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狭いコクピットの中で一人の男が携帯端末の画面を見て唸っていた。
男の名はカイ・アサミ。
太陽系統合連邦、通称――連邦の出身で今は独立パイロットをしている。
中肉中背、顔は平凡で特徴がないのが特徴と言える風貌だ。
それはカイ自身も自覚していることで、強いて言えば黒髪なのでほぼ単一人種で構成される帝国領土内にでも行けば目立つ事が出来る位だ。
カイの目は相変わらず画面を凝視しており、そこには数値の羅列が表示されていた。
そして、その数値は下段に行くにつれ減少しているようだった。
そうして最後の下段に表示された値を見て、カイは悩まし気に唸る。
「また見ていたんですの? 睨んだところで残高は増えませんわ、カイ様。働きませんと」
そう声を掛けられたカイが顔を上げると、カップを片手に微笑む女性が居た。
彼女の名はフローラ・ベレス。
カイ同様に連邦出身で、今はカイの用心棒をしている。
長い金髪と青い瞳を持ち、工芸品のように均整の取れた顔付と成熟した女性の雰囲気から誰もが見惚れる魅力を持っていた。
そんなフローラが丸みを帯びた柔らかなボディラインが強調される薄いスーツを身に纏っているのだから、馴れているカイですら時折赤面する事が多かった。
カイのグタワン製のパイロットスーツと違い、フローラが着込んでいるのは軍用のアストロテック製バトルスーツ。
本来はそこそこ厳つい見た目なのだが、今のインナースーツだけのフローラの姿は彼女が持つ豊満な肉体美もあって非常に艶めかしい。
しかし、その状態であってもその見た目からは想像できない程、堅牢な防御性能を誇る。
何故そんな物騒な物を着込んでいるかと言うと、彼女はカイの用心棒であり荒事全般を担当する歴戦の戦士だからだ。
「そうは言っても仕事がないんだよなあ」
フローラから指摘されたカイは子供っぽく愚痴をこぼす。
そんなカイを見てフローラは微笑みながら意地悪そうに指摘する。
「あら仕事はたくさんありますわ。カイ様が選り好みしているだけですもの」
「俺の言う仕事っというのは、リスクとリターンが見合ってるものだけだ! こんなん二度と受けるものかよ」
そういってカイが端末を操作して先日フローラが勝手に受注した依頼を見せつけ叫ぶ。
その内容は海賊の拠点調査の任務で確かに報酬の額は良かった。
しかし、その実態はまるで異なっていた。
カイが運良く海賊の根城を見つけたまでは順調だった。
だが『じゃそのまま中も確認してね! ちなみに援軍は寄越せないよ!』と追加調査が発生し、嫌がるカイを他所にフローラが抱えて基地内へ侵入。
さらに、敵の位置を把握するとフローラが意気揚々と突入し見事に鉄火場状態。
何とかフローラの暴力で解決して報告すると、『え、掛かった弾薬費は自前だよ? だってこれ調査依頼だもん』と渡されたのは当初の調査報酬と追加調査費のみと言う結果だった。
「ええ覚えておりますわ。久々に身体を動かせた良い仕事でした」
「お前はそれでいいけど、こっちは死んじゃうわ!」
「そんなこと有り得ませんわ。わたくし、ちゃんとカイ様を守るように立ち回っていましたもの」
確かにフローラの言う通りだった。
20人もの武装した海賊たちがひしめく拠点をカイとフローラのたった二人で襲撃したにも関わらず、その時にカイが負った負傷は緊張して自分の足に引っ掛かって転んだ打撲程度だった。
「それに調査報酬の他に、倒した海賊たちの賞金が出たではありませんの。鹵獲した武器の売却益もありますわ」
これもフローラの言う通り、海賊20人分の賞金16万クレジット。
さらに海賊たちの使っていた武器弾薬もちょろまかして持ち帰ることもできた。流石に奴らの宇宙船までは無理だったが。
この一件で最終的にカイたちが手にした額は約30万クレジット。
しかし、カイとしてはこの額がリスクに見合っていないと判断していた。
「最終的に残ったのは30万クレジットじゃないか。全然リスクと見合ってないって!」
「リスクと仰りますけど、カイ様は殆ど戦闘に参加していないじゃありませんの。全然ローリスクですわ」
「ぐぐっ、それは! まあ……そうなんだけど」
ぐうの音も出ないほどにフローラに論破されたカイだったが、それでもなんとか反論しようと思考を回転させる。
それでも結局何も出て来ず、強いて出来た事と言えば口をパクパクと動かす事が精一杯だった。
そんな間抜け面を晒すカイを見て、フローラは満足そうに微笑んでコクピットから立ち去る。
あとに残されたカイは悔し気に次の目的地を探すのだった。
◇◇◇
カイたちは次の仕事を求め、付近の星系で最も栄えているイトー軌道ステーションへ向かう事を決める。
イトー軌道ステーションはレイア星系にある惑星レア3の軌道上に存在する大型宇宙ステーションだ。
惑星レア3はテラフォーミングによる入植から100年程しか経過しておらず、地上ではまだまだ開発が盛んだ。
そして、その巨大な需要を支える軌道ステーションには数多くの人々が行き交い膨大な経済効果を生み出していた。
それは偏にイトー軌道ステーション自体が巨大であったことも関係している。
物珍しさはないありふれた
