第3話、中途半端な街で

 三津喜に来て、日が落ちるのが早くなってきたと感じる。


 午後五時過ぎ、ひとしは荷物をときはじめた。伯母が使っていたものを使えば良いので持ってきたものはそう多くない。思ったより朝晩涼しいことがわかったので、とりあえず長袖をだしておき、かけ布団を探して押し入れから出してきた。


 ピンポーン。


 チャイムがなり、玄関を見る。今度は何だ。おとといのことがあり、牙狼がまたなにかやったんじゃないだろうかと不安になってしまう。いや、でも、回覧板を回したし、もしかしたら住人の方が何かあってきたのかもしれない。それならそれは仁の仕事だ。


「はい、どなたで……うわ!」

「ひぇ!」


 仁は開けたドアの隙間にそれを見て、飛び上がって尻もちをつき、そのひょうしに壁に頭をぶつけた。


 まるで古いホラー映画のワンシーンだ。夜、目を覚ますと暗闇に男の青白い顔が浮かび上がっている。そいつは目を見開き、大きく口を開けてみせた。太い牙が寝ている人の首筋を狙っている。襲いかかろうという手には、鋭い爪がついていた。あまりに恐ろしく、逃げ出したいのに金縛りにあったように体が動かない……。


 仁は目を大きく開け、口を開けて唇を震わせた。ホラー映画のような大音量の叫びは素人が簡単に出せるものではないと、この時初めて知った。悲鳴どころか、息が止まった。喉だけがむなしく上下する。


 ところが、その男性もまた飛び上がって、驚いたように固まってしまっている。仁に襲いかかってくるつもりはないようだ。よく見れば冷や汗をダラダラ垂らしている。なんなんだこの人……。仁はおそるおそる、そいつに声をかけてみる。


「あ、あの……?」


 まじまじと見てみると、仁がここにきた晩にいた人(?)だと分かった。牙狼が飛び出していったのを一緒に探しにいってくれた人だ。その時と同じく黒い髪に黒い服だから、暗いところに首だけが浮かんでいるように見える。


 男性はびっくりした顔からおびえるような顔になっておどおどと答えた。


「こ、怖い顔ですね……?」

「言われたくないよ! 誰ですか!?」

「ウガリだよ。ええと、吸血鬼。304号室の」


 その男性の後ろからひょっこりと牙狼が首を出す。牙狼よりやや背が低い男性は、申し訳なさそうな表情で、怖々と身をかがめながら仁の顔色をうかがってきた。


「あの、もしかして、怒っていますか……?」

「いや……怒ってません。……痛かったけど」


 仁はやれやれと頭を押さえた。昔から何度も「怒ってるの?」「怒ってない?」と聞かれるので、いいかげんもう面倒になってしまった。ちょっと投げやりな気持ちになってゆっくりと立ち上がる。牙狼が首を左右に傾げながら心配そうに見てくる。


「どこ打ったの? 尾骨? 外矢状稜がいしじょうりょう?」

「それは人間にはありませんよ、ガル夫……」

「あ、大丈夫だから……」

「そう? ともかく、仁さんは怒ってないよう。かっこいい目してるだけだよー」

「そうですか!」


 ウガリと呼ばれた男性は、ぱっと表情を変えた。黒髪に黒のシャツに黒のカーディガン。全身真っ黒ななか、目だけが赤色に光っていた。鋭い牙はともかく、クール系の整った顔といえるだろう。……表情さえキリッとしていればの話だ。


「改めまして、こんばんは、管理人さん。人間の……安和井仁さんですね。わたしはウガリです。そのとおり、吸血鬼ですよ。先程、回覧板を見まして、そういえば挨拶をしていなかったと慌てて伺いました。昨日は参加できず申し訳ありません」

「いや、だから、なんでそんなホラー映画みたいな挨拶……」


 つらつらと話し始めたウガリの言葉の切れ目をようやく見つけ、仁が急いで聞いた。


「驚きましたか? 怖かったでしょうか。新鮮な悲鳴はとても気持ちがいいので。昔は、巨大アトラクションを準備した城や館に人を招いていたのですが、最近ではファストドッキリ、スナック恐怖が主流なのです」


