第12話 本当の目的
ダンジョンの外に出ると、時刻は十二時を回っていた。
三十分とかからないうちに家に着いた。
ダンジョンに潜りっぱなしで腹が減ったし、汗も流したかった。
だが、一鷗はまずメアエルをベッドに寝かせてやることにした。
彼女の部屋の扉を開き、絶句する。
「なッ……んだこの部屋……!?」
それは初めてダンジョンの中に入ったときと同じか、あるいはそれ以上の衝撃だった。
未知の世界に飛び込む感覚。一鷗にとってメアエルの部屋はまさにそれだった。
彼女の部屋はひと言で言えば『汚部屋』だ。
ゴミが散らかっているとか食べ残しが放置してあるとかいう『衛生的な』汚いではない。
物があちこちに積まれて足の踏み場もないような『見栄え的な』汚いだ。
部屋を与えて僅か一日でよくこれだけ散らかせたものだと逆に称賛できるレベルである。
「ドラン、お前が責任をもって片付けさせろよ」
『り、了解……』
メアエルは一鷗の言うことなど絶対に聞かないだろう。
部屋を片付けろなんて言ったら、なぜ部屋に入ったのかと思春期の子供のような逆切れをしてくるに違いない。
故に一鷗はドランに釘をさす。
ドランは自信なさげに頷いた。
足の踏み場もない地面からなんとか足場として利用できそうなものを踏みつけ移動すると、そこだけは綺麗に整理されたベッドが見えた。
一鷗はそこにメアエルを寝かせると、来た道を戻って部屋の外に出る。
ひとつのアスレチックをクリアしたあとのような達成感をもって、一鷗は一階へと降りた。
色々とやりたいことがあったが、ひとまずは風呂に入る。
その後は夕飯の準備をし、ひとりで頂く。
ドランには魔石を与えてやる。
ひととおりやるべきことが片付くと、自室に戻り、タマゴに魔力を与える。
今日は新スキルを覚えてダンジョンで魔力を使い切ったため、帰路で回復した魔力を3点だけタマゴに与える。
タマゴに手を当てながら、一鷗はドランに目を向けた。
「さて、それじゃあ聞かせてもらおうか。あいつがダンジョン攻略を焦る理由を」
『うむ』
ダンジョンの中でドランが言っていたメアエルがダンジョン攻略を焦る理由。
それを知っているのと知らないのとでは今後のダンジョン攻略のやり方が変わって来る。
一鷗が真っすぐに尋ねると、ドランも真剣な声音で頷いた。
『まず根底として姫様は魔神を倒すためにダンジョン攻略を目指している。これは間違いない』
「ダンジョンを完全攻略するには魔神を倒せるだけの力が必要になる。言い換えれば、ダンジョンを攻略できれば魔神を倒せるってことだろ?」
『うむ。故に姫様は一刻も早くレベルを上げようとダンジョンの深層を目指しているのだ。ダンジョンでは──というよりも姫様の世界では強敵に挑むほどレベルが上がりやすいからだ』
強敵に挑むほどレベルが上がりやすい。
それはゲームで例えると、経験値のレベル差補正というやつだろうか。
キャラクターとモンスターのレベルに大きな差があるとき、獲得経験値にボーナスが加えられるというシステムだ。
これをうまく利用することでキャラクターは効率よくレベルを上げることが出来る。
だが、それはあくまでもゲームの話。
現実は死ねば一発ゲームオーバーのハードモード。そんな世界でレベル差補正を利用しようとすれば命をかけた戦いをし続けなければならない。
それは常に魂を削った戦いをするということだ。
だが、それを続けていればいずれ魂は擦り切れて死んでしまう。
異世界を救おうという目的があるのなら、それは目的に反した行いだ。
「世界を救いたいってんなら、その行動は矛盾してるだろ?」
『うむ。確かにそうかもしれない。だが、姫様の本当の目的が世界を救うことではないとすれば矛盾は起こらない』
「あいつの本当の目的……?」
一鷗はこれまでメアエルの目的は魔神を倒して異世界を救うことだと思っていた。
だが、ドランはそうではないという。
ではメアエルの本当の目的とは──?
