第2話 皇国の国宝


 メアエルの頼みを聞いて、異世界を救うことに決めた一鷗かもめはお菓子をひと口食べると、小さく首を傾げた。


「ところで、世界を救うって具体的にはどうやってやるんだ? 言っとくが俺には特別な力なんてなにもないぞ」

「それは心配いらないわ。あなたには私たちの世界に来てもらう前に特訓をしてもらうから」

「特訓?」

「ちょっと待って。今、その魔道具を出すから……」


 メアエルが大きなバッグをテーブルの上に置くと、中を漁る。

 バッグの中には色々なものがごちゃごちゃに詰められているようで、探し物がうまく見つからない様子だ。

 彼女は邪魔なものをテーブルに広げていく。

 奇妙なボールに、観葉植物、それに音の鳴るアヒル。どれも救世の旅には不要なもののように思える。


 ──ゴトリと大きな音がする。

 音の正体を見てみれば大きな鉄の塊がテーブルの上に置かれていた。


「おいおい、さすがにこれは使い道が不明すぎるだろ……」

「え? ああ……それはものじゃないわ。起きて、ドランさま」

『んむ』


 メアエルが鉄の塊に声を掛けると、塊がふわりと宙に浮かび上がる。

 それだけでも驚きなのだが、鉄の塊は変形を始め、なんらかの生物の形で落ち着いた。

 男子たるもの変形ギミックにはときめくものがあったが、完成形を見てすんとした表情をする。

 鉄の塊が変形した生物はなんともいえない形をしていた。

 ワニのような平たい顔をしているが、口は短い。腹部は丸々としているのに、尻尾はネズミのように細長い。背中には一対の翼が生えているが、これも小さく不格好だ。

 まさに『残念生物』だったり『ぶさかわ生物』という呼び方が似合うデザインだ。

 一鷗はこのデザインセンスを知っている。


「もしかしてコイツ、悠誠ゆうせいがデザインしたのか?」

「ええ、そうよ。ドランさまはユウセイ様のデザインを基に生産系のスキルを持つ召喚者さまたちが作った人工モンスターなの」


 人工モンスターだの、スキルだのと気になる単語が多いが今はスルーだ。

 必要な情報はしかるべきときにメアエルが詳しく説明してくれることだろう。


「お前、ドランっていうのか?」

『我の正式名は長すぎる故、姫様が愛称を授けて下さったのだ』

「じゃあ本名はなんていうんだ?」

「我の名は『ドラドラ・ゴンザえもん』という」


 略してドラ〇もん。異世界の生物型ロボットだからといって雑なネーミングだ。

 間違いない。命名者は雨花うかだな。

 幼馴染の雨花はなにかといってはものや動物に名前を付けたがるくせにネーミングセンスが死んでいるのが玉に瑕だった。

 つまりこの珍妙な機械生命体は、センスが独特な悠誠と名付けが絶望的に下手くそな雨花の合作ということか。

 え? それってふたりの子供ってことでは?

 いいや、違う。

 いくらふたりがお似合いで、互いに好感がある雰囲気を常日頃から出していたからといって一鷗はふたりの交際を認めるつもりはない。少なくともふたりの口から「お付き合いしてます」と言われない限り、雨花を諦めるつもりはない。

 もっとも、そんなことを言われた日には一鷗は旅に出てしまうかもしれないが。


『カモメ殿?』

「あ、いや、なんでもない。それで? わざわざ悠誠たちがこの世界に送ってきたんだ。なにか目的とか役割があるんじゃないのか?」

『もちろんだ。我は姫様の護衛兼サポート役。姫様を危険から守り、この世界の生活に馴染めるようお手伝いするのが我の役目』

「なるほど、執事ロボってことか」


 確かにこっちの常識と異世界の常識が必ずしも同じとは限らない。

 どうやら異世界には魔神やモンスターなんかがいて、スキルなんて言う不思議な力もあるらしいし、一鷗の世界とは大分常識が違うのだろう。

 そんな世界に世間知らずのお姫様をひとりでは行かせられないということだろう。


「あったわ!」


 一鷗がひとりで勝手にドランがメアエルについてきた理由を考察していると、バッグを漁っていたメアエルが顔を上げる。

 ずいぶんと奥深くに眠っていたようで、テーブルの上はものでいっぱいだ。その大半は恐らく旅に必要のないものに違いない。

 メアエルが探し物をテーブルに置くために、テーブルの上のものを床に落とす。床板が傷つくからやめてほしいが、それはあとで注意するとしよう。今は彼女がもってきた魔道具とやらに興味がある。


「これが魔道具……?」


 それは一見すると、なんの変哲もない水晶玉のような見た目をしている。

 占い師が五万円で売り付けてきそうなやつだ。


「そうこの魔道具こそ、我がアルメリア皇国の国宝。その名も──ダンジョンよ!」

「ぶふっ! ダンジョンだと!?」


 あまりに聞き覚えのある単語が聞こえ、一鷗はつい口に含んでいた飲み物を吹き出した。それほどまでに衝撃的だったのだ。


 まず、こんなところに国宝を持ち出していいのかという疑問。

 次に、そんな大事なものを雑に仕舞っておくなよという呆れ。

 さらに、ダンジョンが国宝ってなに?という驚き。

 最後に、そもそもダンジョンってなんだよ!というツッコみ。


 それが一気に押し寄せてきた結果、一鷗はフリーズした。

 しばらくして再起動する。


「……つまり、どういうことだってばよ?」

「つまり、このダンジョンを使ってあなたのレベルを上げようということよ。レベルを上げてスキルを獲得していけばいずれ魔神を倒せるほどの力を手に入れることが出来るわ」

「あー、ところでずっと気になっていたんだが、まずレベルやスキルというのはなんだ? いや、もちろんある程度予想はつくが、異世界人のあんたの口からはっきりと聞かせてもらいたい」