 聞いていた牙狼が呆れたように手を広げてため息をついた。表情からするとあまり良くは思っていないようだ。


「吸血鬼のやっかいな趣味だよ、ほんと。あんまり仁さんに迷惑かけないよーに」

「わたしは興奮して窓を割りませんよ? あなたとは違って」

「牙折るよー」


 うー……っと牙狼が歯茎をむくのに、ウガリは鼻で笑った。この二人は知り合いなんだろうか。同じアパートの住人なんだから知った顔ではあるのだろうが、仲が悪いのか。


「ええーっと……?」

「大丈夫! ここ親戚だから」


 視線に気づいた牙狼がへらっと笑って、自分とウガリを交互に指す。


「そうですね。腐っているのに切れないものは血縁でしょう」


 ウガリがにやりと笑う。どうやら親しい仲のようだ。


 仁は自分が関わってなくとも、誰かと誰かがいがみ合っていたりすると、どうも心臓のあたりがキリキリして居心地が悪くなる。自分でも神経質すぎるとは思うが、これが彼らの仲の良さということならまあ……それ以上何か言うことでもないだろう。


 思い出したというようにパンと手を叩いた牙狼は、にっかりと大きな口でここにきた理由を説明した。

 

「そうそう、なんの話するか忘れちゃってた。街の案内がてら、これからラーメン食べにいかない?」

「ラーメン……」




 連れ立って三津喜みつきの街を歩く。

 紅葉に近づきつつある山が、道の向こうにすぐあるように見えるほど近い。この三津喜市は小さな盆地の中にある。周囲は山に囲まれ、隣の街までは山の間の道を行かなければならない。建っているビルは低いものが多く、そもそもそんなに見当たらない。住宅地の隙間に畑や田んぼが取り残されたようにあった。


「仁さん、あそこのドーナツ、おいしいよ!」

「……東城とうじょうにもあるなあ」

「あの喫茶店、こないだできたばっかり。いっぱい種類ある!」

「全国チェーン店だなあ……」

「そうなの!? ここだけじゃないんだ!」

「う、うん、まあ……」


 東城都とうじょうと区部は平野に広がる都会だ。仁は三津喜みつきに来て、夜の暗さに気づいた。コンビニ以外の店は夜九時をすぎると閉まってしまう。店自体が少ないと牙狼に言えば、むしろここらへんは多いほうだと言われた。


「コンビニにも駐車場がある……」

「だってバスも電車も不便だもん」


 あっさりと言った牙狼に、仁は駅のバス時刻表を思い出す。たしかにすかすかで乗るのに三十分以上待つことになり困ったものだった。電車――ここでは気動車が多いため鉄道という――も本数がなく、東城から吾郡あごおりまでは新幹線ですぐだったのだが、そこから三津喜までがとても大変だった。なにしろ特急がなく、快速も少ない。一時間以上揺られてお尻が痛くなった。


「オレも原付持ってるよ」

「ヒトは歩いて五分の場所でも車に乗りますからね。仁さん、疲れていませんか?」

「あ、俺は大丈夫、です……二駅くらいなら普通に歩きますから」

「二駅も!? すごいねー!」




「そうですねえ……そう、そこの和菓子屋さんのモナカが美味しいですよ」

「うんうん。あんこが美味しいの。濃いお茶に合うんだー」

「鬼グルミをあんこでくるんだお菓子も美味しいですよ。今度、定期集会がてらお茶にしましょうか」


 定期的にアパートの集会があるらしい。優子伯母さんがやっていたのだろうか。


「共用部分のこととか、いろいろ話すことがありますので。ほとんどは世間話ではありますが」

「あ、あそこのお肉も美味しい! 昨日メアリーが買ってきたとこ」

「ガル夫は食べるものばっかりですね」


 牙狼はあちこちの看板を指差し、あそこはなんの店だと説明してくれるが、だいたいは飲食店だ。


「……そういえばウガリさんは吸血鬼なんですよね? ラーメン食べるんですか?」

「そうですね。血のほか、人と同じ食事をするものも多いのです。ワインやトマトジュース、牛乳くらいしか飲まないものもいますが」


 そこに至って、仁は「吸血鬼」の字面を思い出して口ごもってしまう。自分で「吸血鬼なのにラーメン食べるのか」と振っておいて、これだ。ちょっと悪いこと聞いてしまったと、気まずくなる。


