第9話 ロケットスタート
三層探索開始から七時間が経過したところで、四層への階段を見つけた。
階段を下ったところで、一度休憩を挟むことにする。
「悔しいッ! どうして私があんたなんかに負けるのよ!」
「実力の差だな」
四層に下りてすぐ、メアエルが悔しそうに地団駄を踏む。
それに対して、
ふたりは三層でモンスターの討伐数を競っていたのだが、モンスター十体分の差をつけて一鷗が勝利したのである。
メアエルはその結果に不満がある様子だった。
「あんた、ちゃんとルールを守りなさいよね。連続で先制攻撃するなんてルール違反だわ!」
「それはお前が魔法をぼこすか撃って魔力を切らしたからだろうが。敵に気づかれてないのに攻撃しないのはもったいないだろ。だから俺がやったんだ。それが嫌ならもう少し考えて魔法を使うか、近接戦闘を覚えろよな」
「私は魔法使いなのよ? 近接戦闘なんて出来るはずがないでしょ?」
さも当然とばかりに言うメアエル。
彼女はハッとすると、怖い顔で一鷗に近づいた。
「とにかく、次は今日のダンジョン攻略が終わるまでに倒したモンスターの数で勝負よ。今度はルールをきちんと守りなさいよね! 分かった?」
「へいへい」
一鷗としてはルールを破っているつもりはないのだが、言い返すと面倒なことになりそうだったので言葉を呑み込んだ。
一鷗が素直に頷くと、メアエルは満足気に頷いた。
そして、今にも洞窟の奥へ向けて駆け出そうとする。
その襟首を一鷗が捕まえた。
「──ぐえっ!」
メアエルが姫様らしくない声を上げる。
一鷗が手を離すと、メアエルが鬼の形相で睨んできた。
「なにするのよ!」
「まあまあ、落ち着けって。攻略に気合が入るのも分かるけどさ、もうダンジョン入ってから七時間も経ってる。そろそろ休憩してもいい頃合いだろ?」
「休憩なら一時間に一度取ってるじゃない」
「たった五分の極小休憩だろ? それじゃあ体は休まらねえし、なによりいい加減腹が減ってきた」
一鷗がお腹をさする動作をする。
ダンジョンに入ってから七時間。最後にご飯を食べたのは学校の昼休みだから、そこから数えると十二時間なにも食べていない。一鷗のお腹はすでに空っぽだ。
「お前も腹減っただろ?」
「私は別に──」
減ってない──と、メアエルは強がろうとしたが、彼女のお腹は正直だった。
くるるるると可愛らしい鳴き声が洞窟に響く。
ばッと勢いよくお腹を押さえたメアエルは顔を真っ赤にしてその場に蹲った。
そんなメアエルを見て小さく苦笑した一鷗は、学校の帰り道に買っておいてドランの口に預けていたコンビニのおにぎりを取り出すと、封を破ってメアエルに手渡した。
「ほらよ」
「……いただきます」
一鷗からおにぎりを受け取ったメアエルはパクリと一口食べると、目を輝かせた。
あっという間に完食し、ドランの口から取り出して、地面に並べて置いたおにぎりをふたつ手に取る。
余程お腹が減っていたのか、あるいはもとより大食らいなのか。とにかくたくさん食べるメアエルを見て、一鷗は少しほっとした。
自分もおにぎりを手に取り食べると、片手をドランの頭に載せ、ステータスを確認する。
──────
名前:十川一鷗
種族:人間
レベル:7
体力:47/47
魔力:12/12
筋力:33
耐久:55
敏捷:22
器用:34
知力:18
スキル
【基礎剣術】【基礎格闘術】【ロケットスタート】【料理】
──────
レベル7になったことでステータスが大幅に上昇した。
特に体力と耐久の伸びが凄い。
耐久に至っては50の大台に乗っている。
このままステータスが伸びるのであれば剣士から盾使いへのジョブチェンジを考えてもいいかもしれない。
もっとも、魔法使いと盾使いのパーティはバランスが悪いのでしばらくは剣士のままであるが。
「また新しいスキルを覚えてるな……」
スキルの欄に目を向けると、【ロケットスタート】というスキルが増えている。
ロケットスタートというと短距離走などでスタート直後にトップスピードを出すことを表す言葉だが、スキル効果も似たようなものだ。
スキルを使用したときに初速からトップスピードで走れるようになるらしい。
恐らくモンスターを不意打ちで倒すときに出来るだけ早く相手に近づこうとしていたためにこのスキルが生えたのだろう。
ただ、初速からいきなりトップスピードに乗るというのは普通の人間には不可能な動きだ。
体の動きに意識が慣れるまで時間がかかりそうだ。
「慣れるためにスキルを使ってみたいが、使うならせめてモンスター相手に使いたい」
