第7話:第六騎士団(5)
木々の間を縫うように走る。
第六騎士団の訓練所は、まるで帝都外縁の森を切り取ってきたかのような広大な自然が広がっていた。
おそらく実戦を想定してのことだろう。
魔獣の多くが森に住んでおり、戦いのほとんどが森の中で繰り広げられるのだから。
そんな訓練所内の森の中を、僕はおもりを装着しながら、走っているのだ。
「おい、カナン!遅れているぞ!」
怒号にも似た掛け声が、僕の前方の奥の方から聞こえてくる。
僕はその声の主をかろうじて目で捉えることができた。
そこには、僕よりも重いおもりを付けながら、先頭を走る女性がいる。
その女性は、僕が配属された第六騎士団第三部隊の部隊長、ペーター・アロリーナだ。
僕は訓練所に到着後、すぐに第三隊部隊に配属だと指名され、第三部隊の訓練に同行している。
アロリーナ部隊長の次に続くのは、僕と同部屋のフラハードだ。
その他にも、第三部隊のメンバーがフラハードの後ろに続いている。
振り返ると、僕の後ろには誰もいない。
つまり、僕は第三部隊のメンバーの中で1番後ろを走っているのだ。
僕も体力に関しては決して弱い方ではない。
もっと言えば、同世代の中では、かなり強い部類に入るだろう。
皇族は優秀な血統を重んじているため、武力、体力、知力においても、生まれながらにして優秀であるはずなのだ。
それなのに、僕が全力で走っているにも関わらず、アロリーナ部隊長に全く追いつく気配がない。
逆に、どんどん差が開いている。
先ほど目に捉えていた団長の姿はすでになく、その後ろを走る第三部隊のメンバーも米粒程度の大きさで、かろうじて見えているぐらいだ。
何とか追いつこうと足を動かすが、背中に装着しているおもりが重く、なかなか足が出てこない。
これは、この森ランの前にアロリーナ部隊長から渡されたものであり、第三部隊の全員が装着して走っている。
しかも、僕は初めてということで、他の団員が持っている者よりも軽いおもりになっているらしい。
ただ軽いと言っても、10kgはあるだろう。
「もっとペースを上げろ!カナン!」
そんな言葉だけが僕の耳に届く。
「はぁ...はぁ...はい!」
僕の呼吸は乱れまくり、何とか声を振り絞って答える。
だんだんと喉から血の味が広がってきた。
とにかく苦しい。
だが、僕はがむしゃらに走り続ける。
皇族としてのプライドか、それとも生への執着か。
おそらくどちらでもない。
ブライス団長から与えられた『生き残れ』という言葉が、この足を動かし続けているのだ。
今にも見えなくなりそうな第三部隊の団員を見失わないように、僕は走り続けたのだった。
◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎
現実は残酷だ。
力の限り走っても、すぐに第三部隊のメンバー全員が目で捉えられなくなった。
そして、1人で走り続けて数十分は経つ。
1人になったとしても、僕は足を止めることはなかった。
すると、森を抜けた広場に第三部隊のメンバーがいるのが見えた。
木々の間から差し込む陽光が、汗に濡れた地面を照らしている。
第三部隊のメンバーたちは、まるで日向ぼっこする猫のように、その光の中で息を整えていた。
僕は息も意識も途絶えそうになりながら、何とかその場所にたどり着く。
「遅れ...て...すみま...せん...」
もうまともに言葉を発することもできない。
そして、僕はそのまま地面に倒れ込む。
地面に接したからなのか、とてつもなく速い心臓の鼓動が全身で反響しているようにうるさい。
「仰向けになり、ゆっくりと息を吸い込め。」
そう僕の近くで話す声が聞こえる。
声の主はフラハードだ。
僕はフラハードの言う通り、仰向けになりゆっくりと息を吸い込む。
「そのままゆっくりと吐け。」
そして、僕は吸い込んだ息をゆっくりと吐いた。
すると、一瞬だけ呼吸が落ち着いたように感じる。
ただ、すぐに僕の心臓の鼓動はどんどんと速くなっていった。
「ゆっくりと繰り返せば、呼吸は整う。」
「はい...ありが...とう...ございます。」
そう言って、僕は先ほどの動作を繰り返していく。
何度か繰り返していく内にちょっとずつ呼吸が整ってきた。
同時に意識もクリアになっていく。
視界には、青々と広がる美しい空が広がっていた。
何だか心まで洗われていくような澄んだ空だ。
僕が感傷に浸っていると、視界にニュッと金髪のロングヘアーが映り込んでくる。
氷のようにキラキラと輝くと同時に、どこまでも続く深い海のような怖さを感じさせるブルーの瞳が特徴的な女性だ。
何を隠そう第六騎士団第三部隊長ペーター・アロリーナである。
その表情には、美しさと厳しさが同居しており、第六騎士団第三部隊長の在り方が凝縮されているように感じる。
「そのままで良い。
少し話をさせてくれ。」
そう言ってアロリーナ部隊長は話し始めた。
「なぜ私たちが走る訓練を取り入れ、鍛えているのか分かるか?
