狩り
「なら、どうして!」
ユイの脚がガタガタと震え始める。いや、脚だけではない。震えは全身に及ぶ。手の力はなくなり、弓を取り落としそうになってしまう。
「太陽が――ヒミズを認めないから」
愕然とした。まるで子どものような理由であることもそう。責任を他のものに――太陽に押しつけていることもそう。ユイは、この神事にまるで意義を感じられなくなった。
「もういいだろ」
吐き捨てるのは、塔の真ん前に立つダイゴだ。彼は律儀に、塔の入口の観音扉の前で待ってくれていた。
だがやはり、ユイには何の期待もしていなかったらしい。
「他所者には、何を言っても無駄だ」
ユイは顔を顰める。〈神狩〉のことは置いておいても、ダイゴはいつもこうだった。『他所者』の一言でユイを一蹴する。
そして今は。なんとダイゴは手に持つ小銃の銃口をユイに突き付けてきた。周囲の少年少女が息を呑む。ユイもまた硬直する。
「もし邪魔するなら、俺はお前を撃つからな」
ここまでされては、ユイも諾々とするしかない。ユイは大人しく、邪魔をしないことを誓った。だが、これが閉鎖的な村の悪しき因習か、と内心で失望する。越して来てから二つの季節を過ごしたが、とても良い村だと思っていたのに。
そして、その村でこれからも気持ちよく過ごすために言いなりになる自分にも嫌気が差した。
閉ざされた黒光りする観音扉の左右に分かれ、七人の子どもたちは膝をついた。片側の扉の取っ手をダイゴが、もう片側をヨウタが受け持つ。蝶番が悲鳴のような音を立てて動いた。塔の入口が開かれる。生温い空気を吐き出した中は、暗々とした伽藍洞。
扉が開き切った瞬間は、静かだった。誰もいない。何もない。話を聞いている限り〈ヒミズの神〉とやらが降臨するのかと思っていたのだが。
では、〈神狩〉は? と首を傾げた瞬間。
伽藍洞の中から、燐光を帯びた何者かが、ぽん、と飛び出した。例えるなら、座敷童のようだった。十くらいの年齢で、おかっぱ頭の小袖を来た、性別不詳の子ども。満面の笑みで地面を蹴ったヒミズは、そのまま球が弾むようにユイたちの目の前を通り抜け、杜の奥へと消えていく。
あとになって、子どものような笑い声が風に乗ってユイたちのもとに届いた。
村の子どもたちは呆然としている。ダイゴは仏頂面で首元を掻く。
「……今年のヒミズは、相当やんちゃのようで」
口上を唱える暇もなかった、とヨウタは苦笑する。ダイゴは肩を竦めた。
「すっ飛ばしてやるしかないだろ」
おい、とダイゴが子どもたちに声を掛けると、ユイを除く年下の子どもたちは立ち上がった。皆心得たように、素早く何かの陣形を組む。
「ちょっと厄介な御方だぞ。まずは見つけるところからだ」
ダイゴの号令に、子どもたちは無言で従う。それぞれに武器を構えて杜に入っていく様は、まさに狩人然としていた。ダイゴは満足そうにそれを見送り、それから凄みのある表情で、残ったヨウタとユイを振り返った。
「分かってんな?」
「もちろんだよ」
ダイゴは鼻を鳴らして、杜の中へと飛び込んでいった。
「……えっと」
置いていかれたユイがヨウタを見上げると、彼は申し訳なさそうに眉を垂れた。
「僕は君の見張り役だ」
つくづく自分は受け入れられていないのだと思い知る。
「〈神狩〉に参加できるのは十五まで。君が関わるのは今回一回きりだ。でも、ダイゴも今回が最後だから、どうしても失敗させたくない。今晩君を抑え込んでどうにか無事に終わらせたいと思ってる」
それで、同い年であり、ユイと仲の良いヨウタを見張り役に任じたのだという。
「ずいぶん熱心なんだ」
ユイの皮肉を、ヨウタは流す。
「責任感が強いんだよ」
主導者気取りで頑固なだけではないか、とユイは内心思ったが。
ヨウタはそんなユイの心を見抜いたかのように、捻くれ者を諭すような目を向ける。
「どうか、思い込みに囚われないで」
思い込みと言われて、ユイは不貞腐れた。ヨウタまで、ダイゴの味方なのか。やはりユイが他所者だからだろうか。
拗ねた子どものような追及をすることなく、遅れてユイとヨウタもヒミズを追うこととなった。このまま何もせず夜明けを待つわけにはいかないからだ。それに、ヨウタ曰く、ヒミズを捜す人手は多いほうが良いとのこと。
「さっきも見たと思うけど、ヒミズの御姿は光っている」
ユイは青白いその姿を思い出した。〈神産みの塔〉の傍でなければ人魂と勘違いしていたかもしれない、幽かな光に包まれていた。
「だから、この暗闇で見つけるのは比較的簡単。ただ、ヒミズはこの杜の中を逃げ回っているから、骨は折れる」
杜は、村の敷地の三分の一ほどを占めるという。子どもの遊び場としてはそこそこの深さだろうか。人手が欲しいというのも頷ける話だった。
「杜の外に出ることは?」
「ないよ。そのための囲いだ」
それなら杜の中の捜索に専念すれば良いので、少しは気が楽か――と思ったら、そうでもなかった。闇をいくら掻き分けても、燐光を見出すことはできなかった。時折聞こえる子どもの笑い声に誘われるのだが、痕跡すら辿ることができない。
次第に息が上がり、肌にうっすらと汗が滲む。夜気が身体を冷やしていく中で、木立の向こうにヒミズの姿が見えないものかとユイは必死に目を凝らした。
視界の端にちらと映る白いもの。矢をつがえて振り返ったところで、それがヨウタだと気づいて、ユイは落胆した。
「塔に戻ろうか。……仕切り直そう」
あまりにもヒミズが見つからないなら、一度〈神産みの塔〉に戻る。あらかじめ定められた取り決めであったらしい。
「根詰めても仕方ないよ。作戦を練らないとね」
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