「『やっぱり、血を飲むんですか』って?」

「え、あ、ああ、それは……すみません……。


 たいして気にしてない様子で言われると、余計に気まずい。こういうことはよく聞かれるのかもしれない。いちいち聞かれるなんて面倒だろうに。その一方で、やっぱり人間の血を吸うということに薄気味悪さも感じてしまう。


「かまいませんよ。昔は城や館に招いて酒を出し、寝入ったところを吸ったりもしたようです。最近はそのように手間のかかることはしませんね。すれ違いざまに皮膚を切って少量を舐めるくらいでしょうか」

「はあ……」

「自分で言うのもどうかと思いますが、痒くなりませんし傷は治すし病原菌の媒介にもなりませんので、蚊よりはるかにマシですよ」

「なるほど……気づかれないように血を吸うんですか……」


 そうでですねと頷きながら、ウガリは牙を見せて笑った。


「もっとも、わたしは血液センターから廃棄血液をもらってますけれど」

「はい?」

「だって、ちまちまちまちま血を採るの面倒くさいじゃないですか。切り傷からは一ミリリットルも取れませんもの」


 そういうものなのか……? 若いほうがいいとか新鮮な血液のほうがいいとかあるんだろうか。そんな疑問は浮かんだが、考える前に走っていった牙狼が叫んだ。


「あそこのコーヒーも美味しいよ! ケーキもある! 今度行こー」

「……ガル夫とは親戚です。吸血鬼と人狼は古くから混血を重ねてきました」


 ウガリは牙狼に手を振りかえし、仁に振り向いてそっと伝えた。


「いいやつですよ。仲良くしてくださると嬉しい」




「うわあ、立派な蔵がある……」

「そうですね、蔵が残っているところも多い。あそこは漆器店です。この地域の伝統工芸ですよ」

「あっちにはお城があるんだよ!」


 街の中に水をたたえたお堀があって、カモが泳いでいる。そのむこうの石垣の奥に、天守閣が見えた。


「ほんとだ、お城だ……」

「そうです。再建されたものですが、天守閣があります」

「上から市内が見られるから、今度行ってみよっか」

「あ、うん」


 天守閣の一番上には展望台があるらしく、人がいて手を振っているのが見えた。


「オレ、こないだお城の発掘調査手伝ってきたんだよ〜」

「発掘? 恐竜の化石とか?」


 仁は小さいころ科学博物館が好きで、よく連れていってもらった記憶がある。


「うーんとね、古生物じゃなくて、今掘ってるのはヒトの遺跡だよ。本丸御殿だって」

「牙狼さん、考古学者なの?」

「違うよ、オレはお手伝い。土の色が変わっているところを見つけて『ここ掘って!』って言うの」


 ここ掘れワンワン……。なんだか小判が出てきそうだなあ。


「むこうは県立博物館で、その隣が能楽堂。あっちは市民体育館だよ」


 牙狼は大きく手をあげて横断歩道を渡り始めた。慌てて仁は後を追う。ウガリがその後ろからのんびりと着いてきた。




「ここ! 『ラーメン岩梯いわはし』!!」


 歩いて二十分ほど、ついたラーメン屋にはまだ「準備中」の札がかかっていた。


「夜だけやる店なんだ。すぐに行列になるから早めに行こうと思ったんだけど……もうちょっと待ってね」


 まだかなーと牙狼がドアの中を覗こうとする。


「ここのにんにく辛子ラーメンがおいしいんですよ」

「にんにく?」


 あれって吸血鬼の弱点じゃなかったっけ? そんな仁の表情を見て、すぐにウガリが言い添える。


「ヒトだって体に悪いのにタバコを吸ったりアルコールを飲んだりするのでしょう?」

「あー……」

「もっとも、食べすぎて死んだやつもいますけれど」


 けらけらと笑ったウガリ。そうすると、にんにくというのは彼にとって嗜好品なんだろうか。わざと少量の毒をとって楽しむ……。そうだな、にんにくって食べすぎると人間もお腹壊すものな……。


