第25話 メリーさんの悪戯③


 メアエルが勢いよく箱の蓋を弾いた。


「【フレア──……あれ?」


 宝箱を開くと同時に魔法を撃とうとするメアエル。

 しかし、宝箱の中身を見て、彼女は魔法の詠唱を辞めた。

 宝箱の中に手を入れて、中身を取り出す。

 それは灰色のお守りだった。お守りの表には『護』の字が刺繍されており、かすかな魔力が感じられた。


「なによ……ただの魔道具じゃないのよ」


 宝箱の中身が魔道具だと分かり、ほっとするメアエル。

 しかし、安堵したのも束の間。

 通信機が着信音を響かせた。

 その音を聞き、一瞬肩を震わせるメアエル。

 だが、彼女はお守りをギュッと握りしめると、通信機を手に取った。


「大丈夫。今の私にはこのお守りがあるんだから」


 彼女はお守りから力を受け取ると、通信機を力強く握りしめ、頭頂部を時計回りに回転させた。


「も、もしもし!?」


 強気な声で通話に出るメアエル。

 彼女はいつどこから敵の襲撃があっても対応できるように警戒をしていた。

 しかし、どこからも襲撃は来なかった。

 それどころか、通信機からも声がしない。

 彼女は小さく首を傾げると、もう一度通信機に耳を傾けた。



「私メリーさん。今、あなたの後ろにいるの」



 通信機を押し当てる耳とは反対の耳に少女の声が囁かれた。

 警戒が緩んだ一瞬。その瞬間に囁かれた不気味な声。

 メアエルは氷像のように真っ青な顔で固まってしまった。

 直後、彼女の全身に鳥肌が走る。


「いやああああああああ!!」

「ふごあッ!」


 メアエルが絶叫を叫ぶとともに背後へ肘を振り抜いた。

 彼女の肘はなにか柔らかなものに直撃すると、直後に彼女の背後から野太い声が吐露された。

 背後でなにかが吹き飛び、遠くに倒れる音がする。

 メアエルは目を瞑って振り返ると、両手を前方に突き出した。


「【フレア──」

「わ──!! 待て待て待て!! スト──ップ!!」

「──カノン】!!」


 魔法を打ち出す直前、男の声が聞こえた気がしたがメアエルは気にせず魔法を打ち出した。

 極大の炎の玉が彼女の前方をことごとく焼き払う。


「【ファイアボール】! 【ファイアアロー】! 【フレアカノン】!!」


 メアエルの攻撃は一撃では止まらず、数発続けて撃ち込まれた。

 その度に男の悲鳴が響き渡る。

 しかし、錯乱するメアエルの脳内ではその声はメリーの悲鳴へと変換される。

 メリーがまだ生きていると誤認したメアエルが更に魔法を打ち込もうとする。

 彼女の手のひらにかつてないほど膨大な魔力が集約する。


『──姫様! そこまでだ!!』


 不意にメアエルの耳元で聞き覚えのある声が叫ばれた。

 メアエルはハッとして、目を見開く。

 すると、集中が途切れ、手のひらに集約した膨大な魔力が霧散する。


「ドランさま? どうしてここに?」


 正気に戻ったメアエルは声の正体であるドランを見て首を傾げた。


『我はカモメ殿についてきたのだ』

「カモメさまに? でも、カモメさまの姿は見えないのだけど……」

『……カモメ殿はあちらだ』


 カモメを探すメアエルの肩を叩き、ドランは正しい方向を指さした。

 メアエルがその方向に目を向けると、そこにはメアエルの魔法によって生じた黒煙が滞留していた。

 黒煙が徐々に晴れていくと、真黒になったカモメが姿を見せる。


「か、カモメさま!?」

「けほっけほっ……よう、メアエル。元気か?」

「それはこっちのセリフよ! どうしてそんな姿になって──」


 と、メアエルが心配してカモメに近づこうとしたそのとき、彼女は自分がなぜああも魔法を連発してしていたのかを思い出した。


「そうだわ! メリー、メリーはどこ!?」


