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カイが駆る白鯨号の目の前に現れたのは、赤黒い船体をした宇宙海賊だった。
船体には海賊特有の刺々しいカスタマイズが施されており、一見して元の船が何かの判別は難しかった。
しかし自動的に船影照合が行われ、その結果元々はラプター・ドレイカー社製のボアmk4と表示されていた。
「よしよし、ボアならまだ勝ち目はある。デスアダーとかだったら死んでいたけど」
ボアmk4の艦種は多用途艦となっており、あらゆる任務に対応可能な高い汎用性を兼ね備えた宇宙船だ。
値段も数ある多用途艦の中では廉価な部類に位置しており、その高い汎用性が評価され多くのパイロットが初めに選ぶ艦だった。
リリースしてから大きな変更をすることなく、優秀な基本設計に支えられ、おかげさまで150周年。
そんな謳い文句をどこかで見たなとカイは思い浮かべていた。
『アーアー! よし、こちらァー宇宙海賊ブラッドコンステレーションのフェング様だッ!
大人しくエンジンを停止させ、カーゴの魚を寄越しなァ。心配すんな、命だけは助けてやるからよォ』
宇宙海賊はフェングと名乗り、カイの白鯨号を単なる漁船と勘違いしているようだった。
何せ白鯨号には一見してまともな対艦兵装は皆無。唯一のピンポイントレーザーも隕石の迎撃用に少々過剰なものを積んでいる程度にしか思われない。
カイはすぐに展開したピンポイントレーザーを再び格納し、相手が指示した通りエンジンを停止させた。
そして海賊に向けこう告げる。
「こちら、第1056漁団所属のカイだ。エンジンは停止した、あんたの言う通りにするよ。
ただウチは新鮮さが売りでな、魚介類は生け簀に入れてあるのよ。
だから、そちらに移すんなら船同士を連結させなくちゃならないぜ?」
『あぁん? ちょっと待て……おい、イケスってなんだ……え、生きたまま!? おいマジか、クレイジーだな。
ったく仕方ねえなァ。分かった、連結させるが下手な事するんじゃねえぞ』
カイは密かに握り拳を作り喜んだ。
相手の気が変わらない内に、手際よく準備を進めカイの白鯨号は連結用ハッチを展開させた。
それを確認して、海賊船も同様にハッチを展開しお互いの船はちょうど腹を向き合わせるような形で連結がなされた。
これで互いの船同士は言わば陸続きとなったのだ。
「フローラ、準備は?」
カイは船内通信でフローラに呼びかけると、自信満々の声で返事が返って来る。
『万全ですわ。ハッチが開き次第、突入して制圧を始めますわ。
カイ様の方もクラック頑張ってくださいませ。そうじゃないと、わたくし死んじゃうので』
そう答えたフローラの恰好は、それまでの姿とは打って変わっていた。
両手足は見るからにぶ厚そうな黒色の装甲に覆われており、胴体部分は白を基調とし、ハニカムメッシュ模様が浮かんだスーツを着用していた。
腰には複数のグレネードポーチや緊急医療キット、予備弾薬が備え付けられている。
そして、何より目を引くのはフローラが持つ銃だろう。
アストロテック製AT47M3と呼ばれるアサルトレールガン。
フローラの持つそれは初登場が2847年と古いが、基本設計が非常に優秀であった為に今だに連邦軍で愛用者の多い銃だ。
それを近代化改修キットを用いカスタマイズしており、見た目はまるで異なった黒い無骨な銃となっていた。
銃を構え、フローラはハッチが開くのを今か今かと待ち構えている。
その姿は餌を前にした肉食獣を彷彿とさせた。
そして、ついに待望のハッチが開いた、その瞬間にフローラは突入を開始した。
◇◇◇
「お頭ぁ、本当に連結するんで? 俺なんか嫌な予感がするんスよ。それに、相手は漁船ですよ。ロクな稼ぎにならないですって」
時は少し遡り、ここは海賊船の中。
