第11話 魔力――気力

十一話 魔力──気力


「──【ファイアボール】」

「──【ロケットスタート】!」


 通路の先に見えたケイブスネークを相手にメアエルは火の玉を打ち出し、一鷗かもめは剣を抜いてスキルを発動させた。

 ゴブリンの集団と戦闘をしてからすでに四時間が経過しており、一鷗は【ロケットスタート】の感覚に慣れ始めていた。

 そして、その成果がついに出る。


「おらああ!」


 声を張り上げてケイブスネークに突っ込んだ一鷗はついに転ぶことなく、ケイブスネークの元に到着した。

 メアエルのファイアボールよりも先に鉄剣を振り下ろす。

 ケイブスネークはその一撃で絶命した。

 黒い靄となり、魔石が落ちる。


「しゃあッ! これで同点だ!」


 一鷗がガッツポーズをして、魔石を拾い上げる。

 スキルに慣れるために一鷗は何度も先制攻撃を失敗した。

 そのせいで一度はメアエルにモンスターの討伐数を追い抜かれたが、今再び横に並んだのだ。


「魔石を回収したなら早く先へ進むわよ。今日中に五層へ行かないとなんだから」

「お、おう……」


 勝負がいい具合に行われて喜ぶ一鷗とは対称的にメアエルはどこか冷めた様子で先を急ぐ。

 四時間前にゴブリンと戦った後から彼女はずっとこの調子だ。

 戦闘は数を倒すよりも、早く倒すことを目的とした戦い方をし、時間がかかりそうな戦闘は避けるように動いている。

 目的は五層へ続く階段を見つけることなのだろうが、それにしても急ぎ足なのは確かである。


「なあ、どうしたんだよ。さっきからなんか変だぞ? なにか気がかりなことがあるなら聞かせてくれよ」

「別にないわよ。私はただ早くこのダンジョンをクリアしたいだけ。一分でも一秒でも早く──」


 そういった彼女は不意にふらりとよろめいた。

 一鷗が慌ててメアエルを支える。


「おい! 大丈夫か?」

「平気よ。放して」

「いやいや、全然平気そうに見えねえっての。今日はさすがにもう止めにしたほうがいいんじゃないか?」


 ダンジョンに入ってから今で丁度十二時間が経過する。

 途中途中で休憩を挟んでいるとはいえ、それですべての疲労が回復するわけではない。

 ましてや、普通の労働と違ってダンジョンは命懸けだ。

 体の疲れが癒えたところで心の疲れは外の空気を吸わない限り癒すことは不可能だ。

 その積もり積もった心の疲労がメアエルの足を覚束なくしているのだとしたら、今日の探索はここで切り上げるべきだろう。


「嫌ッ! これから先のことを考えたら、今日のうちに五層へ行かないといけないのよ! こんなところでもたもたしていられないわ……!」

「だからってそんな体じゃ──」

「私の体なんてどうでもいいのよ。それよりモンスターが来たわよ」


 メアエルはドランを見て、そういった。

 一鷗もドランを見上げると、彼は小さく頷いた。

 メアエルと一鷗が戦闘態勢を取る。

 すると、通路の角から三匹のゴブリンと、同数のケイブウルフが現れた。

 一鷗が【ロケットスタート】を使って先行するゴブリンの集団にぶつかる。


「……【ファイアアロー】っ!」


 メアエルが火の矢を放つと、一体のウルフと、二体のゴブリンに矢が刺さる。

 だが、いずれも絶命には至っておらず、メアエルの魔法の命中精度が明らかに低下していることを表していた。

 一鷗がゴブリンを片付けると、メアエルが至近距離に迫った二体のケイブウルフを【ファイアボール】で焼き殺す。

 モンスターたちが黒い靄となり消えていくのを見守ると、メアエルがその場に崩れ落ちた。


「どうした!?」

「……平気よ。少し魔力を使い過ぎただけ」


 そういうメアエルの顔色は真っ青だった。

 今の戦闘は確かにいつも以上に魔力を使っていたが、この顔色は魔力欠乏が原因ではないだろう。

 やはり、疲労が限界を超えているに違いない。これ以上は命に関わる。


「おい、今日はこのくらいに──」

「あ! ラッキーボックス!」


 一鷗がメアエルの体調を考慮して今日の探索を切り上げようとしたそのとき──不意にメアエルが声を上げた。

 彼女の目線の先にはケイブウルフが落とした魔石がふたつと、小さな緑色の箱が落ちていた。

 一鷗がダンジョンに入ってすぐの戦闘で手に入れたアイテムと同じものである。

 メアエルは元気を取り戻した様子でその箱を拾った。


「どうやらようやく私にも運が回ってきたみたいね」

「運が回ってきたかどうかは中身を見てから言えよ。俺以上の外れを引かねえようにな」

「分かってるわよ。私は当たり前に当たりを引いて見せるわ!」


 メアエルは意気揚々と箱に巻き付いたリボンを引っ張った。

 ひとりでに箱が開き、箱の大きさに合わない大きなものが飛び出した。

 メアエルの手に収まったそれは銀色に輝く腕輪だった。表面に三つの赤い宝石がはめ込まれている。


「なんか当たりっぽいな!」

「これ多分『魔力の腕輪』よ!」

「魔力の腕輪?」

『魔力の腕輪には名前のとおり魔力が封じられているのだ。装備者は腕輪の魔力を引き出すことが可能で、それにより疑似的に魔力総量を上げることが出来るのだ』


 一鷗が首を傾げると、ドランが丁寧に説明してくれた。

 そこにメアエルが知識を付け加える。


