第8話 ふたりの勝負


 放課後。体育倉庫の整理を手伝わされた一鷗かもめは午後六時になってようやく解放された。

 委員長はまだ仕事が残っているようで、そちらも手伝わされそうになったがなんとか断ることに成功した。

 委員長と別れ、ほっとひと息ついた一鷗は疲れた足取りで家に帰る。


「遅い!」

「……うげ」


 玄関を開けた途端、怒声が響く。

 一鷗が顔を上げると、眉間にしわを寄せたメアエルが怒った様子で立っていた。

 委員長の手伝いに気をとられ、すっかりメアエルのことを忘れていた一鷗が唸る。


「いったい今までなにしてたのよ!」

「じゅ、授業があったんだよ……」

「嘘。ドラン様から聞いたんだから! この世界の学生は遅くても五時には授業が終わるはずよ!」


 メアエルに嘘を暴かれた一鷗がドランを睨む。

 ドランはさっと視線を逸らし、メアエルの後ろに移動した。

 ドランを睨む一鷗の視界にメアエルが入り込んでくる。


「ちょっと! 私の話聞いてるの?」

「……あー、そうだな。今回は俺が悪かった。遅れた分はきちんと埋め合わせするよ。今日は昨日よりも長くダンジョン攻略すると約束する。だから、許してくれないか?」


 一鷗が頭を下げて謝罪する。

 メアエルは少しの間悩むように唸ると、大きく息を吐き出した。


「分かったわ。許してあげる。その代わり──ダンジョンでは昨日以上に死ぬ気で働いてもらうわよ」

「お、おう。任せてくれ!」

「それじゃあ、早速ダンジョンに行くわよ!」


 昨日以上に死ぬ気でとはいったいどれだけの無茶をすれば許してもらえるのだろうか。

 一鷗はダンジョンに行く前から憂鬱な気分になる。

 そんな一鷗のことなどお構いなしに、メアエルは元気よく拳を突き出した。

 彼女はあっという間にダンジョンへ向かう準備をすると、玄関で呆けていた一鷗の腕を掴んで家を飛び出すのだった。



 ダンジョンに入ったふたりはドランから武器を受け取って二層へ向かった。

 昨日発見できなかった三層へ続く階段を探すためである。

 道中でスライムやゴブリンと戦闘になるが、すべてメアエルが魔法で消し飛ばした。

 そして二層にて探索を始めると、三十分と経たずに三層へ続く階段を見つけた。


「昨日探索を終えた場所のすぐ近くじゃない。やっぱり昨日もう少しだけ探索を続けたほうがよかったわね」

「そうかもな」


 メアエルが昨日探索を中断させた一鷗を恨めしそうに睨む。

 一鷗は短く言葉を返した。

 だが、その言葉とは裏腹に一鷗としては昨日の選択は間違っていないと考えていた。

 ふたりとも疲れ切っていたし、なによりメアエルは階段を見つけたら一鷗の言葉を無視して下りていきそうな気がしていたからだ。

 体力が底をつきかけている状態で未知のエリアに挑むのは無防備で死地に飛び込むようなものだ。

 そんな危ないことはさせられない。

 だから昨日は途中で探索を中止したのだが──そんなことを今のメアエルに言っても仕方ない。

 一鷗は反論の言葉を呑み込んだ。


「んじゃ、早速三層に下りようぜ」


 一鷗はさっさと階段を降り始めた。

 すぐあとにメアエルが続く。


 三層に下りると、二層までと比べて少しだけ景色に変化があった。

 壁や天井に埋まっている光る石の色が違うのだ。

 一、二層は青色をしていたが、三層の石は紫色に輝いている。

 どことなく不気味な印象を感じてしまう。


『ここからはケイブスネークとケイブウルフというモンスターが現れる。どちらも洞窟の戦闘を得意とするモンスターだ。気を付けるが良い』

「へえ、ドランはダンジョンに出てくるモンスターの種類もわかるのか」

『うむ。我はダンジョン攻略に役立つあらゆる機能を有している。これもそのうちのひとつだ』


 ドランが誇らしげに胸を張った。

 ステータスの表示、物を収納可能な異空間、モンスターの検知、そして各階層に現れるモンスターの情報。

 これらだけでもすでに十分ダンジョン攻略に貢献してくれているが、他にもまだ便利な機能があるといわれると、ついつい期待してしまう。


「無駄話してる暇はないわよ。ただでさえ誰かさんのせいで探索が遅れているんだから」

「それについては許してくれたはずだろ?」

「死ぬ気で働いたら許してあげるっていったでしょ。許してほしければ私より多くモンスターを倒しなさいよね」


 道中でスライムやゴブリンを倒したメアエルが自慢するように鼻を持ち上げて言う。

 こちらを見下ろすような視線に一鷗がカチンとくる。


「よぅし。だったら勝負しようじゃねえか。俺とお前でどちらがより多くのモンスターを倒せるか競争だ」

「いいわよ。その勝負乗ったわ。──倒したモンスターの魔石は必ず回収しなさい。その数で決着を着けましょう」

「オーケー。吠え面をかかせてやる」


 一鷗が勝負を吹っ掛けると、メアエルはあっさりとその勝負を受け入れた。

