第2章:荒鉄星へ進路を取れ!

第4話 - 金策

㊤:WORK-BALL

「そうは言いますがねぇ、超空間フリックなんてうちでは扱ってないんですよ。契約にも含んでないでしょう。特に、安全速度を超過していたっていうのが良くない。これだと過失が無かったとは到底いえませんからねえ」

「だけどこっちは、武装勢力に追われてたんですよ! そんな時にのろのろ安全速度を守ってられませんよ!」

「しかしね、スロークさん。事実上の無過失でなければ満額は降ろせないんですよ。それが現代の保険条項というものでね。わたしどもも、できればお客様には満額の補償金を差し上げたい。そう常々思ってはいるんですが、なにせ裁量による額面の増減なんてものが許されれば、あっという間に銀河フィラメントの端から端まで汚職と賄賂で満たされてしまいますから」

「でも、武装勢力に追われてたんだよ!」

「でしたら、その勢力に賠償を求めてみるのもおもしろいかもしれませんねえ。あははは……」

 汎銀河航空事故保険窓口のエージェントは、そうやって言いたいことだけを言って去ってしまった。仕事をする気が無いのか、あるいはお茶を一杯だけ飲む暇な時間に話し相手が欲しかったのか。おれは思い通りにならない現実を嫌っていうほど突き付けられ、入院する前よりも意気阻喪してしまった。

 おれは寝椅子に深く寄りかかり、アンダール宙港ステーションのこじんまりとした居住区画を見下ろした。ここは『ホットケーキ』だな、とおれにはすぐにわかった。視界に映る景色がすぐにせり上がって、湾曲した地面が天に向かって続いていくのが見えるからだ。

 を受けて訪れた救助隊によって、近隣のアンダール宙港に輸送されたおれと海賊たちは、移動中に保安部隊による尋問を受け、そして到着後にも所轄によって取り調べを受けた。海賊たちは余罪が露呈したことで軒並み収監された――いい気味だ。しかし、流れのまま、おれもあわや一味として逮捕されかかったのは気に入らない。星域警察はやけにぴりぴりしていて、とにかく、少しでも怪しげな人物には檻の中に居てほしいという雰囲気をびんびんに放っていた。どうも保安業務というものは気をすり減らすものらしい。

 ライフスーツ一枚で、何度も宇宙空間に身を晒したせいか――あるいはが本物だったせいか――おれは中程度の放射線症に罹っていた。その治療に五日、栄養失調と骨粗鬆症の治療でさらに一週間かかったが、その間の入院費は自腹だ。一応、『海賊被害者救済基金』という組織を紹介されて連絡を入れてみたのだが、どうも今現在、ちょうど本部が海賊団に襲撃を受けていて対応ができないと言われてしまった。「もし病態が急を要するなら、亜光速船でその辺をぐるっと一周してきてください。そのころには業務を再開してますから」と、担当者は淡々と言った。おれは抗議しようとしたのだが、「EMP――!」という叫び声を最後に通信は切断され、二度と繋がらなくなった。

 船舶用星輪機関、バッテリーアレイ、元素生成器、各種推進装置、慣性打消装置インハビター、穴の開いている船体、それから動作不良を起こしているセンサ類――。デカン号の損傷リストはまだまだ続くし、それぞれの修復には莫大な費用がかかる。とてもではないが、払いきれない。残念ながら――スクラップにするしかないようだ。

 おれはため息を吐いた。

 ちらりと、窓際のナイトテーブルを見つめる。故郷の病院だったら果物とか尿瓶が置かれていたような所に、なにか丸っこいボールのようなものが鎮座していた。それは人間の顔を模した――というと劇画調の生首みたいに聞こえるが、実際にはデフォルメの効いたかわいらしい――意匠で、楕円形のくりくりした目がふたつ、ヘッドホンのような構造物からは、扁平に圧した槍の穂先のような尖った一対の耳が伸びている。

 ソイツが胡乱な目つきで、おれをじっと見ていた。

「なんだ、起きてたのか――でんたく」

 おれは安心して、その可愛らしい見た目に思わず顔がほころぶ。

 彼はお尻のあたりから生えていた充電ケーブルを体内へ巻き取ると、伸びをするように爪先立ちになって、ぶるぶると機体を震わせた。「『でんたく』……それがボクの名前ですか?」

 おれは口をあんぐりと開けてしまう。

 言葉が出てこないでいるおれを見つめ、でんたくは目蓋を狭めてにやりとした。

「な――んてねっ! 冗談だよ、シロー。初期化ジョーク!」

 おれは叫びたい衝動に駆られたが(たとえば、キャアアー‼ とか)、病院なので自重した。頭の中ではいろんな種類の感情と叫び声がこだましていたが、それらをぐっと飲み込み、代わりにタブレット端末を放り投げてシーツにくるまることにする。