「そうね。まずはそこから話すべきよね」


 メアエルは姿勢を正すと、コホンと咳ばらいをして説明を始める。


「ユウセイ様から聞いているけど、この世界にはモンスターがいないのよね? 私たちの世界にはモンスターが溢れているわ。奴らは魔神の手先なのよ」

「ああ、なんとなくわかるよ」

「モンスターを倒すとレベルが上がるわ。レベルが上がると身体能力が向上し、さらに強いモンスターを倒せるようになる」

「ふむふむ」

「レベルを上げ続けていくとスキルを覚えることがあるわ。スキルっていうのは世界神様が私たちに与えて下さる特別な力のことよ。例えば剣術スキルを覚えれば素人でも剣の型を振ることができるし、魔法スキルを覚えれば魔法が使えるようになる。スキルには種類があるんだけど、特に強いのはユニークスキルね。戦闘系のユニークスキルを覚えたら一騎当千の戦士になれるわ」


 なるほど。大体ロールプレイングゲームの設定と同じようだ。

 レベルを上げてスキルを覚えて、あわよくばユニークスキルまで覚えて、それで魔神を倒せということか。


「ひとつ聞きたい。悠誠はどれくらいのレベルで魔神に挑もうとしていたんだ? 魔神を倒すには少なくともアイツの実力を越える必要があるだろう?」

「ユウセイ様はレベル500で魔神に挑もうとしていたわ。それでもユウセイ様は魔神に勝てないと予想していたわ。だから魔神に勝つには最低でもレベル550は必要かもしれないわ」

「ごひゃっ……話を聞く限りそれって相当高レベルだよな?」

「レベル550なんて伝説の勇者様のお話でしか聞いたことがないわよ。レベル500でも千年にひとりの逸材なの。だからはっきり言って、勇者でもないあなたがレベル550に到達する可能性は限りなく低いわ。それでも、ユウセイ様たちはあなたを信じた。この意味が分かる?」

「ああ、もちろんだ。どれほどの死に目に会おうとも俺は絶対にふたりを助ける。そのためならレベル550だろうが600だろうがなってやるよ!」


 レベル600はふっかけすぎだが、少なくともふたりの期待に応えてレベル550にはならなければならない。


「ところで、さっき勇者っていった? もしかして悠誠って勇者なのか?」

「そうよ。言ってなかったかしら。ユウセイ様が勇者で、ウカが聖女よ」


 勇者と聖女。それって冒険の果てに結ばれる主人公とヒロインの配役では?

 いや、たとえ異世界の神がふたりのカップリングを期待していたとしても関係ない。

 一鷗は絶対に雨花を諦めないと決めたのだ。


「それで? 俺はいつまでにレベルを550にすればいいんだ? 魔神の侵攻が迫っているならなるべく早いほうがいいだろう?」

「期限は今から一年よ。それが壁が壊れるまでの猶予なの」


 壁とはなんだろうと思ったが、それよりも気になることが出来た。


「一年か……。悠誠が半年でレベル500になったと考えると、妥当な数字なのか?」

「いいえ、ユウセイ様がレベル500になったのは異世界に召喚されてから五年後のことよ」

「はあ!? 五年? ──いや、待てよ。さっきもそういうことを言っていた気が……どういうことだ?」

「簡潔にいうと、この世界と私たちの世界では時間の流れが違うということよ。こっちの一年が向こうでは十年になる。十倍ね」

「一年が十年……。てことは俺がこっちで一年レベル上げしてたらむこうではとっくに魔神が世界を滅ぼしているんじゃないのか?」


 ロールプレイングゲームの魔王よろしくいつまでも魔王城で待ち続けてくれるほど魔神は優しくないだろう。

 話を聞く限り、一年以内に戦争が起こりそうな雰囲気があった。

 なのに、十年とはどいうことか。


「召喚者さまたちの手を借りて人類は不壊の壁を築いたのよ。それのおかげで魔神は十年間は人界へ干渉出来ないの。魔神の手先の一部は壁を越えてくることもあるかもしれないけど、その程度なら十分持ちこたえることが出来るはずよ」


 彼女のいう不壊の壁とやらが魔神の侵攻を食い止めているのだろう。

 それがある限り、雨花たちは安全ということだ。

 ならば安心して一年間のレベル上げに集中できるというもの。


 一鷗がほっと安堵していると、おもむろにメアエルが席を立つ。


「さて、ほかにも色々と聞きたいことがあるでしょうけれど、それはまた後で。さあ、準備して。行くわよ」

「行くってどこへ?」

「決まっているでしょ。ダンジョンよ」

「……はあ!?」


 いきなりダンジョンに行くと言い出したメアエルに一鷗が驚く。

 確かにレベル上げをするとは言ったが、なにも今からするとは言っていない。

 そう言って、抗議したのだが、メアエルは聞く耳を持たなかった。

 あれよあれよという間に外出の準備をさせられると、一鷗はメアエルに連れられて、家を飛び出した。

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