第3話 いざ、ダンジョンへ


「なあ、俺たちってダンジョンに行くんだよな?」

「ええ、そうよ」

「だったらこれは俺の見間違いなのか? ここ、俺の通ってる高校なんだけど」


 ダンジョンに行くと言って連れ出された一鷗かもめの目の前には彼の通っている春月高校があった。

 メアエルはダンジョンに行くということでドレスから動きやすそうな服に着替えているが、それでも目立つ服装をしている。

 現在時刻は午後六時。まだ部活動の生徒が多く残っている時間帯だ。校門の前に目立つ服を着た美人な外国人がいたら誰だって注目する。

 幸い、一鷗が学校指定のジャージを着ているおかげで、学校関係者だと思われているようではある。

 そんな奇異の視線をものともしないメアエルはずかずかと校内へと侵入していく。慌てて一鷗がその後を追いかけた。


「これって不法侵入にならないのか? 教師に見つかったらなんて言われるか」

「魔神と戦おうって人が教育者に怯えるなんて情けないわね。堂々としてればいいのよ。びくびくしていたら私はやましいことをしていますと喧伝するようなものでしょ」

「そいうものなのか?」


 確かに先程から教師をちらほらと見かけるが、特になにかを言ってくる様子はない。

 メアエルの言うというとおり、堂々としていれば案外周りは勘違いしてくれるのかもしれない。

 誰かになにかを言われることもなく、校舎の中に入ると、そのまま三階へ向かった。

 三階と言えば一鷗の教室がある階だ。同時に転移事件のあった階でもある。


「さあ、ついたわ」

「ここって……」


 メアエルがそう言ってひとつの教室の前で足を止める。

 そこはやはり二年C組の教室。転移事件の後に新たに再建されたせいで周りの教室と比べて色鮮やかな扉の教室だ。

 一鷗はメアエルの向かう場所が学校だと分かった時点で彼女の目的地がこの教室であろうことは半ば察していた。

 だが、いったいどうしてここなのだろうか。


「ダンジョンはさっきの魔道具で建てるんだろ? だったらうちの庭とかのほうがいいんじゃないか? 学校だと入れる時間に限りがあるぞ」

「この魔道具を起動させるには私の世界と深いつながりのある場所じゃないといけないのよ。だからここに来たの。召喚の儀で建物ごと転移が起きたこの場所はこの世界で一番異世界と繋がりのある場所と言っても過言じゃないから」

