第9話 命を紡ぐ手

その日も祐介は、前回の経験を胸に患者のケアに臨んでいた。夕方のラウンドで担当患者の一人を訪れたとき、何かがおかしいと直感した。患者は70代の女性で、入院当初から穏やかな表情を見せていたが、今日はどこか違う。


「○○さん、どうされましたか?」

祐介が声をかけるも、患者はぼんやりとした目を祐介に向けるだけで、返事がない。


「……高橋さん、少しいいですか?」

祐介はすぐに高橋美咲を呼びに行った。


美咲がベッドサイドに到着すると、祐介は患者の状況を説明した。

「今までは反応がしっかりしていたんですが、今日は意識がもうろうとしている感じがします。話しかけても応答が鈍いんです。」


美咲は患者の顔をじっと見つめた後、冷静に祐介へ指示を出した。

「まず、意識レベルを確認して。名前を呼んで反応があるか、手を握って力が入るか試してみましょう。」


祐介は緊張しながらも患者の名前を呼び、右手を軽く握った。しかし、患者の反応は薄く、力がほとんど感じられなかった。

「左手も握ってみて。」

美咲の言葉に従い、祐介が左手を握ると、右手よりもさらに力が弱いのがわかった。


「次は瞳孔の確認ね。ペンライトを使って光への反応を見てみましょう。」

祐介がペンライトを取り出し、瞳孔に光を当てると、左右の反応に微妙な違いがあるのがわかった。


「左右で差があります……これってもしかして……」

祐介の頭に、高橋から以前教えられた内容がよぎる。「四肢の運動や瞳孔反射の左右差がある場合は、脳に何らかの問題が起きている可能性がある」という言葉だ。


「そうね。脳の問題が疑われるわ。」

美咲はすぐに医師を呼ぶよう祐介に伝え、祐介はナースステーションへ駆け出した。


「どうしました?」

駆けつけたICUの井上医師が、患者の状況を聞くと、即座に診察を始めた。落ち着いた口調と確実な動きで祐介の緊張を和らげるような雰囲気を作り出す。


「意識レベルの低下に加え、右側の四肢に麻痺が見られますね。MRIを撮りましょう。」

井上医師の判断で患者は検査室へ運ばれ、その後、脳梗塞の初期段階であることが判明した。すぐに治療が開始され、幸いにも早期対応のおかげで後遺症を残さずに済む見込みだという。


祐介が安心した表情で患者を見つめていると、井上医師がそっと声をかけた。

「祐介くん、君が気づかなかったら、この患者さんの未来は大きく変わっていたかもしれないよ。看護師は医師よりも患者と接する時間が長い。その分、小さな変化に気づける力が重要だ。」


「でも、僕はまだ知識も足りないし、自信もなくて……」

祐介が言葉を詰まらせると、井上医師は優しい笑顔を浮かべて答えた。

「自信なんて、経験を積んで自然とついてくるものだよ。それよりも大事なのは、患者のために動こうというその気持ち。今日の君の対応は、その気持ちがあるからできたんだ。」


その日の帰り道、祐介はふと空を見上げた。患者の小さな変化に気づけたのは、美咲からの教えのおかげだ。そして、これからも自分は患者の「命を紡ぐ手」として成長していきたい。


「高橋さんや井上先生みたいになれる日が、いつか来るんだろうか。」

そうつぶやいた祐介の目には、強い決意の光が宿っていた。



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ここまでお読みいただき、ありがとうございます。もしこの作品を楽しんでいただけたなら、ぜひ評価とコメントをいただけると嬉しいです。今後もさらに面白い物語をお届けできるよう努力してまいりますので、引き続き応援いただければと思います。よろしくお願いいたします。


こんな小説も書いています

呪医の復讐譚:https://kakuyomu.jp/works/16818093089148082252

ナースたちの昼のみ診療所:https://kakuyomu.jp/works/16818093088986714000


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