2-4
カイは操縦席から目の前に広がる光景を見つめ、息を呑む。
眼前に現れたのは、想像を絶するほど巨大な艦『スターライト・ヴォヤージュ』だ。
全長3キロメートルを超す巨艦。数字で知ってはいても、実際に目の当たりにすると、その圧倒的な存在感が身に迫る。
その艦体は、銀色の金属が無数のパネルで覆われ、どこか生きているような錯覚を覚えさせる。
表面には戦闘で受けた痕跡一つ見当たらず、まるで今建造されたばかりのように見えるが、その異様な新しさが不気味さを際立たせる。
鋭いラインと重厚な装甲が交錯し、最新鋭技術の結晶であることが一目で分かる。
この圧倒的な存在感に直面し、カイは自分たちの存在がいかに小さなものかを痛感せざるを得なかった。
「こんな巨大な艦が100年もの間、ただ漂っていただけだなんて信じられない……」
リアの驚きの声が静寂を破る。
彼女の目には、初めて目にする戦略航宙母艦の威容が圧倒的に映っているようだ。
「確かに……だが、どうにも静かすぎる」
カイは艦の外周を慎重に巡り、無数の巨大なエンジンを確認する。
それらはまるで眠りから覚めるのを待っているかのように、微細なメンテナンスが行き届いているように見える。
だが、その完璧さが逆に不安を呼び起こす。
艦は機能しているようだが、誰も応答しないことが不安を募らせた。
「艦の機能は生きているようだな。じゃあ、なぜ通信に誰も応答しないんだ?」
カイの疑念に対し、誰も明確な答えを出せない。
艦内の静寂が彼らの不安をさらに増幅させる。しばらくの沈黙の後、フローラが口を開く。
「カイ様、ひとまず、艦の機能を確かめる意味でも着艦申請を出してみませんこと?」
フローラの助言に、カイはサブディスプレイを操作しスターライト・ヴォヤージュへの着艦申請を行ってみた。
すると、すぐに機械的な返答が返ってくる。
『本艦は太陽系統合連邦に所属する戦略航宙母艦です。一般人からの着艦申請は原則受け付けておりません』
その冷たい返答に、カイの心はさらにざわつきを覚えた。
通常なら、軍艦に不用意に近づけば即座に警告が発せられるはずだ。
しかし、ここではその常識が通用しない。
異常な状況にカイは焦りを感じる。
「あ、100年前の艦ってことは、俺たちが軍にいた頃の認証コードが有効だったりしないかな?」
「まあ、可能性はありますわね」
艦がどのような状況にあるのか、それを知るためには一度着艦して内部の様子を確認するしかない。
差し当たっては、まず着艦申請を受け付けてもらわなければならない。
そんなことを考えていたカイは、ふと、軍時代に使用していた認証コードを思い出した。
退役した今となっては、その認証コードは無効になっているが、100年前の時点ではまだ有効かもしれないと考えたのだ。
フローラがカイの考えに軽く反応すると、リアが驚いた様子で声を上げた。
「え、お二人って元軍人さんだったんですか!?」
「実はね」
カイとフローラの軍人としての過去にリアは目を丸くする。
そんなリアにカイは気恥ずかしさを覚え、苦笑しながら答えた。
フローラは穏やかな笑顔を浮かべながら、話題を変えることにする。
「それよりも、今はスターライト・ヴォヤージュに集中しましょう。何が待っているか分かりませんものね」
リアはその言葉に気後れし、質問を引き下げるが、カイとフローラへの興味はまだ尽きない。
それでも、彼女は今、目の前の任務に集中することを決意する。
「そうですね……今は目の前のことに集中ですね!」
カイは二人のやり取りを見守りながら、再びサブディスプレイを確認し、今度は軍時代の認証コードを添えて着艦申請を送信する。
しばらくの沈黙の後、ディスプレイに新たなメッセージが表示される。
『認証コードを確認しました。着艦許可を発行します』
「やった……!」
リアが小さく歓喜の声を上げ、カイもまた小さく安堵する。
この認証が通らなかったら、次の手段を考える必要があったからだ。
最も簡単な方法で着艦許可が得られたのは、彼にとって理想的な結果だ。
「さあて、100年前の艦の中だ。一体どうなってることやら」
