第2話、みんなでバーベキュー
あわい荘101号室。キラキラとした光が差し込む午後のこと。
大騒ぎの後、ひと眠りした
写真はにっこりと笑ってみたが、なんだかわざとらしく、余計に怖い……気がする。怖がられないように、趣味のこととか好きな漫画も書けばよかったかな。いや、それはちょっと馴れ馴れしすぎるか。うーん、第一印象って難しい。
「『ひったくりに注意』……と」
自己紹介の紙と一緒に注意喚起の紙を挟む。今朝がた警察のお世話になったところ、警官さんに「最近多いから注意してくださいね」とチラシを貰った。そういうわけで、自己紹介のついでにお知らせしようと思ったのだ。
回覧板を閉じたところで、ピンポーンとチャイムがなった。仁がドアを開けるか開けないかのうちに、呑気な声が飛び込んでくる。
「仁さーん!」
「あ、はい。こんにち……こんにちは」
ドアを開けると、102号室の東尾牙狼が立っていた。大きな口を開け、妙に嬉しそうにしている。仁は思わずギョッとして、さすがにそれは失礼だと平然を保って挨拶をした。
昨夜知ったことだが、この牙狼は人狼であり、満月の夜に狼人間になる。信じられないことだが、この目で見てしまったのだからしかたがない。一方、仁は恐ろしい目つきをしているが一応、人間である。このアパートの新しい管理人になったはいいが、人外が住むとは聞いていなかった。人間は嫌いだが、人でなければいいとも言ってない。
「ええと、牙狼さん……どうしました?」
牙狼は相変わらず仁を怖がる様子もない。大きく手を広げて、にこにこと話しかけてきた。
「仁さん、今からバーベキューやらない? 迷惑かけちゃったお詫びと、歓迎会!」
「え、今から……!?」
「スペアリブがあるよ!」
牙狼がとてもいいことであるかのように叫ぶ。迷惑って……誰のせいだと思ってんだ。昨夜、狼人間に変身して校庭を飛び回っていたのはどこの誰だと思っているのだ。半日寝たら忘れそうになったが、あの非現実的な光景は夢じゃなかった。
「で、でも、俺……」
「どうせ、まだ自炊できないでしょー?」
「はあ、まあ……」
届いていたダンボールを見て、まあそれはそうだなと仁は思った。冷蔵庫や炊飯器もまだないし、買い物にも行っていない。しかし会った次の日に一緒にバーベキューなんて、恥ずかしいし、なんだか親切すぎて怖いじゃないか。
「やろ! やろ! 野菜も焼くから!」
牙狼は大きな子供のようにはしゃいでいる。それを見ると、いいえ行きませんとは言えない雰囲気だ。
「う……うん……」
「やったあ! じゃあ、庭で待ってるよお!」
去っていく牙狼のお尻に、大きく揺れる尻尾が見える気がした。
簡単に押し切られてしまった。はっきり嫌といえない、そんな自分にがっかりする。ここまで人の頼みを断るのが苦手だとは思わなかった。この顔のおかげで物を頼まれることがあまりなかったから。
仕方なく仁は庭に出て行って、バーベキューを手伝うことにした。バーベキューなんて小学校の時以来じゃないか。肉に群がる人の輪に入っていけず、隅っこで野菜を食べていた記憶が思い出される。……ろくな思い出じゃない。
昨日、牙狼が突き破った窓にはブルーシートが貼られている。落ちたガラスはフランケンシュタインの怪物が「片付けておきます」と言ってた通り、きれいになっていた。
これも付き合いだ。アパートの人が来ると言っていたから、顔合わせにはなるかもしれない。そう思おうと、仁はいる人(?)たちを見回す。ちょうど怪物とゾンビがバーベキューのグリルを出してきたところだった。昨日の夜はそこまで気が回らなかったが、改めて見ると、人ではないものがごく普通に歩き回っている光景が信じられない。
「何かやりますか?」
そこに包丁とまな板を抱えて走ってきたのは人狼の牙狼。手をブンブン振るのはいいのだが、刃をこちらに向けているのは実に危険人物だ。ほんとに、はしゃぐと周りが見えなくなるんだな……。
「仁さーん!」
「牙狼さん、刃をこっちに向けないで!」
「はあい! あ、そうだ。仁さん、紹介するよ」
牙狼が、さっと包丁をおろした。それから、そこにいた人を指差して紹介する。
「こっちから死体。そして死体。それから死体の寄せ集め、です!」
「よせやい」
照れたように笑ったのは背の低いゾンビ。向かって右からゾンビ、ミイラ、フランケンシュタインの怪物である。
「おれは202号のロム、見ての通りゾンビだ。よろしく」
「は、はあ……よ、よろしくお願いします……」
「こっちはミイラのネヘブ。出身はエジプトらしい」
「『様』をつけろと言ってるだろ」
包帯を巻いたミイラはえへんと胸を張ってなぜか偉そうだ。十歳くらいの少年に見える。一方、服装はゾンビと同じくラフな格好だ。そこらのやんちゃな小学生と言ってもとおるだろう。
「おまえはちゃんとボクを敬うんだぞ」
「こう見えても四千年は前の死体だからな。たいていの人間にとっては立派な先人だ」
「はあ……」
ロムに言われ、仁は世界史を思い出そうとする。エジプトで四千年前というとピラミッドを建てた頃だろうか、それともツタンカーメンの頃だろうか。仁は大学受験のための勉強をしたことがないので忘れている。日本だと……まだ縄文時代?