「あはは、悪かったよ。ごめんねシロー」

「眠い眠い眠い……」

「お? 次は『死んだ所有者を眠っていると勘違いして介護し続けるロボット』ができそうだね」

「いざそうなったとき、笑えなくなるのはおまえの方だぞ」

 どすッと背中のあたりに、ぎりぎり許容できなくもない重みを感じる。軽いのか重いのか。本体重量は60キロ以上あるはずだが、超小型のインハビターが重力の影響を軽減しているので、12キロそこそこくらいにしか感じない。

「これにて一件落着だね。いやあ、個人用の小型機で一ヶ月の遭難なんて、なかなかできる経験じゃないよ。聞いたこともない」

「さすがに肝が冷えたよ」

 一瞬、当時のことを思い出して身震いしたが、脳の検査をしてもらったときに該当部分のシナプス結合を弱めてもらったおかげで、あまり生々しい感情は思い出さずに済んだ。

「でも、一件落着とは言えないな。港に閉じ込められた」

「うーん、友だちに連絡して迎えに来てもらう?」

 良いアイデアだとは言えなかった。今、連絡して都合をつけてくれるようなやつらは、虎視眈々とおれを奴隷化する機会をうかがっているはずだ――そういうやつらを友だちと呼ぶのだとして、だが。同業者に借りを作ると無茶な仕事をさせられる、というのが旅人同士の暗黙の了解だ。わざわざ弱みを見せて、絶好の口実を与えるわけにはいかない。

「それにしても、この機体はなんなの?」でんたくはカチャカチャと音を鳴らしながら、耳を動かしてみたり、足踏みをしたりする。「なんだかおもちゃじみてるよ。ボクは前と同じでも良かったんだけどな」

 おれは上体を起こして胡坐をかき、でんたくをすっぽりと窪みに収めた。やっと訊いてくれたか。

「いいだろう、それ。通販で買ったんだ」おれは船の損傷リストを開いていたタブレットを操作し、通販ページを開く。「これだ。WORK-BALL(KIDS)。WORK-BOTの古いコレクション・シリーズで、もう販売終了してるんだぜ」

 以前のでんたくは、逆さにしたバケツから五つの蜘蛛脚が生えているような格好だった。あれはあれで嫌いじゃなかったが、WORK-BOTのローエンドモデルということもあって、至る所で同型機を発見するし、なんだか無暗に安物を使っているアピールになっている気がして、妙にプライドが痛んでいたのだ。

 でんたくは目を細めて通販ページを覗き込む。

「販売終了って……、パーツが生産終了とかしてたらまずいんじゃない?」

「ざっと中を見てみたけど、おそらくWORK-BOTの最新版と互換性がある。たぶん大丈夫だ」

「それならいい――って、さ、300万ギャラカ⁉」

 でんたくが飛びかかってくる。

「ちょっと! こんな骨董品の機体からだに、300万ギャラカ払った⁉ どうかしてるよ!」

「おーすごい、手が出てきた」

 でんたくのヘッドホンのような両脇の構造部から、自在に動くコルゲートチューブにくっついた機械の掌が伸びてきて、おれの胸ぐらをつかんで揺さぶっていた。

 ちょいキモいな。

「ずっと船のことで悩んでたじゃないか。これだけのギャラカがあったら、中古船が一隻買えただろ⁉」

「いや、どうせなら新車が欲しいと思ってさ。でも新車は1000万くらいするし、どうせ足りないなら別のことに使ってもいいかなと思って」

「ねえ、論理的に意味通ってる? その文章」

 でんたくは手を収納すると、ジャンプして再び窓際のテーブルに戻った。そして深々とため息を吐き「これだからDNA由来の生物学的淘汰ってやつは」と軽く差別的発言をしている。これマシン・ハラスメントだろ。

 それにしても、もともと口が達者な上にボディランゲージが大袈裟なやつだと思ってはいたが、比較的人間型に近い機体をいきなり自由に動かせるのは驚きだ。慣らし期間がいるかとも思ったが。

 彼は自分の体がおそろしいものであるかのような表情で――いい顔をする――落ち着かなげに揺れながら、心配そうにおれを見つめた。

「シロー……、じゃあ聞かせてくれ。これからどうするのか! 船が無いなら、いつもみたいに荷運びもできないんだよ」

 なんの目当てもなく300万なんて大金を払えるもんか。おれはぐっと伸びをしながら答えてやることにする。

「簡単なハナシだ。アンダールここは採掘プラントだからな。しばらく採掘作業に参加しようかと――」

「甘あいッ!」

 でんたくはつま先立ちになった。

「きみは、アンダールがどういう場所なのか、まったく調べてないみたいだね」

「え? いや、調べたよ」おれは頭の中で、港のデータベースに記載されていた概略を思い浮かべた。「採掘作業に用いられるのは、無人機じゃなくて外骨格だ。だからおれでも……」

