第26話 キャヴァンウルフ


 夏季休暇三日目。

 その日は午前からダンジョンに来ていた。


「今日の探索はどう進めるつもりなの?」

「昨日の反省を踏まえて七層は初見のモンスターが出るまでは一緒に行動。初見のモンスターがいなくなったら別行動で行こう」

「分かったわ。確かに昨日のトカゲには驚かされたものね」


 メアエルが細道で遭遇したスポッツリザードを思い出しながらぼやく。

 彼女のぼやきを聞き、一鷗もまた遠い目をした。

 彼もまた七層へ向かう階段を捜索中にスポッツリザードに遭遇した。

 彼の場合は見事にスポッツリザードの初見殺しに遭い、手傷を負わされた。

 幸いレベル差の影響と一鷗が特に硬いおかげで掠り傷程度で済んだが、危険があったことには変わりはない。

 故に今回の提案をしたわけだ。


 一鷗の提案にメアエルが乗ると、ふたりはドランから武器と装備を受け取って一鷗が階段を見つけたという七層へ向かった。

 道中、一鷗がメアエルの首に下がるお守りについて尋ねる。


「これはあんたが悪戯をした宝箱の中にあった魔道具よ。装備者が受けたダメージを少しだけ肩代わりしてくれる効果があるみたい。まあ、魔道具の耐久値を超えるダメージを受けたら壊れちゃうんだけど」

「へえ、いい魔道具だな。──てかそれって前衛の俺向きの装備じゃね?」

「もの欲しそうな顔してもあげないわよ。これは私に悪霊が寄り付かないようにするためのお守りなんだから」

「ケチだな。そんなに俺の子芝居にビビったのかよ」

「──悪霊退散!!」

「うわ! やめろ!!」


 魔道具を譲ってくれないことに拗ねた一鷗が小言をいうと、メアエルがお守りを一鷗の頬にぐりぐりと押し付けた。

 一鷗がどうにかしてメアエルの攻撃を躱そうとするが、今歩いている通路には攻撃を躱せる広さはない。

 ぐりぐりと少し古い臭いのするお守りを押し付けられた一鷗は途中から観念してその攻撃を受け入れた。



 そんなこんながあり、ふたりは六層の迷路を突破し、七層へと下った。

 七層に入るとまたもや光石の色が変わる。今度の光石はオレンジ色だ。

 赤色よりは安心できる色合いだが、命のやり取りをするダンジョンには似合わない。

 これならばまだ赤色や青色といった気が引き締まる色のほうがマシな気がする。

 七層の変化は他にもある。

 天井が驚くほど高いのだ。上のほうには光石がないようで、天井付近は真っ暗だ。

 天井付近が見ずらいのが不安要素ではあるが、天井が高いおかげでこれまで感じていた圧迫感から解放された感じがした。


「ドラン。モンスターのいるほうへ案内してくれ。初見のモンスターは見つけたときに情報を頼む」

『了解。こっちだ』


 一鷗がドランに指示を出すと、ドランは早速モンスターの気配を探知して、最短距離にある気配のもとへ一鷗たちを案内した。

 案内された場所へ向かうと、運のいいことに初見のモンスターがいた。

 案内された場所には五体のモンスターがいた。そのうち四体は灰色の毛並みをしたケイブウルフだ。

 しかし、ケイブウルフの群れの中にひと回り大きな狼がいる。

 毛並みはケイブウルフたちより幾分か濃い灰色をしており、ところどころ岩を張り付けたようにデコボコしている。

 そのモンスターはケイブウルフを従えるように動いており、どうやらあの群れのボスはひと回り大きな狼のようだった。


『あれはケイブウルフの上位種のキャヴァンウルフだ。ケイブウルフを統率する能力を持つことも厄介だが、特に危険なのはヤツの尻尾。尻尾から放たれる岩のような毛の塊はこの七層においてもっとも殺傷力のある攻撃だと言っていいだろう』

