1-3

 フローラに半日ほど拘束されたカイだったが、なんとか半日で満足してもらえた結果に終わった。

 下手を打てば丸1日拘束されることも珍しくなかっただけに、カイは早々と行動できるようになった事を一先ず喜ぶことにした。

 

「さあ参りましょう、カイ様」

「え、あ……うん。っていうか、ほんと体力どうなってんだ?」

 

 ストレスを軽く発散出来たフローラの声は溌剌とし、肌艶も良くなっていた。

 それに比べカイは疲れた顔をしており、確実にナニカをフローラに吸われていた。


 カイは小心者ではあったが、肉体的には一般的な人々よりかは頑強だった。

 軍を抜けた後でも筋トレは欠かすことはなく、その気弱な態度とは裏腹に身体は確り筋肉質だった。

 そのカイがへとへとになる強度の運動をしたと言うのに、フローラは疲れを全く感じさせない足取りをしていた。

 



 ◇◇◇


 

 

 カイたちが向かった先は入港時に管制AIから注意を受けたサブリング。その表層だ。

 全長4キロメートルほどもあるサブリングだが、その遠心重力は0.6Gとやや軽いものの、久々に重力を体感するカイにとっては十分な重みを感じさせた。

 

 それはカイの身に纏ったスーツも関係していた。

 治安等級が通常がレベル5なのに対し、現在のサブリングはレベル4。

 

 つまり、警戒が必要なレベルに治安が低下している状況となる。

 これはつい最近、このサブリング内において重大な犯罪行為が発生したと言う事を意味している。

 

 その為、カイは普段身に纏っているグダワン製パイロットスーツではなく、コア・ダイナミクス製パトロールスーツを着用していた。

 四肢をなぞる様に外骨格が配置され、深緑色が如何にもなミリタリー感を出していた。

 

 これは一昔前に準軍事組織での採用を見込んで発表されたバトルスーツであり、スーツ自体に耐弾性能を持ちつつ、リチャージ式バッテリーにより短時間ながらエネルギーシールドも展開出来ると言う代物だ。

 

 さらに普段は折り畳まれているが、スーツ自体の危険感知システムにより頭部を覆うヘルメットが瞬時に展開され、そうなると中々強面でカッコイイと言う事でマニア達の間で話題に上った。

 

 が、結局採用された実績はなく短期間で市場から姿を消したと言う悲しい歴史がある。

 

「見た目で威圧感を出そうと言う点で、性能勝負から逃げてるのが丸わかりですわ」 

「い、いいじゃんか! 戦わずに済むのが一番なんだ」

 

 売れなかった理由をズバリ当てられたカイは、必死に反論するも実際その通りだった。

 しかし、そうした事情に詳しくない一般人が相手であれば見た目が厳ついと言うのはそれなりに役立った。

 

 事実、カイの着こんでいるスーツを見て何人かの小悪党は手を出すのを躊躇っていた。

 だが中には知識がある者や度が抜けた馬鹿な者たちも居り、そうした輩には見た目の威圧感は効果などなかった。

 

 その証拠に、道行くカイたちが丁度裏路地へ入ったタイミングで一人の巨漢が立ちはだかる。

 

「おい兄ちゃん達、随分お気楽じゃねえか。ここがレベル4の警戒等級になってるのを知らねぇのか」

 

 男は如何にもと言ったスキンヘッドの強面の大男で、身長は200センチメートルは優に超える大きさ。

 腕は丸太の様にぶ厚く、さぞや腕力に物を言わせてきたのであろうことが窺い知れる。

 

「観光客には見えねえけどよ。まあ、オレに目を付けられちまった以上はタダじゃ帰してやれねえな」

 

 男はそう言うとワザとらしく拳を鳴らしてカイたちを威嚇する。

 生きて帰して欲しけりゃ金目の物を寄越せ、そういう話だ。

 

「ほら御覧なさいな、見た目の威圧感など大した役には立ちませんわ。特にこの手のお相手には」

 

 クスリと笑い、フローラはフードを脱いでカイの前に立ち男と対立する。

 フードの下から現れたフローラの設計されたかのような美しい顔を見て、男は思わず目を丸くした。

 そして、すぐに良からぬ事でも思い浮かべたのかニヤ付いた顔をするのだった。

 

「おいおい女だったのかよ。頭からすっぽりローブを被ってたもんで気付かなかったぜ。しかも、実にオレ好みの顔じゃねえか」

 

 フローラの顔を舐め回す様に見て、さらに舌なめずりまでして見せる男。

 先ほどまでの強面顔も、今ではすっかり鳴りを潜め、代わりに気持ち悪さが全開になっていた。

 

 そんなニヤけ面の男に笑みを浮かべてフローラは近づいて行き、そのまま股間に手を這わせる。

 男はそんなフローラの行動に驚きつつも、妖艶な笑みを浮かべるフローラの手つきにすっかりと身を委ねていた。

 

「おうおう分かってるじゃねえか、姉ちゃん。そうだ、ちょっとだけイイ思いをさせてくれりゃ立ち去るさ」

「お、おい! 待てフローラ!」

「そこのフニャチン野郎は黙ってろ! じゃあ、早速そこの物陰で」

 

 思わずカイがフローラを制止しようとするも、男の大声に遮られてしまう。

 男がフローラの肩に手をやろうとした、その瞬間。

 ぐちゃりという肉が潰れる音が響く。

 

「ぐぎゃあああああああああああーーーッ!!」

 

 男は大声を上げ、堪らず地面にのたうち回る。

 それを見たカイは、小さく「ひぇ」っと声を出し思わず内股になった。

 

「あらあら、たかだか球1つ潰れただけじゃありませんの。大丈夫、もう1つ残ってますわ」

 

