第22話 メタリックなアレ


「さてと、スキル検証も終わったことだし本格的にダンジョン攻略合宿を始めていこうか。どのように攻略を進めていく?」


 スキル検証にひと段落着いた一鷗たちは攻略中の五階層へと降りた。

 そして、階段を下りてすぐのところで一鷗が口火を切る。

 一鷗の言葉にメアエルが首を傾げた。


「どのようにというと?」

「バグベアとの戦闘で俺たちのレベルはかなり上がっただろ? そのせいでこの辺りのモンスターじゃあレベル上げの足しにならない。早くレベルを上げるためには下層を目指すのが最適なんだが、まだ六層へ続く階段すら見つけられていないのが現状だ」

「確かに私たちの今の課題って戦闘面よりも探索面にあるかもしれないわね」


 一鷗たちはこれまで一層から四層まで攻略してきたわけだが、毎度階段を探すのに時間を費やし過ぎている。

 探索の後半になるとレベル上げも頭打ちになり、モンスターとの接敵は時間をロスするだけの無駄なものとなってしまう。

 実にもったいない探索の仕方だ。


「これまでは安全のためにふたり一緒に探索していたが、俺たちのレベルに見合った階層へ下りるまではそれぞれ分かれて探索しないか?」

「お互いに違うルートを探索して効率を上げようってことね。いいわ。私たちのレベルなら七層まではひとりでも戦えるだろうし、そこまでは別々に攻略しましょうか」

「交渉成立だな」


 メアエルの同意を得て、これからは別々にダンジョン探索を行うことにするふたり。

 しかし、一鷗が罰の悪そうな顔をする。


「ただ、俺から提案しておいてアレなんだがこの作戦を実行するにはひとつ致命的なものが不足しているんだ」

「致命的なものって?」

「連絡手段だ。いくら俺たちが強くなってこの階層に敵なしと言ってもバグベアのようなイレギュラーがあるかもしれない。万が一のときに離れている相方に危険を報せるものがないとこの作戦は実行に移し難い」


 一鷗は渋い顔でそう告げた。

 少し慎重になり過ぎているかもしれないと一鷗自身も自覚している。

 ただ、バグベアのようなイレギュラーがあった以上それを想定して行動するのは当たり前のことだ。

 もし、またそのようなイレギュラーがあったときに巻き込まれたのが一鷗ならまだしもメアエルだった場合、一鷗は彼女を守れる自信がない。

 前回彼がメアエルを守れたのは奇跡に等しいものだ。

 奇跡は滅多に起こらない。それ故に奇跡なのだから。


『連絡手段ならば我に任されよ』


 一鷗が難しい顔で考え事をしているとドランが不意に声を上げた。


「もしかしてまたドラ〇もん様の便利機能か!?」

『うむ。これならばきっとカモメ殿の期待にも応えられよう』

「おお!!」


 一鷗はこれまでの経験からドランに搭載された新たな機能と聞いて期待を膨らませた。

 ドランは一鷗の期待に応えるように頬を膨らませると、なにかを捻り出すように力を込めた。

 結果、なにかがひねり出された。ドランの尻の穴から。


「これは……」


 一鷗は己の手のひらにひねり出されたそれを見て絶句した。

 それは巻貝のような、あるいはソフトクリームのクリーム部分のような、あるいはネコザメのタマゴのような形をしていた。

 いいや、ここはあえて直接的に言うとしよう。

 それはメタリックなウンコだった。銀色に輝く重量の巻きグソだった。


『それは電話の子機のようなものだ。頭頂部が回転する仕組みになっており、そこを回すと我と通信することが可能だ。また、我からの通信に応える際も同様のやり方で対応可能だ。効果範囲は同じ階層ならばどこでも通信することが出来る。ただし、階層を跨ぐと途端に通信が出来なくなるからそこは注意が必要だ。更にこの子機は発信機にもなってるから子機が同階層のどこにあるかが分かるようにもなっている! ──どうだ? カモメ殿の期待以上の新機能だろう! 姫様も我を見直したことだろう!』

「あー……うん……えっと……」

「そうね……うん……そうね……」


 ドランが得意げに機能の解説をする。

 機能自体は一鷗が求めていたもので、十分期待に応えられるものである。

 しかし、どうにもその形のせいで話が入ってこない。

 一鷗もメアエルも苦笑いを浮かべるしかなかった。


「まあ、これで連絡が取れるってんなら……まあ、いいか。それじゃあこれはメアエルが──」

「じゃあ、私はドランさまと一緒ね」

「はあ!? なんでだよ!」


 一鷗がメアエルに通信機を渡そうとすると、彼女は真っ先にドランを抱きかかえた。

 それを見た一鷗が抗議の声を上げる。


「ドランは俺が連れて行く! お前はこの子機でいいだろ!」

「なんでよ! ドランさまは私の護衛なのよ? 護衛が護衛対象から離れてどうするのよ!」

「それを言ったら俺はドランがいないとステータスを確認できないんだぞ! スキルを使おうとしたら魔力が足りなくてうっかり死んじゃいましたってなったらどうするんだよ!」