『姫様は孤独を恐れているのだ』
「……は?」
ドランが告げた答えは一鷗にとって予想外の言葉だった。
ひとり取り残されることを恐れているとはどういうことだろうか。
一鷗が首を傾げると、ドランが詳しく説明を入れる。
『そもそもこの世界を救うためにひとりの英雄を別世界で育て上げるという試みは主様が考えたものではない。もともとの計画は魔神を倒す素質のある人間を魔神の手の及ばない世界で育成するという計画だ。もちろんその際は姫様のいた世界よりも時間の流れが速い世界を選ぶ予定だった。だが、その計画にはふたつの悪い誤算があったのだ』
「ふたつの悪い誤算?」
『まずひとつは魔神の強さが圧倒的だったこと。そしてもうひとつは転移魔法で移動できる距離に元の世界より時間の流れが速い世界が存在しなかったことだ』
「時間の流れが速い世界がないってずいぶんと杜撰な計画だな……」
『いや、正確には時間の流れが速い世界はいくつもあったのだが、それは誤差のようなもので、とても魔神が世界を滅ぼすまでに英雄を育成できるほど時間に余裕がある世界がなかったのだ』
悠誠が異世界に転移してから魔神と肩を並べるほどの力を手に入れるまでに五年がかかったという。
それを考えると、時間の流れが五倍や十倍違ったところで誤差でしかないのかもしれない。
『計画がすでに破綻していることに気が付いた皇帝はこの計画を私的な目的で利用することを決めたのだ。即ち──「愛する我が子を守りたい」という親心のために』
「どういうことだ?」
『つまり、皇帝は転移魔法を利用して、滅びゆく世界から別の世界へ姫様を転移させることで姫様を救おうとしたのだ』
「それってとんでもない大罪なんじゃ?」
『うむ。だが、どうせ破滅する世界なのだからと皇帝は思い切った決断をしたのだ』
「それであいつはここに……ってまさか! あいつの恐れている孤独ってのは──」
ドランの話を聞いて一鷗のその結論にたどり着く。
ドランが重く頷いた。
『姫様は世界が魔神によって滅ぼされたあと、ひとりでこの異世界を生きる未来を恐れているのだ』
メアエルはダンジョンで一鷗に言った。
──死んだら、私の世界の全員があんたを恨むわよ
メアエルはひとり生き残って世界の全員に恨まれることを恐れているのだろうか。
だから世界を救うために無茶な攻略スケジュールを考えているのだろうか。
「──いや、違うな」
ともにダンジョンに潜り、いつ死んでもおかしくない冒険をしたから一鷗には分かる。
メアエルは──
「あいつは生きたいと思っていない」
『……』
「ひとり生き残るくらいなら、今ダンジョンで死んでやる。あれはそんなヤケクソの戦い方だ」
『うむ。我もそう推測する』
一鷗の言葉にドランは同意した。
ドランの賛同を受けた一鷗はステータスウィンドに表示された魔力値が0になったのを視界の端で確認する。
タマゴから手を離すと、拳を握り、床を殴りつけた。
「ざけんじゃねえ! そんな自分勝手な生き方、俺は絶対認めねえ。あいつがこれからも死ぬためにダンジョンに潜るってんなら、俺がぶん殴って考えを改めさせてやる」
『……やはり、カモメ殿は我が主様が認めた人間だ』
「どういうことだ?」
『我が主様は姫様の考えに気が付いて、我を姫様の護衛につけた。だが、我では姫様から自責の念を払うことは不可能だということにも気づいていた。故に主様は我にカモメ殿と姫様の仲介役を務めるよう命令されたのだ。姫様を救える人間がいるとすればそれはカモメ殿以外にはいないと言って』
一鷗が苦い顔をする。
「なんだか、全部あいつの手のひらの上で踊らされているようで釈然としないな」
『それだけ主様がカモメ殿を信じているということだ。カモメ殿を信じているから、あらゆる事態を想定して事前に手を打っておく。だが、主様に出来るのは準備まで。そこから先は──』
「ああ、分かってるよ。こっから先は俺の番だ。──あの死に急ぎ姫をぶん殴って正気に戻させるのが俺の役目だ!」
一鷗は手のひらに拳をぶつけると、扉の外をじっと眺めた。
視線の先にはメアエルの部屋がある。
その中で眠る彼女に視線を向けて、一鷗は強く念じた。
──必ず、お前を救って見せる。
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