 再びいつでも魔法を撃てる姿勢で全方位を警戒するメアエル。

 しかし、シリアスな雰囲気の彼女とは正反対にカモメとドランはどこか苦しそうな顔をしていた。


「カモメさま? ドランさま? どうかしたの?」

『か、カモメ殿……』

「いや、まだだ……まだ──だはははは! ダメだ! 我慢出来ねえ!!」


 メアエルが心配して声をかけると、カモメが盛大に吹き出した。

 それに続くようにドランも小さく笑いを零す。

 流れにまったくついていけないメアエルはただひたすらに困惑した顔で首を傾げた。


「なにが面白いのよ! 今ここには凶悪なモンスターが──」

「ああ、平気平気。だってそのモンスター──俺だもん」

「…………は?」


 メアエルは一瞬カモメがなにを言っているのか理解できなかった。

 それを察したのかカモメは喉に手を当てる。


「あ、あ……『私メリーさん』。──な?」

「はあああああああ!?」


 カモメの喉からメリーの声が出ると、さすがのメアエルも理解せざるを得なかった。

 とはいえ理解は出来ても納得は出来ない。

 メアエルが困惑した顔で口をパクパクさせる。

 すると、その様子がよほど面白かったのか、カモメが再び吹き出した。


「いやあ、ドッキリ大成功! まさかそんなに驚いてもらえるとは仕掛けた甲斐があるってもんよ! な? ドラン」

『うむ。カモメ殿に姫様への仕返しがしたいと持ち掛けられたときは我も乗り気ではなかったのだが、こうも良いリアクションをもらえると気分が良いな』

「だろ?」


 カモメとドランが愉快そうに談笑する。

 しかし、ドッキリをしかけられたメアエルは決して心中穏やかとはいかなかった。

 メアエルの全身から黒い靄がゆらりと噴き出る。


「……かしら」

「ん? メアエルなんかいったか?」

『申し訳ない。我も良く聞き取れなかったのだ』


 メアエルの小さな呟きを聞き逃したカモメとドランが耳を澄ましてメアエルのほうを見た。

 すると、満面の笑みの彼女を目が合う。

 その瞬間、ふたりの全身に怖気が走る。

 パシンッとメアエルが拳を手のひらに打ち付けた。


「遺言はそれでいいのかしら?」

「……」

『……』


 とても冷ややかな目で見つめられたカモメとドランは口を開くことが出来なかった。

 ふたりの目の前でメアエルが両手をふたりに向かって突き出した。

 手のひらの前に火の玉が生成される。


「【フレアカノン】ッ!!」


 メアエルが天誅の意味を込めた魔法をふたりに向かって撃ち出した。

 カモメとドランが極大の火の玉に呑みこまれる。

 灼熱の炎に焼かれる中で、ふたりはやり過ぎたことを後悔した。



 ステータスのおかげで火炙りの刑から生還した一鷗は、未だほとぼりが冷めないメアエルに何度も土下座をして謝罪した。

 しかし、メアエルの怒りは熱した蒸発皿のようなもの。冷めるまでには時間がかかり、無理に冷まそうとすると、ヒビが入ったり割れたりしてしまう。

 故に一鷗は慎重に時間をかけてメアエルの心を懐柔していくほかになかった。

 十分にも及ぶ謝罪の末に一鷗はようやくメアエルから許しの言葉を獲得した。

 火炙りの刑でちりちりになった頭を撫で付け、一鷗がほっと息を吐く。


「もともと今回の悪戯は私の悪ふざけが原因だから負けに負けて許してあげるわ」

「おう、サンキュ──」

「けど! ダンジョン探索を蔑ろにして悪戯を仕掛けたことまでは許したつもりはないわよ。さあ、そのことについての弁明を聞きましょうか?」


 なんとかメアエルの爆弾を取り除いた一鷗であったが、思わぬところで地雷を踏み抜いてしまっていたようだ。

 しかし、ダンジョン探索に関することがメアエルの地雷であることはさすがの一鷗も知っている。