カイは冷静を装いながらも、内心では緊張が高まっている。
白鯨号はゆっくりとスターライト・ヴォヤージュのドッキング・ベイに向かって進む。
巨大なハッチがゆっくりと開かれ、それはまるで巨大な生物が顎を開けているかのように見える。
その光景に、カイは何か不吉なものを感じながらも前進するしかないことを理解していた。
◇◇◇
「うわー! 凄く大きいですよ、カイさん! ここが艦の中だなんて信じられません!」
スターライト・ヴォヤージュの艦内へと入ったカイたちは自動着艦システムに導かれ、白鯨号をドッキング・ベイに着艦させる。
巨大なメインアームがしっかりと艦首を掴み、さらに複数のサブアームで白鯨号は完全に固定される。
一連の着艦作業が完了すると、そのことを示すかのようにカイの見つめるメインディスプレイに通知が入る。
「よし、着艦完了。それで……どうしよう?」
カイは助けを求めるかのように、フローラとリアを見つめる。
実のところ、カイはスターライト・ヴォヤージュが実在するとは考えていなかった。
救難信号もどうせ何かの間違いだろうと軽く考えていたが、実際に艦を目の当たりにして驚愕を覚えた。
さらに着艦申請までも簡単に通ってしまったため、もう引き返すことはできず、こうして今に至る。
そんなカイの情けない顔を見て、フローラは軽い溜息をつきながらも、頭の中ではこの事態を予測し、計画をすでに考えていた。
「ひとまず、艦内の調査ですわ。今のところ、誰か迎えが来る様子はありませんし、着艦許可が下りている以上、ある程度の行動の自由も保障されているはずですわ」
「あ、その意見に私も賛成です! 私、軍艦の中を歩くのなんて初めてです」
冷静なフローラと、一方で謎の巨大母艦を探検できることにリアは興奮している様子だった。
「そ、そうだな! それじゃ各自準備して、10分後にエアロック前に集合しよう!」
そう言うや否や、カイは真っ先に自室へと逃げるようにコクピットから出ていく。
そして、すぐにでも探検したいリアも同様に足早に立ち去っていく。
残されたフローラは溜息をつきながらも、準備をしに自室へと戻るのだった。
10分後。
それぞれ船外活動用のスーツを身にまとった姿で白鯨号の玄関口であるエアロックに集合していた。
カイはいつものコア・ダイナミクス製パトロールスーツを纏い、手には同社製のTKイクリプスを持っていた。これはレーザーマシンガンに分類され、高い連射性能と低反動が特徴だ。
フローラは軍時代から愛用しているアストロテック製バトルスーツと、AT47M3アサルトレールガンを手にしていた。
そんな完全武装の二人と対照的に、リアはリムロック製パイロットスーツのままで、二人の恰好を見て驚く。
「お二人とも凄い装備ですね……。え、もしかして危ない場所なんですか? 銃とか持ってないんですけど!」
「これはまあ、用心のためだな。相手は100年間も行方をくらまし、今になって出てきた幻の軍艦だ。
そのうえ、艦内にこうして部外者が立ち入ったのに人っ子一人現れない。こういう場合には相応の装備が必要になる。
装備の重要性はスターレイさん自身がよく分かっているんじゃないかな」
カイの指摘に、リアは自分が浮ついていたことに気づく。
そうした精神的な未熟さもあって、叔父から受け継いだ宇宙船オーロラを失ったのだ。
リアはそのことを思い出し、恥ずかしさと悔しさで一杯になる。
「カイ様、もう少し言葉を選びませんと……」
「え、あ! だ、大丈夫だってスターレイさん! 装備がないのは仕方ないことだし、その分、俺とフローラが頑張るから!」
「はい……」
意気消沈するリアにカイは思わず顔をしかめる。
少し浮ついていたリアに苛立ちを覚えていたのは事実だが、そこまで貶めるつもりは毛頭なかった。
フローラの言う通り、言葉選びを失敗してしまったと後悔する。
そんな二人を見て、フローラは仕方ないと助け舟を出すことにする。
「リアさん、私たちは現在未知の状況に居りますわ。この異常な艦内で戦闘を考慮に入れないということはあり得ません。