「俺の耐久値でも危ないか?」

『カモメ殿ならば耐えうるとは思うが、被弾は極力避けたほうが良いだろう。ここより下の階層には魔法を使ってくるモンスターもいる。それに対する予行演習だと思うがよい』

「了解」


 ドランから情報を受け取った一鷗はメアエルと二言三言相談すると、さっくりと作戦を決めた。

 一鷗が鉄剣を抜き放ち、メアエルが片手を前に突き出した。


「行くぞ!」

「──【ファイアアロー】!」


 一鷗が飛び出すと、その後ろからメアエルが火の矢を五本撃ち出した。

 一鷗の声に反応した狼たちが、迫りくる火の矢を回避する。

 しかし、二体のケイブウルフは回避しきれずに足を負傷。倒れたところをメアエルが次の魔法で仕留めた。

 一鷗はスキルを使わずに狼の群れに近づくと、メアエルの魔法を回避した三体のモンスターを視界に収めた。

 二体のケイブウルフと、一体のキャヴァンウルフ。

 一鷗は二体のケイブウルフをターゲットすると、鉄剣を振るい、一体の首を落とす。

 返す剣でもう一体を仕留める。

 ──そう思い、剣を持ち替えたそのとき。一鷗の視界に大きな岩の塊が飛び込んできた。

 ものすごい速度で飛来する岩の塊に一鷗の脳が警鐘を鳴らす。

 彼は即座に剣の軌道を修正すると、飛来する岩を剣の腹で撃ち落とした。

 衝撃が腕を伝わり、手が痺れる。


「うへえ……重すぎだろ」

「ガウグラァ……」


 一鷗が岩を弾いたのがよほど意外だったのか、キャヴァンウルフが驚いた顔で一鷗を睨む。

 しかし、それも一瞬のこと。

 キャヴァンウルフが小さく喉を鳴らすと、いつの間にか一鷗の背後に回り込んでいたケイブウルフが襲い掛かってきた。

 一鷗の反応が遅れる。

 ケイブウルフが爪を立てた巨腕を振り下ろそうとする。

 すると、突然ケイブウルフの動きが止まった。

 直後、ケイブウルフが黒い靄になって消える。


「ちょっと! なにぼーっとしてるのよ! 今の私が助けなきゃあんた死んでたわよ!」

「ばーか。わざとだよ。お前を信頼してるから動かなかったんだ」

「そ、そう……」


 ぷりぷりと怒るメアエルに一鷗がそう言い返すと、彼女は目を逸らして髪を指で巻いた。

 チョロい。

 彼女が悠誠のことを好きだという事実を知らなければ危うく勘違いしてしまいそうなチョロさである。

 照れ隠しが下手な彼女を一瞥し、彼女のチョロさを心配する一鷗。

 そんな一鷗と相対したキャヴァンウルフは突如目の前でイチャイチャし始めた人間どもに腹を立て、尻尾を振るった。

 キャヴァンウルフの尻尾から岩のような毛玉が飛んでくる。


「グラウ!!」

「それはもう見たぜ──!」


 一鷗は飛来する岩を見つめると、今度は居合の構えで岩を待った。

 岩が眼前まで迫る。

 ──瞬間、一鷗は剣を抜き放った。


 静寂が場を満たす。


 直後、一鷗の背後でふたつに割れた岩毛玉が落ちる音が響いた。


「──【ロケットスタート】」


 次の岩毛玉を撃つ準備をするキャヴァンウルフを視界に捉えた一鷗は小さくスキルを唱えると、瞬く間に狼の懐に入り込んだ。

 キャヴァンウルフが驚いて上体を上げる。

 ゴツゴツとした背中とは違って、腹部は柔らかそうに波打っている。

 一鷗はその無防備な腹部に銀色の軌跡を一閃。

 狼は断末魔を上げる間もなく黒い靄となって消えた。

 紫色の魔石が地面に転がる。


「ざっとこんなもんかな」

「なに格好つけてんのよ」


 一鷗が一度拾った魔石を宙に投げてキャッチすると、メアエルに頭をどつかれた。

 一鷗が後頭部を摩りながらメアエルを睨む。


「なにすんだよ!」

「別に。それよりもどうだったの? 私でも勝てそうな相手だった?」

「そうだな……遠距離から不意打ちで【火蝶】からの【ファイアボール】なら十分倒せると思うぞ。【ファイアアロー】だとどうかな……」

『やや火力不足かも知れぬ』

「だそうだ」

「そう」


 一鷗とドランが分析した結果を伝えると、メアエルはそれを心の内にメモした。

 メモが終わるとドランを見る。


「確かこの階層にはもう一種類初見のモンスターがいるのよね?」

『うむ。ケイブバッドというモンスターだ』

「それじゃあさっさとそのモンスターを見つけて別行動に切り替えましょう。今日中に十層までクリアするんだから!」

「それはさすがに無茶だっての……」


 メアエルの高すぎる目標に苦笑しつつ一鷗はドランに次のモンスターの位置を尋ねた。

 ドランが次のモンスターを発見し、ふたりはそこへ向かう。


 それから少しの間ケイブバッドを探してモンスターを狩りまくった。

 一時間ほど探してようやくケイブバッドを見つけたふたりはさくっと討伐すると、それぞれ別行動を開始した。

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