第10話 交差する思い

仕事終わりの金曜日、祐介たち1年目の看護師は「1か月お疲れ様」の打ち上げをするため、居酒屋に集まっていた。初めての職場、慣れない業務に追われた日々だったが、同期たちの顔にはどこか晴れやかな表情が浮かんでいる。


「乾杯!」

斉藤萌香の明るい声で始まった打ち上げ。ジョッキを掲げて乾杯する音が響き渡る。


「やっと1か月乗り越えたね。最初はマジで辞めるかと思ったけど、今は楽しくなってきたかも!」

萌香がビールを一口飲んで笑顔で言う。祐介も同じ気持ちだった。


「俺もそうだよ。でも、やっぱりICUって難しいよな。毎日が勉強だよ」

祐介が苦笑いしながら答えると、大谷翔が冷静に相槌を打つ。


「確かに。でも逆に、これだけ経験できるのは貴重だよ。手順を覚えるだけじゃなく、全体を見る力も身につくし」

翔は自信ありげに言い、箸で刺身をつまむ。


橘玲奈がその話に乗っかるように言った。

「そうね。ICUだからこそ学べることは多い。でも、それには自分で考える力が必要。指示を待つだけじゃ話にならない」


その言葉に、祐介の胸がざわついた。どこか、自分を否定されたような気がした。


「…指示を待つだけって、誰のこと言ってんだよ?」

思わず言い返した祐介の声に、場の空気がピリッとする。玲奈はジョッキを置き、祐介をじっと見つめた。


「別に誰のことでもないわ。ただ、仕事は熱血だけじゃどうにもならないって話。大事なのは、冷静に状況を判断して動けるかどうか。それがプロでしょ?」

玲奈の言葉は一見冷静だが、その奥には挑発的な意図が見え隠れする。祐介の頬が熱くなる。


「熱血が悪いのかよ。俺は、命を守りたいって気持ちが一番大事だと思ってる。それがないと動けないんじゃないのか?」


「気持ちだけで何ができるの?」玲奈は鋭く返す。「患者さんが急変したときに必要なのは、知識と判断力。それがなかったら、結局誰も助けられないのよ」


言葉の応酬に、萌香が慌てて止めに入る。

「ちょ、ちょっと!祐介も玲奈も落ち着いて。せっかくの打ち上げなんだからさ、ケンカしないでよ」


翔もフォローするように口を挟んだ。

「二人とも、言ってることは間違ってないと思うよ。ただ、大事なのはバランスじゃないかな。熱意も判断力も、どっちも必要だろ?」


その場は何とか落ち着きを取り戻したものの、祐介と玲奈の間には微妙な空気が残った。


食事が進む中、萌香が話題を変えた。

「ところでみんな、将来の目標とか考えてる?私は、いつか患者さんに『あなたがいてくれてよかった』って思ってもらえる看護師になりたいな」


彼女の言葉に、祐介も気を取り直して口を開く。

「俺は、どんなに苦しい状況でも患者さんに寄り添える看護師になりたい。命の最前線に立って、助けられる限り助けたいと思ってる」


その言葉を聞いた玲奈が、小さく笑った。

「らしいわね。でも、私はどんな状況でも自分を見失わずに対応できる看護師が理想かな。冷静で、正確で、誰からも信頼される存在になりたい」


三者三様の目標に、翔が軽く笑いながら言う。

「みんな熱いね。俺は、もっと効率的に動けるようになりたい。無駄を減らして、患者さんにもスタッフにもストレスが少ない方法を追求するのが目標かな」


それぞれの目標を語り合う中で、祐介は改めて自分の信念を確認した。玲奈とは対立してしまったが、彼女もまた真剣に自分の道を考えているのだと気づく。


飲み会が終わるころ、祐介は玲奈に近づき、小さく頭を下げた。

「さっきはごめん。俺、つい熱くなっちゃった」


玲奈は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに口元に微笑を浮かべた。

「こっちこそ。悪気はなかったんだけど、少し言い過ぎたわね。でも、私たちが真剣にやってる証拠じゃない?」


その言葉に祐介も笑い、互いに軽く手を振って別れた。同期たちとのつながりを感じながら、祐介は次の1か月に向けて新たな決意を胸に刻むのだった。



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ここまでお読みいただき、ありがとうございます。もしこの作品を楽しんでいただけたなら、ぜひ評価とコメントをいただけると嬉しいです。今後もさらに面白い物語をお届けできるよう努力してまいりますので、引き続き応援いただければと思います。よろしくお願いいたします。


こんな小説も書いています

呪医の復讐譚:https://kakuyomu.jp/works/16818093089148082252

ナースたちの昼のみ診療所:https://kakuyomu.jp/works/16818093088986714000





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