴォヤージュで起こった悲劇の全貌が明らかになったものの、これからどうすべきか悩んでいた。


 暴動の結果、それを収集する為とは言え乗員を虐殺したのは中枢AIの暴走とも言えた。

 何より、この巨大な艦の本来の持主は連邦軍であり、この一連の真相と共に通報すれば済むのだ。


 しかし、そこで悩むのはカイの独立パイロットとしての欲である。

 折角ここまで辿り着いたのだから、手ぶらで帰るのは正直、勿体ない。そんな気持ちがカイの判断を揺るがす。


 それこそ、軍用品でカスタマイズされたボアmk4など持ち帰る事が出来れば、それだけで今後の活動の幅が広がると考えていた。


 その際、白鯨号は隠匿のため自爆させる事になるが、この際それは目を瞑ろう。などと考えていた。


 そして、カイはついに決断する。

 白鯨号の隣に格納されていたコンストリクターに乗り換えて、ここを脱出しよう。


 カイがそう宣言しようとした瞬間、艦内の通信スピーカーから低く不気味な音が鳴り響き始めた。

 続いて、冷たい無機質な声が艦内に響き渡った。


『艦内に敵勢力の存在を検知。セキュリティーレベルを5から3に引き下げ。乗員は所定の手順に従い対応を開始してください』


 その声を聞いた瞬間、カイの背筋に冷たいものが走った。

 リアは驚愕して顔を青ざめ、フローラも即座に周囲を警戒し始めた。


「これは……中枢AIが、私たちを不審者として認識したのかもしれませんわ」


 フローラが低い声で言った。


「まずい! これは本当にまずいぞ! すぐにオートマトンが起動するぞ!」

「ええぇー!? ど、どうするんですかカイさん! このままじゃ私たち、袋叩きにされますよー!?」


 カイは即座に立ち上がり、武器を手に取り、瞬時に次の手を考える。

 その横ではリアが激しく頭を左右に振って狼狽えていた。


「とにかく、ブリッジに向かうしかない。中枢AIを初期化するか、何とか制御を取り戻さないと、ここから無事に脱出するのは難しいぞ」

「その意見に賛成ですわ。敵の排除はお任せを。久しぶりに思い切り動けますわー!」


 カイたちは決意を固め、スターライト・ヴォヤージュのブリッジを目指して歩き始めた。

 彼らの前には、未知の危険が待ち受けているかもしれないが、それでも進まなければならなかった。

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