第10話 火蝶


 通路の先へ進むと、前方に七頭のケイブウルフが現れた。

 モンスターが大勢で現れることはこれが初めてではないが、七体同時となると話が違う。

 それもモンスターの種類はすべてケイブウルフだ。

 ヤツは三層での戦闘で唯一メアエルの魔法を躱したモンスターである。

 そんなやつが七体もいるとなると、さすがに一鷗たちの分が悪い。


「ここはいったん引いて別の道を行ったほうがいいんじゃないか?」

「嫌っ。私はあいつらと戦うわ。あいつら全部倒してあんたとの差を少しでも縮めてやるんだから」

「おい……勝負なんかより大事なことがあるだろ? ここで無茶したらお前の世界は──」

「は? 無茶なんかしないわよ。見てなさい。私の新魔法であんなやつらすぐに倒してみせるわ」


 メアエルは自信満々に一歩前に踏み出した。

 片手を前に突き出して目を瞑る。


「──【火蝶ひちょう】」


 メアエルが小さく呟くと、彼女の手のひらから火の蝶々が五匹飛び出した。

 蝶々はゆっくりとケイブウルフを目掛けて羽ばたいていく。

 しかし、火の蝶々は薄暗い洞窟内では目立つため、すぐにケイブウルフに気が付かれた。

 ウルフたちは火蝶を警戒している様子であるが、動きが遅いからか舐めている様子だった。


「ガルっ!」


 ウルフの一頭が片手で火蝶を攻撃する。

 すると、火蝶はあっけなくやられて消えた。

 火蝶に攻撃力がないと分かったケイブウルフたちは火蝶への警戒を解くと、あくびの出るような攻撃を仕掛けてきた魔法使いに目を向けた。

 その間に残った四匹の火蝶はそれぞれ別の個体を攻撃し、やはりなんのダメージも与えずに消えて行った。

 ただし、毛が少し焼けたのか、ウルフたちは不愉快そうに唸りを上げる。


「アオオオオン──!!」


 先頭に立ち、最初に火蝶を叩き落としたケイブウルフが遠吠えをする。

 一頭の遠吠えを合図にケイブウルフたちが一斉に一鷗かもめたちのほうへ走り出した。狙いはメアエルである。


「おい! なにが新魔法だよ! 全然効いてねえじゃねえか!」

「少し黙って」


 一鷗が慌てて鉄の剣を抜き、しょぼい攻撃で先制攻撃を台無しにしたメアエルを非難する。

 すると、メアエルは真剣な表情で低く嘯いた。

 彼女がもう一度、手のひらをウルフたちに向ける。


「【ファイアアロー】ッ!」


 メアエルは力を込めて叫ぶと、手のひらの前に五本の火の矢を生み出した。

 ケイブウルフが攻めてきているというのに落ち着いているからどんな強力な魔法を使うのかと思いきや、これまで何度も使っていた魔法を選んだメアエルに一鷗はとうとう呆れてしまった。

 一鷗が見守る中、火の矢がウルフたちを目標に射出された。

 だが、やはりというべきか、ケイブウルフたちは壁や天井を利用して、火の矢を全て回避する。

 着地したケイブウルフたちが再びメアエルのほうへ駆け出した。


「くそッ! ウルフ七体はさすがにキツイぞ──ん? なんだ?」


 一鷗が愚痴を吐いて、剣を構えたそのとき。

 突っ込んでくるウルフたちのなかに体の一部が赤く光っている個体がいることに気が付いた。

 よくよく観察すると、赤く光っているのは体の一部にはっきりと浮き上がった蝶々の模様だ。


 直後、ウルフたちの後方に大きく外れて行った火の矢が急転回し、ウルフの体に刻まれた火蝶の模様目掛けて追尾を始めた。


「ガルァ!?」


 勘のよいウルフが背後から迫る火の矢に気が付く。

 だが、時すでに遅し。

 火蝶の模様が浮かんでいた五頭のウルフは模様が浮かんでいる部分を火の矢に貫かれた。

 体に火蝶の模様が浮かんでいた四頭のウルフがその一撃で絶命に至る。

 また、火蝶を前足でたたき落とした一頭も足を貫かれて動けなくなった。


「なにぼーっとしてるのよ? こっちに来てる二頭はあんたが倒しなさい」

「お、おう……!」


 急展開に頭が追い付かずにフリーズしていた一鷗は、メアエルに言われ、正気に戻る。

 鉄剣を構え直し、迫りくる二頭のケイブウルフを数度の攻防の末に打ち倒した。

 残る一頭に目を向けると、ソイツはメアエルの【ファイアボール】で焼かれていた。


 すべてのウルフが黒い靄となって消え、魔石に還る。

 一鷗たちはそれぞれ自分で倒したウルフの魔石を回収する。

 回収が終わった直後、一鷗がメアエルに詰め寄った。


「お前、今のはどうやってやったんだ? 矢があり得ない角度に曲がってたぞ?」

「ふふん。それこそが私の新魔法【火蝶】の効果よ!」


 メアエルは平たい胸を張って威張った。

 彼女が【火蝶】の効果を説明する。


「【火蝶】自体に大した攻撃力はないわ。【火蝶】の効果はターゲットに私の魔力をマーキングすること。そうすることで次に私の魔力を使って生み出した魔法が火蝶の目印を追いかけるようになるのよ」