ステーションの中央部分は巨大な円筒形の構造であり、周囲には3本の放射状に伸びるリングが優雅に広がっている。
その設計は非常に古いものの、今なお建造され続ける大ベストセラーであり、何より機能美が備わっていた。
ステーション全体の長さは6キロメートルに及び、これが圧倒的な存在感を放っていた。
最も目を引くのは、2本の長さ7キロメートルのメインリングだろう。
このリングは、人類が生活するにあたって都合の良い1Gを再現しており、一般的な居住者の生活の中心地となっている。
リングの表面は緑豊かな公園や多様な建物が点在し、清潔で安全な環境が整えられている。
ここには商店やレストラン、教育施設、病院など、生活に必要なすべてのインフラが整備されており、多くの人々が快適に暮らしている。
地下部分は多層化され、食料生産プラントなどの工業施設が所狭しと建ち並び日夜問わずに稼働していた。
移動手段も全てこの地下にあり、高速輸送システムが縦横に走り、無人化されたモノレールやシャトルバスが止まる事はない。
一方、残りの1本のサブリングは長さ4キロメートルで、重力は0.6Gとやや軽い。
このリングには低所得者や難民が多く住んでおり、生活環境は7キロメートルのリングに比べると厳しいものとなっていた。
ここには簡素な住居が立ち並び、公共サービスも限られている。
しかし、低重力環境のために一部の特殊な産業や研究施設も設けられている為、そうした施設近辺の治安は悪くない。
難民たちも新たな希望を求めてこのステーションに辿り着き、ここで新しい生活を始めるために懸命に努力しているのもあり、彼らの犯罪率は低い。
とは言え、メインリングと比較すれば圧倒的に治安は悪いと言うのは紛れもない現実だが。
カイは馴れた手付きでステーションの入港申請を済ますと、ほぼ同時に入港許可が返って来る。
そのままカイは自身の宇宙船――白鯨号を操り、管制AIの指示通りにイトー軌道ステーションの第23ドッグへと降り立った。
「独立パイロット連盟所属、カイ・アサミ殿の着陸を確認。ようこそ、イトー軌道ステーションへ」
着陸と同時にステーションの管制AIから連絡が来る。
モニターに映し出された管制AIの姿は若い女性の姿を模しており、慣れていなければ一見してそれがAIであるとは分からない。
「ああ、まずは燃料補給。あと、簡易船体整備もやってくれ。必要があれば修理も。ステーションへの滞在はひとまず二泊で」
「あら、素っ気ないですわねカイ様。もっと相手を思って対応なさってみては」
手慣れた様子で淡々と管制AIに注文していくカイの様子を見て、横からフローラが意地悪そうに口を挟む。
カイはそんなフローラを睨むと、「あら怖い」と小悪魔のように笑みを浮かべていた。
大型の宇宙ステーションであれば、こうした雑務に人間がわざわざ駆り出される事は稀で大体はAIが担当しているのだ。
田舎星系のアウトポスト型ステーションでは相変わらず人間が担当していたので、パイロットに成り立ての頃のカイはそうとは知らず大層恥ずかしい思いをしたことがあった。
そして、フローラはその時の話をこうして時折カイに振ってはその反応を楽しむのだった。
「承知致しました。なお、現在サブリングの治安等級がレベル4となっております。
入場制限としてインターセプターの着用義務が発生します。また何らかの被害があった場合には保険適用外となりますのでご注意ください」
「……了解した」
最後に管制AIから穏やかではない話を聞かされたカイは僅かに緊張する。
何せカイの用事はそのサブリングにあったからだ。
一般人よりかは多少は戦闘の心得を持つカイではあったが、小心者故に危ない場所と事前に知らされれば、そこへ出向くのを躊躇う。
しかし、カイのそんな不安もすぐに掻き消える。主にフローラの所為で。
「まあまあカイ様。折角ステーションに立ち寄ったのですし、お仕事は一旦後にして……ね?」
そう言ってフローラがカイの首後ろから手を回し、その豊満な胸を後頭部に押し付けてきた。
その瞬間、フローラから香る何とも淫靡な匂いがカイの鼻をくすぐった。
カイはいつものフローラの持病が始まったと内心で溜息をついた。
「ちょ、ちょっと待ってくれフローラ。ほら、まだ着いてばかりだし……生活用品の買い出しとか先にしたいなーって」
何とかフローラから逃れようとするも、その細腕は全く動く気配はなかった。
元々分かっていた事だが、力でフローラに叶うはずはないのだ。
むしろ、カイのその言葉を聞いたフローラは、より一層強くカイを抱きしめていく。絶対逃さないと言わんばかりに。
「ふふ、そんな釣れない事おっしゃらないで。少しだけ、ええ、少しだけお休みしましょう」
完全にそういう気分になっているフローラは、そう言いながらカイの耳を甘く噛み始める。
ああ、もうこれは何を言ってもダメだ。
フローラの腕の中で無力感に襲われるカイ。彼女に逆らうことはできず、彼の運命はフローラの手の中にあった。
カイは、その運命に身を委ねるしかなかったが、この先に待ち受けるものに対して言い知れぬ不安が胸をよぎった。
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