そこで一人の若い手下がフェングに向かって苦言を呈していた。
この男はフェングの下についてまだ日が浅いものの、なかなかの直観力を持つことで一目置かれていた。
しかし、その日のフェングはそんな部下の言葉に耳を貸す事は無かった。
「うるせぇー、良いから準備しろぉ。こちとら、もう一週間は釣れてねえんだ。
お前らもいい加減、分け前が欲しくねえのか。
……ったく、こっちは釣れねえのに上には毎月きっちり払って行かなくちゃいけねえ」
フェングと呼ばれたその男は、如何にも海賊と言わんばかりの風体をしていた。
特に日に焼けたわけではないが、肌は色黒。髪型はドレッドヘアー。長身の割に筋肉が無く、痩せ細っていた。
フェングの船はここ最近では全く成果を上げられていなかった。
なにせ狩りをする場所が悪い。
このHIP96455星系は特に主だった産業もない田舎星系。
一部企業の製造施設や採掘施設、それに伴う作業員たちが住まう地上基地が殆どで、宇宙ステーションもあるにはあるが小型のアウトポスト型が数基あるだけだ。
何故そんな場所を狩場に選んだのかと言えば、フェングの頭の悪さと運の悪さが全てと言えた。
フェングの所属する海賊組織ブラッドコンステレーションは近辺では少し名の通った海賊だ。
その構成員数は優に5000人を超え、艦艇数は200隻以上あった。
組織がある程度の大きさになって来ると、自然と上下関係がハッキリとし始め、フェングのような連中は美味しい狩場以外の場所で何とかするしかなかった。
これが組織の立ち上げ当初から居たメンバーであったのであれば、実力が伴わなくとも年功序列でそこそこの狩場を占有する事も出来るのだが、生憎とフェングは新参者。
ブラッドコンステレーションの規模が大きくなったのを見計らって入ったのだから、当たり前に組織からの扱いは軽い。
だが、一度は成り上がる事が出来るチャンスを掴んでいた。
まだフェングが若かった頃、そのブラッドコンステレーションの前身となる海賊から直々に入らないかと誘いを受けていたのだ。
しかし、若かりしフェングは自分こそが上に立つ人間だと信じてやまなかった為、その話は論外とばかりに蹴ったのだった。
その結果、フェングは全く旨味の無い田舎星系で細々と海賊行為を働く事になったのだ。
幸いにして田舎故に治安組織の規模も小さい為、時間を見誤らなければ捕まる事は無かった。
だが悲しいかな、田舎故に肝心の獲物の数も少ないのが頭痛の種であった。
そうして、一週間も獲物が通りかからず飢えを耐え凌いでいた時にカイの白鯨号を見つけたのだった。
「いいかあ、お前ら。テキパキやれよお? 時間をかけ過ぎると煩い連中が血の匂いを嗅ぎつけて来ちまう。
まずはこの辺りじゃ見かけねえ、生きた魚を頂戴しようぜ。きっと高く売れるぜ? ついでに、船内にある金目の物もだ。
女が乗ってりゃ、もちろん頂いて来い。四肢は無くたっていい、その方が楽だからなあ!俺の後だが、きっちり使わせてやる」
「お頭、連結準備が整いました! ハッチ開きます!」
「よおぉーし! いっちょ働こうぜえー!!」
「「「おう!」」」
フェングとその部下たち、計5人はそれぞれ小銃やハンドガンを手にハッチの前で整列していた。
久しぶりの仕事とあって、フェング含めて部下たちはハッチが開くのを今か今かと待っていた。
そして、ついにその扉が開いた瞬間、そこで
◇◇◇
海賊船側のハッチが開く前、すでにカイたちの白鯨号側のハッチは開いていた。
フローラは即座にエアロックの中へ飛び込み、海賊船側のハッチの目で銃を構え待っていた。
そして、いよいよ扉が開いた瞬間に正確無比に射撃を行い、一瞬のうちにフェングを含む5人の眉間を撃ち抜き射殺した。
後に残った遺体は靴の接地機能によって、無重力でも身体は宙へ浮くことなく、額から血を流しながら不気味にその場で立ち尽くしていた。