 故に一鷗はすでにこの件に関するもっともらしい言い訳を用意していた。


「別にダンジョン探索を蔑ろにしたわけじゃないぜ。俺たちはすでに七層へ下るための階段を見つけた後でお前に悪戯を仕掛けたんだ」

「七層の階段を見つけたの!? だったらなおのこと許せないわね! それってつまり階段を見つけたのに私に報告せず時間を無駄に浪費したってことじゃない!」

「確かに報告しなかったのは悪いと思ってるが、どの道合流はしないといけなかったわけで、言うほど時間は浪費してないと思うぞ」

「合流なら私がそっちに向かえばよかったじゃない。そのほうが効率的でしょ?」

「通話でも言ったけど階段があったのは複雑な迷路の最奥だ。通話越しに指示を出すのも面倒なギミックで隠された隠し扉もいくつかあった。正直ドランがいないとあそこは突破不可能だ。自力で攻略しようと思ったらそれこそ馬鹿みたいに時間がかかるはずだぜ」

「……そういうことなら……まあ、納得してあげないこともないわね……」


 一鷗の言い訳を聞き、メアエルは渋々納得した。

 一鷗が後ろ手にガッツポーズをする。

 メアエルがこほんと咳ばらいをひとつした。


「それじゃあ七層へ行くわよ! カモメさま、案内よろしく!」

「……おい、メアエル。まさか約束は忘れてないよな? ダンジョン探索は一日十時間までだぞ」

「分かってるわよ! 約束の時間までまだあと一時間もあるわ。全力で走れば七層を少しは探索出来るはずよ!」

「さっきも言ったが、複雑な迷路があって走っても四十分はかかる。七層に下りたところですぐに帰ることになるのがオチだぞ」

「だったら時間を増やせばいいじゃない! ふたりの同意があれば時間の延長は可能でしょ?」

「俺が同意すると思うか?」

「カモメさま!!」


 一鷗が頑として譲らぬ姿勢をとると、同様に硬い意志を持ったメアエルが訴えるような眼差しで一鷗を睨む。

 その目からはなにか念のようなものが発せられているようで、長く見ているとなにかに洗脳されそうだ。

 一鷗は危ういところで目を逸らすと、最後の切り札を取り出した。


「時間の延長はいいけど、あんまり家を留守にしてもいいのか?」

「どういうことよ?」

「いやね、ひとりで留守番をさせられているモナカが寂しがっているだろうなと思っただけだ」

「──ハッ!?」


 一鷗が新しい家族となった黒猫のモナカを話題に出すと、メアエルが雷に打たれたような衝撃を受けた顔をした。

 そこから様々な思考が天秤を揺らし、百面相をする。

 葛藤するメアエルを見て、一鷗はにやりと悪い笑みを浮かべた。

 天秤の片側に重りを載せるように追い打ちをかける。


「あーあ、モナカが泣いてる声が聞こえてくるよ。寂しいな、寂しいな。メアエル早く帰ってこないかな~?」

「はうッ……!?」


 追い打ちはどうやら天秤を破壊するほどの威力があったようだ。

 呻き声を上げたメアエルはゆらりと顔を上げると、一鷗の襟首を強く掴んだ。


「急いで帰るわよ!」

「お、おう」


 ものすごい剣幕で睨まれた一鷗は思わずたじろいでしまった。

 また少しやり過ぎてしまったか、と後悔する一鷗。

 しかし、後悔先に立たずというように、すでにことは動き始めていた。


 一鷗の襟首を掴んだメアエルがそのままダンジョンの出口へ向けて走り出す。

 首を絞められ、引きずられるようにメアエルの後を追いかける一鷗。

 一鷗はこのとき、バグベアとの戦闘ぶりに──人生で二度目の死線を彷徨う経験をした。


「ドラン! たすけてくれえええええ!!」


 声の掠れた悲鳴がダンジョンの各階層で虚しく鳴り響いた。

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