「そして、つぎはぎ死体のヴィック。翻訳家で小説家の先生様だよ」
「よろしくお願いします。楽しんでくださいね」
「あ、よろしくお願いします……俺は、安和井仁で……」
紹介されたヴィックが大きな手を出してきたので、こちらも手を出さないわけにいかない。指の長さと太さ、皮膚の色がばらばらだ。死体の手を握るなんてゾッとするのだが、ヴィックは思いの外優しく手を握ってきた。温度のない乾いた手。ゾクっと背筋に冷や汗がつたう。その反応を見て、ヴィックはすまなそうに身をかがめた。
「申し訳ありません、消臭はしているのですが……」
「そいつはえらいけど、そういうことじゃないと思うぜ?」
ロムが軽く手を上げて首を振ってみせた。
「さあ、火を起こしましょうか」
パンと手を叩いて言ったのは、今朝のナイトキャップの美少女。エメラルド色のサングラスが似合う。しかし人と違うのは、髪の毛の代わりにいくつもの蛇がうごめいていることだった。どこかの神話に出てきたやつだ。
「ええと、メドゥーサだっけ……?」
「彼女はゲーアちゃん。ゴルゴーン一族の末娘なんだって」
牙狼が紹介する。一族ということはこういうのが他にもいるのか……。見ると腕は金属のようで、義手にも見えた。牙狼と仁を見つけると、かわいらしく手を振ってみせる。
「ふふふ……こういう並行作業はあたしに任せてくださいな」
そう言うなり、ゲーアは着火ライターを手にする。丸めた新聞紙の上に木炭を組んで火をおこした。その一方でピーマンやナスを切り、ジャガイモとタマネギをアルミホイルに包み、牛肉を串に刺し……。それと同時に火をうちわであおいで……。
「なにせ、それぞれの蛇に脳があるので! マルチタスクは大得意!」
そう言いながら、ゲーアの手は白くなってきた木炭の上に生の野菜を乗せていた。
「あ!」
「あーあ。手は二つだから……」
「
「まだ仕事だってさ」
牙狼の疑問に、ミイラのロムがテーブルとイスを出しながら答えた。由羅さんと雪子さん……住人のかただ。名前だけは知っている。……やっぱり彼らと同じで人外なんだろうか。都会にいた時はまったく知らなかったが、こういうのがうじゃうじゃいるものなのか?
