2-2

 カイは白鯨号の進路を小惑星帯へと変更した。

 船内には緊張感が漂っていたが、フローラは微笑みを浮かべながらスクリーンに映る星図を見つめていた。

 一方、カイは操縦桿をしっかりと握り、慎重に船を操作しながら小惑星帯までの距離を確認していた。


「カイ様、成功すれば面白いことになりそうですわね」


 フローラがこれから起こるであろう事態を想像し、期待に満ちた声で言った。

 その声色を聞いて、カイは彼女の言葉に一瞬ため息をつく。

 どうして自分の相棒は、こんなにも好戦的なのだろうか。


「うまくいけばな。だけどリスキーな作戦だぞ。まあ他の選択肢がないのは分かってるけどさあ」


 白鯨号が小惑星帯に近づくにつれ、無数の小惑星が漂う景色が目の前に広がっていった。

 それぞれの小惑星が異なる軌道で静かに動いているのを見て、カイの心には一層の慎重さが宿った。

 一見して小さく見える岩石の塊であっても、その質量は白鯨号を軽く上回っていることすらあるからだ。


「フローラ、ソナーの準備はできているか?」


 カイが問いかけると、フローラはすぐに応答した。


「ええ、カイ様。すぐにスキャンを開始いたしますわ」


 フローラはカイの隣に座り、コンソールに集中してソナーを作動させた。白鯨号のシステムが静かに唸りを上げ、小惑星帯の中を探るようにスキャンが行われる。


 カイは息を殺しながらスクリーンを見つめ、フローラの操作を見守った。ソナーのスキャンが進むにつれ、スクリーンには小惑星帯の詳細なデータが次々と表示されていく。

 フローラは冷静に、しかしどこか楽しそうにそれらを分析し、適切な小惑星を探し出そうとしていた。


「カイ様、この小惑星はいかがでしょう?」


 フローラがスクリーンを指差しながら、特定の小惑星を示した。

 その小惑星は直径およそ300メートルほどで、適度な質量を持ちながらも、白鯨号の推力で牽引できる範囲内のサイズだった。


 表面は凹凸があり、衝突の際に大きなダメージを与えるのに十分な硬度を持っている事も確認出来た。


「大きさも程よいですし、軌道も安定していますわ」


 フローラがそう言うと、カイはスクリーンを確認し操縦桿を握り直した。


「よし、決まりだ。アンカーの操作を始める」


 カイは慎重に白鯨号を小惑星に接近させ、アンカーの準備を整えた。画面に表示される距離を確認しながら、カイは深呼吸してアンカーを射出した。


 アンカーは正確に小惑星に打ち込まれ、しっかりと固定されたのを感じるとカイは安堵の表情を浮かべた。


「アンカー固定完了。よし、牽引開始!」


 カイは推力を調整しながら、白鯨号がゆっくりと小惑星を引き寄せるのを見守った。




◇◇◇




 リア・スターレイは、コックピットの中で必死に操作パネルを叩いていた。

 リアは焦りからくる汗が、耳にかかる茶色のボブに滲んでいる。


 シートに深く身を沈めると、まだ大人になりきれていないその小柄な体は、その不釣り合いな大きさのコクピットでさらに小さく見えた。


 スクリーンには、彼女の船『オーロラ』のシールドの耐久値が急激に減少していき、警告音が鳴り響いている。


 ライセンスを取得してからまだ数週間しか経っていない彼女にとって、今回の任務は初めての長距離航行だったが、思いもよらない試練が待ち受けていた。


「お願い、持ちこたえて!」


 自分に言い聞かせるように回避を試みるが、次々と海賊船からの攻撃が命中していく。心臓は早鐘のように打ち、緊張と恐怖が彼女の体を硬直させる。


 リアは、オーロラでの採掘を目的に恒星から遠く離れた場所に向かっていた。彼女にとっては初めての独自の任務であり、採掘による収益を得ることを期待していた。


 しかし、その途中で謎の救難信号を受信し、興味をそそられた彼女は少しだけ航路を外れて、そちらへと進むことにした。


「何だろう、この信号」


 好奇心が勝ったリアは注意深く船を進めていった。だが、その決断が思わぬ事態を招くことになる。


 信号に導かれるまま進んだ先で突如として海賊船に襲撃された。彼女の未熟さとオーロラの装備不足が重なり、すぐにピンチに陥ってしまった。


「しまった! もしかして罠だったの!?」


 リアはスクリーンに映る敵船のシルエットを睨みつけ、焦りと恐怖に押しつぶされそうになりながら、次の手を必死に考えていた。

 しかし、頭の中は混乱し、冷静な判断ができない。


 叔父から受け継いだオーロラが今この状況に対応するには力不足であることを痛感し、無力感に襲われていた。

 何とかしてオーロラを守ろうと必死だったが、状況は刻一刻と悪化していく。


 彼女は自分が追い詰められていることを次第に理解し始めた。

 オーロラはパイオニア・エクスプローラーという多用途艦で、あらゆる任務に対応できるよう設計されていた。


 リアの叔父が使用していた頃は主に旅客業用に改造され、殆どそのまま受け継いだ為、今の彼女が直面している状況に適した装備はほとんど備わっていない。


 対艦兵装も探索用の装備もなく、救難信号の捜索には不向きであることが明白だった。

 しかし、経験の浅いリアがその事に気付く事は無かった。


「うぅー、戦闘用の装備も積んでおくんだったよぉー!!」


 リアは悔しさを噛みしめながら声を上げた。彼女の頭の中はパニック寸前で、冷静な判断ができない自分に苛立ちを感じていた。


 それでも何とか通信システムに手を伸ばし、助けを求めるメッセージを送り続けるが、答えは返ってこない。

 孤立した宇宙の中で、助けが来るという保証はどこにもなかった。


 それでも操作パネルを叩き続け、オーロラのエンジン出力を最大限に引き上げ、何とか敵の攻撃をかわそうと試みる。


 しかし、海賊船の攻撃はますます激しさを増し圧力がのしかかる。

 オーロラの高度な自動システムも、度重なる猛火に耐え兼ね、既に限界に達しようとしていた。


「あぁ、ダメッ! シールドがもう持たない!!」


 リアの視線はスクリーンに固定され、オーロラのシールドが危機的状況にあることを示す警告が次々と表示される。


 心臓が痛いほど高鳴り、汗が額に滲む。

 彼女は何度も通信システムに呼びかけたが、やはり応答はない。恐怖と孤独が襲い逃げ場のない絶望が胸を締め付ける。


 ついにオーロラのシールドが破れると、その直後に船体に直接衝撃が走る。

 リアは激しく揺れるコックピットの中で、何とか持ちこたえながら必死に通信システムに呼びかけを続けていた。


 だが無慈悲にも海賊の攻撃がオーロラのスラスターを直撃し、船は完全に身動きが取れなくなった。


「え、嘘!? やだやだ!」


 リアは絶望の表情を浮かべ、状況を打開しようと操作パネルを叩くが反応はない。

 孤立無援の中、リアの心は恐怖と孤独に押しつぶされそうだった。

 その時、船内に荒々しい声が響いた。


『ンンッ! アー、宇宙海賊ブラッククロウのジョーだ!

ったく、随分と硬いシールドだったぜぇ。手間掛けさせやがってよ!