 そんなことを考えていると、ガラガラとドアが開いた。


「ん、お客さんかい?」


 マスクをした男がぬっと出てきて、仁と目があって思わず後ずさった。


「うお!? びっくりした。ええと、あんちゃんは……?」

「驚かないで。うちの管理人さんだよう」

「おお、ガル夫ちゃんとこの管理人さんか、そら悪かった。ウガリさんも。よければお三方、入ってくれるかい?」

「大将、まだ早くないですか?」


 ウガリが聞くと、店主は頭に手をやって困ったように答えた。


「いや、それが花粉症で……薬が切れてしまって鼻が詰まっててね、味があんまりわからないんだ。試しに食べて味を見てくれると助かるんだけど……」




 そういうことならと三人は店に入り、カウンターに並んで座った。


「ウガリさんはいつものニンニク辛子ラーメン、ガル夫ちゃんはネギ抜きチャーシューチャーハン、そんで……」

「仁さんは?」


 メニューにはいくつものラーメンの写真が並んでいる。醤油系だ。チャーシューも美味しそうだけど――。


「えっと、じゃあこのネギ味玉を……」

「はいよー」


 麺を茹で、湯を切ったと思ったらすぐにラーメンが出てくる。どんぶりに半分の量だ。割れた味玉と、たっぷりのネギがのっている。ほかほかと湯気がたちのぼり、鼻がむずむずとする。


「あ、おいしそ……」


 コシのある太めのちぢれ麺をすすると、やさしい醤油の香りがした。スープは豚ガラと煮干しだろうか。クセがなくあっさりした味わいが口の中に広がる。シンプルだけどコクがあるというやつだろうか。うん、おいしい。


「どうだい?」

「チャーシューおいしいよ! でも、チャーハンがちょっとしょっぱいかも」

「麺はちょうどいいですね。スープは……確かに少し塩辛い。あと、煮干しが強い気がします。スープ自体というより、バランスでは?」


 大将はうむむとうなった。


「うーん、そうかあ。日によってタレとスープの量を調整してるから、気持ち加減してみよう。もう一杯食えるかい?」

「ええ、喜んで」




「あ、お客さん並び始めたね」


 満足いく味わいが決まった頃、入り口の外に列ができ始めた。食べ終わった三人は席を立つ。


「ありがとうね、味見してくれて。今日はタダだ、またきておくれよ」

「お役に立てて何よりです」

「ありがとう!」

「ありがとうございます」


 店主は暖簾の準備をしながらガル夫たちを送り出す。


「そういや窓は直ったのかい?」

「まだ!」

「そうか、風邪ひかないようにね」


 あたりはだいぶ暗くなっている。店を出て、仁は大きく伸びをした。ラーメンの熱さがちょうどいいほど、寒くなってきたなあと感じた。三津喜の冬は厳しく、雪も積もるのだという。今の仁にはあまり想像がつかない。


「食べたあ……」




「仁さん、美味しかった?」

「うん、美味しかったよ。……また行きたいな」

「そりゃあよかった!」


 変則十字路を曲がって住宅地に入る。店の明かりや街灯も少なく、いっそう暗くなる。牙狼とウガリの手首に、ピカピカ光る腕輪のようなものが見えた。なんだろ。お祭りで買ってもらった光るブレスレットを思い出した。


