第4話「愛の名のもとに隠された真実」

影の国を後にした蓮は、「空の国」へと向かう船の上にいた。王女たちに振り回される旅の中で、彼の心は疲弊しきっていた。


腕に刻まれた三つの痣。それはただの模様ではなく、蓮にとって存在そのものを蝕む何かのように思えてならなかった。船の甲板で霧に包まれた景色を眺めながら、蓮は独り言のように呟いた。


「……これが、本当に愛だっていうのか?」


風に答えは返らない。ただ、彼の中で「真実を知りたい」という思いが徐々に強くなっていた。


空の国に着いた蓮を迎えたのは、最後の王女――透き通るような瞳を持つリュシエルだった。彼女の穏やかな微笑みは、どこか儚さを漂わせている。


「高坂蓮様、あなたがここに来てくださったことに感謝します。」

リュシエルは優しく蓮の手を取り、そっと触れる。その手は冷たく、まるで生気が失われたかのようだった。


「最後の国ですね。これが終われば、僕はどうなるんですか?」


蓮の問いに、リュシエルは一瞬だけ言葉を飲み込む。そして、静かに答えた。


「……全てが終わります。ただ、それはあなた次第です。」


リュシエルに案内されたのは、空の国の「始まりの塔」。その頂上には、四大国を司る「運命の書」が保管されているという。塔の階段を上るたび、蓮は胸の奥に不安が渦巻くのを感じた。


塔の頂上にたどり着いた蓮の目に映ったのは、輝く一冊の書物。リュシエルは静かに言った。


「運命の書を開けば、この世界とあなたの役割の全てが明らかになります。でも……覚悟してください。」


蓮はリュシエルの言葉を無視し、震える手で本を開いた。瞬間、光があたりを包み込み、彼の意識が遠のいていった。


蓮の目の前に広がったのは、彼が今まで見たどの国とも異なる光景だった。灰色の大地にひび割れた空。空中には無数の鍵が漂っている。その鍵の一つ一つに、人の顔のような模様が浮かび上がっていた。


「……ここは?」


声をかけると、一つの鍵が蓮の目の前に降りてきた。鍵からは低い声が響く。


「お前は、またここに来たのだな。」


「……どういうことだ?俺は、ここに来た覚えなんてない!」


「そうか……お前はまだ覚えていないのだな。」


鍵は蓮に過去の記憶を映し出す。それは蓮が「鍵」として召喚されるたび、王女たちに愛と呪いを押し付けられ、最終的にこの空間に吸い込まれていく姿だった。


「お前は何度もここに来た。そして、そのたびに役割を果たしては忘れさせられたのだ。」


蓮の頭は混乱に陥る。自分の人生が偽りだったのか?彼が感じていた愛や希望は、ただの作り物だったのか?


ふと気が付くと、リュシエルが目の前に立っていた。彼女の瞳は涙で濡れている。


「ごめんなさい……でも、私たちにはこれしか方法がなかったのです。」


「どういうことだ?僕を、ただ利用してたってことか?」


「いいえ……私たちは、本当にあなたを愛しています。でも、あなたを愛することでしか、この世界を救えないのです。」


リュシエルの声は震えていたが、その言葉の奥には迷いがなかった。


「お願いです、蓮様。この世界を救ってください。そして……私たちを許してください。」


蓮の胸には、怒り、悲しみ、愛情、そして恐怖が渦巻いていた。そして、彼はついに決断を下す。


蓮は運命の書に手を置き、呟いた。


「……これが俺の役割なら、受け入れるしかないのか。」


運命の書が光を放つと同時に、蓮の身体は徐々に崩れ始めた。リュシエルは蓮に泣きながら手を伸ばすが、その手は彼に届かない。


最後に蓮が聞いたのは、リュシエルの言葉だった。


「愛しています……あなたが、この世界を救ってくれたこと、一生忘れません。」


蓮の意識が完全に消えた瞬間、世界は一瞬の静寂に包まれた。

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