「そういう制限があるのか……」


 そういうことならここに来た理由として納得出来る。

 だが、下手にダンジョンを作り出して、生徒が勝手に入らないかが心配だ。


「安心していいわよ。ダンジョンに入れるのは私が許可した人間か、魔力を持つ人間だけだから。もっとも、この世界には魔力がないから入れるのは私とあなただけだけどね」


 思っていたことが顔に出ていたようで、質問する前に答えを言われた一鷗は絶妙な表情をしていた。

 とはいえ、そういうことなら安心だ。


「だったら早くダンジョンを作っちまおうぜ。さっきから周りの目が気になって仕方ない」


 C組の教室は事件の日以降あまり人が近寄らないようになっている。

 そんな教室の前で同学年の男子生徒が見たことのない美人な外国人を連れていたら気になるのも仕方ないだろう。

 さきほどから吹奏楽部の生徒の視線が鋭く突き刺さっている。


「そうね。時間もないし早速始めましょ」


 メアエルはそういうと、C組の扉を開き、中に水晶玉を放り投げた。

 パタリとすぐに扉を閉める。


「なあ、あんな雑な作業でダンジョンが出来るのか?」

「いいから黙ってみていなさい」


 メアエルに注意され、一鷗は黙って待機する。ときおり扉の窓から中を覗く。そこにはなんの変哲もない水晶玉が転がっている。

 ──と、そのとき。不意に水晶玉が激しく光り始め、小窓を覗いていた一鷗の目を焼いた。

 唐突な目くらましを喰らった一鷗が目を押さえてしゃがみ込む。

 メアエル呆れた様子で一鷗を見下ろした。


「だから黙って待ってなさいと言ったのに」

「黙ってみていろっていっただろうが。この馬鹿姫が……」

「なにか言ったかしら?」


 メアエルの悪口をぼやくと、耳ざとい彼女に睨まれる。

 顔を逸らし誤魔化すと、一鷗は教室の扉の小窓から中の様子を窺った。

 教室の中は空っぽ。さきほど凄まじい光を放った水晶玉さえもなくなっていた。


「あれ? お前のところの国宝消えたぞ。失敗か?」

「馬鹿ね。偽装に決まっているでしょ。扉を開けてみなさい」

「扉? ──ってなんだこれ!?」


 一鷗が扉を開くと、そこには空っぽな教室が──なかった。

 そこにあったのは青と黒の靄が入り混じり、渦を巻いたような壁。

 一鷗が手を伸ばすと、渦の中に手が入っていく。怖くなった一鷗が慌てて手を引っこめる。


「これはいったい……?」

「それこそがダンジョンの入り口よ。さ、中に入りましょ」

「お、おう」


 メアエルが一切の躊躇いなく渦の中に入っていく。

 一鷗は恐る恐る渦に足を入れると、勢いに任せて飛び込んだ。

 入った瞬間粘度の高い薄膜を突き破るような感覚が全身にまとわりつく。

 それがなくなると、視界は突然暗転し、足元のでっぱりにつまずいて一鷗は盛大に転んだ。


「はあ、ほんとにこんなドジな人が世界を救う希望なのかしら」

「うっせえ」


 メアエルが呆れた様子で呟く。

 そんな彼女に言葉を返した一鷗は唇を尖らせて立ち上がると、ぐるりと周囲を見回した。


 薄暗い岩壁の洞窟。

 岩壁にはうっすらと青く光る石が埋め込まれており、それによって視界が確保されている。

 地面には草が生えているが、紫色で気味が悪い。

 通路は前方に延びており、すぐのところで左右に分かれている。

 遠くから響く空洞音は化け物の叫び声のようだ。あるいは本当にそうなのかもしれない。


「ここが、ダンジョンなのか……?」

『そのとおりだ、カモメ殿』

「うお!? ドラン、いたのか」


 一鷗の呟きに反応したのは悠誠がデザインをした人工モンスターのドランだ。

 ドランはメアエルの持ってきたバックから飛び出すと、彼女の腕の中にすっぽりと納まる。


『我は姫様の護衛故、ここにいるのも必然である』

「その割には護衛対象に抱かれているが?」

『護衛兼かわいいマスコット枠なのだ』

「いや、全然かわいくないが?」


 一鷗がそういうと、ドランがムッとした表情を見せる。

 機械なのに感情があるのか。さすが異世界サイエンス。


『冗談はさておき、我がここに来たのはカモメ殿のためでもある』

「俺のため?」

「ええ、ドランさまにはあんたのダンジョン攻略をサポートする機能もついているのよ。ドランさま、やってあげてくれるかしら?」

『了解した──【アナライズ】』


 メアエルに命じられ大きく頷いたドランが一鷗の前に飛んでくる。

 一鷗の前で一時停止したドランは軽く頭を下げると、平たい口を大きく開いた。表面積の大きなベロがにゅるりと顔を覗かせる。

 ぎょっとする一鷗が固まると、ドランのベロが一鷗の顔面をひと舐めり。

