第23話 メリーさんの悪戯①


 五層探索から四時間が経過した。

 一鷗がホブ・ゴブリンと戦闘をしているとポケットに仕舞った通信機が音を鳴らした。

 ホブ・ゴブリンの攻撃をするりと躱し、腹パン一発でトドメを刺す。

 黒い靄へと変わるホブ・ゴブリンを横目に、一鷗は通信機を取った。


「もしもし?」

『カモメさま、階段を見つけたわよ』

「おお、でかした。場所は?」

『えっとね……』


 階段を見つけたという連絡を寄こしたメアエルから階段の場所を聞き出す。

 一鷗の現在地とは少し離れているため向かうのに時間がかかる旨を伝え、一鷗はメアエルの伝えた場所へと急いだ。

 三十分ほどで目的の場所に辿りつくと、メアエルと合流した。


「やっぱり別々で探索すると早いな」

「そうね。最初からこうしていれば良かったわ」

「それは危ないからダメだ。俺たちがこうして別れて探索出来ているのはモンスターとのレベル差が大きく開いているからだってことを忘れるなよ。八層からは一緒の探索に戻すんだからな」

「分かってるわよ。そんなことよりさっさと六層へ下りましょう」


 メアエルはそういうと、躊躇うことなく階段を下りて行った。

 階段を下り六層へ下りると、彼女はドランを抱えたまま奥へ進もうとする。

 そんな彼女の肩を一鷗はがっしりと掴んだ。


「おいコラ待て」

「なによ、離しなさいよ! 私を誰だと思っているの?」

「今更王女様っぽい振舞いしても無駄だからな」


 なぜか傲慢な貴族のような受け答えをしたメアエルに一鷗がツッコむ。

 彼はメアエルの前に回り込むと、手を差し出した。


「ほら、ドランをこっちに寄こせ。そういう約束だっただろ?」

「嫌っ! ドランさまは私と一緒にいるの!」

『しかし、姫様──』

「嫌ったら嫌っ!」

「はあ、この我儘姫は……」


 ここに来て駄々を捏ねるメアエルに一鷗は呆れた様子でため息を吐いた。

 一鷗がやれやれといった風を装うと、メアエルの口元が僅かに上がる。してやったりとでも言いたげだ。

 だが、それを見た一鷗が不敵に笑う。

 直後、彼は隙を見てメアエルの腕からドランを抜き取った。

 代わりにメタリックカラーの通信機を彼女に手渡す。


「約束は約束な」

「嫌ああ!!」


 相手が王女だから。女の子だから。嫌がっているから。

 そんなものは関係ない。

 ドランの返還を求めて手を伸ばすメアエルを残酷なステータスの差で遠ざける。

 しばらくそうしていると、敵わないと理解したメアエルが諦念と共に通信機をバッグに仕舞った。


「それじゃあまた二時間おきに合流な」

「……分かってるわよ」


 通信機を持たされ不機嫌になったメアエルがつんけんした態度で洞窟の奥へと進んでいった。

 すぐに二又に分かれる道が現れ、一鷗とメアエルは別々の方向へ歩いていく。



 メアエルが分かれ道の先へ進むことおよそ十分。

 正面に新しく三又の分かれ道が現れた。

 すると、そのタイミングで彼女がバッグに仕舞いこんだ通信機が反応を示した。お腹を下したときのような音が鳴る。

 メアエルはそれを下品だと思いながら、少し不機嫌に通信機の頭頂部を回した。


「ちょっとなによ? まさかさっきの仕返しのつもりじゃ──」

『私メリーさん。今、六階の階段の前にいるの』

「え? なにそれ──」


 通話に出ると、カモメが裏声でおかしなことを言い放った。

 メアエルがそれを問い詰めようとすると、その前に一方的に通話が切られた。

 静かになった通信機を眺めながらメアエルは首を傾げる。


 今のはいったいなんだったのだろうか。

 イタズラにしては女性の名前を名乗るだけとインパクトに欠ける。

 なにか暗号的なものだろうか。──いや、カモメに限ってそれは無いだろう。

 彼ならば罵倒だろうとなんだろうと直接的な物言いで言ってくるはずだ。

 ならば額面通りに受け取るべきか。

 そうすると、やはりただ女性の名前と現在地を伝えただけだが……。


「ふん、しょぼいイタズラね。それにまだ移動してないなんてなにを考えてるのかしら」


 メアエルは難しく考えるのをやめると、通信機を仕舞い、ダンジョン探索を再開した。

 通路を更に三十分ほど進むと、少し開けた空間に出る。