しかし、武力行使は最終手段ですわ。そのため、戦闘そのものを避けるように心がける必要があります。
そこで、リアさんには主に近距離レーダーの監視を担当してもらいたいのです」
フローラはそう言って、リアにタブレット型の端末を手渡す。
それはフローラが言うようにカイとフローラ、そしてリアを中心に作動する近距離レーダー端末だった。
もちろん、これがなくともフローラもカイもスーツに備わった機能で補うことができた。
しかし、こうした事態になることを予見していたフローラは、手持ち無沙汰になるであろうリアに役割を持たせるために用意していたのだった。
フローラから重要な仕事を任され、リアはすぐに気持ちを切り替え、少しでも役立とうと意気込む。
「分かりました! 私、お役に立てるよう頑張ります!」
「ええ、お願いしますね」
頼りになる相棒の助け舟もあって、何とか悪い空気を切り抜ける事ができ、カイは一安心する。
そして、リア同様に自身も気持ちを切り替え、この不気味な艦内の探索を始める事を決意した。
「よし、それじゃ行くか」
こうしてカイたちは、ついにスターライト・ヴォヤージュの艦内探索を始めた。
◇◇◇
「いや、さすがにデカすぎるだろ……」
蜘蛛の巣のように張り巡らされた通路をやっとの思いで抜けると、今度は無限に続くように思えるほど長く広大な廊下に出たカイは、思わずそんな愚痴をこぼす。
全長3キロに及ぶこの巨大な戦略航宙母艦は、いくつものブロックに区切られ、その構造はまさに浮遊する都市のようだ。
各ブロックには広大な幹線廊下が設けられ、隣接するブロックへと繋がっている。
本来なら、物資と人員輸送を担う無人車両がこの幹線廊下を行き交うはずだが、今はすべての車両が停止していた。
電力はまだ通っているにもかかわらず、動作する気配は全くない。
AIがその動作を停止させたのだとカイは推測したが、その事実が一層の不気味さを感じさせた。
「目的地まで随分と掛かりそうだ。スターレイさん、何か反応はあった?」
「いえ、何もないです! ……それと、カイさんもリアって名前で呼んでくれても構わないんですよ?」
「え、あっ! そ、それじゃ次からそうしようっかなー?」
「絶妙に気持ち悪いですわね、カイ様」
白鯨号を降りて探索を初めてから、すぐに彼らは壁面に埋め込まれたナビゲーションコンソールを発見した。
その存在は、今まで誰も触れていないかのように静かにそこに佇んでいた。
そこからカイ達は軍時代の認証コードを使い、無事にスターライト・ヴォヤージュの艦内地図を入手したのだった。
「それにしても、流石に広大ですね! 目的地の艦橋まで、あと2ブロックもあるなんて……。
1ブロックが約1キロメートルって、流石はキャピタルシップですね」
リアは空気を読んで話題を変える。
彼女が言うように、入手した艦内地図からカイ達の現在地を検索したところ、なんと最も艦橋から離れた第3ブロックだった。
艦橋のある第1ブロックまで約2キロもあると分かったカイは、その広大さに愕然とする。
「本来、移動はオートモビリティを使う事を想定しているからなあ。いっそ、コレ手動で動かすか?」
カイは無用の長物と化して鎮座している無人車両を軽く叩いて見せる。
基本的にAI制御で動かす事が前提となるが、緊急時には手動操作が出来るのが常識だ。
この車両はブロック間の移動手段として使われているので、動かすことが出来れば一気に第1ブロックまで進むことが出来るだろう。
そんなことを考えていたカイだったが、直ぐにフローラがその考えに待ったをかける。
「いえ、それは危険ですわ。この艦の制御AIが生きていた場合、下手に動かして敵と認識されると確実に全滅ですわよ」
「それもそうだな。やっぱり徒歩で頑張るしかないかあ」
「みんなで頑張りましょう!」
リアの元気な声に背中を押され、カイはやむを得ず歩みを進めた。
しかし、その道のりは長く、困難が予想されるものだった。
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