第13話 失踪――疾走
魔力の残量を確認するために開いたステータスウィンドウを眺め、首を傾げる。
「なんだ? このスキル……」
一鷗の現在のステータスは以下のとおりだ。
──────
名前:十川一鷗
種族:人間
レベル:8
体力:54/54
魔力:15/15
筋力:37
耐久:61
敏捷:25
器用:37
知力:20
スキル
【基礎剣術】【基礎格闘術】【ロケットスタート】【 】【料理】
──────
レベルがひとつ上がり、ステータスも向上している。
やはり耐久値の伸びが凄まじい。
だが、一鷗が気になったのはそこではない。
スキル欄に新しく増えたスキルのことだ。
「【 】ってなんだこれ? バグか?」
『我にも分からぬ。我は【アナライズ】した人間のステータスは完全に表示出来るはずなのだが、なぜこのようなことになっているのか……』
一鷗のステータスウィンドウに突如現れた謎のスキル。
ステータスウィンドウを表示しているドランでもこのスキルは分からないらしい。
「そもそもなんて読むんだ? 【
『我の予想だが、このスキルは非覚醒状態にあるのではないだろうか。スキルの種というべきか……。未だ発芽していないが故に、名も効果も分からぬのではないか?』
「なるほど……つまり、今の俺にはどうすることも出来ないものってことか」
『レベルを上げて行けばいずれ種も発芽するだろう。強力なスキルは強力な器にのみ生えるものだからな』
「つくづくレベル至上主義な世界観だな……まあ、分かりやすくていいけどさ」
要するに今考えても仕方ない。今はどうすることも出来ないこと──というやつだ。
一鷗はステータスに表示された魔力値が0になったのを見て、タマゴから手を離す。
同時にステータスウィンドウを閉じると、スキルのことは考えるのを辞めた。
魔力が抜けて、少し疲れた様子の一鷗は小さく息を吐く。
それからドランに目を向けた。
「……お姫様の様子はどうだ?」
『昨日気を失って以降目を覚ます兆しはない。余程疲れが溜まっていたのだろう。姫様の護衛として不甲斐ないばかりだ』
「お前が悔やんだところで仕方ねえよ。どうせあいつはお前がなんと言おうと無理したはずだ。幸いだったのは俺たちが四層の攻略に慣れてきたころにあいつが気を失ったことと、そのときに俺が一緒にいたことだ」
もし、メアエルが気を失ったのが五層に下りてすぐだったら一鷗はメアエルを庇うことは出来なかっただろう。
また、彼女がひとりでダンジョンで気絶したときも同じだ。
「まあ、大きな怪我をしたわけじゃないし、あと数時間もすれば起きるだろ。あいつが起きたら説教はお前に任せるよ」
『我の言葉がどれだけ姫様に伝わるかは分からぬが善処しよう。──ただ、昨日も言ったとおり姫様の自責を取り除けるのはカモメ殿だけだ。それだけはよろしく頼む』
「ああ、今日か明日にでもあいつと話をするつもりだ」
そういった一鷗の表情はどこか浮かない様子だった。
彼が顔を俯かせて床を睨んでいると、スマホのアラームが鳴り出した。
「やベッ! 遅刻する!?」
アラームを止めて慌てて時計を確認した一鷗は勢いよく立ち上がった。
どたどたと慌ただしく学校へ行く準備をすると、部屋を飛び出して玄関へ向かった。
「ドラン。あいつが起きたらまずは冷蔵庫に入ってる料理を食わせてやれ。腹が減ってるはずだ。その後はもう一度ベッドで寝かせてやれ。あいつには十分な休息が必要だ」
『了解』
「くれぐれもあいつをこの家から出すんじゃないぞ。あいつの部屋で目を離すことなく見張ってろ。いいな?」
『うむ』
一鷗が厳しく言い含めると、ドランは重く頷いた。
メアエルをドランに任せた一鷗はスマホの時計を見て顔を青くすると、急いで家を飛び出した。
▼
「──というわけで、えー、夏休みだからと言ってね、えー、あまりね羽目を外し過ぎないようにね、えー、してもらいたいなと思っています。そのためにも──」
午前の授業が終わり、昼休みを経て午後となる。
全校生徒は体育館に集められ、校長の長い話を聞かされていた。
誰もがあくびを噛み殺し、襲い来る睡魔と格闘している。
彼らのモチベーションは「この長話が終われば夏休みだ」というただ一点のみ。
「ふわあ……」
一鷗もまた大きなあくびを噛み殺した。
校長の長話を聞きながら、一鷗はふと考える。
──どうやってメアエルを更生させようか。
ドランにはメアエルと話をすると言ったが、彼女が一鷗の話を聞き入れるはずがない。
となれば実力行使しかなくなるが、女子に手を上げるのは一鷗の性分ではない。
はてさて、どうしたものやら……。
「やっぱり根気強く説得する以外にはないかな……」
登校してからずっと考え込んでみたが、結局はその結論にたどり着く。
やはり一鷗にはどうしてもメアエルが自分の話を聞いてくれるイメージが湧かないのだ。
「はあ……」
今からメアエルに話を切り出すときを思い浮かべて億劫になった一鷗がため息を吐く。
そのとき──ぴちょんと、一鷗の頬に雫が落ちた。
「雨漏りか……?」
頬についた雫を制服の袖で拭った一鷗は首を傾げる。
すると、立て続けにぴちょんぴちょんと水滴が一鷗に降って来る。
三滴の雫を受け、いい加減鬱陶しく思った一鷗は雨漏りの場所を見極めようと、天井を見上げた。
そして──
「んあ……!?」
天井を見上げた一鷗は校長の話の途中でありながら、大きな声を上げてしまった。
しかし、それは仕方のないことだった。
なぜなら、天井には水筒を持ったドランが張り付いていたのだ。
水筒から雫を垂らしていたドランは一鷗が気が付いたと分かると、尻尾をぶんぶんと振った。
──なんでドランがここにいるんだ?