「つまり、次に打ち出す魔法に必中効果を付与するみたいな感じか。すげえな」

「でしょ! これで今回の勝負は私の勝ちね!」


 一鷗が素直に感心すると、メアエルはひとりで勝ち誇った。

 一鷗がそれに反論する。


「俺だって新スキルを覚えたんだ。五分だろ!」

「あの使えないスキルでしょ? 魔力を消費するだけの無駄スキルを何度使おうと私の魔法には敵わないわよ」

「はんっ! 見てやがれ、次の戦闘で俺の新スキルの真価を見せてやる」


 一鷗はそう吠えると、ドランに次のモンスターの位置を聞いた。

 ドランの案内に従って洞窟を進む。

 五分ほどすると、前方に広けた空間が見えてきた。

 その中央で十体のゴブリンが車座になって休憩している。


「よっしゃ、今度は俺の先制攻撃のターンだぜ──【ロケットスタート】!」


 一鷗は長剣を引き抜くと、寛いでいるゴブリンを睨みつけた。

 ぐっと姿勢を低く構えて、スキルを発動する。


「──ぐえッ!」

「ギギャ……!?」


 意気込んで飛び込んで行った一鷗は、ゴブリンたちの真ん中で盛大に転ぶと、情けない声を上げた。

 彼の間抜けな声に続いて、ゴブリンたちの驚声が開けた空洞内に響き渡る。

 通路から様子を見ていたメアエルが呆れた様子でため息を吐いた。


「まったく……【ファイアアロー】」


 一鷗の突然の登場に驚くゴブリン集団にメアアエルが五本の火の矢を打ち出した。

 そのうちの四本がゴブリンに命中し、二体を絶命させる。


「ギャギャギャ!」


 仲間が死傷し、ゴブリンたちはようやく武器を手に取った。

 一番近くで倒れる一鷗をターゲットにする。


「んのやろッ! お前らは俺の手柄なんだよッ!」

「────っ!?」


 ゴブリンたちに取り囲まれた一鷗は殺意を放ってゴブリンたちを怯ませた。

 怯んだゴブリンの胸の中心に剣を突き立てる。

 それから立て続けに三体のゴブリンを斬り殺す。


「──ッぶね!」


 一鷗が四体目のゴブリンを斬り殺したタイミングで、槍を持ったゴブリンが一鷗の顔面を目掛けて刺突を放つ。

 一鷗はそれを間一髪のところで首を捻ることで回避した。

 一鷗が反撃に転じようとする──


「邪魔よ!」

「どわあ!?」


 そのとき、一鷗の背後からメアエルの声が飛んできた。

 驚いて一鷗が振り返ると、そこには目の前まで迫った火の玉があった。

 一鷗は反射で間一髪のところで回避する。

 火の玉は一鷗のすれすれを直進すると、そのまま槍ゴブリンを焼き殺した。

 ゴブリンが黒い靄となり、魔石を落とす。


「──危ねえだろ! なにやってんだ!」

「あんたがもたもたしてるから手伝ってあげたんじゃない。感謝されこそすれ、責められる謂れはないわ」

「んの野郎……ッ!」


 メアエルの余計なお世話で危うく焼き殺されそうになった一鷗がカチンとキレる。

 メアエルに掴みかかろうとすると、ドランに止められた。


『カモメ殿、落ち着くのだ。姫様とやりあったところでカモメ殿になんの得があるのだ?』

「……確かにそうだな。あいつとやりあったところで無駄に魔力を消耗するだけだ」

『うむ。姫様も今一度目的を思い出されよ。勝負のためにカモメ殿を危険に晒す今の行動は果たして世界を救うためになるのかどうか』

「……目的」


 ドランに諭され、一鷗は心を落ち着かせた。

 メアエルもドランの言葉で我に返ったのか、さきほどまでの勝ちに飢えたギラギラとした瞳を消失させた。

 代わりにどこか、焦りを帯びたような色を目に滲ませる。


「おい、どうかしたのか?」

「……なんでもないわよ。それよりも早く五層へ向かう階段を見つけましょう。勝負はあくまで暇つぶしのゲームなんだから」

「お、おう……」


 勝負に対して押せ押せだったメアエルが突然引いた態度をとったことに混乱する一鷗。

 そんな一鷗の混乱など気にも留めずにメアエルは通路の先へと進み始めた。

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