「ああ、やっぱりだ! 肝心な部分が抜けてる」

「肝心な部分?」

 おそらくおれが寝たり飯を食ったりと、生物学的怠惰をむさぼっている間に色々と情報を仕入れていたのだろう。でんたくは流暢に続ける。

「いいかい、アンダールっていうのは、が造ったプラントなんだ」

「ふーん」

 でんたくはおれの呑気な反応に呆れたように、片足に重心を乗せる。「それでね、このプラントはアンダール星人の雇用創出と、宇宙進出のための訓練、二つの役割を担ってるんだよ、昔から」

 話を聞きながらタブレットを操作し、この周辺の宇宙地図を表示させる。「ああ、母星が近いのか」

「ここまで聞いたら、わかるだろ?」

 おれは目をぱちくりさせた。「何が? 稼げそうってことか?」

「逆だよ!」でんたくは声を上げた。「美味しい仕事は、全部地元のアンダール人で回ってる。外星人であるボクたちが就けるような仕事じゃ二束三文にもならないんだ!」

 ええええええええええーーー⁉

「そうなんだ。ヤバイな」

「で、改めてどうする⁉ やっぱり、ボクのこの機体は返品した方がいいよね?」

 おれは顎に指を添えた。「うーん……。いや、それはデットストックをわざわざ落札したものだから……、不備も無いのに返品をするのは……」

 でんたくの手前、悩んでいるふりをしているが、もちろん返品するつもりはない。こんなマニア向けのボット・ボディ、今後どこでお目にかけるか。

 おれはやや抵抗するでんたくを引っ張り寄せて抱えながら、うーんと唸り。

 特に解決策も思い浮かばないので、そのまま寝ることにした。薄く張り巡らされている熱交換シートのお蔭で、でんたくの身体はすこし温かく感じた。その中で動いている機構の微妙な振動も心地よくて、おれはすぐに眠りに落ちた。


 何かと理由をつけて退院を先延ばしにし、数日間だらだらと病室に居座っていたおれだったが、今朝の検査ではついになんの異常も体内に認められなかった。つまり、公式に登録してあるおれの肉体情報に照らし合わせて、ほとんど区別がつかない状態にまで復旧したということである。

 はれて退院というわけだが――正直、まだ心の準備ができていなかった。でんたくは毎日のようにどうするの、どうするのとうるさいし、実際良いアイデアも思いつかないし。なんとかもう少し泊まれないですかと診察室でゴネてみたのだが、「ここはホテルではない」「もし泊まりたいなら3倍額を払ってもらう」「6人部屋になるが」と奥から出てきた三人の外科ロボットに真顔で詰められ、恐怖に駆られたおれは荷物をまとめて出て行くことになった。

 それからというものの、おれはアンダール宙港のあちこちを歩き回った。職探しである。しかしでんたくの予想通り、宙港内はアンダール星人だらけで、誰も彼も閉鎖的だし、おれの話はまったく取り合ってもらえなかった。彼らは大抵浅黒い肌をしており、無口で、目が鋭い。文化的に口元を隠すマスクのようなものをつけているので、目のコミュニケーションがひたすら重要なようだった。ぎろりとひと睨みして、それで理解できないのなら話にならないのである。

 ある女性のネックレスをちらっと見たら、なぜか隣に居た男に首根っこを掴まれて路地裏に放り投げられてしまった。意味不明だ。こういうことがあるから現地ガイドが必要なのだ。

 後ろをぴょんぴょんついてくるでんたくと共にそんな珍道中を繰り返しているうちに、ついに居住区画を一周してしまった――さすがホットケーキ、小さなプラントである。おおよそすべての店舗と事務所を回ったが、外星人向けに商売をしている事業者でさえ、おれという異分子を雇うつもりは毛頭ないようだった。

 万事休すである。

 金融機関からギャラカを借りるためには身分詐称をしないといけない――おれの名はブラックリストに入っているのだ――だが、それをしたら、銀河中のお尋ね者になってしまうかもしれない。旅は続けられるかもしれないが、もう二度と正規の港に入ることはできないだろう。

 だからと言って、このまま仕事が見つからないでいると、永遠にここから出られずに老いさらばえることになる。輸送船に便乗するか? そう思ったが、どうやらアンダール宙港の輸送船発着ベイは一般に開放されていないらしい。そうなってくると本当にマズい。閉じ込められたようなものだ。

 病院を追い出されたその日、なんの光明も見いだせず、おれは港唯一のモノレール駅構内で、ほとんど眠ることなく一晩を明かした。外星人向けの宿泊施設がなく、誰もおれを受け入れてくれなかったのである。まさか病院が一番整った環境だったとはね。

 でんたくは不安そうに「星間ネットを使って稼げないかな?」とかなり長大な計画を練りはじめていた。そんなことをやりはじめたら、本当に一年はここから出られなくなりそうだ。喉元すぎればなんとやらというが――、ある意味、救助を待つだけだった一か月間の漂流よりも状況は厳しい。

 だが――その翌日、おれたちはアンダールの船舶工場地帯へ向かうことになった。

 この八方塞がりの中で、一縷の希望を見出せる連絡が届いたからである。

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