【ロケットスタート】はスキルを使うたびに魔力を5点消費するらしい。
つまり、今の一鷗の魔力量では連続で二回までしか使えないということだ。
練習だからと無駄打ちするにはもったいない。
「ん? なんだ、あれ……?」
一鷗がモンスターを探して通路の奥に目を向けていると、分かれ道の手前に黒い物体があるのに気が付いた。
よく見ると、それは黒い鼠だった。
黒い鼠がこちらをじっと見つめている。
黒鼠を見つけた一鷗はすっくと立ちあがると、腰にさした鉄剣を鞘から抜いた。
黒鼠に狙いを定める。
「【ロケットスタート】!」
足を踏み出すと同時にスキルを発動させる。
すると、あっという間に二の足、三の足が飛び出した。
一鷗としてはまだ一の足が地面を蹴ったイメージだったため、四の足でイメージと逆の足が地面を蹴ったことに違和感を覚える。
途端、足のバランスが崩れ、一鷗は前方に転がった。
「んのやろッ!」
「────」
転ぶ瞬間、一鷗の視界に黒鼠が映った。
スキルの制御には失敗したが、なんとか予定通り鼠のいる場所には近づけたようだ。
一鷗は苦しい体勢のなかで気合を振り絞って剣を振るう。
剣先がなにかを斬りつけた感覚がした。
直後、顔面を地面に擦りつける。
「ちょっとあんた、なにやってんのよ!?」
突然通路のほうから音が聞こえて慌てて立ち上がったメアエルは、そこに倒れる一鷗を見て声を上げた。
顔を擦り、鼻から血を垂らした一鷗は立ち上がると、恥ずかしそうに頬を掻いた。
「新しいスキルを試そうとしたらこうなった」
「はあ……あんたがなにしようがどうでもいいけど、どうでもいいことで私をびっくりさせないで」
「ああ、すまん」
メアエルが呆れた様子で言う。
今回ばかりはなにもいわずに突っ走った一鷗が悪いため、彼は素直に謝った。
それからすぐに黒鼠を思い出す。
「そういえばあいつは!?」
一鷗が自分の周りを確認する。
特にさきほど黒鼠がいた場所に目を向けるが、そこにはなにも見つからなかった。
モンスターを倒せば魔石が落ちるものだが、それがないということは──
「くそッ、逃げられたか……」
一鷗が黒鼠に逃げられたことを残念がる。
あのモンスターを倒せていれば、メアエルとの勝負でさらに差を広げることが出来たのだが……仕方ない。
そもそも今のはスキルに慣れるための練習であってモンスターの討伐は目的ではなかった。今回はスキルの使い勝手を知れただけ収穫だ。
一鷗はそう自分を納得させた。
「ところで、あんたまたスキルを覚えたの?」
一鷗が悔しがっていると、おにぎりを食べ終えたメアエルが一鷗に声をかける。
彼女の表情はどこか一鷗を妬んでいるようにみえる。
「そうだけど、お前はまだなにも覚えてないのか?」
「普通そんなにぽんぽんとスキルは覚えられないものなのよ。レベル10上がるごとにひとつ覚えられれば良いほう。だから決して私の運が悪いってことじゃないんだからね!」
「ああ、分かってるよ。しかし、そうなると次の勝負も新たなスキルを覚えた俺の勝ちになりそうだな?」
「スキルを使いこなせていない人がなにを言ってるのかしら」
メアエルは一鷗の言葉を鼻で笑った。
次いで、メアエルがにやにやと笑みを浮かべる。
「それに私、スキルは覚えられなかったけど、新しい魔法を使えるようになったのよ。誰かさんが覚えたような使えないスキルじゃなくて、戦闘の役に立つ有用な魔法をね」
「ぐくッ……!」
勝ち誇ったようなメアエルに見下され、一鷗は唸った。
メアエルは異世界でも魔法使いだったといっていた。
戦闘に役立つ強力な魔法も多く覚えていたはずだ。
そんな彼女が戦闘に役立つ魔法というからにはよっぽど良い魔法なのだろう。少なくとも【ロケットスタート】のように練習が必要なものではなく、即戦力となりうる魔法に違いない。
次の勝負は分からないな。
一鷗は強い緊張を首筋に覚えた。
「そろそろ休憩はお終いでいいだろ? さっさと次の勝負を始めようか」
「ええ、そうね。次こそあんたの鼻を明かしてあげるわ。私が新たに覚えたこの魔法でね」
「上等。こっちも本気で行かせてもらうぜ」
一鷗とメアエルは互いに冒険を始める準備を整えると、通路の先を睨みつける。
『あっちにモンスターの気配がある』
ドランが瞑目してモンスターの気配を探ると、前方に見える三又の通路の中央の道の先を指さした。
直後、一鷗とメアエルが同時にその方向へ駆け出した。
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