 呆然とする一鷗。

 直後、おびただしい数の鳥肌が全身に浮き出した。


「な、ななな、なにしやがるこのドラ〇もん!」


 一鷗が後ろに飛び退り、警戒した様子でドランを睨む。

 ドランは目をピカピカ光らせると、最後にチンと電子レンジのような音を響かせた。


「【アナライズ】完了コンプリート

「ありがとう、ドランさま。──さあ、ドランさまを抱いてみて」

「はあ!? なんでそんなことしなきゃならねえんだ。俺はもう二度とその変な生き物に顔面を舐められるのはごめんだぞ」

「いちいちうるさい人ね……。そんなことしないからさっさとドランさまを抱きなさいよ」

「絶対舐めないって約束しろよな」


 一鷗はそういうと、不承不承とドランを抱きかかえる。


「頭に手を置いて、こういうのよ。『ステータスオープン』」

「え? 『ステータスオープン』……? ──って、うわあ!?」


 メアエルが言った言葉があまりに現代的なものだったため、驚いてつい復唱してしまう。

 すると、その言葉に反応してドランの目が黄色く光る。

 ドランが口を大きく開けると、白い光が飛び出して、空中に四角い板を映し出した。


──────


名前:十川一鷗

種族:人間

レベル:1


体力:23/23

魔力:3/3

筋力:12

耐久:18

敏捷:10

器用:19

知力:11


スキル

 【料理】


──────


 空中に映し出された半透明の板には上記の内容が記されていた。

 ホログラムのようなものだろうか。一鷗が板に触れようとしても実体がないため触れない。


「出たわね。これがステータスウィンドウ。自分のステータスを確認するためのものよ」

「やっぱりゲームみたいだな。──それで? 俺のステータスってどうなの? やっぱり凄い?」

「まあ、いいほうじゃないかしら。全体的にユウセイ様のほうが数値は高いようだけど」

「くっ……」


 やはり勇者に選ばれる人間は違うということか。

 悠誠に負けて少しだけ悔しい気持ちになるが、すぐにどうでもよくなる。

 初期値がどうあれ、レベルを上げて行けばいつかは悠誠のステータスも超えることが出来るのだ。

 今は負けているかもしれないが、いつか勝てばそれでいい。そして、そのステータスで魔神を倒すのだ。


「そういえばお前のステータスはどうなんだよ。いくら姫様でも多少はレベル上げてるんだろ?」

「馬鹿にしないで。こう見えて私はユウセイ様の旅についていっていたのよ。レベルだって300はあったわ」

「レベル300!? すげえ!!」


 まさか異世界のお姫様がそこまで強いとは思わず、つい声を上げてしまう一鷗。

 彼女がいればレベル300まではパワーレベリングで楽勝だな。

 そう思ったところで、ふと彼女の言葉をよく思い出す。


「300はあった? あったってなんだ? なんで過去形?」

「……今のレベルはあんたと同じ1よ」

「はあ!? なんで?」


 今回二度目の大声が鳴り響く。

 一鷗の視線を受けて、メアエルが地団太を踏む。


「私だってレベル1になんかなりたくなかったわよ! せっかくユウセイ様と力を合わせてレベルを上げてきたのに、これじゃああの冒険が全部なかったみたいになるじゃない!」

「そんなに嫌ならなんでレベル1なんてことになってるんだ?」

「仕方ないでしょ。この魔力のない平和な世界に渡るには私の力はあまりに強大過ぎたのよ。世界の均衡を保つためにレベルを1にされたの!」

「それは……可哀そうだな」


 世界の均衡とかいう難しい話は一鷗には分からないが、とにかく今のメアエルは一鷗と同じレベル1の初心者ということだ。

 パワーレベリングの夢は破れたが、仲間と共に強くなる展開というのもそれはそれで悪くない。


「まあ、なんだ。これから頑張って行こうぜ。俺もお前のレベル上げに付き合うからさ」

「ええ、よろしく頼むわね」


 一鷗が手を差し伸べると、メアエルがそれを握り返す。

 ふたりは互いに掌に力を込めると、固い誓いを結び、不敵に笑った。口角を上げてにやつくふたりが向かい合う。

 だが、そうやって浮かれていられるのも今のうちだった。


『姫様、カモメ殿。警戒を』


 不意にドランが低い声で注意する。

 すると、笑っていたメアエルが一瞬にして真面目な顔に戻る。彼女は通路の先をじっと見つめた。

 それにつられて一鷗もそちらのほうに目を向ける。


 二又に分かれる道の先。左右それぞれの道の先から一体ずつ──合わせて二体のモンスターが姿を現した。

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