 地面に転がり回る男を見下ろしながら、フローラは実に冷酷な目でそれを眺めていた。

 

「おおお、おま! お前えぇぇ!!」

「お相手するのは吝かではありませんでしたのよ。けど、カイ様を罵倒されてしまっては……」

 

 男は両眼から涙を流し顔を真っ赤にしながら、フローラに何かを言おうとするも次の言葉を発する事は出来なかった。

 

 何故ならフローラが男の顔面目掛けて軽く蹴りあげ吹き飛ばしてしまったからだ。

 男はゴム毬のように地面に叩きつけられるのを繰り返し、20メートルほど飛んで行ったところで漸く静止した。

 

「あら思ったより飛びましたわね」

 

 人ひとりを蹴り殺しておきながら、フローラの口ぶりは実に淡々としたものだった。

 それは殺人という行為に関してフローラが何も罪悪感を覚えていないと言う結果であった。

 そんな事になるのではと懸念したカイは、何とかその結果を阻止しようとしたが生憎と間に合わなかった。

 

「あーやっちまったよ。お前なあ、簡単に人を殺すんじゃないって」

「だって、あの方がカイ様を……」 

「もっと穏便に済ます方法はあっただろ? いや、守ってくれた事には感謝してるんだが。あ、通知来た」

 

 カイの視界に一通の通知が表示され、それを読んで一先ず胸を撫で下ろす。

 

「今の行為の判決ですか?」

「ああ、結果は正当防衛の範疇ってことで違反金は無し。まあ、奴さんは当局に捕まったら余罪含めて死刑判決だったから結果は変わらないんだけど」

 

 カイは男に絡まれた瞬間から通報していた。

 

 一連の出来事はリアルタイムで司法AIが観測しており、違法行為が発覚した場合には即座に判決が下され、視界内に通知が入る。

 

 これはこのサブリングへの入場制限として着用が義務付けられたインターセプター。ナノマシン型視界インプラントによるものだ。

 

 カイのような外部の者達が新たな火種を持ち運ばないようにする措置で、通常はリアルタイム観測は行わずにサブリングから出たタイミングで着用者の視界情報を解析して違法に該当する行為がなかったかを検証する。

 

 しかし、着用者の許諾があればリアルタイムでの観測を行う事も出来る為、不慮の事故や事件が発生した場合に利用する事も出来た。

 

 事実としてごく小さな火種が発生したわけだが、フローラの暴力により呆気なく鎮火した上に、荒くれ者が一人消えたのもあってお咎め無しと言う結果に終わった。

 

「しかし、さっき相手するのは吝かではないとか言ってたけど、あれ本気?」

 

 何事も無かったかのように再び歩き出したカイは、何気なくフローラに聞いてみた。

 するとフローラは顔を赤く染めて、静かに頷いて見せたのだった。

 

「まじかー」

「あ、いえ! 勿論、カイ様がお許しになれば。ですわ!」 

「うわぁー……まじかー」

 

 カイはフローラの貪欲さに普通にドン引きするばかりだった。

 そんなカイを見てフローラは一人あたふたするのだった。

 


 ◇◇◇


 

 カイたちは漸く目的地へと辿り着く。

 そこはサブリング内にあるのが不思議に思えるほど珍しい古風な外観をしたホテルだった。

 

 入口の前には正装したドアマンが立っており、カイたちを出迎える様に手動で扉を開ける。

 自動ドアではなく、わざわざ人手を使う無駄使いをする辺り、このホテルが超高級であることを示していた。

 

「ようこそユニバーサルホテルへ。本日はどのような御用でしょうか」

「レストランを利用したい、オーナーに会えるかな」

「ご利用ありがとうございます。どうぞ、ごゆっくりお寛ぎ下さい。それと、オーナーはいつでもいらっしゃいます」

 

 そう言ってコンシェルジュは差し出された1枚の金貨を仕舞い込む。

 それは今となっては物珍しいやり取りだ。

 

 何故なら現在、帝国を除いてほぼ全ての国家において現金というのは一般流通していない。

 それはレア星系の支配国家である、ここ連邦でも同様だ。

 

 通貨は全てデジタル化されており、標準化された普遍的な貨幣として『クレジット』が用いられている。

 

 かの帝国でさえも実体としては『クレジット』を利用する事が多く、帝国発行の貨幣は式典時における儀礼的な意味合いが多く、現金として使用される事はほぼ無いに等しい。

 

 その為、カイとコンシェルジュのやり取りは非常に物珍しいと言えた。

 

「そのやり取り、必要ですの」 

「何言ってんだよ! 大事だろ!?」

 

 フローラからの冷静な批判に対し、カイは信じられないと言う感じで返す。

 カイはこの様式美をフローラに語って見せようとするも、絶対何も通じないと言う事を即座に導き出し口を噤んだ。

 

 そして、レストランの中にあるキッチンを通り、その奥にある分厚い鉄扉をノックする。

 鉄扉に備え付けられた覗き穴がスライドし、ぎょろりとした目が中から覗かせた。

 

 カイは懐から再び金貨を取り出し、それを扉横にあるコインメックへと投入したところで、漸く重い鉄扉が開いた。

 

「そのやり取り、必」 

「要るね!!」

 

 再びフローラからの批判に、カイは被せ気味で応対するのだった。


 カイが鉄扉をくぐると、彼の視界に広がったのは、かすかな照明に包まれた薄暗い部屋だった。

 古びた家具が並び、ゆったりとしたメロディーがレコードプレーヤーから流れていた。

 そして、その部屋の中央に、一人の男が座っていた。

 彼はカイを見上げ、冷静な瞳で微笑んだ。


「おやおや、カイ君じゃないの。久しぶりねえ」


 その声を聞いた瞬間、カイの胸に一瞬、不安が走った。

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