お前のちっぽけな船はもう終わりだ。素直に降伏しろ、でなきゃ今すぐその船ごと吹っ飛ばしてやる!』


 リアはその声を聞いた瞬間、全身が震えた。

 声の向こう側にいる相手の容赦のなさが伝わってくる。もう抵抗は無意味だと悟り、彼女は観念して操縦桿から手を離した。


「……分かりました」


 震える声で答えたリアの視線の先で、海賊船からスロープが伸びてくるのが見えた。

 オーロラに強制連結され、彼女はただ呆然とその様子を見つめるしかなかった。


『お、 若い女の声だな!? おっと、安心しな。大人しくしてりゃあ、命だけは助けてやるよ! だが、下手な真似をしたら……後は分かるよな?』


 リアは恐怖で胸が締め付けられるのを感じ、必死に目を閉じた。

 その瞬間、コンソールに別の通信が入った。


『こちら白鯨号。救援に来た! すぐにシートベルトを締めて、衝撃に備えろ!』


 突然の指示に、一瞬リアは唖然としていた。

 しかし、直ぐに気を取り直して急いでシートベルトを締めた。心臓が再び早鐘のように打ち始め、彼女は指示に従って身を固める。


 すると、開きっぱなしの海賊船からの通信チャンネルから、海賊たちの慌てふためく声が聞こえてきた。


『何だ!? 何が起きてるんだ!?』

『やべぇ、お頭ァ! 何かがこっちに向かってきてる!』

『か、回避だ! 間に合わない!?』


 リアが恐怖に震えながらも状況を把握しようとする中、次の瞬間、オーロラに激しい振動が襲った。

 船内が激しく揺れ、リアはシートベルトにしがみつく。


 そして、スクリーンに映し出された光景に目を見開いた。

 海賊船に何かが勢いよく衝突し、その瞬間、海賊船は爆散した。

 リアの視界には、船体が光と共に粉々になっていく様子が映り込み、彼女は言葉を失った。


「えっ?」


 リアは驚きと安堵が入り交じる中で、まだ現実を受け止めきれないでいた。




 ◇◇◇




 白鯨号のコックピット内で、カイとフローラはスクリーンに映し出された海賊船の映像をじっと見つめていた。

 小惑星は正確に海賊船に命中し、その瞬間、爆発が発生して船体が粉々に砕け散った。


「ストライクーッ! ふふ、木っ端みじん。成功ですわね、カイ様」


 フローラが微笑みを浮かべながら言った。

 カイは息をつき、緊張していた手をゆっくりと離した。


「ふぅー、なんとかうまくいったな。でも、まだ終わりじゃないぞ」


 カイはスクリーンに目を戻し、オーロラの状況を確認した。

 リアの船は辛うじて無事だったが、ダメージが大きく動ける状態ではない。


「フローラ、今すぐ乗船準備。あの船はもうダメだ。 スキャンしたんだが、主動力炉パワープラントの耐久力が大幅に減少している。

あのままだと、爆散するぞ。強制連結するから急いでパイロットとその他乗員を連れてきてくれ」


 フローラはその言葉を聞き頷くと、急ぎコクピットを出ていく。

 残されたカイはオーロラへ通信を再開させ、脱出の準備を促すのだった。


「こちら白鯨号。聞こえるか? 聞こえたら、今すぐ返答してくれ」


 一瞬の静寂の後、リアのかすれた声が応答した。


『……はい、聞こえます! ありがとうございます、助けていただいて……本当に。もうダメかと』


 その声には安堵と疲労が滲んでいた。

 が、カイは彼女の声を途中で遮り、今だ状況が切迫していることを伝える。


「いや、まだ終わってない。今から強制連結するから、直ぐに移乗するんだ。主動力炉パワープラントの耐久値を見ろ、その船はもう長くない」

