第2話「失われた艦と新たなる旅路」

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 宇宙はいつものように静寂に包まれていた。

 白鯨号の操縦席に座るカイ・アサミは、無限に広がる星々を眺めながら、何とも言えない安堵感に浸っていた。


 船内のシステムはすべて正常、航行は順調。これといったトラブルもなく、彼の日常はいつも通り静かに流れていた。


 現在、カイたちはレストラ星系の、それも中心部から50,000LS光秒も離れた外側領域の一部に位置していた。

 このエリアは、長年にわたって宇宙船の残骸や廃棄物が捨てられてきた場所であり、彼らはここでサルベージ作業を行っていた。


 白鯨号は、この辺りに散らばる古い宇宙船の残骸から使える部品類を回収し、環境を保全するという依頼を受けていたのだ。


「これで最後ですわね、カイ様」


 フローラは優雅に微笑みつつ、手元のディスプレイに目を移した。作業は順調そのもので、何の問題もないように思えた。


 しかし、その時、静寂を破るかすかな電子音がコンソールから漏れた。

 カイは眉をひそめ、新たに受信した信号を確認したが、何かが引っかかった。


「このパターン、見覚えがないな。……念のため信号源シグナルソースを確認するか」


 カイは考え込むように呟きながら、手元の操作パネルに指をすばやく走らせた。

 人類が恒星間航行を行えるようになって以来、一見して静寂な宇宙にも、実際には様々な信号が無数に飛び交うようになった。


 受信はできても解析をしなければ詳細がわからず、その多くは単なるノイズに過ぎない。

 このため、多くの宇宙船乗りたちはこうした信号を無視することが一般的だった。


 しかし、カイにとっては話が少し違っていた。

 サルベージ作業中には、こうした無数の信号の中から価値ある情報を見つけ出すことに大きく依存していた。


 特に、廃棄された宇宙船や漂流物を発見するためには、ノイズの中から有用な手がかりを探し出す必要がある。


 解析自体は然程時間がかからずに完了し、結果が表示された。

 その結果にカイの顔はわずかな驚きが浮かんだ。


「フローラ、この信号は妙だぞ。形式が異常に古い……100年以上前のものだ」

「まあ、それは随分と長いこと放置されていたのですわね」

「それだけじゃない。信号を発している船の名前もある。『スターライト・ヴォヤージュ』、聞いたことある?」


 その名前を聞いた瞬間、フローラの瞳が一瞬鋭くなった。


「スターライト・ヴォヤージュ、聞き覚えがありますわ。……思い出しましたわ、連邦の戦略母艦に同じ艦名がありましたわ」


 フローラが口にした言葉を聞いて、カイはすぐに検索を掛けて確かめた。


 『スターライト・ヴォヤージュ』とは、現在より110年前に太陽系統合連邦が建造したスターライト級戦略航宙母艦である。


 当時、太陽系統合連邦と敵対する大セレスティアル帝国は大規模な戦争後の冷戦期にあった。

 連邦は来るべく開戦に向け、数で勝る帝国軍に対抗するために、それまでとは一線を画す最大級の戦略母艦を建造する事にした。


 こうして生まれたのは全長3キロメートル、幅800メートル、高さ500メートルにも及ぶ巨体で、最大の特徴は標準的な連邦軍コルベット航宙艦を50隻搭載可能と言う凄まじい展開力を持つ戦略母艦だった。


