神狩夜
森陰五十鈴
神事
この村独特の神事があることは聞いていた。自分たちのような年齢の少年少女が主役であるということも。
だが、弓と矢筒を手渡されては、ユイも混乱せずにはいられなかった。
「……銃のほうが良かった?」
首を傾げるのは、ヨウタだ。ユイたち家族がこの村に越してきた頃から良くしてくれている、ユイと同じ十五の友人。これも親切心からなのだろうが、物騒な響きにユイは目を丸くするしかなかった。
「無理だよ、銃なんて!」
そもそも弓矢でさえ扱ったことがない。銃なんてもってのほかだ。あれは扱いを間違えれば、自分のほうが吹き飛ぶと聞いている。
そうだね、とヨウタは、大したことではないかのように頷いた。
「弓は火薬を使わないから、暴発の心配はないもんね。弦は、指切る可能性があるから気をつけないといけないけど」
怪我と聞いて、ユイは顔を顰めた。楽しみにしていた今夜。だが、一抹の不安がよぎる。
「お祭り、なんだよね?」
何処かの地には乱暴な祭りもあり、怪我人やときに死人が出るものもあるというが、まさかそれに近いのだろうか。
「……そんな楽しいものじゃない」
ぼそりと声を低めたヨウタに、ユイは絶句した。
身を翻したヨウタの背を、少し遅れて追いかける。篝火が照らす広場。その奥に浮かび上がる赤い鳥居。日の沈んだ現在、その奥に広がる
七人の少年少女が、鳥居の前に一の字を書くように並んでいた。皆、弓あるいは銃を手にしている。まるで狩りに赴くかのようだった。だが、十から十五までの子どもたちが、この秋の夜に、いったい何をさせられようというのか。
不安に心臓が縮みあがる思いをしながらも、ユイはヨウタと子どもたちの列に並んだ。辺りを見回せば、子どもたちを取り囲むように半円を作る大人たちが目に入る。心配そうに見守る彼らがみな暗い色の着物を着ていることに、ユイはようやく気付いた。まるで葬儀のような厳かさ。対するユイたち子どもは、暗闇にも目立つ白い着物を着ているのに。
状況を目にすればするほど、ユイの不安は増していく。
それは、村長が目の前に立っても変わらなかった。
「今よりカガリを始める」
ユイは眉を顰める。〝カガリ〟が何を示すか分からない。まさか篝火のことではないだろう。
「刻限は日が昇るまでだ。……頼んだぞ」
厳しい表情に切実さを浮かべて懇願する村長。ユイを除いた子どもたちは神妙に頷いた。その姿はまるで使命を帯びた勇者たちのようでもあり。しかし輝かしさなどまるで感じられなかった。
場違いな気分を味わいながら、ユイは他の子どもたちと鳥居を潜る。
広場を照らしていた篝火が遠く離れ、密度ある闇に包まれる。空には満月が架かっているが、背の高い松の枝葉を割って差し込む光の量など微々たるものだ。明かりを一切持たぬ道行きの中で、子どもたちの着物の白さだけが杜の中に浮かび上がり、ユイは目を凝らしてその背を追った。
「何処に行くの?」
風に葉がこすれ騒めく杜に、ユイは自然声を落とした。
「まずは〈神産みの塔〉だ」
前からヨウタの声が返ってくる。
〈神産みの塔〉。どの町村にも一つはある塔のことだ。家の神、田の神、水の神といった、人々の暮らしを助ける八百万の神々は、その塔から生まれ降りてくるのだという。見た目は五重塔、屋根は青銅の瓦、壁や柱は朱塗りが基本。必ずしも中心にあるとは限らないが、町村はこの塔を基点として設計される。
ユイが住むこの村は、北側に〈神産みの塔〉があった。塔の周りは杜で囲われ、その杜はさらに柵で囲われている。入口は、ユイたちが潜ってきた南にある鳥居だけ。そこから扇状に人々の暮らす区画が設けられている。
数多の町村を知っているわけではないが、ユイは当初、変わっていると思った。普通、町村は塔が景色に溶け込むように造られているので。だが、この村は、〈神産みの塔〉を隔離しているかのようだった。
かといって、忌むわけでもない。村の人たちは毎日塔のほうに頭を下げている。この村に暮らしていくうちに村人たちの信心深さをユイは感じ取っていた。
だからこそ覚える、この神事への違和。武器を片手に杜を進むさまは、まるで侵略だ。
やがて、杜が開けた。満月の光を浴びる塔が、子どもたちの前に聳える。青白い光に朱の色は沈み、何処か哀しげな雰囲気が漂っていた。
「……開けるぞ」
進み出るのは、ダイゴという少年。ユイやヨウタと同い年――だが、彼はヨウタと違い、ユイのことを〝他所者〟と嫌っていた。
今も、振り返った瞬間にユイは鋭い目で睨みつけられる。蛇に睨まれた蛙の気分だ。
「待って」
視線を遮るように、ヨウタが割って入る。
「その前に、やっぱりユイにもきちんと説明しないと」
ダイゴはキリリと眦を吊り上げた。
「いらねーだろ。うるさくなるだけだ」
「でも、邪魔されないためにも、きちんと僕たちのやることを説明すべきだよ」
ダイゴは不快そうに鼻を鳴らした。そのまま腕を組み、そっぽを向いた。ユイのことなど変わらず信用していないようだが、ヨウタの邪魔をする気はないらしい。いや、口論を厭うたのか。
ユイはというと、気になることばかりで頭の中が撹拌してばかりだ。この弓も、神事も、〝邪魔〟の意味も、まるで分からない。
……ただ一つ、うっすらと、ユイには敢えて〝カガリ〟の秘密を伏せていたのだろうことは、理解した。
ヨウタはユイの目を真っ直ぐに見下ろす。同い年でも、ヨウタのほうが背が高い。その所為か彼はずっと大人びて見えた。
「この塔は、毎年この時期になると、決まってある神を産む。僕らはそれを〈ヒミズの神〉と呼んでいる」
「……ヒミズ?」
「
つまりそれは、夜明けを迎える前に死んでしまうということで。
「どうして?」
ヨウタは、手に持つ弓を天に突きつけるように掲げた。
「それは、僕たち村の子が狩るからだ」
〝神〟を〝狩る〟。故に〈
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