それは肉体が全ての基礎にあるからだ。
君も知っているかもしれないが、この世界には魔法という素晴らしい力がある。
己に宿っている魔力を使い、いつでも火をおこし、風をおこし、水だって作り出せる。
もちろん、この世界には生まれながらに魔力を持つ者と持たない者がいるが、この第六騎士団はほとんどの団員が魔力持ちで構成されている。
だが、個人が持つ魔力の総量には大きく違いがあるのだ。
生まれつき魔力総量が大きい者、小さい者、色んなやつがこの第六騎士団にはいる。
そして、この魔力総量の差は個人の実力に大きく関係してくるのだ。
ひいては、生死に大きく関わる超重要事項。」
僕は呼吸を整えながら、アロリーナ部隊長の話に耳を傾ける。
「もちろん、君のような皇族出身者はさぞかし魔力が多いだろう。」
僕はアロリーナ部隊長の言葉に思わず顔を歪めてしまう。
皇族や貴族は優秀な血を求める。
それは魔力にまで及び、皇族や貴族は魔力総量に恵まれた子が生まれやすいのだ。
事実、僕は魔力に恵まれている。
だが、そのせいであの魔力事故が...
「だが、平民出身者の者はどうだ?
魔力が少ないと魔獣から自分の身を守る手段が一気に減ってしまう。
だからこそ、少ない魔力でも戦う術を身につけねばならない。
より魔力消費の少ない手段で、より質の高い魔法を発動し、継続的に行えるようにする。
そのためには、何が必要か分かるか?
それが体力だ。
魔力は己の肉体に宿る。
つまり、身体を鍛えあげれば、良質な魔力となり、質の高い魔法の発動が可能になり、少ない魔力消費で魔法を発動させることもできるのだ。
だから、常に限界まで体を追い込み、肉体を作り上げることを怠らない。
これが第六騎士団だ。」
僕は初めてこのことを知った。
魔力は生まれつきの総量で全てが決まると、魔法を使う実力も個人の魔力に依存するのだ、そう思っていたのだ。
魔力は魔獣を討伐する上で、命を左右する重要な力。
そのことを重く受け止めると同時に、僕は自分と向き合わなければいけないのだと知る。
母上を巻き込み、命を奪った僕の忌々しい力と向き合うことを...
先ほどの言葉を終え、アロリーナ部隊長の話に間が空いた。
話が終わったのかなと気になり、アロリーナ部隊長の顔を見る。
するとそこには、苦虫を噛み潰したように険しい表情をしたアロリーナ部隊長がいた。
「だが、どれだけ鍛えても人は魔獣に殺られてしまう...」
先ほどの綺麗な声からは考えられないほど暗く、重い言葉が放たれる。
僕はその言葉を聞いて、思わず息を呑む。
「ただ、鍛えても鍛えすぎということはないのだ。
それが君を生かす土台となってくるのだからな。」
「......はい。」
次の言葉では、アロリーナ部隊長の声は綺麗な声に戻っていた。
「今君は苦しいだろう。
私たちにも追いつかないだろう。
だが、私たちは君に合わせることはしない。
なぜなら、それが私たちの命を失わせることに直結することを知っているからだ。」
「.....」
僕は第六騎士団という組織がどういうものか分かった気がした。
命に対する向き合い方が違う。
僕のようにただ怖いから生き残りたいという一人よがりの覚悟ではない。
団員全員が全員の命を背負う覚悟。
部隊長の言葉からは、その第六騎士団の理念が見えた気がした。
「だから、君は死に物狂いでついてこい。
遅れても、血反吐を吐きながらでも、追いかけてこい。
ここに来たからには、それしか君の生きる道はない。」
そう言って、アロリーナ部隊長は去っていく。
そしてそのまま部隊の団員に号令をかけ、次の訓練の指示をする。
その声を聞いた団員は、テキパキと行動していく。
僕はその様子を見ながら、起き上がり、第三部隊の訓練に入っていった。
仲間の命をお互いに背負い合うからこそ、遠慮をしない。
身分や立場ではなく、互いの命を守り合うことで繋がっている。
それが第六騎士団。
◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます