第24話 メリーさんの悪戯②


 バッグの中で通信機が音を鳴らす。

 メアエルは、来た──と思いながら、警戒しつつ通信機を手に取る。

 頭頂部を回し、恐る恐る耳に押し当てた。


『──よう、メアエル。生きてるか?』


 通話から聞こえてきたのはカモメの声だった。

 メアエルはほっとして安堵の息を吐くと、ハッとして誤魔化すように声を荒げた。


「生きてるに決まってるでしょ!!」

『え、おう。……なんでキレ気味?』

「なんでじゃないわよ! あんたが変な通話を寄こしてくるからでしょうが!」

『変な通話? お前と別れてから今初めて通話掛けたんだが?』

「はいはい、そういうのほんとにいいから。今謝れば特別に許してげるわよ?」

『謝れったって身に覚えがないことだからな……なあ、ドラン?』

『う、うむ。カモメ殿は今初めて我の通話機能を使われたのだ』

「う、嘘でしょ……」


 カモメの言葉だけならまだしもドランまでがそういうとなると、メアエルは素直にカモメを疑うことが出来なくなった。

 心のどこかでこれまでの通話は悪霊の仕業なのでは……と考えてしまう。

 だが、カモメがドランを抱き込んだ可能性もなくはない。

 むしろそうであってくれと願いながらメアエルはふと浮かんだ良くない思考を廃棄した。


「ところでカモメさまは今どこにいるの? そろそろ合流の時間だけど……」

『あー、そのことなんだが……今回の合流はなしでこのまま探索を続けようぜ』

「え、なんで?」

『俺のいる場所が少し複雑でドランの案内があってもすぐには出られない感じなんだよ。だから、そっちはそっちであと二時間探索を進めてくれ』

「……そう。そういうことなら……分かったわ」


 カモメに合流は出来ないと言われ、メアエルは元気のない声で頷いた。

 余程切迫した状況にあるのか、カモメはすぐに通話を切ってしまう。

 通話が切れると、メアエルは途端に胸がぞわぞわし始めた。

 体の奥がひんやりとして、ぶるりと肩を震わせる。

 きょろきょろと周りを確認すると、彼女は通信機をバッグに仕舞おうとした。

 そのとき──


「ひ……ッ!」


 通信機が再び音を鳴らした。

 小さな悲鳴を上げて飛び上がったメアエルは少しの間通信機を眺めていた。

 下品な音が鳴り続けるが、メアエルは一向に通信機を手に取ろうとしない。

 十巡目のコール音が鳴り、決心のついたメアエルが通信機の頭頂部をくるりと回す。

 深く深呼吸をして、受話口を耳に押し当てた。


『私メリーさん。今、開けた場所にいるの』


 少女の声は今度もそうとだけ告げると、ぷつりと通話を切った。

 カモメの通話のすぐあとだったせいか、これまではカモメの裏声に聞こえていた声も今はまったくの別物に聞こえる。

 不気味さが突然強くなり、メアエルは顔を青くする。

 しかし、それとは別に彼女はあることに気が付き、恐怖した。

 それはメリーと名乗る少女が告げる現在位置が少し前のメアエルが通った場所を後追いしているような気がするのだ。

 六階の入り口、三又の分かれ道、そして開けた空間。いずれも通話がかかるおよそ一時間前にメアエルがいた場所だ。

 つまり、メリーという少女はメアエルの一時間後ろをつけてきているということだ。

 具体的な場所が分かると、生々しい存在感を背中に感じる。

 今はまだ微かなものだが、距離が近づくに連れ、この気配は大きくなっていくことだろう。

 もし、この気配がメアエルの背中に追いついてしまったら──。


「──そ、そんなことあるわけないわ。やっぱりこれはアイツの悪戯よ! そうよ。そうに決まってるわ!」


 嫌な想像をしてしまったメアエルはかぶりを振ってその思考をゴミ箱に捨てた。

 カモメへと責任を転嫁し、彼女は探索を再開する。

 心なしか足早になっているのは彼女の思考がメリーを捨てきれていないからだろう。


