第2話



 俺が生まれ育ったのは、半端な田舎の集落だった。



 半端という言い方が合ってるのかどうなのかはわからない。



 が、自然はいっぱいあるのに文明もそこそこ発達してる。

 ライフラインはもちろんあって、今となっては普通にWi-Fiだってある。

 だからって若者が楽しめる娯楽といえばカラオケと映画とショッピングモール。

 酒が飲める年齢になれば、そこに居酒屋だのちょっとオサレな店だのが加わる。



 でも都会に出た後でも結局楽しんだ娯楽と言えばそれくらいだったから、自分の中で半端だと感じるのかもしれない。



 そんな半端な田舎の中で、専ら俺らの遊びは据置・携帯型ゲーム。

 それに飽きると裏山探索。

 そしてまたゲームという、そのローテーションだった。



 毎日誰かの家に集まって大騒ぎしてた。

 集落中の誰もと顔見知りだったし、何なら学校中のヤツらが友達だった。



 そんな生活の中でも夏は特別だったように思う。



 もう耳障りを通り越して、ただのBGMだったカエルの声。

 どこからともなく香って来る蚊取り線香。

 競って探した一番星。

 打ち水の後の湿ったコンクリートの匂い。



 カレーだな、これ生姜焼き、なんて匂いによる各家庭の夜ご飯当てクイズ。



 そして……聞こえて来るヒグラシの声。



 薄暗くなって行く1日の終わり。

 どんどん散っていく友達たち。

「また明日」が名残惜しくて、何となく立ち尽くしてしまう夏の夕暮れ。



 俺の隣にはいつも彼女とヤツがいた。



 俺らは生まれた時から一緒だった。

 家が近所で小中高と続き大学まで一緒という、典型的な幼馴染だった。

 部活まで同じだったから、必然的に下校時も3人一緒だった。



 集落の一番奥に俺と彼女の家があったもんだから、最終的には2人きりになる。

 彼女はあくまでも一緒に遊ぶ仲間たちの内の1人だった。

 いや、そのはずだった。



 あの日―――ヒグラシの声を一緒に聞くまでは。



 14歳の夏の終わり頃だった。

 いつものようにヤツと別れ、彼女と2人きりになった。

 いつもの帰り道のはずだった。



 突然足を止めた彼女が、ゆっくりと目を閉じた。



 何やってんの、と振り返る俺に「ねえ。私ヒグラシの鳴き声、大好きなの」と彼女が呟いた。



「へえ」


「………何でだと思う?」


「何でって……知らねえよ。俺はこの鳴き声好きじゃねえし」


「え、そうなの?」


「ああ」


「何で?何で嫌いなの?」


「嫌いってか……好きじゃねえだけ」


「どう違うの」


「全然違うだろ」


「何で好きじゃないの」


「………何となく」



 その時の彼女の表情は、今でもはっきりと覚えてる。



 何だか物悲しそうな……今にも泣きだしそうな表情かお



 妙にドキドキした。


 コイツこんな顔してたっけ、とか。

 コイツこんな表情するんだ、とか。



 え、何かコイツ“女”じゃね?とか。



 そして同時にわかってしまった。



 自分がヒグラシの鳴き声を好きじゃない理由に。



 その理由を改まって彼女に話した事はない。

 でもそれを今はとても後悔している。

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