2-3

 カイは操縦席に腰を下ろし、深い息をついた。

 何とかリアを救い出すことに成功したが、結局は彼女の船は爆散してしまった。


 とはいえ、命が助かったという事実だけでも良しとしてもらおう。カイはそう考えることにした。


 もともと対艦兵装のない白鯨号で、海賊から救出するのは無茶な挑戦だったが、それでも手ごろな小惑星をぶつけるという方法でうまく撃退できたのだから十分だろう、と自分を納得させた。

 カイがそんな自己弁護を考えていると、コクピットの扉が開き、フローラが戻ってきた。


「カイ様、先ほど救助した女性ですが、かなり疲れ切っているようですわ。ひとまず、キャビンへ案内して休ませました」

「わかった。それじゃあ、彼女が少し休んで落ち着くまで待とう。その間に一旦、今の状況を整理しておこうか」


 カイはフローラの言葉を聞きながら、スクリーンに映る情報を確認していた。

 彼女が海賊に襲われていたことは、救難信号と状況から明らかだったが、念のために詳細な事情を聞く必要があると感じていた。


 白鯨号をオートパイロットに切り替え、操縦桿から手を離すと、カイはスクリーンに映るデータを確認しながら考えをまとめ始めた。

 フローラも隣の席に座り、カイの言葉に耳を傾ける。


「まず、あの救難信号……ややこしいな。スターライト・ヴォヤージュの件だが、恐らくリアもあの信号を追跡していたんじゃないか。だからこそ、こんな辺境まで来たはずだ」

「ええ、そう思いますわ。そして、彼女はその途中で海賊に遭遇した。でも、彼女の船は対抗するだけの装備を持っていなかったのね」

「経験が浅いか、考え無しかのどっちかだろうな。だからこそ、装備も整っていなかった。そして、簡単に追い詰められてしまった」

「それで、今後のことですが……彼女をどうするべきでしょうか?」


 フローラの問いかけに、カイは少し考え込んだ。

 このままスターライト・ヴォヤージュを追いかけるのが自分の望みだ。

 しかし、海賊に襲われ、船も失い、傷ついた少女を乗せたまま向かうのは、どこか後ろめたさを感じる。


 そこで、カイは彼女自身に決めてもらうのが良いだろうと考えた。そして、その考えが浮かぶと、意気揚々とそれをフローラに伝えた。


「彼女を保護するのは当然だが、これからどうするか……彼女は船を失った以上、独りで宇宙をさまようわけにもいかない。

何か手助けが必要だろう。でも、彼女がどう考えているかも聞いてみないとならない」


 その答えは実質的に相手に丸投げしているようなものだった。

 そんな返答を得意げにするカイに、フローラは軽くため息をついた。


「そ、そろそろ彼女も休めただろう。話を聞きに行こうか」


 フローラのため息に気づいたカイは、少し居心地悪そうにしながらキャビンへと向かうのだった。




 ◇◇◇




 カイとフローラは、キャビンに向かう通路を静かに歩いていた。

 リアがどのような決断を下すのか、カイは内心で考えを巡らせていたが、まずは彼女を落ち着かせることが優先だった。


 キャビンの前に立ち、カイが軽くノックをすると、少し間を置いて扉が静かに開いた。

 中で休んでいたリアは、まだ少し疲れた表情をしており、その目には不安の色が浮かんでいた。


「こんにちは。助けることができて本当に良かった。俺はカイ・アサミ、この白鯨号の操縦士をしている」

「そして、私はフローラ・ベレスです。カイ様と共にこの船に乗っていますわ」


 カイとフローラは、できるだけ明るく努めて微笑みながら自己紹介をした。

 しかし、リアはまだ少し緊張した様子で二人を見つめ、それから思い出したようにゆっくりと頭を下げ、自らも自己紹介をした。


「私はリア・スターレイです……。助けていただいて、本当にありがとうございます」


 カイはリアがまだ緊張している様子を感じ取りながら、次の話に移った。


「スターレイさん、今後のことについて話をする前に、まずは海賊に襲われた経緯を教えてもらえるかな?」


 カイの質問にリアは少し戸惑いながらも、二人に向き直り話し始めた。

 その内容は、自らの浅はかさと備えの不足を露呈するもので、彼女の羞恥心を少し刺激した。


「私……ライセンスを取ってから、まだあまり時間が経っていません。今回が初めての長距離航行で、採掘をしようと思ってこの辺りまで来ました。

でも途中で奇妙な信号を拾って……それで興味本位でその方向に向かってしまったんです」

「その結果、海賊に襲われてしまったんですね?」


 そんなリアの様子を見てフローラが優しく問いかけると、彼女は頷いて返答した。


「はい……。私の船は元々戦闘用の装備がほとんどなく、すぐに追い詰められてしまいました。

叔父から譲り受けた大切な船だったのに、守りきれなくて……うぅ……」


 リアの声が震え始めたが、カイはその気持ちを汲み取り、穏やかな声で続けた。

 内心、そんなので独立パイロットとしてやっていけるのか、と思ったが、彼女がまだ16歳だと聞いてその気持ちは少し和らいだ。

 その年齢では、まだ精神的な強さが十分に備わっていないのも無理はない。