 牧羊犬をけしかけられた羊のように後ろをちらちら窺いながら急ぎ足で洞窟を進んでいくメアエル。

 道中では様々なモンスターに戦いを挑まれるが、先を急ぐ彼女は魔力の節約など考えずに即座に敵を葬れる魔法を打っていく。

 三十分ほど進むと、腰かけに丁度いい大きさの岩が通路の端に現れた。

 雑に魔法を使ったせいか、疲労が溜まっていたメアエルは岩に腰をかけ、バッグから水筒を探す。

 すると、彼女の手元に通信機がすっぽりと納まった。

 直後、着信音が鳴り響く。


「────ッ」


 メアエルは声も上がらないほどびっくりすると、通信機を地面に落としてしまった。

 落ちた衝撃で通信機の頭頂部が回り、相手との通話が繋がった。


『私メリーさん。今、細い道の前にいるの』


 ぶつっと通話が切れる。

 今度もやはり少女の声だった。

 そして、今回の現在地報告も少し前にメアエルが通った場所である。


「もう、いい加減にしなさいよ……!」


 予想が確信へと変わったメアエルは、通信機を拾い上げると、休憩は止めにして先を急いだ。

 彼女は常にダンジョンの攻略に前のめりであるが、このときばかりはメリーと距離を取らなければという一心が勝っていた。


「はあ、はあ、はあ!!」


 一心不乱にダンジョンを駆け回る彼女はおよそ二十分もの間、そのようにして走っていた。

 ──メリーとは十分な距離を開けた。

 そう確信した彼女は駆ける足を止め、ゆっくりと歩いた。

 正面に曲がり角が見える。

 壁に手をついて曲がり角を曲がる。

 すると、彼女は数時間ぶりに笑顔を見せた。


「トレジャーボックス!」


 角を曲がった道の先には宝箱があった。

 見つけたメアエルはその場でも踊り出してもおかしくないほど興奮していた。

 それもそのはずで、謎の少女に追いかけまわされるという恐怖を味わったメアエルは己の不幸を嘆き始めていたのだ。

 そんなところに降ってわいた幸運。そんなもの嬉しくないはずがないだろう。

 メアエルはメリーのことなど完全に忘れると、宝箱へと駆け出した。


 ──しかし、直後に現実を思い出させる着信音が鳴り響いた。


「……せっかくあんたのことを忘れたところだったのに!」


 着信音を聞いたメアエルがメリーに対して文句を言う。

 宝箱を見つけたせいか少し気が強くなっているのだ。今ならばメリーを殴り倒せると思い上がっている。

 彼女はバッグの中から通信機を引っ張り出すと、強気で通話に出た。


「もしもし?」

『私メリーさん。今──宝箱の中にいるの』

「え……?」


 膨れ上がったメアエルの強気が風船のようにあっさりと割れた。

 彼女はしばらくメリーが言った言葉の意味を理解できなかった。

 だが、徐々に理解が追い付ていく。

 すると、油を差し忘れたブリキの人形のようにぎこちない動きで宝箱を見た。


「ヒィッ!!」


 宝箱の蓋が動いたような気がしてメアエルはもはや誤魔化しようもないほど大きな悲鳴を上げた。

 足が震え、目じりには涙が浮かんでいる。

 手に持った通信機は現在進行形でカモメに通話をかけているが、彼は一向に捕まらない。

 そのことがメアエルの混乱を助長させる。

 ついには自分が通話をかけているのか、メリーからの通話がかかってきているのか分からなくなり、彼女の恐怖はピークに達した。


「……ってやる。──やってやるわよ! こうなったら幽霊でもなんでもぶちのめしてあげるわ!」


 恐怖のメーターが振り切れたメアエルはとてもお姫様とは思えない乱暴な口調に変わると、ずんずんと宝箱へと近づいた。

 宝箱を睨みつけ、メアエルは大きく深呼吸をする。

 片手でいつでも魔法を打てるように準備をし、もう片方の手で宝箱の蓋を掴む。

 再び、深呼吸。

 メアエルは心の中で三、二、一と唱えると、勢いよく宝箱の蓋を弾いた。

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