「しかもこの腕輪には赤い宝石がついているでしょう? これは火の魔力が込められているということよ。つまり、【火魔法】を使う私とは相性がいいということよ!」

「へえ、じゃあ当たりってことか?」

「いいえ、当たりじゃないわ。大当たりよ! ──これで今日はまだまだ先へ進めるわね」


 メアエルは早速腕輪を嵌めると、腕輪の魔力を吸収した。

 腕輪の宝石のひとつが色を失い、代わりにメアエルの血色が回復する。

 とはいえ、やはり顔色が悪いことには変わりなく、彼女の不調の原因が魔力欠乏ではないことが明らかとなる。

 一鷗がメアエルを引き留めようとするが、メアエルは話を聞かずに先を目指した。


『モンスターの反応がある。注意しろ』


 一分と経たずに次のモンスターが現れた。

 ドランが示した方向へ進むと、さきほどと同じ構成のモンスターたちが待機していた。

 ただし、今度は一鷗たちが先制攻撃を仕掛ける前にモンスターたちが一鷗たちに気が付く。


「来るぞ!」


 一鷗はそう叫ぶと、スキルを使わずにモンスターの群れに駆け出した。

 魔力残量的にスキルが使えるのはあと一度。先制攻撃以外の攻撃に使うのはもったいないとの判断だ。

 彼は先行するケイブウルフ三体をターゲットにすると、鉄剣を横に薙ぎ払う。


「グラウ……!」

「一体抜けた!」


 一鷗の攻撃は一体を絶命させ、もう一体に深い傷を与えた。

 ただ、最後尾を走っていた一体は天井を蹴って一鷗の後ろに抜け出した。

 ケイブウルフがメアエルに向かっていく。


「【ファイア──」


 メアエルがケイブウルフを標的として魔法を打ち出そうとする。


 ──そのとき、メアエルの体がふらりと揺れた。


 メアエルがそのまま前に倒れ込む。


「あの馬鹿ッ! 【ロケットスタート】!」


 後方でメアエルが倒れたのを見た一鷗は相対するケイブウルフとその後ろのゴブリンたちを後回しにした。

 残る魔力を全て消費して、スキルを発動。

 初速からトップスピードに乗った脚力で駆け抜けると、ケイブウルフより一歩早くメアエルの元へたどり着いた。


 直後、メアエルに飛びかかろうとしたケイブウルフが一鷗の腕に喰らいつく。 


「ぐあああああ!!」


 牙が肉に喰いこみ、顎の力で骨が悲鳴を上げる。

 一鷗は苦悶の声を叫ぶと、腕を振って、ケイブウルフを地面に叩きつけた。

 腕から牙が外れると、すぐさま開いた口腔に鉄剣を突き立てた。


「グラウ!」

「ッ──!?」


 眼下でケイブウルフが黒い靄となって消えると、今度は背中を鋭い爪で切り裂かれた。

 かつてないほどの痛みが背中を走るが、一鷗は唇を噛んで意識を保つ。

 死体が消えて解放された鉄剣を振り向きざまに薙ぎ払う。

 すると、ケイブウルフのみならずゴブリンを一体巻き込んだ。ふたつの魔石が地面に落ちる。


「……ラストおおおお!!」


 一鷗は最後の気力を振り絞ると、襲い掛かる残り二体のゴブリンを斬り殺した。

 すべてのモンスターが魔石に変わったのを確認し、一鷗は膝から崩れ落ちた。


「ッだああ──!!」


 疲労と痛みで体中から汗がドッと吹きだす。

 同時に腕と背中から体温が抜け出していくような感覚を覚えた。

 そこでようやく腕と背中を負傷している事実を思い出し、痛みがぶり返してくる。


『カモメ殿、早くポーションを!』

「あ、ああ……」


 ドランの手でポーションを飲まされた一鷗は徐々に痛みが引いていくのを感じて、ようやくほっと一息ついた。

 ドランからもう一本ポーションをもらい、それを飲みながら、メアエルに目を向ける。


「こいつ、生きてるよな?」

『気を失っているだけだ。恐らくは疲労が限界を迎えた結果だろう』

「だろうな」


 ドランの説明に一鷗も納得した。

 後半のメアエルは明らかに空元気で動いていた。

 一鷗が危惧したとおり、疲労の蓄積が爆発して、気絶したのだろう。

 それほどまでに彼女は自身を追い詰めていた。


「なんだってこいつはそんなにもダンジョン攻略を急ぐんだ? そりゃあ早く元の世界に帰りたい気持ちは分かるが、早く強くなったところで早く魔神が倒せるわけじゃないだろうに」


 メアエルの説明では魔神が侵攻を止めているのは魔界と人界を隔てる壁のせいだという。この壁は少なくとも十年は破られない強力な壁で、それは魔界から人界への干渉を阻害すると同時に、人界から魔界への干渉も阻害する。

 故にどれだけ早く異世界へ行ったところで魔神と戦う日を早めることは出来ないのだ。


『姫様が急ぐ理由は魔神を早く倒したいからではない』

「そうなのか? じゃあどうして?」

『その理由はダンジョンを出てから説明しよう。ここで長話をするのは危険すぎる』

「確かに。俺もそろそろ帰ろうと思ってたところだ。家に戻ったら話の続きを聞かせてくれ」

『了解』


 ドランと一鷗が約束をする。

 それから一鷗は気絶したまま目を覚ます気配のないメアエルを背中に担ぐと、ダンジョンの出口へ向けて歩き出した。

 ドランのナビゲーションにより、道中の戦闘は行きより格段に少なくなったが、それでもゼロにすることは出来ない。

 幾度かの戦闘を経て、一鷗たちはダンジョンの外へ脱出した。

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