 空間の中央には洞窟の壁と同色の毛並みを持つケイブウルフが十匹集まっていた。

 ウルフたちは即座にメアエルに気が付くと、彼女目掛けて駆けてくる。

 メアエルはウルフたちを限界まで引き寄せると【フレアカノン】で一掃した。


「誰かさんのようにツッコむことしか能がないのかしら」


 メアエルは脳裏に黒髪の少年を思い浮かべると、ケイブウルフが落とした魔石を拾い集める。

 魔石を袋に仕舞うと、先へ進もうと空間の出口へ足を向けた。

 すると、通信機が音を鳴らした。

 メアエルは鬱陶しそうにしながら通信機の頭頂部を回した。


『私メリーさん。今、三又の分かれ道の前にいるの』


 メアエルが通話に出ると、カモメが裏声でそう言った。

 そして、すぐに通話が切れる。


「は? なに? どういうこと? あの悪戯まだ続いてたの?」


 カモメの悪戯の意図が分からずに困惑するメアエル。

 彼女はカモメの真意を聞き出そうと逆に通話を掛けてみる。

 しかし、カモメは通話に出なかった。

 もう一度かけてみるが結果は変わらない。


「なんなのよッ!」


 イラついたメアエルが乱暴に通信機をバッグに仕舞いこんだ。

 気を取り直して探索を続けることにする。

 広い空間を抜けてさらに四十分ほど進むと、今度は壁がデコボコしている細い道が現れた。

 道幅は人がひとり通れるかどうかといった具合だ。


「ウカくらい大きかったら通れなさそうね」


 メアエルは視線を落とすと異世界で出会った友人であるウカのものと比較して少しだけ気落ちした。

 ウカのそれは巨峰だが、メアエルのは丘陵だったのだ。

 とはいえ、巨峰ではこの道は通れない。

 丘陵たるメアエルだからこそこの先へと進めるのだ。

 メアエルは悲しい優越感に涙して、細い通路へと入って行った。

 数歩進み、デコボコが眼前までやってくるとメアエルは奇妙な違和感を感じた。


「これって……?」

「キシャアア!!」

「キャッ──【ファイアボール】!」


 メアエルが訝しんで立ち止まると、突然デコボコが襲い掛かってきた。

 彼女は咄嗟に火の玉を打ち出すと、デコボコを焼き払った。紫色の魔石が地面に落ちる。


「今のはいったい……」

「キシャア」

「キシャシャア」


 メアエルが魔石を眺めて首を傾げると、細い道を埋めていたデコボコが次々に動き始めた。

 よく見るとそれらはトカゲのモンスターだった。

 洞窟の壁に似た灰色の体をしており、体表には発光する赤色の斑点が点々と現れていた。

 この洞窟には擬態するように洞窟の壁と似た色の体のモンスターが多くいるが、中でもこのモンスターは光石の色や発光まで擬態しているという筋金入りだった。

 モンスターに名前をつけるとするならば、さしずめスポッツリザードとでもいうべきだろうか。


「ずいぶんかくれんぼが上手なのね。危うく不意打ちを喰らうところだったわ。でも、それって裏を返せば不意打ちじゃないと敵に勝てない弱虫ってことよね?」

「キシャアアアアア!!」


 メアエルが煽ると、言葉が通じたのかスポッツリザードたちが一斉に襲いかかってきた。

 メアエルは即座に応戦姿勢をとるが、いかんせん道が狭すぎる。これでは【フレアカノン】はおろか【ファイアボール】だって撃てない。


「くっ……【ファイアアロー】」


 メアエルは苦し紛れに火の矢を五本撃ち出した。

 メアエルの使える魔法の中では【火蝶】に次いで火力の低い魔法であるが、五本も当たれば大ダメージだ。

 先頭を進むスポッツリザードが全身に矢を受けて火達磨になる。

 魔石が落ち、次のスポッツリザードが押し寄せる。

 メアエルは間髪入れずに【ファイアアロー】を打ち続けた。


「これで最後! 【ファイアアロー】!!」


 決して魔力効率の高いとは言えない魔法を十回撃ち込んで、ようやくスポッツリザードの群れは消し炭になった。

 倒したリザードは全部で十体。消費した魔力を考えれば少なすぎる数だ。

 ため息を吐きながら、メアエルは魔石を拾い集めた。

 十個の魔石を拾い終えると、彼女はふと顔を上げた。


 そのとき、バッグの中で再び通信機が音を鳴らした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る