「クリア。残りは何匹ですの、カイ様」
脱力して立ち尽くす5名の遺体の横を通り過ぎ、フローラは警戒を緩めずに海賊船の中を進んでいく。
フローラのその顔には一切の感情を感じさせず、ただ淡々と作業を続ける機械のようなものを感じさせた。
『ああ、残りは一人だな。コクピットに残っている奴だけだ』
「船の規模から想像した通り、雑魚でしたわね。これならカイ様だけでも制圧出来たのではなくて?」
『無茶言うなよ……お、最後の一人が異変に気付いたぞ。反応が早いな』
カイがそう言った途端、無理やりにでも動かそうとしているのか海賊船が僅かに微振動を始めた。
既にカイの白鯨号と連結している以上、そう簡単には動かす事など出来ない。
勿論、連結部分を解除する事も。
これはカイがクラックして一部制御を乗っ取ることで、相手側からの操作を受け付けないようにしていた。
暫く海賊船の微振動が続いたが、やがてそれも止まった。無駄な足掻きだと気付いたのだろう。
『ふむ、脱出するつもりみたいだな』
「どう致しますの? 余裕で阻止出来ますけれども』
『うーん、まあ逃げるって言うならいいんじゃないか? このフェングって男の賞金、たった6千だし』
カイはモニター越しにフローラが殺した海賊たちの賞金を照合し、金勘定に勤しんでいた。
その結果、実に低い賞金額に天を仰いでいた。
ここで残る一人の賞金を頂いたところで、大した金にはならないと考えたのだ。
『見逃しちゃえ。あとは、この海賊船の中を軽く漁って撤収しようや』
「承知しました」
こうして一人の海賊がカイの気まぐれで命を拾った。
たった一人生き残った男は自分の直感を信じた故に助かったのだった。
◇◇◇
一通り海賊船の中を検めたカイたちだったが、殆ど得る物がないと言う散々な結果に終わる。
海賊船自体が最も高値なのは言うまでもないが、問題はその輸送手段がカイたちには持ち合わせていないと言う事だ。
幸いにして動く事は動くので、一旦適当な場所に異動させて置き、後で輸送手段を確保して取りに来る。
と言うのが現実的な方法ではあるが、この田舎星系ではそうしたサービスを展開しているショップがあるかどうか不明だった。
その為、カイは仕方なく目の前の海賊船を諦め、目ぼしい売却可能な物を白鯨号に詰め込めるだけ詰め込んだ後、遠隔操作で海賊船を自壊させたのだった。
「はあぁー……。やっぱ中型船以上の船に乗り換えたいなあ」
目の前で爆発四散する海賊船を見て、カイは溜息をついた。
何せ海賊が使っていたとは言え、宇宙船と言うのは中々に高額な代物だ。
そんな宝物を目の前で爆発四散させるのは、カイの精神を微妙にすり減らす。
だからと言って、放置すれば再び海賊が使う可能性があるし、全然知らない者が手にしてしまうと言うのも癪だ。
そう言う事もあり、カイは自壊させる選択をした。
もし、これが中型船以上の大きさであったなら、そのまま海賊船を牽引して近場のステーションで売却するというのも可能だった。
そのため、カイは真面目に今回の依頼報酬で買い替えを検討を真面目に考え始めていた。
「乗り換えについては、わたくしも賛成ですわ。キャビンはもう少し大きくして、あとベッドも広い方がいいですわ」
「いや、基本は二人なんだから部屋の大きさは今ので十分だろ」
「いいえ、ベッドだけは大きくしなくちゃダメですわ。カイ様と一緒に寝れないんですから」
「言うてお前は寝かす気なんて全くないじゃん」
カイは海賊船が宇宙の藻屑に消えたのを確認したところで、船を操作し再びハイパードライブを起動する。
船体全体がわずかに震え、エンジンから低く唸るような音が響き始めた。
前方の星々が徐々にぼやけ、輝きを増していく。まるで宇宙そのものが船を包み込むかのようだった。
