第4話 初めてのレベルアップ


 ふたつの道から現れたモンスターはどちらもスライムだった。

 某ロールプレイングゲームに登場するスライムのように頭は尖っていないが、丸みを帯びた流線形のフォルムである。

 色も水色ではなく白色だ。半透明な体の奥には小さな球体が浮かんでいる。


「スライムね。丁度いいわ。今の私の実力をあなたに見せてあげる」


 メアエルが一鷗かもめより一歩前に踏み出した。

 右手を手前のスライムに向ける。

 目を閉じると、彼女の右手が淡く光った。

 掌の前に火の玉が現れる。


「【ファイアボール】」


 メアエルが小さく呟くと、火の玉はスライム目掛けて射出される。

 ぽよぽよ跳ねるスライムに火の玉が直撃すると、ドロリと身体が解けていき、黒い靄となって消滅する。


「ざっとこんなものね」

「お前、魔法使えるのか?」

「ええ……まあ、レベルダウンの影響で今使えるスキルは【火魔法】だけだけど、スライム相手なら楽勝ね」

「へえ、レベル1から便利なスキルをもってからに……」

「あら、羨ましいならさっさとレベルを上げてスキルを覚えればいいのよ。ほら、あなたのために一体残してあげたのよ。早く倒しなさい」

「早く倒せって言われても俺スキルもなければ武器もないんだが?」

「だったら私のナイフを貸してあげるわ」


 一鷗が言うと、メアエルがナイフを貸してくれるという。

 だが、彼女はそれらしきものはもっていない。

 どこにあるのかと思えば、メアエルがドランにお願いした。

 ドランの口から皮鞘に収まったナイフが吐き出される。


「え、汚い……」

『汚くなどない。我の口腔は【アイテムボックス】となっている。腹に収まっていたものを吐き出したわけではない』

「へえ、つくづく便利なブサカワ型ロボットだな。まあ、ナイフはありがたく使わせてもらうよ」


 ドランからナイフを受け取った一鷗が鞘からナイフを抜く。

 刃渡り15cmの刀身が銀色の光を放っている。ナイフなど握ったことのない一鷗には頼もしくもあり、恐ろしくもある相棒だ。


「スライムの弱点は体内に見えるコアよ。ナイフで斬りつければ一発だけど、油断はしないこと。スライムでも人を殺せるんだからね」

「分かってるよ」


 メアエルの忠告を受けて、一鷗はゆっくりとスライムに近づいていく。

 一歩一歩と間合いを詰める。

 すると、あと少しというところでスライムが大きく跳びあがった。

 一鷗の顔面を目掛けての突進だ。


「──っぶね!」


 一鷗はスライムの突進をすんでのところで回避すると、振り向きざまに着地したばかりのスライムに斬りかかる。

 スライムの頭上を捉えた一撃はするりと体を分断し、体内のコアを真っ二つにする。

 ドロリと溶けて水たまりのようになったスライムが黒い靄となって消滅する。


「よっしゃあ! 初モンスター撃破!」

「たかがスライムを倒しただけよ」

「いいじゃねえか。それより、レベル上がったかな?」

「スライム一体で上がるわけないでしょ。せめて十体は倒さないと」

「うげえ……」


 レベルを1から2に上げるまでにもスライムを十体も倒さないといけないとなると、レベル500までにいったいどれだけ多くのモンスターを倒さなきゃならないのやら。今から先が危ぶまれる。


「ところでドロップアイテムはちゃんと回収しておいてね」

「ドロップアイテム?」

「モンスターを倒したらアイテムがドロップするのよ」


 メアエルに言われて地面を見てみると、確かにスライムを倒したところになにかが落ちている。

 一鷗はそれを拾い上げる。


「石……?」

「魔石ね。まあ、ドロップアイテムといっても大抵は魔石だからあまり期待するのも──」

「……と、なんだこれ? 箱か?」

「な! なんですって!?」


 一鷗が拾い上げたのは紫色の小さな石と、クリスマスツリーの飾りのような小さな緑色の箱だった。

 一鷗が箱のことを口にすると、メアエルがものすごい勢いで喰いついてきた。少し怖い。


「この箱がどうかしたのか?」

「どうかしたのかじゃないわよ。これはラッキーボックスっていって滅多にドロップしないアイテムよ。モンスターを一万体倒してひとつ出ればいいほうなの。それを一発で引き当てるなんて、あなたどんな豪運の持ち主なの?」