「そりゃ残念だね」
「みんな集まれるときにすりゃいいのに」
「だって今やりたかったんだもん。またやろうよ」
牙狼が骨付き肉を切り分け、二重にしたビニール袋にいれる。なかには焼肉のタレ……かな。
「仁さん、おねがい、袋開けててー」
「あ、は、はい……」
言われて袋の口を開ける。肉を入れ、よく揉み込む。うん、美味しそうなにおい。
「スペアリブこれだけ?」
「ゼイタク言わないでください」
ヴィックが包丁を片付けながら言った。牙狼はしゅんとなって指を咥える。
「もっとお肉食べたい……」
「ラーメン屋から豚骨もらってるでしょうに」
その時である。三階建のアパートの屋上から女の声がした。
「ふーふっふっふっ。遠からんものは音にも聞け、近くば寄って目にも見よ、私こそ山の端の魔女、メアリー・トリウィア。祭儀と聞き、ここに推参!」
すたっと回転して庭への着地は十点満点。赤い長髪、緑色の目、黒いパンツスーツの彼女の手には、鳥のマークが描かれた大きな買い物袋がぶら下がっている。
「今日が休みでよかった! ちょっと、声かけなさいよ」
「やあ、メアリー。耳ざといね」
「トリビア? ……役に立たない、豆知識?」
仁はいきなりのことに理解が追いついてない。その間にも、牙狼はメアリーの持つ袋に鼻を突っ込んでいた。
「メアリー、ありがとう! お肉だー! 牛肉だあー!」
「神のため火を焚くならば、肉を焼かなければならないのは当然のこと」
「えーっと……」
乱入者を見てうろたえる仁に、ヴィックがわかりやすく説明した。
「要するに、彼女も肉を焼いて食べたいってことですね」
「こんにちは、私はメアリーです。近所の人間ですよ。仁さんが新しい管理人なんですね」
「は、はい」
仁は慌てて眼鏡をなおし、おどおどと彼女を見る。
「変なやつらだけど悪い人ではないから。こちらが気をつけていれば気のいい人たちです」
「そ、そうですか……」
そんなこんなでバーベキュー……というより、ほぼ焼肉になった。牙狼は肉を骨ごと噛み砕いて食べている。ゴリゴリ、バキバキといった音を聞くと、昔、骨折した腕が痛む気がする……。
「ガル夫、その肉、まだ焼けていませんよ」
「そうかな? よくわかんないや」
牙狼は首を傾げて赤い肉を見る。ヴィック、ロム、ネヘブの死体組は野菜中心に食べていた。肉を食べると死臭がキツくなるのだという。聞かなきゃよかった。一方、メアリーは持ってきた肉を焼いてひたすら食べていた。ゲーアの持ってきたワインも出されて、昼間っから一気に飲み会の雰囲気になる。……彼女は未成年に見えるがいいのだろうか?
「仁さんはお酒飲めるの?」
美しい顔を寄せてゲーアが聞く。かわいい女の子にこんなに近づかれたのは初めてで、仁はドギマギしてしまった。
「あ、はい……。少しは……」
「ワインは好きかしら?」
「あ、赤は渋くて……」
「そう。大人の男には渋みも必要だと思うけど」
頭の蛇たちがじろじろ睨んでいる気がして、ワインの味がわからない。ゲーアは拗ねたように仁の脇腹をつねると、隣のヴィックの方に向かう。ヴィックにもワインを注ぎ、胸を押し付けるようにしだれかかった。
「絶世の美少女にお酌されて嬉しいわねえ?」
「申し訳ありませんが、そういう人をからかうようなことはやらないほうがよいかと……」
「なによ、なんか不満?」
むっとしてゲーアが言い返す。
「私の好みはもっとこう……デカいボインでして……できればお尻も……」
「ああ!? 四ヶ国語話せる脳で言うことがそれ!?」
「個人的な好みの話ですので、あなたが怒ることではないかと思いますよ」
機嫌を損ねたゲーアがじだんだを踏む。
「失礼! もう、婚活失敗してしまいなさいな!」
「ははは、運命の相手が見つかるまでやりますよ」
「仁さん、焼けたよ。食べる?」
「いや、もう……はいらない、です」
肉は順調に減っていき、焼けた肉を端に寄せ、残った野菜を焼き始める。アルミホイルに包まれたイモが食べごろだ。仁はあちこちから肉や野菜を取り分けられ、もうお腹いっぱいだった。そんな和気藹々とした雰囲気の中。
「きゃー!!」
いきなりの悲鳴に全員の耳がそちらに向いた。目の前の狭い道路を、スクーターに乗った迷彩柄の服の二人組が走っていく。その手にはバッグ。来た方向には高齢女性が倒れていた。そういえば警察からひったくりの注意喚起が来ていた。
「仁さん、彼女を。ヴィック、連絡」
「わかった」
ロムに指示され、ヴィックがスマホを取り出す。仁もはっと立ち上がって倒れた彼女に駆け寄った。ロムとゲーアが出ていってスクーターを追った。しかし走っては追いつけない。これでは捕まえられないとゲーアが腕を飛ばす。
「行け! 『黄金の電光、不死の翼』超スーパーエクストラめっちゃつよいパンチ!」
彼女が構えると、金属の腕が火を吹いた。その瞬間、発射された右腕はまっすぐに飛んでいき、スクーターのひとつにあたった。スクーターが吹っ飛び、乗っていた人間が転がりおちる。
