第3話 - 起動/ラトナハヴィス
㊤:起動/でんたく
「馬鹿野郎、中は放射線塗れだぞ!」
いいや、違う。
放射能封じ込め用の緩衝液ってのはな、チェレンコフ光とか目じゃないくらい、もっとヤバい青なんだよ。これは水中で青い照明を焚いているだけだ。
おれは自分で自分の判断を疑いながらも、一か月間低酸素トレーニングで鍛えつづけた肺活量を存分に生かし(注意:死ぬので真似しないでください)、球殻の下部に回りこむ。目当てのものが見つからず一周してしまったが、入口はここにあったようだ。
ディスプレイの嵌る穴があったので押し当てる。あ、裏表逆か。ゴウン、と重低音が響き、球殻の下側がゆっくりと開いていった。
ざぱっと水面から顔を出す。暗い――と思っていると、ぱち、ぱち、と次々に通電していった。おれの頭上にあったのは、壁にくっついて下を向いている、パイロットチェアだった。
四苦八苦して球殻の内に入る。すると、ハッチがガチンと閉じて、ぐるんッと一気に回転した。おれは内転にふっとばされて色々とぶつけながら、パイロットチェアに逆さ向きで坐する。
ブン、と音が鳴って全方位視覚が起動した。海賊たちが球殻の周囲で、不安そうにうろちょろとしているのが見える。彼らからすれば、星輪機関が急に回転したように見えたのだろう。おれはくらくらする頭を抱えながら、インターフェースに向き合った。アームレスト型の操縦桿が二本に、システムの制御状態を映している物理モニタがひとつ、推進器に直結しているペダルがふたつ。モニタには統合操作パネルがくっついていて、それが環のようにチェアを囲んでいる。かなり低い位置にあるせいで、おれは前かがみになりながらでないとパネルに触れることもできなかった。
筋肉に無理をさせながらボタンを押すが、システムモニタは機械語を描画するばかりで、人間には理解不能だ。
このままここを出て、「いやー、なんか動かせそうで動かせなかったっす。すんませんしたー」なんてできるはずがない。ボコボコにされて命以外すべて取られるだろう。当然、すべて終わったら命も無しだ。こうなったら動かすしかないんだよ、もう!
待てよ――人間には理解不能?
おれはライフスーツの胸元に手を当てた。
ジップを開けて、メモリを取り出す。選択の余地はない。
おれは六角柱を捩じって蓋を開け、その銀河標準規格端子を露出させた。充電から銀河間通信ケーヴルまで、世の中のすべてを繋ぐ統一規格。パネルの縁のあたりを指先で触れて確認していると、いくつかのまったく未知の入力ポートの中に、その独特な三角形のへこみを感じた。
カチッと小気味の良い接触音が鳴る。
数秒後、モニタの機械語描画が停止した。
「ここは?」パネルに設置されているスピーカーが、少年のような甲高い声を上げた。「なんだこれ……いったいどうなっちゃったんだ?」
「落ち着け、でんたく!」おれは相棒の名前を呼んだ。
「シロー」声は安堵のため息を吐いた。「じゃあ、ボクたちは助かったんだね! クーデターに巻き込まれたほかの人たちは?」
おれはにやりとした。「彼らは無事に脱出したよ。撃ち落とされたのは……たぶんおれたちだけだ」
処刑や人質化される危険性を感じたユスターフェ訪問者たちは、徒党を組んで超空間ゲートの検問を突破しようとした。デカン号は火器を備えていたため、その脱出部隊に護衛として参加したのだ。
追尾攻撃に参加してきたのは、今にして思えばジャブラの正規部隊ではなく海賊だったのだろう(そのふたつに違いがあるとして)。レーザー兵器の照準に取られた民間船を擁護するため、射線上にデカン号を滑り込ませたのだが、予想外に相手の出力が高く、
「シロー、きみは後先を考えなさすぎるんだ! ああいう場面で、きみの普段の慎重さはどこに行っちゃうんだ? ほかの誰かが助かったって、きみが死んだら意味がないじゃないか――」
またでんたくの説教が始まりそうだったので、おれは「ストップ」と声を上げた。「実はまだ助かったわけじゃない。ここは海賊船にジャックされたグラファリンの王室機の奥、そのまた奥だ。今は脱出のために王室機のコントロールを奪取したいところなんだが、どうもシステムが正常に動作してない。頼めるか?」
「ま……待って? なんでそんなややこしいことになってるわけ」
言ってから、でんたくはしばらく黙った。
「なるほど」と彼は言った。「メインプログラムがジャンク化してる。これを直すのは……不可能だ」
「おまえでも無理か?」
「ボクは一介の作業補助知能だよ! なんでも屋みたいに思われたら困る」しかしでんたくは、ふむふむと唸りはじめた。「プログラムをいくつかステッチすれば……すでにセキュリティは瓦解してるし……おや、この計算領域は使えるな……」
いけそうだな。
ゴウン――と音が鳴り、部屋が振動した。そして全方位視覚は、ゆっくりと水中に沈んでいく。球殻が下降しているのだ。統合制御パネルが動き出し、腕の動きに干渉しないが、手を伸ばせば触れられる絶妙な位置まで上がってきた。パイロットチェアの上部で、カチャカチャとさまざまな照準器が開いては閉じる。でんたくが機能を掌握しつつあるのだ。
おれは操縦桿を握りしめ、ふうと息を吐いた。小型機の操縦は慣れている。この船を、星域警察が巡回している領域にまで持っていけば、後は彼らの仕事になるはずだ。
しかし、この操縦桿は――なんだか妙な感じがした。
小型機というよりも……。
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