「いや、俺はそこまで運がいいほうじゃないんだが……」


 実際、正月におみくじを引いても大吉は出たことないし、商店街の福引きも毎回ティッシュをもらっている。

 どちらかと言えば運は悪いほうなのだが、埋もれ木に花が咲くとも言うし、幸運の揺り戻しのようなものだろう。

 とはいえ、珍しいものが手に入ったのは純粋に嬉しい。


「これはなにかに使えるものなのか?」

「ラッキーボックスは箱の中にランダムにアイテムが入っているのよ。当たりもあれば外れもあるって感じかしら。開けてみたら?」

「さっきので運を使い果たした気がするけど、まあこういうのはいつ開けても同じ結果になるものだからな。覚悟して──いざ!」


 言いながら一鷗はボックスのリボンを解いた。

 びっくり箱のように蓋が飛び上がり、中から箱の大きさとは不釣り合いなものが出てきた。

 ゴトリと地面に落ちたものを見てみると、それは鉄の剣だった。


「これは……当たりなのか?」

「どちらかと言えば……外れかしら。ラッキーボックスの当たりは魔道具とか、スキル水晶とかだから」

「スキル水晶って?」

「砕くとスキルを習得できる水晶玉のことよ。運が良ければユニークスキルだって覚えられるかもしれないわ」

「そう聞くと確かに鉄の剣は外れかもな。まあ、でも丁度武器が欲しかったところだ。使えないスキルよりも使える武器のほうがありがたい。そういう意味では当たりだな」


 一鷗は結果をポジティブに捉えることにした。

 鉄の剣を拾い上げ、腰に装備する。


「へえ、意外と似合ってるじゃない」

「意外とはなんだ失礼な」

「まあ、でもユウセイ様に比べたらそれほどでもないか」

「お前はほんとに失礼だな!」


 鉄の剣を装備した一鷗の姿に茶々を入れてくるメアエル。

 彼女にツッコみを入れた一鷗は目線を通路の奥へと向けた。


「無駄話もこれくらいにして、そろそろ本格的にダンジョン攻略を始めるか」

「そうね、一分一秒でも早くレベルを上げて、早く私の世界に戻りましょう」


 メアエルの言葉に一鷗が頷くと、ふたりは並んで通路の奥へと進んでいった。



 ダンジョン探索を初めて一時間が経った。

 一鷗の目の前には一体のスライムがいる。

 これで本日十体目のスライムだ。メアエルが倒した分を合わせると二十体目である。

 さすがに十体目ともなれば慣れたもので、跳ね上がったところを下から長剣で斬り上げる。あっさりとコアが割れると、黒い靄になってスライムが消える。コロン、と魔石が地面に落ちた。


「よしっ、これで十体目。レベルアップだな!」

「確認してみれば?」

「おう! ドラン、頭借りるぜ。──ステータスオープン」


 一鷗がドランの頭に触れながら言うと、ドランの口からステータスウィンドウが空中に投影される。

 ステータスを見ると、一鷗のレベルがひとつ上がっていた。

 それに伴って各種ステータスが上昇している。


「おお! スキルが増えてる!」


 さらにスキルの欄には【基礎剣術】が増えていた。

 ふたつ目にして初の戦闘系スキルだ。これで戦いが少し楽になる。


「しかし、一時間で上がったのがたったの1レベルとは……はてさてレベル500を超えるのはいつになるやら」

「レベルが上がると要求される経験値が増えるからこれまで以上にスライムを倒さないといけないわ。あるいはスライムより強いモンスターを倒せば短時間でレベルを上げることも出来るけど、初心者のあなたには危険なやり方だわ」

「まあ、無茶は極力しないようにするよ。魔神を倒す前に死んじまったら元も子もないからな。でもまあ、無茶を避けられない状況になったら話は別だけどな……」


 そう言って笑う一鷗。

 すると、彼の腕の中でドランがなにかに反応する。


『モンスターの気配がある』

「お、またスライムか? 今度は三体くらい一気に来て欲しいもんだぜ」

『気配は三つ。だが、これは……』


 ドランが不穏な気配を漂わせる。

 メアエルはドランの濁した言葉の先を聞きたそうにしていたが、それよりも先に通路の先からモンスターの影が現れた。

 ドランが言ったように影は三つ。

 だが、それらはスライムではなかった。

 敵の姿を確認したメアエルが青い顔をして一鷗を後ろに下がらせる。


「下がって! あれはスライムじゃない! あれは……ゴブリンよ!」

「ゴブリンだって!?」


 メアエルにいわれてよくよく影を観察すると、緑色の肌をした小さな鬼がそこにいた。

 醜悪な顔つきに、不格好な身体つき。腰にぼろ布を巻いただけの軽装と、武器はそれぞれ棍棒、剣、槍である。

 創作物の中ではゴブリンは作品ごとにその強さが異なる。

 このダンジョンではスライムの次に出てくる程度の強さのはず。そう思ってメアエルを見ると、彼女は必要以上に怯えていた。


「メアエル? どうした、大丈夫か?」

「大丈夫なわけないでしょ。本来ゴブリンは二層以降のモンスターよ。たまに一層に上がって来ることはあってもそれは単体でのみ。ゴブリンが群れで層を上がってくることなんてまずないわ」