一鷗の中に素朴な疑問が浮かび上がる。
「
「あ、いや……ちょっと体調が悪くて……保健室行ってきます」
一鷗が胡乱な目で天井を眺めていると、さきほどの声を聞いて教師が駆けつけた。
一鷗は苦笑いを浮かべると、咄嗟に嘘を吐いた。
「ひとりで行けるか? 先生の肩を貸してやろうか?」
「大丈夫です! ひとりで行けます!」
一鷗は心を痛めながら先生の好意を拒絶すると、急いで体育館の外へと飛び出した。
人気のないところへ移動して、息を整える。
すると、一鷗の傍にドランがやってきた。
「お前、なんのつもりで──」
『カモメ殿! 申し訳ない! 我の不注意で姫様が……姫様が!』
「落ち着けドラン。なにがあった? あの馬鹿姫がどうしたって?」
あわあわとして要領の得ない話をするドランを一鷗が落ち着かせる。
少しして冷静になったドランが一鷗の手のひらの上に座って話をした。
「我の不注意が原因なのだ。そのせいで──姫様がダンジョンへと向かってしまった」
「……は?」
ドランの口から放たれた衝撃的なひと言に一鷗は掠れた声を捻り出した。
一鷗が数秒呆然とする。
少しして、ようやく言葉の意味を理解した彼は焦った顔でドランに詰め寄った。
「な、どういうことだ!? お前にはあの馬鹿姫の見張りを頼んだはずだろ? それがどうして──?」
『……姫様が目覚めた瞬間、我は姫様のすぐそばにいた。そして、姫様がお腹が空いたというのでご飯を用意して差し上げたのだ。冷蔵庫から料理を出して、レンジで温め直して──そうやって料理の準備をする一瞬、我は姫様から目を放してしまったのだ。その一瞬で姫様は家を飛び出していかれた。姫様がどこへいったかは分からない。だが、恐らくは──』
「ああ。あいつの向かう先なんてダンジョンに決まってる!」
ドランの話を聞いて、メアエルの向かった先がダンジョンだと半ば確信めいた予想を立てる一鷗。
そんな彼の顔はみるみるうちに焦燥感に満ちていく。
「あいつがいなくなったのはいつだ?」
『我が気づいたのは料理を準備し始めた十分後だ。それから五分ほど家の中を探し回り、三十分かけてここまできた』
「あいつが学校に来るまでにも三十分はかかる。つまり、監視が消えた直後に家を出てダンジョンに直行したとしてもまだ十五分くらいしか経ってないってことだな?」
『否。ダンジョンでは時間が三倍速く進む。こちらの現実の十分はダンジョンの中では四十五分だ。そして、それだけの時間があれば──』
「四層まで下りられるな。それどころか五層の階段を見つけることも──」
ドランの案内がなくてもダンジョン攻略に前のめりなメアエルならば四層へ下る最短距離くらいは暗記していることだろう。
メアエルのステータスを考えると、三十分もあれば四層まで駆け下りることは可能だ。
昨日の探索で四層はあらかた探索し終えたし、余った場所を虱潰しに探したとしても五層へ下る階段を見つけるのに十五分もかからないだろう。
階段を見つけたメアエルはまず間違いなく下層へと降りていくはずだ。
四層の戦闘でも度々危うい場面があったというのに、五層を、それもひとりでとなると危険度は計り知れない。
最悪、今から追いかけても間に合うかどうか──。
「──って考えてる場合じゃねえ。ドラン武器を出してくれ、あの馬鹿を追いかけるぞ!」
『了解』
一鷗はダンジョンがある二年C組を目指して走り出すと、ドランに武器を寄こすよう命じた。
ドランがアイテムボックスの中から武器を探している間に一鷗はC組の前に到着する。
扉を開け、黒と青の靄が渦巻く壁の中に飛び込んでダンジョンの中へ入場する。
それと同時にドランが鉄剣を吐き出した。
一鷗はそれを受け取って装備する。
「【ロケットスタート】──!」
スキルを発動させ、全速力で下層へ向かう最短距離を走る一鷗。
彼の前方に一体のゴブリンが現れる。
「邪魔だ、ドケぇ!!」
走る勢いは殺さずに鉄剣を抜いた一鷗はすれ違いざまにゴブリンを斬り殺した。
落ちる魔石を無視して彼は走り続ける。
「頼むから馬鹿なことするなよ──馬鹿姫」
メアエルを想い、小さく呟いた一鷗は二層へ下る階段を一足で飛び下った。
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