突如、船体が一瞬の静寂に包まれ、その後に続く圧倒的な加速感が全身を包み込んだ。
白鯨号は、
カイはコントロールパネルで目的地である小惑星基地レミーロックの座標を入力し、オートパイロットを起動させた。
「よし、これで5分後にはついに目的地に到着だ」
途中、ちょっとしたトラブルはあったが、ついに終わりが見えた事でカイは大きく伸びをする。
「あら、もう5分で着いてしまいますの? 最後にアインと1時間ほど寛ぎたいのと思っているのですが」
「ほんと、勘弁して……って言うか、さんを付けろこのビチ助」
カイが言うのと同時に、アインも力強く吠えて拒否を示す。
薬を打たれて無理やり発情させられ、野生の本能赴くまま等と言う尊厳を踏みにじられる行為は二度とごめんだ。
そう言うかのように、アインは牙を見せて唸って見せていた。
そんな二人の反応にフローラは居心地悪そうに口を窄めて自室へと戻るのだった。
「ほんと、今回は色々とフローラがご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
カイは改めてアインに向き直り、頭を下げ謝罪する。
そんな姿を見て、アインは仕方ないと言わんばかりに小さく吠えて返す。
初めこそフローラの暴走を止めなかったことに対して怒りを覚えていたアインだった。
が、よくよく考えればフローラと言う魔人を相手に今まで一人で戦って来たであろうカイに対し、ある種の尊敬の念を覚えたのだった。
君は良く一人で戦っているよ。
アインがそう言うかのように、膝に前足を乗せたのを見て、カイは思わず目頭が熱くなるのを感じ、二人の間に確かな友情のようなものが芽生えた。
◇◇◇
「それでは、アイン様をお預かりいたします。オーナーも今回の任務には大変満足しておられましたよ。」
カイたちは無事に小惑星レミーロックへ到着し、ユニバーサルホテルのフロントでアインを引き渡した。
その瞬間、カイの視界に通知が入り、口座に成功報酬として1200万クレジット…ではなく、その半分の600万クレジットが入金されたことを確認した。
「えっ!?」
カイの口から驚きの声が自然と漏れる。その時、フロントマンが冷静に口を開いた。
「ただ、護送中のアイン様に対する待遇には、いくつか憂慮すべき点がございました。特に、フローラ様の暴走を抑えるべき立場にありながら、静観されていた点は問題視されました。
よって、報酬の半額をアイン様への慰謝料として充てることが決定いたしました。事後報告となり申し訳ありませんが、ご了承くださいませ」
フロントマンの理路整然とした説明に、カイは一言も反論できなかった。
カイはしばらくその場に立ち尽くしていた。
600万クレジットという金額は決して少なくないが、もともとの報酬が頭をよぎり、どうしても悔しさが残る。
そんなカイを横目に、フローラは気楽な調子で肩を竦めた。
「けど、半分でも十分な額じゃなくて?」
カイはその言葉に反応せず、しばらくの間考え込んだ。
フローラは悪びれた様子もなく、まるで何事もなかったかのように笑みを浮かべている。そんな彼女に対して、カイは遅れて怒りがこみ上げてきた。
「お前の所為じゃないかーー!!」
フローラは、カイの突然の怒鳴り声にもまったく動じず悪戯っぽく笑った。
「まあまあ、そんなに怒らないで。次回はもう少し気をつけますわ、多分」
カイはその言葉にさらに腹が立ったものの、深呼吸して何とか冷静さを取り戻した。
「はぁ、もう。本当に頼むぞ」
フローラは軽く頷いて、ふわりと歩き出す。
カイは彼女の背中を見つめながら、もう一度深いため息をついた。
彼女に振り回されるのはいつものことだが、今度こそは、と心に誓いながら、彼も歩き出した。
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