第3話「狂気の王女たちと歪む現実」

蓮は陽の国を後にし、次の目的地――「影の国」へと向かっていた。馬車に揺られながら、彼は腕に浮かぶ黒い痣をじっと見つめていた。これまでに二つ刻まれた痣は奇妙な模様を描いており、時折じんわりと熱を帯びるように感じられる。


「……この痣は、なんなんだ?」


自分の問いに答える者はいない。ただ、蓮の頭の中には「真実の書」で見た映像が繰り返し浮かんでいた。「鍵」と呼ばれる存在が王女たちを救うたびに消えていく姿――その恐怖が蓮の胸を締め付けていた。


影の国に着いた瞬間、蓮はその国の異様さに息を呑んだ。周囲は絶え間ない霧に包まれ、昼間にもかかわらず薄暗い。建物は歪んでおり、何かがこちらをじっと見ているような錯覚に囚われる。


「ここが影の国……?」


隣に立つのは影の国の王女、アストリア・セラフィーナだった。彼女は冷たい微笑を浮かべ、蓮の手を取り、霧の奥へと進む。


「あなたが来てくれるのを、ずっと待っていましたわ。」


「待ってた……?」


「ええ、私たちには時間がないのです。呪いが深まる前に、あなたに力を貸していただかなければなりません。」


蓮はその言葉の裏にある重みを感じ取ると同時に、不安が胸をよぎった。


王宮に案内された蓮は、アストリアと共に「影の儀式」を行うという部屋に通された。暗闇に包まれたその部屋の中央には、古びた鏡が置かれている。その鏡は、どこかアイリーンの部屋にあった月の光を浴びたペンダントを思わせた。


「この鏡を通じて、私たちの呪いをあなたに渡します。」


アストリアの声はどこか苦しげだった。だが、その瞳の奥には奇妙な決意が見え隠れしていた。


蓮が鏡に近づくと、鏡の中に自分の姿が映る。しかし、それはただの映像ではなく、まるで鏡の中の自分が彼を見返しているようだった。


「……なんだ、これ?」


蓮が後ずさると、アストリアが静かに囁いた。


「逃げないで。この鏡に触れれば、全てが終わります。そして、私たちは救われるのです。」


「救われるって……どういうことだ?」


蓮が問いただすが、アストリアは答えない。ただ、彼に向ける微笑みだけが薄暗い部屋に浮かび上がっていた。


蓮が鏡に触れた瞬間、頭の中に不気味な声が響いた。


「お前の役割は終わりだ――。」


その声と共に、蓮の頭の中にこれまで体験したすべての記憶が流れ込み、同時に、記憶の中に見覚えのない出来事が挟み込まれていく。王女たちと過ごした時間の裏に、蓮が思い出せない「何か」があった。


「お前が望むのは愛か、それとも真実か?」


蓮の視界が歪み、彼の前に王女たち全員が現れる。彼女たちは微笑みながらも、その姿はどこか異形へと変わり始めていた。目が赤く輝き、手足が奇妙に長くなっていく。蓮はその場から逃げ出したい衝動に駆られるが、身体が動かない。


「愛しているのよ、蓮。」

王女たちは一斉に囁く。その声は甘美でありながら、どこか人間らしさを欠いていた。


蓮は意識を失い、気が付くと王宮の部屋に横たわっていた。腕には新たな痣が刻まれている。それを見つめながら、彼は呟いた。


「これは、本当に愛なのか……?」


その問いに答える者は誰もいない。ただ、不気味な沈黙だけが部屋を包み込んでいた。

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