「あー……まあ、無事だったことが一番大事だよ。船を失ったのは辛いだろうけど、これからどうするかを考えよう」


 カイはさらに続けて言った。

 ここからが本番だ。そう心の中で考えながら、慎重に言葉を選んでいく。


「実は俺たちもその救難信号を追ってここまで来たんだ。『スターライト・ヴォヤージュ』という艦から発せられた信号でね」


リアは驚いた表情でカイを見つめた。


「スターライト・ヴォヤージュ……。あ、それです! 私もその船からの信号を拾ったんです!」


 カイは微笑みながら頷いた。

 よし、良い調子だ。そんな事を考えながら。


「やっぱりそうか。俺たちはその艦を追ってここまで来た。そしてスターレイさんも同じようにその信号を追っていたわけだ。ということは、俺たちの目的は同じということになる」


 カイはリアが興味を引くように謎の信号の話題を出し、彼女の方向性を決定づけることに成功した。

 うまく誘導すれば、リアを連れたまま探索が進められるだろう。

 しかし、そんなカイの考えを他所に、フローラがリアに優しく声をかけた。


「ですが、今はあなたの安全が最優先ですわ。かなり遠くまで来てしまいましたが、今からでも十分に近場のステーションへ戻れますわよ」


 フローラの不意打ちにカイは心の中で焦りを感じながら、リアに向けてもう一押しをしようと考えた。

 ここまで来て引き返すという選択肢はカイの中では消え失せていたのだ。


「もちろん、俺たちが一緒にいる限り安全は確保できる。信号の出所を探るのは重要なことだし、きっとお宝……あ、いや。興味深い発見が待っているはずだ」


 一方、フローラはカイの意図を完全に見抜いていた。

 あくまでも選択肢はリア自身にあり、彼女がすぐに安全な場所へ連れて行って欲しいと言うのであれば、それに従うのが筋と考えていた。

 

「リアさん、焦らなくていいんですのよ。今は不安な気持ちが強いかもしれませんが、あなたが安心できる選択をしてほしいと思っていますわ」


 リアは二人の言葉に耳を傾けながら、目の前で展開される微妙な駆け引きに気づく事はない。

 二人の助言を聞き、自分がどちらの道を選ぶべきかを考え続けた。


 彼女は、叔父から譲り受けた船が自分の手に負えないことを痛感し、悔しさと自分への不甲斐なさを感じていた。


 しかし、同時にこのまま諦めるのではなく、自分の手で何かを成し遂げたいという気持ちも芽生え始めていた。


 彼女は迷いながらも、決して軽い決断ではないことを感じていた。

 カイは、悩むリアを見て、内心で彼女がステーションに戻りたいと言い出したらどうしようかと焦り始めていた。


 そんなカイを見て、フローラはどこか満足気に笑みを浮かべ、反応を楽しむのだった。

 しばらくの沈黙が続いた後、リアは深呼吸をしてから、ゆっくりと口を開いた。


「私、もう少し頑張ってみようと思います。このまま探索に同行させてください!」


 決意を込めた声でそう告げた。

 カイとフローラはリアの決断を聞き、それぞれ微笑みを浮かべた。


「じゃ、じゃあ一緒に行こうか!」


 内心ではビクついていたカイだが、無事に進める事になり一安心する。

 一方のリアは、そんなカイの内心など分かるはずもなく、少し恥ずかし気に頷いてみせる。


 自分の命を救ってくれただけではなく、自分がどうしたいのか選択肢を与えてくれ、さらには謎の解明に付き合わせて貰える事にリアの中でカイへの好感度はうなぎ登りだった。


 そんな二人を見て、フローラは微笑むのだった。




 ◇◇◇




 カイは白鯨号のハイパードライブを再起動し、再び超巡行スーパークルーズモードに突入した。

 途中でリアを救出するという回り道があったが、目的地までの距離は既に十分に短縮されており、10分ほどで到着する見込みだった。


「間もなく目的地だ。スターレイさんにも見せてあげよう。フローラ、呼んで来てくれ」

「承知しましたわ」


 本来であれば、部外者であるリアを白鯨号の中枢であるコクピットに立ち入らせるのは懸念すべきことだ。


 しかし、同じ目的を共有する仲間として、謎の信号源の正体を直に見てもらうのも悪くないとカイは考えた。

 程なくして、フローラはリアを連れてコクピットへ戻ってきた。


「あ、あの……私がここに入っても良いのでしょうか?」

「大丈夫ですわ。間もなく目的地に到着しますし、直接その目で見た方がいいでしょう?」


 リアは少し不安げに尋ねたが、フローラは優しく手を引いてコクピットへと招き入れた。

 白鯨号の手狭なコクピットには元々シートが二つしかなく、リアが座る場所はなかった。


 遠慮して立っていようとしたリアだったが、フローラが副操縦席に座るように促した。

 そうしているうちに、白鯨号は轟音と振動と共に超巡行スーパークルーズモードを終了し、通常空間へと出現した。


「あ、あれが……!」


 真っ先に声を上げたのはリアだった。

 彼らの目の前に現れたのは、想像を超える巨大な艦が、不気味に漂っていた。

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