「使わなきゃいいじゃない! 今のあんたのレベルならステータスだけで蹂躙できるわよ!」


 お互いにこのときだけは必死だった。

 巻きグソに似たこの通信機だけは持つまいともっともなことを主張し合う。

 ただ、お互いに譲るという選択肢がないためにこの口論は徐々にヒートアップしていった。


『すまない、カモメ殿。我はやはり姫様の護衛故、ここは姫様と行動をともにしたく考える』

「やたっ!」

「んなッ!?」


 沸騰するほど熱くなったふたりにドランが冷や水をぶっかける。

 その言葉にメアエルは隠す素振りもなくガッツポーズを決め、一鷗は本当に冷水をかけられたように青い顔をしていた。


「……まあ、ドランがそういうなら仕方ないか」

『申し訳ない。せめてもの償いとして次の階層ではカモメ殿に付き従おう。我も強くなったカモメ殿の戦闘を直に見たい』

「え……」


 ドランが一鷗にフォローを入れると、今度はメアエルが青い顔をした。

 一鷗の手の上にあるメタリックな巻きグソを見て、アレが自分の手に渡る想像をして口元を手で押さえる。

 どうやら相当嫌なようだ。

 だが、それは一鷗も同じこと。

 文句を言うのならこの設計をしたと思われる絶望的なセンスの持ち主に言ってもらいたい。


「なにはともあれこれで連絡手段が手に入ったわけだ。作戦を実行に移せるな」

「そうね。細かなことでもマメに報告を行いましょう?」

「ああ。それと二時間に一度は合流しよう。ドランがいるから安心だとは思うが場所が分かるように地図は記録しておけよ」

「分かってるわよ」


 ふたりは分かれる前にいくつかの決め事を話し合った。

 打ち合わせが終わり、メアエルがドランを抱きかかえ、一鷗が通信機の子機をポケットに仕舞う。


「んじゃまた二時間後にな」

「ふん、その前に私が階段を見つけてあげるわ」

「おう、期待してるぜ」


 大口を叩くメアエルに小さく笑った一鷗は彼女とは別の方向へと進み始めた。


 五層は四層ほど入り組んだ造りをしていない代わりに一本の通路が長く続く。

 そのため行き止まりに行きつく確率が非常に高い。

 そういうときの時間を無駄にした感じは途方もない。

 メアエルと別れて十分が経ち、早速ハズレを引いた一鷗がとぼとぼと来た道を引き返す。

 すると、不意にポケットから音が鳴り出した。腹を下したときに鳴るような下品な音だ。製作者の顔が透けて見えるセンスである。

 一鷗はポケットからメタリックな巻きグソを取り出すと、ドランに言われたことを思い出し、頭頂部を時計回りに回す。

 下品な音がぴたりと止まり、代わりにメアエルの声が聞こえてきた。


『カモメさま、今いいかしら?』

「どうした? もう階段を見つけたのか?」

『いいえ、まだよ』

「そうなのか。じゃあなんでかけてきたんだ? もしかしてなにか危ない目に──」

『ううん、そうでもないの。ただ、ちょっとカモメさまの声を聞きたくなっただけ』

「え……?」


 不意にしおらしい声でそんなことを言われた一鷗はドギマギとする。

 電話のように受話口を耳に押し当てるようにして聞いているため、耳元で囁かれたような気がしてなおさらだ。

 一鷗が赤くなって固まると、電話越しでメアエルの様子がおかしくなる。


『こうやって声を聞いてると頭の中にカモメさまを思い浮かべちゃうわね。ぷふっ! 今頃カモメさまはアレを耳に押し当ててるのかしら? くふっ! それを想像するだけでもうお腹が痛いわ!』

「……てめえ、馬鹿にしてんだろ!」

『あはははは! やめて、喋んないで! あんたが喋ると想像しちゃうから! あはははは──』

「ふんッ」


 耳元でケラケラとメアエルの笑い声を聞かされた一鷗は話の途中で通話を切った。

 どうやら彼女は一鷗を馬鹿にするために最初の通話をかけてきたようだ。

 一瞬でも馬鹿なことを想像した一鷗は自分を殴ってやりたくなった。

 それと同じくらいメアエルへの怒りも溜まっている。

 一鷗は次の階層に下りたら絶対に同じことをして笑ってやると心に誓い、一刻も早く六層へ下りる階段を見つけるために全力疾走で攻略に臨んだ。

 襲い掛かって来るモンスターをことごとくなぎ倒し、突き進む。

 その姿はまるで復讐の炎に燃える修羅のようであった。

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