「ん? あ、これね、前に満月のとき車にひかれそうになって買ってもらったの。きれい!」


 牙狼は自慢げに見せてくる。ああ、お散歩わんちゃんの光る首輪みたいなものか。ウガリのほうは不満そうである。


「ガル夫に『つけなさい』と言ったら、わたしがつけるならって言われましてね……」

「ウガリだって黒ばっかりで目立たないじゃん?」


 視界のすみを自転車がすっと走りさっていった。黒い上着で、ライトがなかったら気づかなかっただろう。


「仁さんもいる? オレは見えるけど、ヒトはあんまり見えないみたいだから」

「俺も?」

「キラキラピカピカ、カッコいいよねー」


 牙狼は嬉しそうにスキップをして先に行ってしまう。ぶんぶん振られた腕の光が丸く線を描いた。


「……なんか、普通に暮らしてるんですね」


 隣を歩くウガリにぽつんとつぶやいた後、「あ、これダメだったかな」と思い直し、急いで言い訳を考える。


「すみません。人じゃないっていうので、その……」

「いや、こちらもすみませんでした。仁さんは怒っているわけではないとガル夫から聞いてはいましたが」

「あ……」


 思わず仁は目を手で隠そうとする。


「大丈夫です、少しわかりましたから。でも、本当に怒っている時は怒っているようにみせたほうがいいですよ」

「は、はい……」


 ウガリは歩きながら、ちらほらと明かりの灯った街を見回す。広い庭からは虫の声がし、気動車の音はガタンゴトンと響く。


「そうですね。この街はいろいろ中途半端で暮らしやすいです」

「中途半端……」

「街の大きさも、人の多さも、人付き合いも……わたしたちのような中途半端なものにはちょうどいい」


 わかったようなわからないような。なんて返したらいいのかわからなくて、あいまいに視線をさまよわせると、ウガリは先ほどと変わらない調子で付け加えた。


「あなたが気にいるかはわかりませんが、いいところですよ」




 アパートが見えてきた時、牙狼が手を傾ける仕草をした。


「この後、うちで一杯どう? いい日本酒があるよ」

「いいですね。仁さんも、飲めないのでしたらサイダーなど準備いたしますが」

「酒は、少しは。そ、それじゃあ……」


 会ったばかりなのにそこまで信用していいのかと思ったけれど、この機会を逃したくないとも思ってしまった。明日は疲れて使い物にならないかもしれないが、なんとなく、それでもいいかと思えた。ええい、なんとでもなれ!


「すこし寄らせて、もらいます」




「どうぞー」

「お邪魔します……」


 牙狼の部屋に入ると、失礼ながら思ったよりきれいだった。少なくとも、今は荷物が出しっぱなしの仁の部屋より片付いている。ウガリは一度帰ってから来るらしい。まだ暖房は出していないんだな。いつ頃出すか聞いておいたほうがいいかもしれない。


「これだよ、『堕雷児だらに』。いい酒」


 水が入った銅鍋を火にかける。その間に一升瓶を持ってきて、小さな陶器のとっくりに注いだ。とろりとした香りが立って、いかにもいい酒の雰囲気を漂わせる。そういや牙狼は若く見えるが、酒が飲める歳なのだろうか。いや、人ではないのだから未成年飲酒も何もないだろうが。


「どうしたの?」

「ええと……その、そうだ、牙狼さんっていくつですか?」

「んと、待ってね。今年が……ええと、うん、七十六くらいかな。おつまみは何がいい? 羊羹ようかんあるよ」


 思ったよりはるかに歳上だったので、一瞬、仁は言葉を失った。両親より歳上じゃん。祖父母と同じくらい?


「あれ、羊羹嫌い?」

「……いいですよね、酒に甘いのも!」


 とっさに返してしまったが、仁の父は焼酎にショートケーキを合わせる人だったからあまり抵抗はない。仁もしょっぱいより甘いほうが好きなので文句もない。けれども、まだ頭の中ではつまみのことより牙狼の年齢でいっぱいだった。仁より少し年下に見え、とても七十過ぎには思えない。いや、人間ではないんだから、比べようがないのだろうが……。


 そこにドアが開いて、ウガリが入ってきた。手には何かを持っている。


「はい、お待たせしました。わたしも今日は飲みたい気分でして」

「ん?」

「こっちは赤、こっちが白です」


 ワインみたいに言うが、「赤血」と「血漿」とラベルに書いてある。どう見ても人間の血液だ。それも白のほうは大きいパックに少ししか入っていない、つまり飲みかけじゃないか、それ。


「やっぱり人肌が良いですね」

「待って。一緒に温められるとちょっと、こう、気持ち的になんか嫌……」

「そうですか?」

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