「やったあ!」
「バッグはもうひとりか……ガル夫!」
「あいよー」
ロムが呼ぶ前に、牙狼が追い越していった。そのまま、もう一台のスクーターを追いかけていく。
倒れたスクーターに近づくロム。ゲーアの右腕を拾い上げた。痛そうにヘルメットを押さえ、男性が立ち上がる。
「くそ! なんなんだよ、おまえら!」
男はポケットから折りたたみナイフを出し、ロムに向け、振り回した。
「なにって……死体?」
それをかわすことなく、ロムの首が刺される。首に刃が食い込んだ。生の肉ではない感触。血が出るはずもない。生きているものではありえない。
「痛いじゃないか、死体損壊だぞ?」
言うほど痛そうなそぶりさえ見せず、ロムが言った。男性は気色悪そうに顔をしかめる。
「警察を呼んだから、それまで大人しくしてくれないか? なァ?」
「大丈夫ですか!? ケガは……」
仁は女性に駆け寄って助け起こす。見た限り、大きいケガはないようだ。やってきたゲーアが左手で、走ってきた車に避けるよう指示を出した。女性は座り込んだまま、おろおろと何かを探している。
「あの、バッグが……バッグ……」
「ええと。おケガはありませんか? あの、バッグは……警察も呼びましたので……」
女性は混乱しているようで、自分のケガよりしきりにバッグを気にしている。なんと声をかけたらいいかわからない仁の後ろから、ゲーアが自信満々に言った。
「今、追いかけてるから、すぐ捕まえますわよ。あいつらなら大丈夫ですから」
「な、なんだあいつ……」
ひったくりがミラーに見たのは牙狼が走って追ってくる姿だった。まったく遅れずについてきて、スクーターにひょっと並んできた。五十キロは出ているんだぞ? なんだこいつ。
「やあ! バッグ返してもらえますかー?」
並走され、真横から声をかけられて男性がギョッとする。怯えるようにスピードを上げた。それでも牙狼は遅れずについていく。男性はバッグを持ったままだ。投げ捨ててくれればいいのになあと牙狼は思ったが、そんなことを考える余裕もないようだ。
「事故られると困るんですよう……」
迷彩服の男性は逃げきれないと思ったのか、スクーターを投げ捨てるように降り、木々の多い公園へと隠れるように入っていった。人の目では緑のなかの迷彩服は見つけにくい。
しかし牙狼の目は違う。赤色の識別がしにくいが、白黒の濃淡はよく見えるのだ。つまり、牙狼の目に迷彩柄は意味がない。おまけに匂いが案内してくれている。
慌てた男性はわたわたとしてバッグを牙狼とは逆に放り投げた。牙狼が気を取られている間に逃げようとしたのだろう。しかしそれをキャッチしたのは、魔女メアリーだった。
「つーかまえた!」
メアリーがバッグを取ったのと同時に、牙狼は膝を大きく曲げ、地面を蹴って飛びかかった。そのまま男性の肩を地面に押さえつける。肩を押さえられ、男性はすっかり怯えてしまった。その横にやってきたメアリーが言い放った。
「魔女の一撃と警察、どっちがいい? どっちもやるけど」
「やあ、お手柄でしたね」
「でしょ、でしょ?」
やってきたのは今朝の警官だ。
「これは明日の朝刊に乗りますよ! 感謝状も出るかもですねえ!」
「わーい! さっすがあたし!」
「よかったじゃねえか、ゲーア。なァ?」
そう言いながらロムはかたむいた首を直し、仁の背を叩いた。
「仁さんもありがとな」
「い、いや、俺はなにも……」
仁はロムに言われてようやく動けたし、女性のところに行ってもなにもできなかった。
「なに、ああいう時は人手があったほうがいいんだ。あのおばあちゃんのそばについててもらっただけでもいいのサ」
「そういう……もんですか」
ロムやゲーア、牙狼たちと一緒に感謝されるには少し気が引けたが、それでも解決できたのはよかったと思う。
「あ、そういや火はどうなってるんでしたっけ?」
「大丈夫、ヴィックとネヘブが見てるから」
「ああ、おかえりなさい。お疲れさまです」
「おう、悪かったな。まかせちまった」
すっかり暗くなった頃。警察からの聴取から帰ると、ヴィックとネヘブが待っていた。二人はみんな出ていってしまった後、後始末をしていたのだ。焼けた肉や野菜を皿に避難させて、火の始末をして網を洗って……。
「大変だったんだよ?」
「ああ、ありがとな、坊ちゃん」
「ハルピュイアもくるし……」
空から大きな鳥のような何かが飛んできて、肉を狙った。それは鳥に見えるが、人の顔と胴体をもっている。ネヘブがしっしと追い払うのだが、しつこくやってきては肉をついばもうとしたのだという。
そう説明するネヘブの後ろに、その鳥が舞い降りる。
「ケケケケ、おニク、おニクない?」
ネヘブが腕を振り回してどなった。
「こらー!」
鳥が慌てて逃げていく。
「うーん、ゴミを散らかされないようにしないとですね……」
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