『え、あッ! ほんとだ! どどど、どうしよう!?』


 カイから状況を聞かされ、リアは改めて船体状況を確認すると、彼の言う通り主動力炉パワープラントが異常な数値を指し示していた。


 主動力炉パワープラントは、まさに船の心臓とも言える重要な機関である。


 この機関は一定数の耐久値まで減少すると、自壊が進み、何の手立ても打たなければ最終的に大爆発を引

き起こす。


 その為、船の中で最も堅牢な場所に設置され防護される。

 しかし、海賊からの猛火に晒され続けたオーロラは運悪く、この主動力炉パワープラントにまで被害が及んでいたのだった。


 経験の浅いリアは、重要機関にダメージが加えられていた事にも気付かづ自壊を進ませてしまった。


「落ち着け、まだ時間はある。急いで必要な物を纏めて、こっちの船に乗り移れ。部下を差し向けるから、彼女の指示に従ってくれ」

『わ、わかりました! 準備します!』


 こうしてリアは忙しなく船内を動き回り、脱出の準備を始めた。

 リアは震える手でカバンを開き、必要と思える物を次々と詰め込んでいった。服や化粧品、洗面道具、そして叔父と一緒に映ったホログラフ写真。


 だが、どれを選んでも、今この状況で本当に必要なものなのか自信が持てなかった。

 船体が大きく軋む音が響き渡り、リアは思わず動きを止めた。


 オーロラが壊れていく音を聞きながら、叔父から受け継いだこの船が今まさに終わりを迎えようとしていることを、悲しみと共に実感した。


「ううぅ、オーロラが……。叔父さんとの思い出、いっぱい詰まってるのに……」


 リアは涙を堪えながら呟いたが、その声は自分でもかすかにしか聞こえなかった。

 その時、通信が飛び込んできた。


『聞こえます? カイ様の部下のフローラと申します。連結が完了しましたわ。エアロックの前まですぐに来て下さいまし』


 通信の声がリアを現実に引き戻した。

 リアはカバンを掴み、涙を拭って船長室を飛び出した。

 船体が揺れる中、あちこちから聞こえる軋み音に怯えながらも、リアは必死でエアロックへと走っていく。


 エアロックにたどり着くと、フローラが手を振り待っていた。

 フローラに引っ張られるようにして、リアは息を切らせながらも白鯨号へと移動する。

 そして、白鯨号に足を踏み入れた瞬間、背後でオーロラが大きく揺れ、異常音がさらに激しくなった。


「カイ様、搭乗員を保護しました。あの船には一人しか乗っていなかったようですわ」

『了解。そろそろ限界のようだから、さっさと離脱するわ。落ち着いたら、また連絡してくれ』


 フローラはリアをしっかりと支え、白鯨号のキャビンへと案内した。

 リアは足元がふらつきながらも、フローラに導かれるまま進み、キャビンの扉を開けた。


 中に入ると、背後で遠く響く轟音が聞こえ、船全体が微かに揺れた。

 リアは振り返りたかったが、恐怖と悲しみで体が動かなかった。


「オーロラ……」


 リアがそう小さく呟くと、フローラの手が彼女の肩にそっと触れる。


「もう大丈夫ですわ。ここで少し休んでください」


 リアはベッドに腰を下ろし、フローラの優しい言葉に少しだけ安心した。


「ありがとうございます……。本当に、ありがとうございます」


 リアは涙を堪えながら感謝の言葉を伝えた。

 フローラは微笑んで頷き、リアを残してキャビンを静かに去った。

 ひとりになり、失ったものの大きさを思いながら、少しずつ心を落ち着けていった。

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