 当時から連邦軍コルベットは1隻で1つの惑星を制圧可能という高い戦闘力を有していた。

 それを200隻搭載可能と言うこと、それはスターライト級ただ1隻で優に一つの星系を丸ごと制圧可能な事を意味していた。


 しかし、そんな虎の子のスターライト級だが、今日に至るまで実戦配備された事はなかった。


「行方不明になった幻の戦略母艦かあ」

「ええ。演習中にワープアウトした後、目的地に現れず行方不明と言う事で処理された曰く付きの艦になりますわ。

これにより同型艦の建造は一時凍結され、最終的に中止。代わって今主流の巡洋戦艦の流れにシフトしましたわ。

さらに当時、この事が原因で連邦は帝国軍の秘密工作を疑い、結果として両国は開戦。第5次ティアマト海戦が勃発」

「その戦略母艦の救難信号が、何でこんな星系で拾えるんだ? 誰かの悪戯だとしても、救難信号の偽装は流石に誰もやらないよなあ」


 カイの頭の中は疑問で渦巻いていた。

 救難信号の偽装は宇宙でのタブー中のタブーであり、それに手を染める者は、たとえ海賊であっても自らの死を意味するようなものだった。


 それほどまでに、この行為は禁忌とされている。

 しかし、だからこそカイはこの信号が本物であるとは信じがたかった。


「今になって発せられるなんて……ありえないだろう?」


 カイは自分自身に問いかけながら、スクリーンに映る信号の波形を再度確認した。

 形式が古いというだけでなく、100年も前に失われた艦が、なぜこんなにも何もない辺境の星系で発見されるのか、理解に苦しんだ。


「仮にこの信号が本物だとしても、なぜ今になって出現したんだ? しかもこんな場所で」


 疑念は深まるばかりだった。

 スターライト・ヴォヤージュが100年もの間、この星系で何をしていたのか。


 そして、なぜ今まで誰もこの信号に気づかなかったのか。それが彼にはどうしても解せなかった。

 カイは目を細め、スクリーンを見つめ続けた。


「もしかして、この信号は何か別の意図があって発信されているのか」


 その可能性も頭をよぎったが、証拠は何もない。

 ただ、信号がどこかの誰かによって操作されていると考えたとしても、それが何のためで、誰の手によるものなのか、手がかりは皆無だった。


「フローラ、どう思う?」


 カイの問いに、フローラはしばし考え込んだ後、静かに答えた。


「カイ様、直接確かめるしかありませんわ。確かに不可解なことばかりですが、それだけに、この救難信号が何を意味しているのかを知ることが重要ですわ」


 カイはフローラの言葉にうなずき、決意を新たにした。

 疑問が尽きないからこそ、その答えを見つけるために前に進むしかない。


 そして、その答えは向かう場所にあるかもしれない。

 白鯨号は静かに加速し、信号の発信源へと進んでいった。




◇◇◇




 白鯨号は謎の信号を追って、広大な宇宙の闇を突き進んでいた。

 カイとフローラは、その信号が何を意味するのかを確かめるため、注意深く航行を続けていた。


「カイ様、この信号の発信源まであとどれくらいですの?」


 フローラがコックピットの片隅から尋ねた。


「まだもう少し掛かる。何せ3,560,000LS光秒も先だったからな。だいぶ来たとは言え、あと10分位は見てくれ」

「逆に言えば10分しか無いのね、ちょっと御休憩するには短すぎますわね」

「もー仕事中は我慢するって約束しただろ!?」


 フローラが真面目に考える素振りを見て、カイはすぐにその考えを正して欲しいと告げる。

 相棒である彼女は色々と頼りになるし、見た目も美人なので求められれば男としては嬉しい限りではある。


 しかし、その頻度も度が過ぎれば許容範囲を超えると言うものだ。

 何事も丁度いい塩梅と言うものがある。

 フローラは度々その量を見誤ってしまうのが、カイにとっては悩みの種だった。


「ふふ、冗談です。フローラは我慢できる女ですわ。ところで、先ほどから何やら信号を拾っているようですけれど?」


 カイはフローラの言葉に一瞬顔をしかめたものの、すぐに真剣な表情に戻りコンソールに視線を落とした。


 彼はすぐにパネルを操作し、新たに受信した信号の解析を始めた。

 通常の通信ノイズと違い、明らかに意図されたメッセージが含まれていることに気づいた。


「救難信号だ。発信源はこの近く。どうやら民間船が海賊に襲われているらしい」


 フローラの顔から冗談めいた表情が消え、代わりに鋭い眼差しがカイに向けられた。


「本当ですの? もしかして、それがスターライト・ヴォヤージュだったり?」

「いや、その可能性は低いな。こちらは現行の形式だ」


 フローラは素早くカイの隣に立ち、スクリーンに映し出されたデータを一瞥した。

 確かにカイの言う通り、シグナルソースは救難信号のパターンを示しており、さらにメッセージも添えられていた。


 これを運よく巡回中の民間警備会社が拾ってくれていれば、即座に救援へ駆けつけてくれるのだが、ここまで恒星から離れた位置では受信するにしても時間は掛かるだろう。


 襲われている民間船のサイズにもよるが、大抵の海賊はその行為に掛ける時間はおよそ10分ほど。とても間に合うとは思えなかった。

 しかし、救助に向かうにしてもフローラは懸念があった。


「確かめに行くにしても、私たちに武装はありませんわ。どうやって助けるおつもりですの?」


 フローラが言うように、この元漁船である白鯨号には対艦装備は何一つない。

 強いて言えば、ミサイルや隕石迎撃用の対空レーザー砲であるピンポイントレーザーが1門備わっている程度で、とてもこれだけで戦う事は出来ない。


「そうなんだよなあ。出来れば助けてやった方がお礼が期待できるんだが」


 カイは救難信号を確認した後、しばらく沈黙して考え込んだ。

 彼の心の中には、助けたいと言う思いが確かにあった。

 しかし、白鯨号の現状を考えると、現場に駆けつけてもできることが限られていることは明らかだった。


「正直に言って、俺たちにできることはほとんどない。白鯨号は武装もないし、海賊船を振り切る速力もない。正面切って海賊に対抗するなんて無謀だ」


 カイは肩を竦めて、現実的な問題に直面していた。

 フローラは彼の言葉に反応し、真剣な表情でスクリーンを見つめた。

 そして、あることに気づき、彼女の口元に笑みが浮かんだ。


「カイ様、私たちには直接戦う力はありません。しかし戦わずに勝つ方法はまだありますわ」


 カイは彼女の表情に気づき、少し警戒しながら尋ねた。


「どういうことだ?」


 フローラはスクリーンを指差し、地図上に表示された小惑星帯の位置を示した。


「この救難信号が発せられている地点のすぐ近くに小惑星帯がありますわ。

私たちの白鯨号には、元々漁船として使っていたソナーが備わっています。そのソナーを使えば、小惑星帯の中から適度な大きさの小惑星を探し出せるでしょう」

「あーなるほど、そう言う事」


 カイはフローラの提示した作戦の一部を聞き、彼女が何を企んでいるのか即座に理解した。

 彼はスクリーンに映る小惑星帯と、救難信号を発している民間船の位置を交互に見つめた。


 確かに、この作戦が成功すれば、直接戦わずに海賊を無力化できる可能性は高い。しかし、同時にリスクも非常に大きい。

 頭の中でそれ等を天秤に掛け、カイは決心する。


「よし、やるか。ただし、慎重に。少しでも危険だと感じたら中止して逃げる!」

「ええ、そうしましょう」


 カイの決断に、フローラは微笑んで応えた。

 彼女の目には計画が成功するという確信が宿っていたが、それでもカイの言う通り慎重さを保つことに異論はなかった。

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