 勝負の内容と勝敗のつけ方を決めると、ふたりはメラメラと燃えるような闘争心を瞳に宿らせた。

 ふたりの熱気に少し気圧された様子のドランがぴくんと反応する。


『前方からモンスターの気配が──』

「────」


 ドランが最後まで言う前に一鷗が鉄の剣を鞘から抜いて駆け出した。

 通路の角からゴブリンが顔を覗かせると、その首を一瞬のうちに斬り落とす。

 殺したゴブリンの背後には他に二体のゴブリンがいたが、これも一鷗が即座に斬り殺した。

 黒い靄となって消えたゴブリンの死体から三つの魔石を拾い上げる。


「まずは三体リードだ」

「ずるいわよ! だったら私はここに来るまでに十体以上モンスターを倒したわ」

「でも集計は魔石の数だろ? お前、魔石を拾ってるのか?」

「~~~ッ! ドラン様! 次のモンスターはどこ!?」


 自分で決めたルールによって一鷗にリードを許したメアエルがキレ気味にドランにモンスターの位置を尋ねた。

 ドランが気圧されながら答えると、メアエルはその方向へ駆け出した。


「見つけた! ──【ファイアアロー】」


 ドランの言った場所に向かうと、灰色のヘビが二匹とゴブリンが二体いた。

 メアエルが対集団向きの魔法を放つ。

 彼女の目の前に五本の火の矢が生成されると、モンスターの群れに向かって射出される。

 幸運なことに火の矢は全弾命中し、モンスターどもは黒い靄となって消滅した。

 メアエルが異世界から持参した魔力を回復させるポーションを飲みながら魔石を拾い上げる。


「魔石四つ。私の勝ちね」

「勝負はまだまだこれからだろ」


 勝ち誇った顔をするメアエルに一鷗が言い返す。

 ふたりは互いに睨みあうと、同時にドランのほうを向いた。


「「次!」」

『り、了解』


 ふたりの圧に引きながら、ドランは次のモンスターのいる場所へふたりを案内した。


 次の場所には灰色の狼が三頭いた。

 ケイブウルフというモンスターだ。

 壁や天井を巧みに利用して襲い掛かって来るモンスターだとドランが説明する。


「よっしゃ、俺の獲物だ」

「はあ? なに言ってるのよ。あれは私の獲物よ!」

「お前のほうがリードしてんだから譲れよ!」

「嫌! ここで譲ったらあんたのほうが多くなるじゃないの!」


 ケイブウルフを前にして、ふたりが言い争いを始める。

 一緒に行動していながらモンスターの討伐数で勝負すると言った時点で、モンスターの奪い合いが始まるのは必然だった。

 だが、タイミングが悪かった。

 ケイブウルフを目前に言い争いを始めたものだから、当然ウルフたちも一鷗たちの存在に気が付いた。

 ウルフたちがこちらへ向けて駆け出してくる。


『姫様! カモメ殿! 気を付けろ!』

「──!? ふ、【ファイアアロー】!」


 ドランの注意を聞いてウルフの接近に気が付いたメアエルが五本の火の矢を打ち出した。

 火の矢はウルフ目掛けて飛来したが、命中したのは先頭の一頭のみで、他の二頭は壁や天井を蹴って回避した。

 二頭がメアエルに襲い掛かる。


「──どらああ!!」


 ケイブウルフの牙がメアエルに届きそうになったところで、一鷗の鉄剣が二頭のウルフを薙ぎ払った。

 絶命には至らないまでも大きな傷を負ったウルフの動きが途端に悪くなる。

 そこに一鷗がトドメをさした。

 ふたつの魔石が地面に落ちる。


「平気か?」

「ええ、ありがとう……」

「貸し一だ」

「……分かったわよ」


 自分勝手な姫様だと思っていたメアエルは意外にも助けられた自覚があるようで、一鷗の貸しを素直に認めた。

 自分で倒した分の魔石を拾い上げてドランに預ける。


「これで、お互いに魔石は五つね」

「だな。──ところで提案なんだが、次からモンスターが現れたら交互に先制攻撃をするってのでどうだ?」

「先制攻撃? ひとりで戦うのじゃなくて?」

「それだとふたり一緒に行動してる意味がないだろ? それにさっきの戦闘も俺がいなかったらお前は大怪我か、最悪死んでいたかもしれないだろ。でも、ふたりで共闘していたら勝負している意味もなくなる」

「だから先制攻撃ってわけね。最初の一撃でモンスターを倒せれば勝負で有利になるし、倒せなくてもふたりで戦うから危険は最小限に抑えられると」


 メアエルの言葉に一鷗は深く頷いた。


「どうだ? やるか?」

「いいわ。その条件で改めて勝負しましょう」

「よしきた。絶対負けないぜ」

「こっちのセリフよ」


 一鷗とメアエルは互いに視線を交わすと、今度は不敵な笑みを浮かべあった。

 さきほどまではただの競い合う敵だったが、共闘が条件に加えられたことでライバルのような関係に関係性が変わったのだろう。

 ふたりはしばらくの間そうすると、ドランの索敵に反応があったのを合図に動き出す。


 それから四層へ続く階段を見つけるまでふたりの競争は続けられた。

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