「それってやっぱりまずいのか?」

「とてもまずいわよ。少なくともレベル2になったばかりの初心者が相手にできるレベルじゃない」

「お前の魔法を使ってもダメなのか?」

「二体までなら勝率は九割といったところね。三体となると、勝てる確率は二割あればいいほうかしら」


 メアエルの出した確率はあくまでメアエルがひとりの場合だろう。

 そこに足手まといの一鷗が加われば、勝率はさらに低くなる。

 だが、一鷗は初心者だからといって女の子に守られることを甘んじて受け入れる男ではない。

 また、女の子をひとりで戦わせるような男でもない。


「だったら俺が一体引き受ける。お前は残りの二体を相手しろ」

「スライムしか倒したことのないあんたにゴブリンが倒せるわけないでしょう!」

「んなもんやってみなきゃ分からねえだろうが。それにさっき言っただろ、無茶を避けられない状況なら俺は死ぬ気で戦うって」


 一鷗が不敵な笑みを浮かべてメアエルを見ると、彼女はなにも言い返してこなかった。

 苦虫を嚙み潰したような顔をして、ゴブリンに目を向ける。


「死んだら、私の世界の全員があんたを恨むわよ」

「それは怖いな。怖いから、死なねえように努力するよ」

「それじゃあ、行くわよ!」


 メアエルが【火魔法】をぶっ放す。

 それを合図にこちらの様子を窺っていたゴブリンたちが一斉に走り出した。

 先頭に立つ剣を手にしたゴブリンがメアエルの放った火の玉を剣で防ぐ。


「おらああああ!!」


 火の玉を防いだ剣士ゴブリンに、火の玉の後ろをつけるように走っていた一鷗が不意打ちを仕掛ける。

 ゴブリンがあっさりと一鷗の攻撃を回避する。

 剣士ゴブリンの両脇から棍棒ゴブリンと槍ゴブリンが現れ、一鷗に対して攻撃を仕掛けてくる。

 攻撃が当たる手前でそれぞれのゴブリンに火の矢が当たる。

 メアエルの攻撃だ。

 【ファイアボール】ほどの威力はないが、二体のゴブリンの注意を引くには十分な威力がある。

 棍棒ゴブリンと槍ゴブリンが一鷗を無視してメアエルのほうに走っていく。


「ギギャ……」

「お前の相手は俺だぜ……」


 残された剣士ゴブリンが一鷗と睨みあう。

 直後、剣士ゴブリンが動いた。

 遅れて、一鷗も動き出す。

 両者の剣が同時に振るわれ、一鷗の剣だけが弾かれた。

 細い腕をしているくせにゴブリンのほうが筋力が上ということか。

 剣を弾かれ体勢を崩したところにゴブリンの追撃。

 顔面を目掛けた刺突が襲い掛かる。

 一鷗は首を傾ぐことでなんとか致命傷は回避する。頬の皮が斬られ、血が流れる。

 肌を斬られる経験は初めてで、鋭い痛みに脳が思考を辞めそうになる。

 だが──


「うおおおおおおお!!」


 一鷗は叫び声で痛みを一蹴すると、体当たりでゴブリンを転がした。

 転がって、すぐに立ち上がろうとするゴブリンの顔面を蹴り飛ばし、剣を握る手を踏みつける。

 ゴブリンの手が剣から離れたのを見て、緑の体に馬乗りになる。両の腕を膝で抑えつけている。


「はあ、はあ……これで、終わりだ」

「ガギャアアアア!!」


 鉄の剣を両手で握った一鷗がゴブリンの心臓を狙って真っ直ぐに刃を落とした。

 けたたましい断末魔が響き渡り、数秒してゴブリンの肉体が黒い靄となって消える。後には紫色の──スライムのものよりやや大きな──魔石だけが残った。

 魔石を拾い、命がけの戦いを制した感涙に打ち震える。


「──そうだ! あいつは!」

「とっくに終わってるわよ。私がゴブリン二体に負けるわけないでしょ」

「そうか。よかった……」


 途中からすっかり忘れていたメアエルのほうに目を向けると、彼女はすでに二体のゴブリンを倒していた。

 メアエルが生きていることに一安心すると、一鷗が大きく息を吐く。


「お疲れさま。ゴブリンを倒したことだし、きっとレベルも上がっているはずよ」

「ほんとか!? でも一体しか倒していないぞ?」

「格上のモンスターを倒せばレベルが上がりやすくなるのよ。私も今のでレベル3になったわ」

「そうなのか。ドラン、ステータスオープン」


 一鷗が呟くと、ドランがステータスウィンドウを表示する。

 すると、メアエルが言っていたとおりレベルまたひとつ上がっていた。


──────


名前:十川一鷗

種族:人間

レベル:3


体力:27/31

魔力:5/5

筋力:18

耐久:25

敏捷:13

器用:24

知力:13


スキル

 【基礎剣術】【基礎格闘術】【料理】


──────

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